暑さを感じ忘れた7月最後の稽古

 7月最後の稽古は高田馬場でI君とおこなった。今日は帰宅後、道衣の汗を見てあらためて今日は暑かったのかということに気が付いた。風が少し入り込んでいたのでそれほど暑さを感じていなかったのであるが、そんなに動いていなくとも体重が2kg落ちていたのでそれなりに汗をかいていたということだろう。

 8月はI君が北海道に行かれるため、今日を最後に一ヶ月間お休みとなる。そのため今日は向こうに入っても一人でおこなえる内容を中心に稽古をおこなった。

≪稽古内容≫
(杖術)
・二十連円打
・四天誕杖
・合心之型
・下段扇抜き
・上段扇抜き
・轟之型
・十一之型

(剣術)
・抜付之型
・千鳥之型
・万乃型

(抜刀術)
・風葉納刀 かぜはのうとう
・巴抜き
・隅返し


 一人でも出来る内容としてこれらをおこなった。だがこれ以外に今日は進展が見受けられた。それは剣術での「斬割」をおこなった際に、道場の二往復目に入った中間あたりで、一振り身体が変わったように感じられた。直ぐに尋ねたところ、「感覚が解りました!」とこれまでの中で初めてそうした言葉を聞くことが出来た。感覚から身体の調和が整い、それが余裕を持って精度の向上とともにおこなえるようになったことから、「景色が変わったでしょ?」と聞いたところ直ぐに「ハイ!」と答えられ、この一振りの変化を互いに感じられた瞬間というのは感動的なものである。分かり易く言えば、自転車に乗れた瞬間に立ち会ったようなもので、一回乗れるようになるともう乗れない状態には戻れないのと同じで、明らかな進展を実感したようだ。

 今日はお母様も途中からお越しになられ、先週のクラーチ剣術教室でのお礼と一ヶ月間お休みになる間の稽古のこと、その他諸々お話をいたしました。また是非一緒にクラーチ剣術教室に行く日が来ればと思っております。9月にまたこの武道場でお二人とお会いするのを楽しみにしております。たぶん、いろいろと大きくなってるでしょうねぇ。
 
 稽古終了後は更衣室でいつもお隣でご指導されている伝統空手師範の先生とお話する機会がありました。77歳になられる方ですがこの暑い武道場でタップリ二時間は稽古をつけておられますので、そのお姿とお人柄には学ぶべきことが沢山あります。I君もいつも温かくお声を掛けて頂いておりますので、彼にとってもそういう方とのコミュニケーションは貴重な経験であると思います。

 7月は良い稽古で締めくくることが出来ました。また8月も皆様よろしくお願いいたします!


2017年8月12日(土)「立廻り 特別講習会」
(お申し込み受付中)

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2017年8月 稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文


2017-07-31(Mon)
 

みなさまに支えられて力を貰っています

 このところ過ごしやすい日が続き、講習会場までの往復の道中も凌ぎやすかった。街行く和装姿の若者や各地でのお祭りが賑わいを見せている。私は年中同じような格好で夏らしいことはまだしていないが、平日に何か出来ることがあれば夏を楽しみたいものである。7月も残り24時間を切ったが、夏をかみ締めて次の一ヶ月間を過ごしたい。

 さて、本日は品川区総合体育館剣道場で15時00分~20時45分位まで講習をおこないました。新しい方が入ってくる度に、一年二年を迎えた生徒の成長を感じます。とくに今日のような立廻りの講習では、相手を観ることが出来ているかという面においてその差は歴然としてきます。

 このところ成長を感じる高校一年生のK君は、動きだけでなく私との言葉の受け答えにも大きな成長を感じております。素直な心は身体への染み込み具合にも関係してきます。なにより驚きましたのは、杖の講習で最後に十一之型を六手目まで何度か速くおこなっていただいたところ、今日の参加者全員の中で1番か2番目の速さでおこなうことが出来ました。元々杖に興味があったK君ですが、これは私にとっても感動的な瞬間でした。今はそうした私とのやりとりの中で、信頼関係が動きの変化にも見て取れるようになりました。今は成長段階真っ只中ですので、これからの彼にとって必要な何かを吸収していけるように私も伝えていかなければと感じております。ここまでの成長は彼自身の頑張りですので素晴らしいことです。思いや心の受け取り方というのは人によってさまざまですが、ここで多くの大人と触れ合っていくことで、自分が学ぶために必要な何かに気が付いていくものです。社会の厳しさとは自分の居場所または環境が生きていくために否応なく決められてしまうものです。どうするかは自分次第ですが、人の影響というものは非常に大きいものですので、自分の人生にとって発展していける人との出会いというのは得難いものでもありますがそういう人を見抜き学ぶことも大事なことです。

 今朝方、R君のお父様から嬉しいご報告があり、私としましてもこの教室を開講して良かったと心から思える気がいたします。素直な心が吸収力となり、自らおこなえるように導いてあげられる親御さんの愛情を感じます。社会に出て自分の居場所を確立することは容易なことではありませんが、その厳しさを子供の内から経験させることは私は非常に良いことであると思っております。これからの成長を私自身も見届けたいですし楽しみにしております。

 私も日々未熟な身体と頭を使って疲労が溜まる事にも慣れてきましたが、何人かの方から有り難いご連絡をいただく事で、その疲労は一気に吹き飛んでいきます。これからもそうしたご縁のある方と、発展的な考えに思考が自然に示していけるように、健康的に疲労と闘いながら前に進んで行きたいと思います。

 本日も熱心な生徒達から元気をいただきました。ありがとうございます。


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2017年7月 稽古日程

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2017-07-31(Mon)
 

ついに二百回生誕生!

