自然さと無意識の関係

 一昨日火曜日の夜は、松聲館に伺い甲野先生と稽古。先生がこの日初めて試みる技を受けたり、先生の術理にある飛観法の展開から新たな動きが生まれ、それには驚きというか、見とれてしまうような感動がありました。そうした技が生まれる瞬間というのは、私自身稽古をおこなう者として、その過程や突然生まれ来る技との因果関係など、研究稽古のスタイルから何かを感じ取っているのだと思います。

 終電に間に合い、電車の中で稽古の余韻と感じたことを文章に纏めているとあっという間に到着してしまいます。その時間感覚は1時間が10分位に感じるもので、この時の脳内と身体の状況は、普段はなかなか作り出すことが出来ません。この集中状態が、稽古をしているときも、そうでないときも大事なのではないかと考えます。それは表の集中、表の稽古であり、まったく考えていない間は無意識的な状態で脳内が表の集中から得た情報を手掛かりに整えてくれているのだと思います。それが裏の集中、裏の稽古と私は考えます。表裏は一体となっているもの。無意識的に脳内で整えてくれるということは、その人にとっての自然な作用であり、自然であることが表裏一体となった日々の循環の中で形作られていくのではないかと思うのです。もう少し書きますと、表裏は一体のもので両方を同時に存在させることはできません。ですから表が介入しすぎないことが裏の働きを円滑におこなわせるものであり、逆に表が足りなすぎても裏は情報不足で停滞してしまいます。寝かせる時間というのは、そういう表裏が一体となった働きに関係しているのではないかと、最終電車の中で気がつきました。その人にとっての自然な生き方が、その人にとっての表裏を形作って行くのではないでしょうか。

 このことに気がつけたのは、先週の5/5におこなった「土を踏み山を観て風を聴く」河川敷での稽古が関係していると思います。自然を感じられる環境で、無意識的に裏の集中が何かを感じ取ったのだと思います。裸足でおこなうことにより、自然との接点が足裏を伝って身体を駆け巡りますので、室内での裸足稽古とはまったく異なる実感を得るのでしょう。

 便利な世の中であることは有り難いのですが、自然の恩恵を実感できる生き方は、その人にとっての自然さを身につけていくことでもあると思います。あらためて「自然」という言葉の感じ方がこれまでよりも変わってきた今日この頃です。


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2021年5月 武術稽古日程

2021年6月 武術稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文

2021-05-13(Thu)
 

苦しい状況でどう楽しむか

 本日5/11まで、都内各区の施設が休館となっているため、昨日サイトが更新されていない各施設へ確認の電話をおこなった。

 緊急事態宣言が延長となり、おそらく休館も延長するだろうと、その想定通りの休館延長。最初からGW期間だけのように見せかけ、ズルズルと延長していく昨年同様のやり方。当然それに対する補助など無い。

 オリンピック開催地という今となってはジョーカーを引かされて、「日本国民を守る」べきはずのこの国の在り方が、本気になって取り組まなければ、この先の日本も想定外の出来事が起こりうるかもしれない。

 旗色が変わって初めて、さも始めから国民の味方ですというような政治家や、それに追従するジャーナリストも出てくるだろう。嫌な気分だが、早くそうなって欲しいので、やはり影響力のある人物がこのオリンピック開催についての疑問をドンドン投げかけて欲しい。人々の不幸の上にある平和の祭典などありえないのだから。

 そんなこんなで、生徒や門人達に一斉メールをおこないました。ホームページも書き換え、5月の稽古日程も大幅に変更。さまざまな事情で休講中の生徒達には送っておりませんので、生徒達への一斉メールの一部をここに掲載いたします。

