自然の中での稽古は私に合っている

 本日は、午後からO氏と屋外稽古。まるで貸し切りのような広い空間でおこなった。
 遠くに富士山の山頂が見える。上を見上げると空は真っ白で、色々な造形の雲が空一面を覆っている。地面にはシロツメクサの花が空に負けじと一面を覆う。風は強く、ときおり体が持って行かれそうなほど。

 杖術の稽古を行っていたときに、一眼レフのカメラを持ったご年配の男性が「すみません、写真を撮ってもいいですか?」と声を掛けられたので、「ああ、どうぞ。」とお応えし、そのまま基礎稽古をジックリとおこなった。

 いろいろな鳥たちが、近くで虫でも食べているのか、あまり警戒心を感じない距離感にいる。ここでの稽古は、室内稽古と違うばかりか、これまでおこなった屋外稽古とも違い、自然が近くに感じられる。ずいぶん先に自然豊かな地へ住みたいと考えているが、それは東京から離れた場所。今はまだ東京に居なければならないので、東京でも自然を感じられる場所の近くに住みたいという、これまでアクセス最優先だった地の利も、優先順位が変わりそうな気分。気軽に出かけられる距離で、辺り一面の空が見渡せて、広い大地を見渡せる環境は魅力的だ。現在は自宅最寄り駅から20分で到着できるが、やはり住んでいるところがそういう景観であるかが大事。

 今まで考えたことも無い。広い空の下、広い大地の上、風を感じ、鳥たちが飛び交い、そしてついばむ。裸足で土を踏み、草を踏み、匂いを感じ、汚れた足も喜んでいるだろうなぁと思える。荷物を置いてある傍の蟻たちも可愛く思えてしまう。そんな屋外での稽古から感じること。

 雨が降れば稽古は出来ないが、やろうと思えばその状況での稽古も稽古になる。照明が無いので日没前には終了しなければならない。これも同様に真っ暗な中で稽古をやっても、道場の暗闇とはまた違うものを感じるだろう。自分だけではない、自然の場で恵みを感じながらおこなう稽古は全くこれまでとは違うものだ。

 昨夜は、自宅でWi-FiをONにした際の体調の異変が治まらず、その後有線LANに切り替えるも、すでに敏感になってしまったことで、(しばらく体に残った状態で、敏感になってしまう)自宅に居られなくなり、近くの公園まで行き20分ほど外で過ごす。ベンチが無いので適当なコンクリートの段差に腰を下ろし、深夜というか未明というか3時30分過ぎまでそこに居た。それだけに、今日の稽古で、自然の有り難さ、恵み、広々とした空での暮らしが武術稽古と一体となっていけないだろうかと考え始めたのであった。集合住宅が密集し、電線は束になってまるで蜘蛛の巣のように空を覆っていると言っても過言では無いほど張り巡らされている。これは尋常では無い風景だ。

 今日は大家さんとも相談したが、今後の展開は私の体調により決まって行くだろう。自然が身近に感じられる場所で生活するという憧れがますます強くなる。古民家への憧れもある。だから今は東京で踏ん張る!


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2021年5月 武術稽古日程

2021年6月 武術稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文

2021-05-17(Mon)
 

正面斬りが進展

 昨日は渡部氏と柳澤氏と他流からO氏とともに、屋外稽古をおこなった。

 やはり、みな稽古に飢えていたようで、杖にしても木刀にしても一振り一振りに伝わるものがあった。この水曜日の常連の方々のアクセスに合せて、先週の場所とは違うところで待ち合わせ。先週に続き初めての場所となるが、電車を乗り換え、集合場所の駅の幾つか手前の駅で停車した際に、「目の前のホームに似たような袋を持っている人がいるなあ…」と1秒くらい思ったら、渡部氏だった。

 同じ電車でも驚くが、それが同じ車両の座席の目の前で止まったからさらに驚く。渡部氏も驚きながら車内に入ってきて、「こんな偶然もあるんですね!」と驚いた様子だった。私も驚いたが、こういう経験はこれまでにもあったので笑うしかなかった。