 本日は戸越体育館で午前の部(殺陣クラス)昼間の部(杖術クラス)の講習をおこないました。まず殺陣クラスでは、万乃型を最後まで通しでおこなえる方が増えてきましたので、今後は間と拍子を考えながら全ての動きを把握出来るようにおこなっていきたいと思います。まだ覚えていない方は焦らず丁寧に、前半部、後半部、最後の納刀までを順に進めていきます。構えというのは動きの中の一瞬に備わっているかどうかが表れてきますので、こうした型稽古の中で気付いていないところを気付けるように、そうしたものは前に進むほどに気付くものですので、覚えたところからが本来のこの稽古の目的と言えます。立廻りを想定した意識、空気感、そうしたものを身体で表現していきます。眼球の動き一つも制御していかなくてはなりません。眼球も姿勢の一つと思っていて下さい。

 払いからの胴斬りに続く袈裟斬りも今回おこないました。前回に続き切り返しからの胴斬りに続く袈裟斬りもおこない、生徒の皆様を見ていて徐々に身体が慣れてきたように感じます。私の教室では剣術も兼ねておりますので、軽い竹光や軽い木刀ではなく一般的なサイズの木刀でおこなっております。そのため片手で切り返したり小袈裟に斬ることはやろうという気になりませんが、私といたしましては、本来の刀で出来ないようなことは殺陣とはいえ刀の扱いを伝えていくものですので、一般的なサイズの木刀で(これでも軽いのですが)おこなうこととしております。

 私の稽古会にGさんという方が入られましたが、Gさんはこれまでにとある流派で真剣で斬る稽古を積まれており、やはりその刃筋には私もしばし観察して目を離すことがなかなか出来ませんでした。思わずどんな居合刀か持って確認したくなるような「斬り」を感じたものでした。

 つまり、斬るための身体の使い方、実際に斬った感覚というのが身体の中に宿っているものでありそれは知っておかなければならないということ。私自身も斬ることの重要性を感じておりますので、研究したいと思っております。

 殺陣を心地良く見られるものにするには、技術もそうですが芝居としての「嘘」も重要になります。端的に言いますと、お互いに全力で協力しあっているのを真逆に見せるということ。相手が速く動けるための刀の出し方や間合いの取り方、力を入れているように見せて、相手が動きやすいように調整すること。意外と多い質問の中に、「殺陣と剣術の違いが分かりません」という声やメールでの質問がありましたが、これも端的に言いますと、殺陣というのはお芝居ですので顔の表情も含め斬る側と斬られる側(芯と絡み)に分かれて、観ている人が心地良く感じられる構成の中で、それを段取り良く遂行させるための決まりを確認しあいながら安全におこなえるためのリスクを避ける訓練を身につけておこなっていくものです。芝居として心地良く感じられるかが私にとっては重要であり、そこには間と間合いと拍子と斬心が身体操作の技術とともに身に付いて初めてその構成を理解し表現出来るものと思っております。舞台ということになってきますと、そこに衣装や音楽に照明、脚本にセリフがあり、暗転明転での出退の役割等、さらには宣伝とチケットやチラシの作成等々・・・こうなってきますと劇団のようにチームとして作品作りをメインとして活動していかなくてはなりません。

 当スクールは、一般の方から現場でお仕事をされている俳優さんまで幅広く殺陣を身につけられるように、杖術や剣術もおこなうことで自在に扱える身体の使い方と、説得力のある動きを身につけて頂きたいと考えております。

 そうした意味で剣術や杖術といいますのは、殺陣と違ってお芝居を見せるための動きではなく、技を身につけるための動きを稽古いたします。相手が付いた場合におきましても、斬られ役ではなく、理合いから技を引き出すための体捌き身体操作を引き出すものであります。またそうした感覚に目を向けることで、心と身体の関係性に目が向くようになり、調和のとれた動きや、身体の纏まりを実感することが出来た瞬間の喜びがこうした稽古では「気づき」として皆さんが夢中になって取り組まれている大きな要因であると思っております。

 技があっての芝居であり、技があるから芝居が生きてくるものと思っております。ですから殺陣と剣術は目的が違うものですが、刀を扱うなら剣術を身につけるというそこの本筋は外せないものと思っております。

 久しぶりに熱が入ってきましたが、話を講習に戻して、昼間の部ではダブル受講の方が四名いらっしゃいました。予想通り昼間は混雑しましたので、剣道場と柔道場の両面を取っておいて助かりました。

 そして本日は、Oさんが二百回目の受講となりました!

 百回目と二百回目を第一号で突破されました。ホームページの「生徒さんの声」にも書いていただきましたが、73歳になられ、長年のリウマチと付き合いながら、30kg台前半のOさんが武道具と稽古着を持って電車を乗り継いで来られるだけでも大変なものです。二百回といいますと、毎週一回参加して約四年掛かります。この教室は開講して今年の10月20日に丸四年となりますので、週に一回以上のペースで通われているということになります。さらにOさんはこの教室だけでなく毎週火曜日におこなっている「高齢者のための剣術教室」では世話人となって下さり、ここでも皆さんと一緒に稽古に励まれています。驚くべきことには、向上心から木曜日に不定期で自主稽古会をおこなわれております。私の特別講習会にもほとんど参加されておりますので、情熱や気持ちの持ち方というものはいかに大きな力になっているかということが十分に伝わってきます。私の教室で運動経験の無い女性の方でも頑張って続けてみようと思われる方が多いのはOさんの存在というのも大きな励みになっていることと思われます。「次は三百回ですね!」と言いましたが、無理をせずに大きな怪我や病気にならないための事前察知力で、「くやしい!」というエネルギーをいつまでも持ち続けて楽しく励んでいっていただきたいと思います。


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2017年7月 稽古日程

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2017-07-30(Sun)
 

揃ってきたなと、これからが大事

 昨日今日と涼しく過ごしやすい一日であった。だが稽古では関係なく汗だくになってしまう。この二日間も充実した稽古となった。

 まず水曜日は戸越体育館でW氏とともに研究稽古をおこなった。ここではいろいろと私の研究したい稽古をおこなっているため、指導をおこなうというよりは受けとして相手になってもらっているということが多い。

 この日は体術を中心にエネルギーの伝え方をいろいろと検証した。何度も聞いていることでも、あらためて自分で実感を得るための試行錯誤で、その事の意味を感覚的に知るということは重要である。

 接触の当たりが強いということは、体本体への逆流であり、それが体内でぶつかることが詰まりとなり、エネルギーの伝達が滞ってしまう。接触が柔らかいということは、本体からの流れが滞っていないため、相手に通るまでの乗せ方が違うのではないかと思うのである。そして通した後に引くこと(謙譲の美徳)と言われるエネルギーの伝達法であるが、私の場合譲るというより切り離すという感覚の方が実感しやすかった。そしてその切り離しがあるのとないのとでは、身体に掛かってくるエネルギー伝達の残りのようなものが抜けて向こうへ移せたのか、そのまま不完全燃焼のままこちら側に残ってしまったのか、そのあたりが実感できたことは大きかった。今後はこのエネルギーを伝達させるための抽出法を検討し、より小さく力みの無いように目指したいところである。

