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日常の稽古の美しさ

 好きな映画というか、思い出に残る映画のひとつに「ホワイトナイツ/白夜」がある。タイトルを忘れていて、この映画の存在を調べることが出来なかったが、キーワードで簡単に見つけることが出来た。あらためてインターネット検索というものの凄さを思う。

 この映画は、ミハエル・バリシニコフ演じるバレエダンサーとグレゴリー・ハインズ演じるタップダンサーの身体表現の素晴らしさと政治的背景から苦悩する登場人物に深く感動させられたのを記憶している。体で表現することの美しさやその人物のあるがままの魅力が存分に伝わってくる1985年の映画である。

 この映画を思い、時代劇や殺陣でなくとも、武術稽古そのものの魅力や美しさなどその背景にあるものを脚色すれば、何かの闘いのためでなくとも、身体から伝わる感動やその人物の思いが演技なのか素であるのかそれらを超越したものが魅せられるのではないかと、この映画を観て感じた。「日常の稽古の美しさ。」これは、映画でなくとも求めていきたいものである。

 さて、稽古記事に入る。

 まず昨日の戸越体育館での稽古では、W氏とともに武術稽古の前に私の立廻り研究の相手になってもらい、さまざまな注文と私の強引なペースに付き合っていただいている。そのため、稽古日程には記していないが、通常稽古の二時間ほど前からおこなうため、朝の通勤ラッシュにこの時は悩まされる。

 だが、ここで気付く事は武術稽古と同様、直感的に確信の持てるものであり、今の周期は源泉の発掘作業として安定したものがある。私の直感的指示を受け入れてくれるW氏には感謝している。

 昨日の立廻り研究稽古では、最後の場面でのアングル調整がこれまでの課題であったが、昨日は突然スッと生まれた。昨日は、その前日前々日と睡眠時間が四時間位であったため、疲労の蓄積とともに頭がフラフラし最初から息が切れていたのであったが、途中からフロー状態となり、時間感覚も麻痺し三十分間ぶっ通しで芯の動きを通しでおこなった。これには研究用の動画撮影をお願いしていたW氏も心配になるほどで、私としては大量の汗をかいて暑いはずなのであるが、逆に寒くなってしまい空調を止めたのである。

 その流れから武術稽古となり、三十分位早めに切り上げようかと思っていたが結局二十分ほど延長した。フロー状態が残っており「趺踞」からの抜刀の際の脚部の使い方が、相手を引っ張る際に大きな力となることが検証できた。突きに関しては、後ろ足と背中の関係にこれまでと比べて進展が見られた。「お辞儀潰し」の感覚は素手で潰す際にも有効であり、出来ないものはやっても出来るようにはならないし、やれると感じた時は出来るものだと、不思議と腑に落ちたのである。やれると感じられるためのその人に合った稽古法が重要ということである。

 昨夜は疲労回復のために23時に就寝し10時に起床したので11時間も眠った事になる。ずいぶん久しぶりに長いこと眠ったがお陰で今日は頭の疲れと体力は元に戻った。しかし、ここ最近胴斬りを集中的に稽古し、これまでと違う軌道になったため身体に掛かってくる負荷がまだ身体の使い方に慣れていないうちに無理をしたため、右肘に初めての痛みが出た。そのため今日は抜刀稽古をおこなわず、杖術と剣術のみをおこなった。

 本日高田馬場では、14時からの稽古であるが別々の殺陣団体が四組いたので、異様な光景であったがこの時間帯で総勢二十名を超えたのはこれまでに記憶が無い。だが、こうして同じ空間でそれぞれ色の違う殺陣を見ることができるのは大変参考になり、動き方、指導者の技量、生徒の技量、周囲への配慮、など団体によってさまざまである。

 今日はこの狭い空間のお陰で稽古始めの一発目から新たな動きが生まれた。

 それは杖術における連続的な打ち込みである。名前は付けていないが便宜上付ける必要があるかもしれない。息が切れるほどの連続技であり、以前から手之内の剥がしからのMP関節による小さくて強い打ち込みを細かく速くおこなえる動きはないものかと考えていたことはあったが、今日は突然にそれを合間に挟んだ形での連続技が生まれた。こういう瞬間というのは、主に一人稽古の時が多いのであるが、今日は珍しくW氏とおこなって間もない頃に訪れた。そのため、私自身に対する厳しさのとばっちりを受けたかもしれないが、私の稽古には色々な顔があるので、とくに一人稽古時に近い心情でおこなっている際は傷つけてしまうようなこともあるかもしれない。そのあたりは向き合うべきものに真剣にぶつかって頂ければ同じ温度で混ざり合うだろう。