 裸足の稽古では、摺り足や両足が地を滑るように移動する脚足の使い方が、室内稽古と同様の感覚でおこなえるものであり、これは思っていた以上に滑りよいものであった。

 杖の稽古を終え、次の剣術の正面斬りで気づきがあった。

 目を閉じ、風を感じ、大地の接触を感じ、閉じられていない空間を感じながら、これまでに気がつかなかった些細な肩の力みに気がついたのであった。

 それは、今までの環境でおこなっていては見落としていた些細なものであり、環境が自然な屋外に変わったことで目線が変わったのかもしれない。この肩の力みは慣性に乗せる背中の働きに抵抗するものであり、この肩の力みを抜くためには背中や腰の働きが慣性に委ねられるものでなければならない。その操作は何年も前から気がついていたが、そこに肩の力みを抜く働きもあることはこの日初めて気がついたのであった。

 この操作により、今までよりも正面斬りが楽になり、それはおそらく誤った実感に縛られていたものだと思うが、体への負担はより軽減されるだろう。そして何より実際に木刀へ打ち込んで何度か確認したが、力を押さえて打ち込んでも、打ち込みの重さが増したのである。楽になり重さが増すという、しばらく停滞していた剣の操作がまた一つ、進むことになった。見た目には同じであるが体の中である肩の抜けが背中や腰の働きにより可能となる。今後、杖も含めた操作に応用出来ればと思うが、しばらくは肩がブレーキになっていたことと、それを抜くことで背中の働きがより活きてくるということに注目して稽古に取り組みたい。

 稽古後は、足を拭いて履き物を履き駅へと向かっていくが、合気道を5、6年やっている柳澤氏が「ふだん裸足で稽古してますが、こんな感触は初めてです。足がポカポカと暖かいですね。」と感想を述べられていたが、私も今回で2回目の裸足での屋外稽古だったが、その後数時間ふくらはぎから足裏にかけて、ポカポカと気持ちのいい暖かさと、フワフワとした足裏の柔らかさを感じていた。しかし、2時間強の稽古時間でもなんだか体が疲れていた。今までに無い経験で脳内の情報処理などで使われる部分はきっとあるだろうから、それは当然といえば当然といえるだろう。日差しという部分もこれまでとは条件が異なる。何事も経験だ。

 平日の少人数での屋外稽古は、なんとか可能だという判断がついたが、土日に5人以上となると厳しいように感じる。Gold Castleの生徒達との稽古環境を思案しているが、6月も休館となれば、平日も含めた少人数での屋外稽古を検討せざるを得ない。屋外稽古は、裸足でおこなうと体にとって非常にいいものだと実感したが、少人数での稽古会と異なり、多くの生徒達がいる教室では、難しい部分もある。椅子が無く、更衣室も無く、遅刻すれば現地のどこに居るのかを探さなければならない、雨だと中止になるという不安定さもある。しかし、今までに感じたことの無い心地良さは、先日配信した私の動画を観て頂いても伝わると思う。

 今夜も親御さんから御依頼いただいた個人稽古がありますが、マンションの共有スペースなど稽古環境があれば、平日の夜からでも私は動けますので、ご連絡をいただければ、個人指導が可能な場合もあります。そうした場所が使えて稽古が出来る方は、私が伺いますのでご連絡お待ちしております。


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2021年5月 武術稽古日程

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甲野善紀先生からの紹介文

2021-05-13(Thu)
 

一人稽古が全ての根本

 昨日水曜日は、戸越体育館で渡部氏と柳澤氏と稽古。
 その前日火曜日は、甲野先生のところで稽古をおこない、いつものように駅まで走って行き終電で帰宅。この日は午前中にクラーチ剣術教室があり睡眠時間も少なめだったが、翌日水曜日の戸越体育館で一人稽古が必要なため、6時に起床し開館前の8時40分には戸越体育館に到着。

 一週間前の水曜日に抜刀術の感覚が鈍くなっており、昨日の稽古で再度確認。やはり微妙な感覚や細かい部分の筋肉なのか筋なのか分らないが、その部分部分の反応が反射的に連鎖していくのであるが、それらは無意識的におこなわなければならず、その無意識的な連鎖が一人稽古では確認しておく必要がある。

 直ぐに感覚は戻ったが、今思えば武術を初めて3年目頃、人間関係で一人になり、東京で何のために高い家賃を払いながらアルバイトをして一日の食費を1.000円以下に抑えなければならないのか。それを支えたのは、月に一度か二度甲野先生のところへ伺うことが出来たことと、一人稽古によるさまざまな気づきと進展があったからに他ならない。