 もう一つは、手を忘れ背中を使う意識も、突きに関して払われにくいものであった。今後はその感覚をさまざまに転用させたいものであるが、このあたりは8月に井上さんとおこなう稽古で検証したい。

 相手の中心を狙い続けながら接触圧を逃がす側と通す側の攻防のような稽古もおこなった。その前におこなった皮膚のテンションを維持させながらおこなう稽古で感覚的に養われるものがあったので集中しておこなうことが出来た。

 そして本日は高田馬場で、W氏、I君、K氏、G氏の四名で稽古をおこなった。私の稽古会で四名は初めてだと思うが、私の稽古方式では四名までが限界である。今後今のメンバーが進展し、どういう稽古体系になっていくのか私としても楽しみである。おそらく私にとっての成長に繋がる稽古となっていくことは間違いないだろう。お互いに感ずるものを大事に、自分の身体に向き合って何かを得ていける稽古空間でありたい。


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2017年7月 稽古日程

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2017-07-28(Fri)
 

夏休みの社会勉強に

 本日の「高齢者のための剣術教室」は、現地の最寄り駅でI君親子と待ち合わせをして、改札でお母様と別れ二人で会場に向かいました。

 今年の春休みにお母様と共に初めて訪れ、その日のレストランでの食事の時に「また来たいです!」と楽しそうに言っていましたので、今回夏休みになって再び皆さんと再会となりました。お母様はお仕事の為お別れとなりましたが、前回と違い一人で考え行動することが彼にとっての社会勉強となりました。

 I君はニコニコと誰からも好感を持たれる優しい目をしておりますので、あっという間に色々な方から声を掛けられ、そうした方々にハキハキと答えておりました。こうした部分は彼にとってこれからも大事にしていって頂きたいと思います。

 講習では、療養中のためお休みされているお二人と体調不良と用事のためお休みされた方お二人の合わせて四名の方が休まれていましたが、その分スペースが空いていましたので、久しぶりに「抜付之型」をおこないました。杖の「二十連円打」では、I君が全て出来ますので、私は新しく入られた方やまだ最後まで進んでいない方を集中的に見て、I君には最後まで出来るようになった方々とペアになっておこなっていただいておりました。

 小学校六年生であるI君が活き活きと70代、80代の方々を相手に手ほどきをしている姿は心温まる風景でした。一年二ヶ月、ほぼ毎週マンツーマンで稽古してきましたが、子供の成長速度、吸収速度というものは大人の一年二ヶ月の何倍も密度が濃いものと思われます。その間にI君が私からどのようなものを吸収していったのか興味深いものですが、それ以前に、親御さんからちゃんとした育てられ方を受けていることは、この一年二ヶ月の間に感じておりました。

 素直な瞳と、優しさに真っ直ぐ考えが浮ぶ純粋さ、自分の考え方や彼なりの義を感じますので、こうした社会経験や広い世界を観ていくことは、彼にとっては大きな成長の出来る吸収力と行動力を持っているものと思われます。こうした多感な時期に大切なお子様を預からせていただくことは私にとりましても大きな学びになりますし、こうしたことはもっともっと先に出来ればと以前は夢に思っていたことでもあります。

 帰りの電車では食後ということもあって眠気が襲ってくるのですが、I君となぞなぞなどをやりながらあっという間に乗り換えの駅がやってきました。こうした他愛の無いやりとりも、年月が経てば美しいものに昇華されます。これからもI君の成長を見ながら稽古をおこなうことは、私にとって子供の育つ過程を見せて頂いておりますので大変勉強になっております。愛情と躾と責任を持たせた自由さのなかで、子供は大人を観て育っていくのでしょう。人に好かれるということは何より大切なことですので、心が健やかで間違ったことをちゃんと正してくれる素晴らしい親御さんに私は心から感謝しております。


 最後に本日記念に撮りました写真を掲載いたします。


2017.7.25 高齢者のための剣術教室①


2017.7.25 高齢者のための剣術教室②


2017.7.25 高齢者のための剣術教室③


2017.7.25 高齢者のための剣術教室④


2017.7.25 高齢者のための剣術教室⑤


2017.7.25 高齢者のための剣術教室⑥


2017.7.25 高齢者のための剣術教室⑦


2017.7.25 高齢者のための剣術教室⑧


2017.7.25 高齢者のための剣術教室⑨


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2017-07-26(Wed)
 

生徒を集中的に見て行けるために

 7月も第四週目の日曜日が終わりました。夏真っ盛り、暑い日が続くのは嫌なものですが、夏の終わりは寂しいもの。これから蝉の合唱も増えてくるだろうし、ギラギラとした太陽も「これが夏なのだ!」と受け入れるより仕方が無い。

 今日のGold Castle では、昼の講習を戸越体育館でおこないました。そこに向かう道中近くの広場に20人位の人がそれぞれスマホを片手に立ち止まっており、「今更ポケモンでは無いだろう・・・・・・」と思い、ご年配のご夫婦もスマホを覗き込んでいましたので、これは何かミサイルでも落ちたかと思い、知人に電話して聞いてみました。

 特にテレビでも異常は無いことから、特定の場所だけに集まっていましたので、後から知りましたがどうやらポケモンの影響のようでした。私はスマホを持っていないのでよく分かりませんが、ふだん人が集まらないところに他人同士が静かに集まっているのは少々不気味に感じます。

 講習では、戸越体育館の剣道場と柔道場の両面を使っての講習となり、体験参加の方々も多かったのでスペース的にも丁度良かったと思います。夜間の部では会場を品川区総合体育館剣道場に移っておこないました。夜間の部にしては珍しく昼間の部と同じ参加人数で賑わいを見せました。夜も体験参加の方々がいらっしゃいましたので、ジックリと取り組んでいただきました。昼間の部でもそうでしたが、やはり姿勢に関して正していかなくてはならないものがありますので、自らの姿勢の特徴を知ることから始まり、どうすれば正せるのかを知り、それを実践していけるように取り組むことが先決です。

 体験参加のお申し込み人数につきまして、今後は貸し出し武道具の数に関係なく、混雑するおそれのある会場や時間帯によっては2~3名までにさせていただきたいと思います。おそらく今後は少しずつ受付可能な人数が少なくなってくるものと思われます。ありがたいことですが、私といたしましては生徒の皆さんや、古参メンバーの方々にまだまだ伸びていっていただきたいと思っていますので、より集中的に全体を見ていけるような状況に持っていきたいと考えております。

 今夜は疲労が思考力を奪っているようです。明日は第四月曜日、私にとりましては完全休養日となります。第五週目の講習に向けてエネルギーを蓄えたいと思います。


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2017年7月 稽古日程

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2017-07-24(Mon)
 

杖術 特別講習会盛況にて終了!