自らの体と向き合う習慣というのは、心を正常に保つ時間でもあります。
現代は、あらゆる情報が心を萎えさせようとしておりますので、家の中でも出来る範囲で稽古を続けてください。
杖整体操を経験された方はお勧めです。私も日々のパソコン作業で体が痛むときは、杖の上に横になって気持ちいい所で留まるだけでもかなり回復いたします。
習慣が変わると、なにかしらの変化が生じますので、よい変化となるよう、自らと向き合う時間を稽古時間だと思って費やしてください。
今後の予定は、またあらためてホームページや一斉メールでお伝えさせていただきます。
それぞれに大変な生活を迎えていると思いますが、時の流れを信じてそれまで前向きに生きていきましょう。

(掲載終わり)


 さて、本日は「クラーチ剣術教室」に行ってきました。行きの電車では、東京間の路線はかなり座席が空いていますが、神奈川をまたぐ南部線は座れないほど埋まっていました。やはりテレワークをしている人が多いのでしょう。

 今日はいつものように杖をおこなったあと、剣の講習に入りましたが、後半はテスト撮影のため、私だけが動き、みなさんがそれを見学するという時間になってしまいました。
 
 徐々に盛り上がりつつある「尺八奏者との演武映像撮影計画」は、私もそうですが皆さんも初めての体験。直感的に「これは能面だ!」と思いましたので、皆さんで好きな能面を付けて幾つかの動きを組み合わせて形にしたいと考えております。

 今日は、帯刀したまま杖の「繋之型」をおこないましたが、難しい部分もありますので、得物はそれぞれ持ち直しておこないます。

 ここに書いてしまいますが、現在の映像イメージを申し上げます。


 人数的には少ないと思いますので、カメラに全体が入るには、正面を仕切りの位置ではなく、窓側にいたします。つまり、入口側から撮影していただきます。

 次に、入場ですが、舞台と違い室内では必要がありませんので、(絵的にない方がいいと思います)参加者全員後ろ(窓側)を向いて杖を持ったところから始まります。(剣は正面奥に置いておきます)

 カメラが回り、尺八の演奏が始まったところで、正面へ振り向きます。(ここで、能面を付けていることがわかります)

 すでに左右の人との前後位置関係は作っておきますので、そのまま「繋之型」の演武に入ります。

 演武が終わり、杖を置いて後ろを向いたまま剣を帯刀いたします。(こういうところも練習です。黒子をつけましょうか…笑)

 正面に歩き、右を向いたと同時に「後方突き」の構えに入ります。

 号令と共に抜刀。そして逆手廻し納刀。

 間をとりながら続いて「ぬきつけの型」をおこないます。

 元の位置に戻り最後に「あかぎの山」をおこないます。

 最後に元の位置に戻って逆手納刀。礼をして、そこで終了です。

 おそらく3分~4分ぐらいだと思います。

 杖の「繋之型」だけ参加される方もいいですし、能面は全員で無くても大丈夫です。急ぐ必要はありませんので、一発撮りでなくても、何回か合わせてみて、それで皆さんの悔いが無いところで完成にしたいと思います。(終らないかも…笑)

 僕の想像では、きっと楽しめるものになると思いますし、想像しているよりも良いものになると思います。能面は、マスクを隠せますし、目線や表情の粗(あっ、失敗しちゃった…とか)を隠してくれます。視野の問題もあるかと思いますが、購入を考えているものは安いものですので、まずは僕が買ってみて皆さんにご判断して頂きたいと思います。お祭りのお面みたいだったらどうしよう…!


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甲野善紀先生からの紹介文

2021-05-11(Tue)
 

すべては自然

そもそも自然ってなんなのだろうか?

抗うも抗わずも結果としてそのようになっていくもの。

芽が出て花が咲き、新緑に衣替えし、彩りを変えやがて散る。

地震も豪雨も、大地の形成やさまざまな恵みに必要なもの。

循環は光と影のように、その対極の中でどちらにも関わり合い補っている。

どのように生きてもそれは自然の中の一部でしかない。

喜ぶときは喜び、悲しむときは悲しむ。それも自然。

抗うも抗わずも自然は自然でしかない。

自然に意思を感じるなら、それは喜怒哀楽のように、人々の心を動かしてゆく。

都会も自然。醜さも自然。対極の中で循環するために自然と形作られたもの。

わたしにとっての自然は?