 だから、当時の一人稽古の日々というのは、今思えば心身と向き合うための必然性を感じる日々であり、一番大事な稽古をやっていた日々だった。あれから年月が経ち、土日平日と色々な方々と稽古を交えるようになり、それで成長した部分もある。相手が居なければ出来ない組稽古や体術も当時の私では考えられないことが未熟ながらも出来るようになった。もちろんそれは、私のレベルが低いからであり、昔講習会に参加していた頃は、何でそんなことが出来るのだろうという方々がいらっしゃり、私自身のレベルが相当低いところからのスタートだから、今のレベルでも前に進んだと感じることが出来ている。だから、まだまだ進まなければならないものが果てしないので、恥を忍びながらも指導者として経験を積ませて頂いていますが、やはり根本にあり一番重要なのは一人稽古である。

 そういう想いもあって、昨日は抜刀術の一人稽古にしばらく没頭した。ちょっとした手順、それらの整合性、そうした感覚というのは一人稽古をおこなわなければ感じられない。これは反射神経や筋力とはことなる脳の仕組みによる部分が多くを占めており、当然そこには心の働きもある。自由と不自由の中で何かを得ていかなければならない。

 夜、右大腿部がつりそうになったが、稲妻抜きで右足に衝撃を掛け続けたので致し方ない。私の場合、道場での一人稽古は全ての根本になっているので、やはりこの時間を疎かにはできないとしみじみ感じる。

 時間になり渡部氏と柳澤氏と稽古。この日の10数時間前に甲野先生が見せて下さった手の裏奪りによる引き込んでの崩しをおこなった。この足捌きは、私がおこなっている「撫で落とし」にも通じているので、比較的膝の使い方などスムーズに出来た。手の裏奪りには、まだまだ硬さが残るが、これが柔らかく使えることが出来ればより相手も誘われ許すように崩れていくだろう。武術は厳しいものであるが、このように相手が痛まず驚きながら興味を持って崩されるような技が私は好きである。

 剣術の「鶴嘴崩し」に更なる進展があった。
 甲野先生にアドバイス頂いた、柄頭の向け方を試しながら行っている内に、左足を相手の右膝の裏に合わせることで、胸元に突きつけた柄で押し倒すことも出来るし、柄から剣をもぎ取ることも出来る。その二つの選択があるから技がこれまでよりも掛かりやすくなった。今後の課題は、その動きをどのように精確かつスムーズにおこなえるか。まだまだ工夫のしどころがあるが、先生に名付けて頂いた「鶴嘴崩し」は、これからも進展させて研究テーマの一つとして大事にしたい技である。

 その他にもいろいろと稽古をおこない、杖術の一人稽古として浮身を使った技を三つほど稽古前に撮影した。最後の一時間は柳澤氏には初めておこなった「重ね誘対法」を三人それぞれにおこない、一人たった五分で、スッカリ身体が静かになり横になりたくなってしまうほど落ち着いてしまう。これはその時の身体の状態と集中度合いや誘導する側の動き方にも関係があるが、おそらく瞑想に近い状態になるものだと思われる。副交感神経が優位になってきたところで、杖整体操をそれぞれ自由にやっていただく。しかし、その時にもよるが、重ね誘対法(両手を重ねて、ゆっくりと動くだけもの)の利きは凄まじく、渡部氏はもうずっと横になったままで、柳澤氏も初めての割には利いたと思う。なにより私が利いたので、その後の杖整体操が物足りなく感じるほどだった。深層筋が緩むのか、重ね誘対法を終えた直後、正座をして礼をおこなうと深くなるのかを試みるとやはり深くお辞儀が出来てしまう。また、直立した際の足裏の安定感。真っ直ぐ立っている感覚が増すことは、整体院や、杖整体操を行った後に感じるものであるが、僅か五分で実感できる重ね誘対法は驚きである。柳澤氏から「金山先生が考えられたのですか?」と訊かれたが、それだけ不思議な感じが合ったのだと思う。これを発見したのは、昔、中島章夫先生の講習会に参加したときに、片手で手を重ねる稽古法があり、その目的は身体が自然と相手の動きに合わせて反応するというもので、意識せずに相手に委ねて手足が追従する稽古だったと思う。それを数年前に井上欣也さんと稽古したときに、中国武術の推手のようなイメージで、それを手を重ねて行う際に、井上さんから「掌を少し引っ張り合う形にするといいんじゃないでしょうか。」とアドバイスをいただいたことがキッカケになっている。