 本日は品川区総合体育館柔道場で「杖術 特別講習会」をおこないました。

 今回初めておこなった「轟之型」をメインに、それらに含まれる「抜巴」「馬突き」などを最初におこないました。今回は私が毎週火曜日におこなっている「高齢者のための剣術教室」からHさんがOさんのお誘いで参加され、講習会&懇親会も楽しまれているご様子でした。

 前回の抜刀術特別講習会にもお越しいただいたGさんも、今日の杖術講習に興味深く取り組んでおられ、私といたしましても一つ、自分のおこなってきたことがどうであるのかを確認することが出来ました。今後は、武術を学んで来られた方以外にも、私のところで初めて武術に触れた方に対し、どのようにその辺りの「観る目」「見つける目」を育んでいくことが出来るのかが今私としてのテーマとなっているところであります。

 おそらくそこに至るまでにはある程度の月日、または年数が必要であるかと思いますが、無理に推し進めても意味が無いものですので、「楽しさとともに学ぶもの」それは技術収得の裏にある身体と心の在りかたと言いますでしょうか・・・・・・その辺りは私といたしましても未熟さゆえにお伝えすることが難しいのでありますが、未熟といって逃げ口上にしてはいけません。その辺りに気がつけることで場における間のとり方、得られるものを見極める感覚、そうしたものはある条件が揃って継続的にお伝えし受け取っていただくものですので、私の場合そうしたものを厳しく言葉で言わなくても皆さん人間ですからご理解いただけるものと思います。時間は掛かるかもしれませんが、そうした技の収得のための感覚に目を向けることで、自己を見つめ相手を観ることにつながっていき、そうなれば自ずと武術を学ぶ者が集まる空間というものが、柔軟な対応力を兼ね備えながら育っていくものと思います。

 関西から出張で来られ合間を縫ってご参加いただいたKさんには、私といたしましてもいつも身が引き締まる思いがいたします。思いますのは、やはりこうした武道武術を経験された方々が、私のところにも足を運んで下さることで私自身気が付くことや次への目標のようなものが見えてきます。前を見て行く事の重要性は細かい部分での思考のレスポンスに大きく影響してきますので、「進むこと」「進もうとするものがあること」、これはとても在り難いことなんですね。

 講習後の懇親会への移動中に、Gさんが前回の抜刀術の講習会で、私が「刀の抜き心地」と言った事が強く印象に残っていたそうで、私はその言葉をすっかり忘れていましたが、おそらくその瞬間の感覚から言葉に繋がったものであると思います。抜き心地と言いますのは、これまでにおこなっていた定寸サイズの刀では、違和感を求めたくともそれなりに抜けてしまうことが私としては何も感じるものが無く、始めのころに感じていた違和感から心地良さに変わる瞬間というのをより求めたいことから長い刀に変えざるを得ませんでした。もう一つには、「斬り終えた瞬間に感じる実感をより厳しい状況から手に入れたい」という欲求もあり、現在二尺七寸の居合刀を使って稽古しております。(記事を記載しながら、瞬間に感じることの重要性、または瞬間だからこそ感じられるものということに気が付きました。)

 その前回の講習会を受けられ、真剣でそのなかの技から「飛燕」や「巴抜き」で実際に斬って検証されたそうですが、非常に良く斬れたと仰っていました。こうした実際に斬る稽古を積まれている方から感動的に結果を報告されることは、私といたしましても大変嬉しいものです。

 今日はお二人の女性が下駄デビューを果たし、女性用の桐の下駄は小柄で鼻緒も粋なため、洋服姿にも非常に良く似合っておりました。このお姿を見て下駄を購入される方も増えるような気がいたします。下駄は、身体の使い方が養われ、歩いているだけで稽古となります。地を蹴る習慣から足を引き上げる習慣に変わっただけでも、身体の使い方のみならず大腰筋など内側の筋肉に働いてきます。下駄を上手に履きこなす楽しみもありますのでオススメです!

 懇親会をおこなうお店の前で、関西からお越しになられたKさんと握手して別れ、このところ夜からの開催などで懇親会が設けられませんでしたので久しぶりに、いつものやんわりとした雰囲気で気が付けば二時間半いろいろなお話を伺う事ができました。あだ名が「ドクター」のNさんは、今日もスイーツでのちょっとした出来事が笑いのツボでした。Nさんの距離感を感じさせない温かい雰囲気は彼の持っている個性の一つであると思います。

 今日は「Gold Castle」のホームページに掲載する「生徒さんの声」の写真を撮影いたしました。今回お願いしましたのはフカフカのお姉さんです。(最近の方には意味不明かもしれませんが・・・)こうして皆様から支えられていることに感謝し、また前を向いて進んで行きたいと思います。

 今日も素晴らしい一日となりました。ご参加下さった皆様、ありがとうございました!


2017年8月12日(土)「立廻り 特別講習会」
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2017年7月 稽古日程

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2017-07-22(Sat)
 

稽古への取り組み方

 今年も雨の少ない梅雨であったが、このままだと今年の8月は厳しい暑さになるような気がする。昨年は過ごしやすい夏だったので、今年は覚悟しておいたほうが良さそうだ。

 さて、私の稽古会も連日熱い稽古が続いている。昨日は高田馬場でW氏とK氏とともに稽古をおこなった。形で覚えずに、その形の意図するものを考えておこなっていただいた。礼を交わすということは、その間の相手を敵と想定しておこなうものを互いに了承し、不慮の事態も含め覚悟を持って取り組むということがそこに含まれている。またそうした状態でなければ得ることが出来ないものもある。ただし、勝ち負けに拘った畜生剣術になってしまわないように、その辺りは心の在り方が関係してくるが、その先に向かっていくには心身の在り方が大きく関係しており、その先に技が見えてくるのだと思う。今後はそこに稽古の焦点を当てていきたい。