生きるも死ぬも自然。魂という木の中で、次への循環を繰り返していく。

同じ自然の中でも、大自然といった、空に海に山、そこに住まう数々の生命。

人間の自然さは、不自然な自然。

その不自然な自然を作り上げていくことが抗っているということ。

この世は自然のもの。

破壊しないことが自然なのか、破壊することが自然なのか、そのどちらも自然なのか、わからない。

ただ、雨よりは晴れの方がいいし、強風よりは穏やかな日がいい。しかし、それでは困る場合もある。

あるがままにしかない。

善と悪、その循環の中で抗いながらも今を生きていくしかないのだろう。

願わくば、無垢な子供のように自然でありたい。


2021年5月15日(土)『抜刀術 特別講習会』(お申し込み受付中)

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甲野善紀先生からの紹介文

2021-05-10(Mon)
 

土を踏み山を観て風を聴く

 緊急事態宣言が予想通り延長となり、今後の予定もまだ不透明なまま。しかし、私自身にとっては大した問題では無い。Gold Castleの生徒達や私の稽古会の門人達と稽古が出来ないのはとっても寂しいが、人生とはいろいろな出来事が想定外に起こりうるものである。

 生きるということは、受け入れていくということでもあり、それは納得したいからにほかならない。納得できないことでもどう納得していくか。もちろん何でも容易に受け入れるわけにはいかない。私もそういう生き方だった。納得して生きて行くには自分の意思で決断すること。それについては6月刊行予定の本に書いているが、決断には行動がともない、行動するには選択しなければならないことがある。何を選びどう生きていくか。それが若い内だけでは無くこれからもずっと選択し実行できる生き方でありたい。

 先日、とある河川敷で屋外稽古をおこなった。生憎の雨だったが、潤った大地とは裏腹に私の身体は乾ききっていた。現地までうっとうしかった雨が、稽古を始めるとまったく気にならない。この感じはひさしぶりの稽古というよりも、裸足で「土を踏み山を観て風を聴く」この自然とともにおこなうことが、身体にとって最高の条件なのではないかと感じたのであった。

 雨は次第におさまったが、風は剣が流されそうなほど。しかし、裸足でおこなった事は大正解であり、身体の唯一外部と接触し続けているのは足の裏。その足の裏が生で、今までに無い情報をキャッチするので、その情報収集力は普段の数倍にもなっているはず。予定調和で無い足場の環境は常に速やかな情報を送らなければならず、身を守る、重心を知らせる、姿勢を作らせる、それらを動きの合間に猛烈な速さで情報探査している。

 驚いたのは稽古が終って帰る際の足取り。

 稽古中は気づかなかったが、三時間の稽古後、軽く足を拭いて、足袋を履き雪駄で歩いていた際に、足裏がフワフワと柔らかくなっている。さらにポカポカしており、身体全体が喜んでいる。帰宅して寝るまでずっとそのような感じが残っていた。裸足で走るということが身体本来の働きを蘇らせると聞いてはいたが、今回の稽古ではまさにそれを体感できた。天候の影響か、周囲にほとんど人が居なくて、今夜20時にその動画を配信予定だが、なぜ今までこういう稽古をしなかったのかと思うほど、ビル群や人混みから解放されたこのような稽古が今後も出来ればと願っている。

 この広い大地を走り回り跳んだりしながら、杖術や剣術をおこなった。遠くに見える山を観て、足元に広がる草花を観て、猛烈に吹きすさぶ風の音を聴きながら、未だかつて感じたことの無い感覚で稽古が出来た。それは、ずっと前から望んでいた環境でもあった。そんな中、想像以上だったのは、同じ裸足でも畳や床とはまったく異なる稽古後の足裏の感触。整備された地面では足裏の能力も性能を活かしきれていないのかもしれない。その足裏への情報探査力と、それを活かせる皮膚ないし、感度の調整は、私の想像では精神的にも良いものであり、心の不具合もかなり改善するのでは無いかと思う。「得るものがあれば失うものもある」時が経てば「得ていたことで見失うものがある」裸足での河川敷稽古は、まさに実感を持ってそのことを気づかせてくれた。