 電車の遅延で後藤氏が遅れて到着。後藤氏とは話をしていても稽古をしていても爽やかな風が吹き抜けていくような爽快感がある。爽やかな風、心地よい風というのは、人間関係にしても同様なものがあるのだと実感。それは間違いなく、そのひとの生き方というものが風の強さや温度となり、相手が自然とにこやかになる、そんな心地良さがオーラという風になって届いていくのであろう。

 大人になって学び続けることが出来る人というのは、そうした風を手に入れることが出来る人なのかもしれないし、逆に、強風や、熱風や冷風で相手に苦痛を与える風を吹いてしまう人は、受けている影響や学ぶ対象を見直したほうがいいのかもしれない。学ぶというのは、さまざまなものがあるが、生きていくのに重要な学びは目の前にある出来事への対応法なのかもしれない。だとすればやはり、対応法を身につける武術稽古というのは、生きていくための重要な思考法の訓練を擬似的におこなっているものなので、生きていくということと直結している。

 剣術稽古では、久しぶりに「突き返し」をおこなった。だがこれはもう「突き返し」という名前には当て嵌まらなくなってきた。相手の突きに対して中心をずらし崩しておいて、その瞬間に潰しを掛け相手の喉元に下から切っ先を突き入れるというものなので、いつかそれに即した名前に変更したい。今日解った事は、崩しを入れるための斜の入りと、木刀の切っ先から鍔元までの半分位の間で技を掛けること。そのための左足大腿部の付け根の引き上げが重さと寄せに関係してくるということ。

 あっという間に稽古終了時刻を過ぎてしまっていたが、稽古場のスペースや身体の状態から、それがマイナスではなくプラスになる稽古がおこなえたことは在り難いものである。

 自分と価値観が似た人との出会いというのは、出会うべくして出会ったのであり、それは偶然ではなく必然であると感じる。だからいま孤独や寂しさを感じている人でも、そのうち出会うべく人とそのときが来れば出会えるのだから、今その人を知らないというだけで考え方によっては全く孤独ではない。ただ、どういう人と出会えるかというのは今の自分次第なので、どういう風を手に入れることが出来るか、何を学びどういう影響を受けるか、そうしたことが出会うべくタイミングの遅速にも関係するだろうしその後の価値観を決めていくものなのかもしれない。

 恋人だけでなく、愛情をもって人に接することが出来る生き方というのは、競争社会ではなかなか得られにくいのかもしれない。それぞれの人が思い描く幸せの基準値をその状況によって上げ下げ出来るゆとりと柔軟さがあれば、もっと多くの人が幸せに愛を失わずに生きていけるようにも思える。世の中には建物、道路、空、地下、多くの人が蠢いているがその中で誰と出会い、人生の中でどれだけ共に時間を共有出来たか…そういうことをあらためて思うと、いま出会っている人はとても大事な存在であり、命あってのものなんだなあ…と日々の偶然という必然に感動を覚える。


2017年9月23日 「抜刀術 特別講習会」
(お申し込み受付中)

金山剣術稽古会  

2017年9月 稽古日程

2017年10月 稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文


2017-09-08(Fri)
 
プロフィール

金山孝之


     金山 孝之
  Takayuki Kanayama


1975年生まれ
福岡県北九州市出身
東京都世田谷区在住

松聲館技法研究員

金山剣術稽古会主宰

Gold Castle
殺陣&剣術スクール主宰

高齢者のための剣術教室
クラーチ剣術教室講師


1999年
映画監督中田秀夫氏との出会いにより映画に出演。そのほかマンダムのモデルや舞台のプロデュース公演などをおこなう

2006年
小林照子先生とのご縁から
「からだ化粧」のモデルを務める

2009年
武術の道を志しそれまでの活動を一新し武術稽古と研究に励む

2011年
武術研究家甲野善紀先生に師事し「抜刀術」「剣術」「杖術」「体術」などの稽古と研究に取り組んでいる。また、先生の書籍、番組撮影、記録映像、その他演武等における打太刀や受けを務めている

2013年
刀と身体操作の技術向上を目指し裾野を広げるべく「Gold Castle 殺陣&剣術スクール」を発足

2014年
甲野善紀先生より
「松聲館技法研究員」を拝命
自身の経験を活かした指導法を各道場等でおこなっている
 
シニア住宅にて
「高齢者のための剣術教室」をおこなっている

日信工業株式会社の製品
「SAMURAI BRAKE」のプロモーション活動に携わる

2015年
「金山剣術稽古会」を発足
現代における武術稽古の必要性を身体と心で学べる場として活動している

2018年
「関西特別講習会」として定期的に関西地域での講習会を開催

2019年
BABジャパンよりDVD『古武術は速い』刊行

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