 それを自分の稽古会で行った際に、両手を使いゆっくりとおこなったところ、なんだか心身が落ち着き、しばらく動けなくなってしまった。そこから、よりその効果を深めていくために、呼吸の意識と誘導側の動き方などを工夫し今に至っている。それを一度井上さんの道場、本厚木にある雲山ベースで、井上さんに受けて頂いたときに「ああ、これは瞑想ですね。」と仰っていただけたことを覚えている。ここ数年は交流稽古をしていないが、相当進展されていることは間違いと思います。

 今日明日と今夏刊行予定の本の原稿と向き合うことになるが、今夜は個人指導に出かけ、明日は携帯電話を機種変更する予定。身体は昨日の一人稽古でいろいろと軋んでいるが、一人稽古を欠かしていた証拠。一番大事なものを疎かにしてはならないと、身をもって痛感。

 さあ、今日もまだまだいろんな時間が流れそうだ!


2021年4月29日(木/昭和の日)『抜刀術 特別講習会』(お問い合わせ受付中)

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甲野善紀先生からの紹介文

2021-04-22(Thu)
 

好きなことを仕事にしているのではなく、好きな生き方を選んでいるということ

 本日は稽古予約がなかったので、最近忙しくて出来なかった一人稽古をやろうと夕方から高田馬場へ。このところ月曜日は静かで空いていたが、今日はそうでも無い。そんな中抜刀術の研究を深めようと時間的猶予がある中で深く自身を探っていく。先週の水曜日の違和感が余りにも酷かったので、今日はどうだろうと半分不安を抱えたまま稽古に入る。刀の感覚自体は元に戻ったが、脚部との繋がりがやや失われつつあった。あらためて一人稽古無くして技の進展は無いと実感。

 一時間ほどして、後方から気配を感じたので振り向いて目を開けると郁己君が居て「遅れてすみません!」と、そこに立っていた。抜刀術では殆ど目を瞑っておこなうか半眼よりも細い半々眼でずっと稽古しているので、一瞬、郁己君がそこに居る状況が理解出来なかったが(1秒ほどだと思うが…)約束を忘れていた可能性があるので、「申し訳ない、今日稽古だったかな?」と、訊いてみたものの、来て頂いたので「じゃあ、やろう!」と都合良く杖も持ってきていたので、杖術と抜刀納刀をおこなった。(後で、急遽お越し頂いたことが分りました。ありがたいことです。空振りにならなくて良かった。)前回利きの甘かった体術「独楽落とし」をまず最初に受けて頂き、腰を抜くような使い方で郁己君も下までストンと落ちた。利きが甘い時は受け手の人の崩れ方で一様に分かる。逆に利くようになると、同じく分かるものである。

 杖術や抜刀納刀を稽古しているとあっという間に時間になってしまった。高校に入学しこれから新しい生活が待っている。男女比はやや女性の方が多いらしく、郁己君であればいろいろな青春が待っているだろう。制服ではなく私服で通っていると伺ったので、思わず「郁己君もしかしてヤンキー学校なの?」と訊いてしまったが、「ちがいます(笑)」と、当然の返答。「せんせいはヤンキー学校だったよ。」(もちろん私は真面目にボクシングをやるために選んだのでしたが、漫画に出てくるような生徒ばっかりでした)男子校だったので、ロマンスも何も無く、毎日どうやって殴るか、どうやって殴られないようにするかを常に考える日々でした。
 もうちょっと恥ずかしい話をすれば、実家は山中にあり、グーグルマップで見ると緑一色の中に曲がりくねった道が一本しなかいような土地。そこから山を下っていくように学校に通ったものでした。家から500M程のところに進学校があり、地元でも優秀な高校でしたが、私の学力では到底無理な高校で、姉はそこに入りましたが、どちらかというとそこで夜間におこなわれている定時制高校の方が私の学力には合っていたかもしれません。近所にはコンビニが無く、唯一あった駄菓子屋にゲーム機が一台とパチンコが一台あり、そこに竹槍出っ歯やロケットカウルでやってくる(わからんやろうなぁ…)仕事着のお兄ちゃん達が私の見慣れた光景でした。

 高校は私立の工業高校で、自宅から駅まで山を下り、電車に乗って二駅ほど。そこからまた少し坂道を登って通っておりました。私が通っていた男子校は、殺伐とした中学時代を過ごしてそのまま高校に入ってくる者が多い環境で、どうして私はボクシングをやっていたのか今でも不思議ですが、そうでなければ耐えられないものが自分の中にあったのだと思います。今も今で武術をやっているので人生不思議なものです。