 そして本日はI君と稽古をおこなった。また身長が少し伸びたようだ。この一年間で色々なことをおこなってきたが、これからはその中の技であったり型稽古のなかから感覚的にどう発展させていくことができるか、I君自身の稽古への取り組み方が今後の進展具合を決めていくだろう。

 さて、明日は「杖術 特別講習会」を開催する。懇親会も久しぶりにおこなうので、いい講習会となるように務めたい。


2017年7月22日(土)「杖術 特別講習会」
(受付終了となりました)

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2017年7月 稽古日程

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2017-07-21(Fri)
 

心の練磨

 本日は甲野善紀先生のメールマガジンの動画撮影とそれにともなう研究稽古のため松聲館に行って来ました。到着すると、陽紀さん御夫婦とお子さん達にお会いすることができ、私としましては良い思い出になるひとときでした。

 今日は田島さんがお休みのため、小磯さんと一緒に先生の受けを務めました。この時間といいますのは、全てが無駄にはならないものでして、今の私が在るのもこの場所があったからであると思います。今日の稽古で私の感想といたしましては、エネルギーの伝達法には驚くものがあり、そこには反射を封じる身体の手続きが関係し、それに関連して詰まりなき速さというものが一部の筋力を意識的に用いては不可能なものとして見て取ることが出来ました。さらにそこには、心理面の状態が身体の整え方など何らかの影響が実感出来るものとして在り、その状態における技というものはただただ驚くばかりです。

 心の練磨とは、やはり普段からの自己を客観的に掘り下げて考え、そこになんらかの回答を得なければならないようにも思います。そしてそうした日々の研鑽が武術という技の獲得に心身の状態をフォーカスしていけるのではないかと思うのです。

 私も日々いろいろありますが、前に進めるための出来事や可能性にピントを合わせ、そこに対して考え新鮮な回答を自分自身に出していける生き方が、結果として武術稽古に結びついていけるものと思いますし、そのなかからやはりレベルを上げていかなければなりません。それがこれまでの人生経験から学んだものでもあり、そこに気が付けるようになったのは、やはり素晴らしい方々との出会いがあったからです。そうした現実に感動をいただける方との出会いというのは大きな救いになりますし、共に生きて行く同世代の方々とも美しい時間を過ごした日々はやはり救いであります。

 これからもそうした方々との出会いを大切に、そして私自身も精進し、日々の中で進展していくことが私とご縁の繋がっている方々に対して微力ながらもお返ししていけるものと考えております。

 今はそうした日常を生きていけることが大変幸せであると思っております。本日も稽古、ありがとうございました。


2017-07-20(Thu)
 

明るさと笑顔が溢れ出る空間

 昨日は関東でも雨が不安定な降り方をしていたが、帰宅時に最寄り駅から傘を差し始め、なんとか豪雨なる前に帰宅することが出来た。遅読な私であるが、ジックリ本と向き合っていたので、23時頃、久しぶりに実家から雨を心配する電話があったがあまりピンとこなかった。

 そんな昨日は「高齢者のための剣術教室」に向かい、いつものように皆さん杖の二十連円打に意欲を燃やしていました。現在はこの二十連円打をメインに構成していますので、どこかでタイミングを見て内容を変更して行かなければなりませんが、まだまだ今の皆さんの意欲を見ておりますと、この稽古に関しましては私はサポート的指導となって、皆さんそれぞれの稽古にお任せしたいところでもあります。

 先週はSさんが杖をつかっておこなう体操の際に足元を滑らせ尻餅をつかれた際に左膝の靭帯を痛めてしまい、初めて怪我人を出してしまいました。そのため今後は、これまで以上にリスクを考えながら講習内容を考えていきたいと思います。

 講習後に食事をおこない、その後初めて屋上を見学させていただきました。素晴らしい開放感で周囲が見渡せる中で、どうやらここでも自主稽古をされている方がいらっしゃるようです。夏場は暑いのでくれぐれも熱中症には気をつけて無理はなさらないように願います。

 こうして有り難い日々の活動をさせていただいていることに感謝します。自らの心持ちがその後の人生の流れを定めてしまうものと思いますので、そうしたご縁の続く方々とこれからも楽しく集中した時間を過ごし、ものごとを捉えていく予測力と判断力、そして行動力を身につけていきたいものです。


2017年7月22日(土)「杖術 特別講習会」
(申し訳御座いませんが定員となりました)

2017年8月12日(土)「立廻り 特別講習会」
(お申し込み受付中)

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2017年7月 稽古日程

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2017-07-19(Wed)
 

自然と向上していくための環境づくり

 暑い三連休が終わり、私としては、土日合わせてこれまでで最も多くの方が来られた講習会となった。そうした濃密な各一コマ一コマが私にとっては今を活きてると実感できる。このブログのカテゴリ、「人生の一頁」に収めた「俳優時代の告白」ではゼロからのスタートを重ねてきたが、そうした経験はゼロではなく積み重なって今に活きていると思う。だからこそ、私の所へ来られる方への思いは強くなっていくのであろう。

 出会いが出会いを呼び、感動が輝きを与え、無意識の進展が行動力となり自らを照らしていく。そうしたことの感覚が心の透明度を高め、見えなかったものが見えるようになってくる。プライドや見栄、そうした表面的なものは見透かされるものである。目と耳と口からどのように学ぶことができるか・・・・・・感動的な人とは、その場にいるだけで肌が感じるもの。なるべく良いものを観ていくことを心掛けたいものである。

 さて、本日は高田馬場で夜からT氏と稽古をおこなった。おそらく、私との稽古にあたってT氏なりに準備をされてきたのではないかと思う。だからこそ今日の稽古は、伝えたいもの得たいものといった心理的な交換が心地良く進んで行った。

 私もこれまで何名かの方に、「感覚を養うための研究稽古にこの雰囲気では支障をきたすと感じた場合」や、少人数およびマンツーマン稽古での「当日キャンセルが何度か続いた方」との稽古はご遠慮させていただいてきた。そうなってくると、自然と少人数にならざるを得ないのであるが、私としてはマンツーマンでおこなう稽古空間というのはやはり特別なものであり、そこに至るにはその方の心持ちがどこまであるかが問われてくる。だから結果として、この稽古会は得るものがある空間として保たれているのである。とにかく、私にとって一番大事なことは「自分もおこなう稽古に対し、余計な感情や、ホンの僅かでも嫌な気持ちで稽古に取り組む気持ちが習慣化されてしまうことを避ける必要がある」ので、そういう意味では、いま私の稽古会に参加されている方々、今日のT氏も含めて、ありがたいと思える方々が参加されるようになった。