2021年5月15日(土)『抜刀術 特別講習会』(お申し込み受付中)

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甲野善紀先生からの紹介文

2021-05-07(Fri)
 

趣味の悪い時代をどう生き抜くか

 深夜2時近くとなり、このブログの掲載日時は5/5水曜日となっていると思われるが、就寝前なのでまだ火曜日とさせていただきたい。

 さて、本日火曜日は、「クラーチ剣術教室」に行ってきました。昨年、今年と緊急事態宣言で合せて3ヶ月と少しお休みいたしましたが、再開後みなさん元気にお越しいただけております。しかし、数ヶ月間でもなにかしらの変化というのは生じるもので、もし、これが半年、一年となると、想像以上の変化が起きている可能性があります。生きているリズムとして、毎週同じ時間に適度に身体を動かし、なおかつ刺激があること。お話しができて、笑いが起こり、出来ないときは悔しがる。これがいいんですね。

 人が互いに会って伝え合う情報というのは、意識していない部分でも多くのものを感じ取っているはずです。それはおそらく意識して感じているものよりも多いのではないでしょうか。ですから、生きている中で人が直接会うということは、ふつう我々が思っている以上に多くの情報伝達を無意識的にもおこなっているのです。

 話は逸れますが、今年の1/19にネット回線を光ケーブルに切り替えたときに、Wi-Fiを飛ばした瞬間に私の頭が腫れたようなズーンという響きと頭痛に襲われ、その原因が分からず我慢していると手足の痺れ、震えが起き始めまました。当初は、せっかく工事して光回線に変更したのに、これが原因でないことを願って、何度も何度もWi-FiをONにしたりOFFにしたりして試すのですが、何度やってもONにした瞬間に頭に無音の響きがジンワリとやってくるのです。もう、考えることも出来ず、ただ寝るだけしか出来なくて、しばらく身体に残ってしまうその状態に限界がきてしまい、僅か三日後の1/21には解約の手配をとりました。そのことは1月の記事に書いたので、再び同じ事を書くつもりはありませんが、ここで得たものが一つだけありました。

 それは、Wi-Fiを飛ばしたときの私の頭にズーンと何とも言えない何かをキャッチしている状態は、今までに無いものであり、それがその後、人からも何となく感じ取れるようになってきました。もちろん、Wi-Fiほど強くなく、微々たるものですが、外を歩いていて数十メートル向こうの人がこちらを意識しているときとしていないときの頭に飛んでくるものが、あの時の感じと似ていることに気がつきました。おそらく、感覚の鋭い人は(特に女性は)相手に対する察知力は高いものと思われますが、私の場合、Wi-Fiから飛ぶ電磁波なのか何かが人体の危機を感じたことから、人に対しても「ああ、Wi-Fi飛ばしてきてるなぁ…」なんて(ちがったらどうすんだ!)感じながら、ある人はそれを「気」というかもしれませんが、私は理由は分かりませんがただ感じるようになたことが、唯一あの苦しみの三日間から得たものであります。

 つまり、意識と無意識についてのことになっていきますが、無いものに気がつくためには、実はあるものを無いようにしている可能性が非常に高いのでは無いかと考えます。それが意識と無意識であり、意識をいかに無くすか、書いていて結局甲野先生の影観法に向かって行くのですが、それは書いていて「やっぱりそうか」となったものであり、これまでの解釈の感じとは具体的にどこがどうとは説明出来ませんが、身体の感じ方がチョット異なっております。