 しかしここでのボクシングによる三年間は本当に自分という人間を鍛えに鍛えた三年間でした。まず、一度もズル休みをしなかったこと。主将として恥じない行動を心掛けたこと。喧嘩やイジメをしなかったこと。(たぶん)強さを求める日々の中で先輩への憧れであったり、当時現役世界チャンピオンのOBの存在と後輩としての責任、人生の中で最も気合いの入っていた時期だったと思います。もう一度あの三年間がやれるかと言えば絶対に無理だと断言できます。今思えば自ら好んで地獄のような生活を選んだのでした。その気持ちは本人なので良く解ります。後悔はまったくありません。

 当時を思えば、否、それからの就職時代や数々のアルバイト時代も大変なものでした。しかし、その体験はもうやりたくても出来ない(やりたくはありませんが…)ものなので、それらの苦しい経験の積み重ねは実体験してきた者として大きな支えになっております。現在は、好きなことが仕事になっているのではなく、やっていることが好きになれるかが大事であり、その結果が仕事になっているのかもしれません。流れ流れて今の生き方になりましたが、(本当は流れていないのかもしれませんが…)今の生き方を有り難く受け入れられるのは思うように行かない長く苦しい日々があったからです。

 話が大きくズレてしまいましたが、そうしたさまざまな経験から学んだこと、武術を通じて得たものや感じたことなどを、今度一冊の本にいたします。今夏出版予定です。(ブログのようにザックリとはしておりません)詳細は諸々進行次第ご報告させていただきます。


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甲野善紀先生からの紹介文

2021-04-20(Tue)
 

歳を重ねて分ること

 まだまだ寒暖の差が大きいため夜の外出は油断ならない。衣替え、と言っても私の場合毎日同じ種類のものを来ているので、衣替えとなると、コートをしまって薄手の作務衣を用意するぐらい。あとは肌着を長袖から半袖に替えるだけなので至って簡単。

 昨夜は深夜に稽古着を洗濯。稽古着は昔から手洗いで洗っているので色々と手間が掛かる。脱水をせずそのまま浴室で干す。すると重さで自然と形が整う。袴は綿袴なので、毎回では無いがアイロンを掛けなければならない。アイロン作業はなんだか心が落ち着くのでゆっくりとやっている。

 今日はその他にもキャリーバッグのレインカバーを洗い、泥を落として綺麗にした。雨用の雪駄もつま先を覆うカバー内の隙間に埃が溜まっていたのでこれも洗った。ここで役に立つのが豚毛の歯ブラシ。
 数年前に浅草で豚毛の歯ブラシを買ったのであるが、一度使っただけで使用を止めた。ブラシが硬すぎて歯にヤスリが掛かったような舌触りになった。一度しか使っていないこの歯ブラシが、足袋を洗ったりするのにとても役に立っている。裏が白い足袋は何度か履くと黒く汚れが目立ってしまう。普通に手洗いでもいいが、この豚毛の歯ブラシがサイズ的にも丁度良く、ヘタりも無く実に都合がいいのである。

 当たり前であるが、武術稽古を続けていく以上、洗濯も続けていかなくてはならない。部屋の中は常に稽古着が高いところに吊されている状態であるが、この家に住んで17年目。すでにその景色の方が長くなった。

 私の家には、大きなデスクトップのパソコンとデスクと椅子が部屋のメインとなっており、日々の活動のためのファイルであったりそれらに関する本であったり(その多くは段ボールに詰めたが)もはや人を呼べるような家では無くなった。とうぜんクッションも無く、私が座っているゲーミングチェアのみ。テレビも無く、CDプレーヤーはあるが、CDの全ては段ボールの中。だから必然的にラジオを聴くようになる。玄関には袋竹刀、木刀、杖、小太刀、ソフト竹刀、等々20本以上あり、ロフトにはさらに入りきれなかったものが数本横たわっている。部屋の奥には真剣と居合刀と木刀と普段使っている杖がある。この狭い部屋の中で私の仕事に関わるものに溢れているので、家事按分とすれば100%と言いたいところだがそういう訳にはいかない。しかしテレビの無い生活から半年が過ぎたが全く何かが足りなくなった気配が無い。情報は全てネットで見られるし、声が寂しければラジオがある。ラジオは声での情報なので、テレビほど脅すようなことは無い。塵も積れば山となる。だから塵には気をつける。ネットも同様に、自らの心が潤っていける時間の使い方をしなければ、余計なことに労力を使ってしまう。そのあたりのコントロールが出来るかどうかが大事である。