 ある意味私の厳しさ、気難しさとは、自分にとっての稽古に支障をきたすかどうかを最優先に判断しているので、そうした部分はすぐに変わるものでもない。このことは金銭などより重要な部分であり、私自身が稽古場で何を考えていかなければならないのかを考えたときに、共に稽古をおこなう人の存在というのはなにより大きいのである。

 自分の居場所は自分次第であり、私の居場所を考えたときに、まだまだ不安感は大いにあるが、心理的に通じるものというのは大きいものであることがこのところ分かってきた。そうした方々とのご縁は本当にありがたいものであり、そうした方々の事を考えるとエネルギーとなりまた次にお会いすることが楽しみになってくる。私自身まだまだ考えることが浅いし反省することは多い。だが、何かを形作りその先にある結果を見たいという気持ちは強い。

 2017年海の日が第1回目の稽古参加となったT氏と、これからも集中した中身のある稽古をおこないたい。


2017年7月22日(土)「杖術 特別講習会」
(申し訳御座いませんが定員となりました)

2017年8月12日(土)「立廻り 特別講習会」
(お申し込み受付中)

金山剣術稽古会  

2017年7月 稽古日程

2017年8月 稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文


2017-07-18(Tue)
 

「立廻り特別講習会」のお知らせ

 2017年8月12日(土)品川区総合体育館 剣道場にて立廻り特別講習会をおこないます。


 Gold Castle 殺陣&剣術スクールでおこなっている立廻りを二時間集中的におこなって参ります。ですので、生徒の皆様には直ぐに動きに入りやすいものと思われます。もちろん、他の殺陣教室で学んでいる方や、以前殺陣を経験したことがある方でも段階的にお伝えしていきますので、交流も含め皆さんそれぞれ今の実力を知る上で良い機会かと思われます。

 1グループ5名~6名での立廻りをおこないます。この立廻り特別講習会は一回で終了のものではなく、今後も完成度を上げていきますので、やるほどに上達されるかと思います。
(貸し出し用の帯と鞘付き木刀を用意しています。)


2017.8.12 立廻り 特別講習会



【開催時間】
15時30分~17時30分/基礎編 
18時30分~20時30分/立廻り


【会場】
品川区総合体育館 剣道場


【参加費】
1コマ 3.000円
2コマ 5.000円
(各コマ12名で定員とさせていただきます)


【お申し込み方法】
Gold Castle 殺陣&剣術スクールのホームページ、または「こくちーず」より下記の内容を明記してご連絡下さい。
①「氏名」 
②「年齢」 
③「性別」 
④「帯・鞘付き木刀の有無」 
⑤「ご希望の時間帯」

上記の内容を確認しましたら、こちらより折り返しご連絡させていただきます。


≪プロフィール≫
松聲館 剣術技法研究員
金山剣術稽古会 主宰
Gold Castle 殺陣&剣術スクール 主宰
高齢者住宅 クラーチ溝の口 剣術教室講師


2017-07-17(Mon)
 

観る眼と感じる心

 気がつけば三連休の二日目、明日は海の日ということでありますが、例年は「GMハッピーコラボレーション」を開催し、井上欣也さんや青木賢治さんとコラボ講習会をおこなっておりましたが、今年はイベントはありません。通常通り私の稽古会をおこないます。昨年の11月23日を最後にGMハッピーコラボレーション、略してハピコラは開催しておりませんが、青木さんには立廻りでお世話になりましたし、井上さんとはヨガをおこなってくださり、私自身も大変勉強になりました。ときどきブログを拝見させていただいてますが、最近は忙しくなられ、記事と写真を見ては癒されております。記事と写真にそのままお人柄が表れております。私のブログにリンクさせていただいておりますので、ヨガのことや身体の感覚的なことに興味がある方は覗いてみてください。

 今月22日(土曜日)におこなう「杖術 特別講習会」が本日定員となりました。次回からは二部制でおこなおうかと思案しております。久しぶりの懇親会も今回は賑やかになりそうですので楽しみにしております。

 講習内容は今のところ二つに分けて考えております。
 (常連組)
・「下段扇抜き」
・「上段扇抜き」
・「馬突き」
・「抜巴」
・「轟之型」

 (初心者組) 
・「左右持替」
・「打ち/突き」
・「単体技」
・「二十連円打」

 一応このような内容で臨機応変に進めていきます。あっという間に時間が過ぎて行きそうですが、丁度いいところを見ながら全員が楽しめるものとしておこなっていきます。

 今回はこの時期で定員になるのはおそらく初めてのことですが、なにやら面白くなりそうな気配が漂っております。

 
 さて、本日の講習では、昨日以上に暑さといいますか湿度が高くなり、かなりゲンナリするような外の空気でした。そのためOさんには、無理をせずに自宅で抜刀の練習をおこなっていただきました。そんななか夕方の部では昨日と同じ参加人数で所狭しと賑わいを見せました。さすがにこの人数で蟹や雀をおこないますと、インベーダーゲームのようで思わず吹き出してしまいました。とてもこの姿は剣術や殺陣をおこなっている団体の稽古には見えないでしょうね・・・・・・

 殺陣クラスでは「払いからの胴斬りに続く袈裟斬り」(払い~胴~袈裟)をおこないました。まだ生徒になって間もない方にもおこなっていただきましたが、感性のある方は感覚的にも身体に繋げやすいのか一気に良くなってきました。やはり、感覚が得られればそれに応じて進めて行けます。ですので、視覚でその場だけで真似ても進まないのですね。私があまり鏡を好まないのもそうした理由からです。