 こうしたものは、何を書いているのかサッパリ分からないと思いますが、これを具体的に分かりやすく説明することは別物になってしまいますので不可能です。つまり、感覚的なものの文というのは文章表現としてはおかしなものであり、それは言語、言葉としてのルールに変換して表現するため、無理が生じてしまうのです。ですから、感覚的に何かをキャッチするためには、よく会話の途中で横槍を入れてせっかくの流れが途絶えて雰囲気が台無しになってしまうのと同じように、つい言葉で頭でそのことを理解しようと横槍を入れてしまい、駄目だと決めつけてしまうか、惜しいところで納得してしまうのです。ですから、沈思黙考、横槍を入れそうになる己自身を観察すること。そういう稽古が出来る環境であることが大切です。

 いつもの如く、記事が流れ流れて漂ってしまいましたが、それがブログの自由さということでご勘弁を。
 しかしながら、一部の人にしか分からない表現というのは、こうしたブログなどでは己の自己満足と思われてしまっても仕方が無いのですが、書籍のように本となって多くの方々に買っていただくということになりますと、よほど専門的に詳しく調べ、時間を掛けて行かなければなりませんが、それでも基本的に無いものを生みだしていくものには、感覚的な表現になりやすく、しかもそれは科学的でも無いその場の身体の具合から最適な言葉の調子を選んだものであり、これぞ!という言葉を作って行かなければならない場合もあります。しかしながら、多くの方にそれをお伝えするのは困難です。6月に刊行予定の拙著では、表現を誰にでも想像が出来るように書いております。身体の使い方や技法といった本では無く、生きていく上でのアドバイスとなればと願った本でもあります。

 現在三度目の緊急事態宣言が発令され、今後の見通しもハッキリしておりません。このような状況で、今までのルールで生きてきた人にとって今を無情に感じる人も少なくは無い筈です。難しいことは書いておりません。難しいことを目指そうなどともお伝えしておりません。私が生きてきた人生は逆境が多く、エリートとは正反対の下積み人生でしたので、弱い立場を不器用なままで生きてきて、それを今、私の考えでお伝えすることにより、多くの方々に伝わりやすい本になっているのではないかと思います。

 これからますます趣味の悪い時代になるでしょうが、その流行を選ぶか否かは自分次第。これまでの価値観の見直しが迫られているでしょう。


2021年5月15日(土)『抜刀術 特別講習会』(お申し込み受付中)

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甲野善紀先生からの紹介文

2021-05-05(Wed)
 
プロフィール

金山孝之


     金山 孝之
  Takayuki Kanayama


1975年生まれ
福岡県北九州市出身
東京都世田谷区在住

松聲館技法研究員

金山剣術稽古会主宰

Gold Castle
殺陣&剣術スクール主宰

高齢者のための剣術教室
クラーチ剣術教室講師


1990年
高校から実業団まで5年間ボクシングに専念する

1999年
中田秀夫監督との出会いにより映画に出演。上京後モデルや舞台のプロデュース公演などをおこなう

2009年
武術の道を志しそれまでの活動を一新し武術稽古と研究に励む

2010年
甲野善紀先生に師事し「抜刀術」「剣術」「杖術」「体術」などの稽古と研究に取り組んでいる。また、先生の書籍、番組撮影、記録映像、その他演武等における打太刀や受けを務める

2013年
刀と身体操作の技術向上を目指し裾野を広げるべく「Gold Castle 殺陣&剣術スクール」を発足

2014年
甲野善紀先生より
「松聲館技法研究員」を拝命
自身の経験を活かした指導法を各道場等でおこなっている
 
シニア住宅にて
「高齢者のための剣術教室」をおこなっている

日信工業株式会社の製品
「SAMURAI BRAKE」のプロモーション活動に携わる

2015年
「金山剣術稽古会」を発足
現代における武術稽古の必要性を身体と心で学べる場として活動している

2018年
「関西特別講習会」として定期的に関西地域での講習会を開催

2019年
BABジャパンDVD
『古武術は速い』指導・監修

2020年
BABジャパンDVD
『古武術は美しい』指導・監修

2021年
「日本公認会計士協会(JICPA)」プロモーションビデオ出演

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