 さて、今日は先週に続き10代のお子さんに個人指導をおこなった。素直で熱心なお子さんなので、このまま自然と上達していくだろう。つい合間に私の経験してきたことや、それからどうやって来たかなどをお話しすることもあるが、今思えば、当時やってきたこと経験してきたことは、それぞれになかなか出来る経験では無かったと思っている。そのことは、もっとこれから私にとって役に立ってくるものとなるだろう。天狗になったり、勘違いしたり、自分本位で考えてしまうことの失敗。自分がやること、周りの人の協力に感謝すること、そうした循環を地道に重ねて行くことでやりたいことを引き寄せられる。その先にある流れが見通せるかは色々な経験だと思うが、失敗から立ち上がってきた経験というのは、無駄にはならない。だから、解っている人は解っている人と仕事を作っていく。まだまだ解らないことがあるが、それでも気をつけなければならないことは日々考え自省している。人生の面白さには、そうした部分もあるのではないだろうか。

 人生いろいろな時代があるが、その時点での判断というのは自分を責めてしまうことも多い。しかし、世の中は少なからず誰かの思惑の連鎖で繫がっており、その思惑が善し悪しを決定していると言っても過言では無い。時が経てば、そのことに気が付き、自分を悲観する必要がなかったことや、それに対し自分はブレずに生きて来れたか、弱かったはずの自分は、弱さを選ぶ強さがあったということ。思惑と関係の無い環境、それはすなわち自分で作った環境であり、自分で作った仕事である。その中で余計な思惑に惑わされること無く、純粋な気持ちで弱さ(色々な意味で)を恥じること無く生きていけば、弱さを選んだ強さが、いつしか本当の強さになっていくのではないかと思っている。だから、自分を必要以上に悲観することはナンセンスである。

 これは別に誰かに言っているのでは無く、私自身の経験やこれからの願いを書いたものであるが、歳を重ねるということは、髪の毛が全部同時に伸びるのと同じように、さまざまなものが経験として一緒に歳を重ねている。だから、歳の重ね方も大事であり、また、その重ねたことで見えてくるものを楽しめる余裕もある。

 考えてみれば、現代は余計なものに束縛されすぎている。どんなに便利になろうとも、そのことに気が付かなければ、束縛から開放されないまま苦しむ人生になってしまう。全ては自らが引き込んでしまっているということ。コントロールをしましょう。


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2021-04-16(Fri)
 
プロフィール

金山孝之


     金山 孝之
  Takayuki Kanayama


1975年生まれ
福岡県北九州市出身
東京都世田谷区在住

松聲館技法研究員

金山剣術稽古会主宰

Gold Castle
殺陣&剣術スクール主宰

高齢者のための剣術教室
クラーチ剣術教室講師


1990年
高校から実業団まで5年間ボクシングに専念する

1999年
中田秀夫監督との出会いにより映画に出演。上京後モデルや舞台のプロデュース公演などをおこなう

2009年
武術の道を志しそれまでの活動を一新し武術稽古と研究に励む

2010年
甲野善紀先生に師事し「抜刀術」「剣術」「杖術」「体術」などの稽古と研究に取り組んでいる。また、先生の書籍、番組撮影、記録映像、その他演武等における打太刀や受けを務める

2013年
刀と身体操作の技術向上を目指し裾野を広げるべく「Gold Castle 殺陣&剣術スクール」を発足

2014年
甲野善紀先生より
「松聲館技法研究員」を拝命
自身の経験を活かした指導法を各道場等でおこなっている
 
シニア住宅にて
「高齢者のための剣術教室」をおこなっている

日信工業株式会社の製品
「SAMURAI BRAKE」のプロモーション活動に携わる

2015年
「金山剣術稽古会」を発足
現代における武術稽古の必要性を身体と心で学べる場として活動している

2018年
「関西特別講習会」として定期的に関西地域での講習会を開催

2019年
BABジャパンDVD
『古武術は速い』指導・監修

2020年
BABジャパンDVD
『古武術は美しい』指導・監修

2021年
「日本公認会計士協会(JICPA)」プロモーションビデオ出演

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