 夜間の部でも、この(払い~胴~袈裟)をかなりジックリとおこないましたが、それぞれに良い動きが見られるようになってきました。「間」の大事さが、観る者の集中を駆り立て、そこで斬る者と斬られる者とがいかに表現として活きていくかということを考えなければなりません。つまり、勝手に斬って勝手に斬られては、殺陣として魅せるものとして不完全ということです。 観ている人にとっての気持ちよさとは、緊張感とともに息もつかせぬ体捌き、一転静寂の間、そうしたものがリズムとして組み合わされており、そのリズムを生み出すために、斬り結んだり、鍔競りになったり、まるで音符のように殺陣という譜面上に構成されていきます。同時に観る側から粗が見えないための位置取りに繋がる手も必要になってきます。そうしたものがリズム感を邪魔させない構成としてなるべく無駄な動きが無いように作っていく必要があります。つまりは、観ている人にとっての気持ちの良いリズム構成から、粗が見えないための位置取りに繋がる動きを最小限の手の中で作っていく必要があります。無駄な手は観ていて飽きてきますし疲れます。私がおこなう立廻りとは、こうした全体の構成イメージからの引き算として考えております。構成の楽曲が分かってくると、あとは上手く演奏できるように技術を磨くのです。ですので、「間と間合いと拍子と斬心」というのは、常に念頭に置きながら立廻る必要があります。※(リズムと言いますのは、動きの間と拍子の時間の流れを表しており、身体でリズム感を表現している訳ではありません。)

 杖術クラスでは、夕方の部ではほぼ予定通りの内容でおこないましたが夜間の部ではスペース的に余裕がありましたので、内容を変更して「杖 十一之型」をおこないました。もしかすると、日曜日にこの内容をおこなったのは一年以上前だったかもしれません。今回は六番目までおこないましたが、機会があればまた十一之型をおこないたいと思います。

 昨日一昨日と新たに生徒となられた方がいますので、また一段と活気付いて参りました。以前からもそうでしたが、この教室には場を乱すような人はほとんどおりません。それはみなさまの雰囲気が結界を張って下さっているようにも思いますし、ある意味この記事でもそうした意味を持って書いているつもりです。学びたい人がいて、その思いを受けて日々の稽古の中で見つけたものを、自分なりにどう伝えていけるかを、反省の繰り返しの中で現時点へと繋がっております。

 そこには、何の肩書きも免許もありませんし、無名の私から学んでも自慢できるものは何一つありません。ただ、純粋に身体の使い方や技が出来るようになりたい、またはそうした集中した時間の中で自らの心身を成長させたいと思って参加されている方がほとんどです。

 ですから結果としてここに参加される皆さんは、自らが学びたい思い一つですので、人生の時間を自分で決めて有意義に使っていることを感じ取ることが出来ます。そうした生徒の皆様から私自身学ぶことも少なくありませんし、古参メンバーの方々もそうした年数や受講回数に捉われない心のあり方を、学べる人から学ぶべきであると思いますし、そうしたものと稽古というものは密接に関わっております。

 出来る出来ないも重要ですが、どういう気持ちでこの場にいるかということに自分自身の考えを掘り下げてみるといいでしょう。失われかけた大事なものに気が付くひと、気が付いていたひと、気が付かないひと、学ぶべき人を探してみると、まだまだ奥が深いものです。周りを観る力というのは自分に気が付くことでもあります。武術稽古とは、私の場合殺陣もそうですが、そういう事を同時に学んでいるものなのかもしれませんね。


2017年7月22日 「杖術 特別講習会」
(申し訳御座いませんが定員となりました)

金山剣術稽古会  

2017年7月 稽古日程

2017年8月 稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文


2017-07-17(Mon)
 

日曜日を凌ぐ賑わいとなった土曜日の講習

 本日は品川区総合体育館柔道場で、15時30分から17時過ぎまで杖術クラスの講習をおこないました。土曜日の剣術クラス、または杖術クラスは日曜日を凌ぐ参加人数となりつつあります。

 杖術クラスの脚部鍛錬稽古は、これまでおこなってきた蟹、雀、蛙から、差し換え突き、馬突き、抜巴、クロールなどから抜粋しておこなうようにいたしました。初めておこなった方も多かったようで、開始から二十分位でそれぞれの顔色が変わり始めてきましたが、今日位の内容でありましたら少し呼吸が乱れる程度になるように動きのロスを減らしつつ心肺機能もそれなりに対応できるものとして稽古しておく必要があるかと思います。

 休憩後は「合心之型」「上段扇抜き」組と「二十連円打」組とに分かれておこないました。各組ともに進められたかと思います。とくに生徒になって間もない方々が取り組まれた「二十連円打」は、それぞれシッカリと先を急がずに覚えることが出来たように感じます。身体の感覚とともに前に進んでいかなければ自分は覚えが悪いと錯覚してしまいますので、覚える以前に感覚を身につけることから始めなければ楽しさを見出せません。杖を購入された方は自宅で左右の持ち替えをおこなうだけでも、指先、掌、接触圧、バランスなどそうした感覚が備わってきます。

 上段扇抜きでは、右手の手首の操作が重要ですので、最短で威力の出る位置へと扇の形を描いて下さい。その際に左手手の内を剥がすことも重要となります。

 それにいたしましても、夕方の部(杖術クラス)は定員ギリギリ位の人数でしたので、鍛錬稽古により室内の空気が薄く感じられたため扉を開けておこないました。来週の土曜日におこなう「杖術 特別講習会」では、丁度今日位の参加人数になるかと思われます。私といたしましても、今日と同じ柔道場でおこないますのでスペース的に安心したところでもあります。

 そして夜間の部はとなりの剣道場に移動して、ダブルヘッダーの方が四名(特殊なダブルヘッダーの方もいらっしゃいましたが・・・笑)お陰様で殺陣クラスも賑わう講習となりました。

 各払いからの胴斬りや真っ向斬り、さらには胴斬りからの袈裟斬り、それらのリアクションをおこないました。また、絡みの抜けてからの走り方など体捌きも重点的におこないました。ドタバタとならないことが、本当によろめいているのか、よろめいている動きを表現しているのか、そこは大きく異なりますので、怪我や立廻りの演出に大きく関わってきます。

 後半は立廻りの序盤、一対四によるシーンの体捌きです。

 芯の動きでは、全体的に見ましてやはり三人目の払いにおける回転方向と払いと同時に左足が出ているかという点が、その後の四人目の体捌きに関わってきますので、個人で確認稽古される際に注意すべきところです。

 絡みといたしましては、三人目、四人目は三歩で入れる位置。一人目、二人目は、芯の動作に緊迫感を表現させる位置が重要となってきます。抜ける人は、その方向を間違えると怪我に繋がりますし、払われる人は、相手の体と自分の体の最終的な間合いを掴んでおこなければ顔や手元を打たれてしまう恐れが高まります。ですので、まだまだ半分ぐらいのスピードでおこなわなければなりませんし、そのスピードを加減するということもイザその場に立ちますと気持ちが入り過ぎて難しいものなのです。ですから私が目を光らせておく必要がありますし、それが殺陣の稽古といえるものでもあります。

 この立廻りの序盤シーンにつきましては、全体的な底上げが出来るまでは前に進めませんので、それぞれのレベルを上げていけるようにしたいと思いますし人によっては表現の種類を増やしていただきたいものと思います。

 今日も賑わいを見せる講習となりました。明日も夕方の部、夜間の部と品川区総合体育館剣道場で会場移動無しでおこなえますので、ダブル受講の方も歓迎しております。おそらく夜間の部の方が空いておりますので、集中的に行いたい方は比較的上達している人の多い夜間の部をお勧めいたします。

 それから、昨夜ホームページのトップ画面に「体験参加のお申し込みについて」という項目を追加いたしました。

 体験参加の方が増えてきましたので(元々多かったのですが・・・)次回の土曜日と日曜日の講習4コマ分から受付可能な人数を掲載することにいたしました。貸し出し武道具の関係から振り分けさせていただいておりますが、新しく生徒になられた方でも、まだ武道具を購入されていない方もいらっしゃいますので、その方はメールで構いませんので次回の講習参加予定日をお知らせください。基本的に体験参加の方を優先しておりますが、道具をお持ちで無い方も込みで体験希望者のお申し込み人数を絞らせていただいております。

 それでは明日も暑くなりそうですが、賑わう講習となりますよう会場でお待ちしております!


2017年7月22日 「杖術 特別講習会」
(あと一名まで受付可能です)

金山剣術稽古会  

2017年7月 稽古日程

2017年8月 稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文


2017-07-16(Sun)
 

暑い稽古は熱い稽古で

 真夏の稽古は稽古よりも移動が大変である。稽古は汗が心地良く感じられるが、移動中の汗はなんとも鬱陶しい。そのための着替えも用意していくので夏場は荷物が増えてしまう。

 さて、まずは昨日の戸越体育館での稽古から。

 研究稽古等で朝早くに出発したため、混雑する山手線を外し東横線経由で向かったが、これが失敗。朝の山手線は出来ることなら避けたいが、朝の京王井の頭線も同様の混み具合であった。渋谷からの東横線の乗り換えも以前に比べて時間が掛かるし、やはり山手線の方が良さそうだ。今度は最後尾で試してみよう。

 稽古ではW氏にスマートフォンで動画を撮って頂き、ある動きの全体像を確認することが出来た。これは私にとって大きな収穫となった。刃筋の稽古として「鹿威し」をおこなったが、私自身以前に比べて真芯で捉える率が上がってきた。その結果、昨日の稽古でW氏の木刀の先端部が大きく裂けてしまったことからも、木刀とはいえ、刃筋が完璧に立つとその密度に対する威力はかなりのものである。十発中十発ド真芯で捉えることが出来れば相当なものと言えるだろう。

 抜刀術では踵の使い方による重心移動に身体が慣れてきたことから、抜き易くなったものもある。胴斬りも含め、踵の使い方は一つのスイッチのような感覚で使えると、その瞬間に始まる重心移動の操縦性が向上する。W氏の抜刀も全体的に向上してきた。鯉口を握る左手の使い方でも、切っ先が引っ掛からずに鞘引きが出来るので、「気が付いたらそういう風にしていた」ということから学ぶこともある。抜刀術「飛燕」では、W氏の体捌きがこれまでにないほどの纏まりとその速さのための手続きが自然とおこなえるようになっていた。浮引であるが、これも踵始動による重心移動の一つといえるだろう。

 そして本日は高田馬場でW氏とK氏と稽古をおこなった。「剣 十一之型」では先日Gold Castle の講習で初めてお伝えしたが、私の心配を他所に皆さん興味を持って取り組んで頂いていたので、しばらくはこの型稽古をおこなうつもりである。K氏は三段斬り、W氏は四方斬りを集中的におこなっていただいた。

 抜刀術では久しぶりに「趺踞」からの抜刀をおこなった。K氏に座り方などの説明をしているときに、「ああ、なるほど。これは右足がお尻を僅かに浮かせているのか!」ということが解った。解ったというよりも、気が付いたらそうやっていたのである。この抜刀は、初動に起こりが表れやすくなるため、浮きを掛けることは必須であるが、それでもなかなか柄に手を掛けて体とともに鞘を引くというのは難しいものである。林崎甚助という人が、この趺踞という座法から一体どういう身体の使い方を会得されたのであろうか。

 今日も得るところのある稽古であった。夕方からは気持ち良い風が吹いてきた。夏本番の暑さを迎えているが、まだ時折優しい風が吹いてくれるからありがたい。

 7月22日(土曜日)の「杖術 特別講習会」のお申し込みが定員まで残り一名となりました。まだ日数がありますので、もしかすると受付終了となるかもしれませんのでその際は御了承ください。


2017年7月22日 「杖術 特別講習会」
(あと一名まで受付可能です)

金山剣術稽古会  

2017年7月 稽古日程

2017年8月 稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文


2017-07-14(Fri)
 

身体と心のセッション

 まるで梅雨明けのような空色の続く都心部では夏本番の陽射しとなってきた。群青色と白い雲とのコントラストに、葉や花に降り注ぐ太陽の光、電車内では健康的に日焼けをした学生達が居眠りをしている。こうした風景の変化が、一年歳を重ねて行く毎に良いものに思えてくる。思い出というものは歳を重ねるごとに磨かれていくのであろうか・・・・・・

 さて、本日の「高齢者のための剣術教室」では、いつものように開始前からみなさんそれぞれ「二十連円打」の自主練習をおこなっており、私が更衣室で着替えて稽古場に入りますとワイワイと元気に自主練習の成果を私に見ていただく方々の質問などを受けて、開始時刻を待ちきれずにみなさんそれはもう素晴らしいものです。

 8月5日で丸三年となりますが、ここまでの状況になるとは想像以上でした。Gold Castle の生徒でもあるOさんの体の姿勢や気持ちも元気に活き活きとなられたことがキッカケでこの教室がスタートいたしましたが、今や、Oさんも羨むほどのみなさんの成果に私も毎週この教室に来るのが楽しみであります。

 このところは生徒さん以外でも、毎週ここでお会いする方々とご挨拶やお話をする機会も増え、こうした人の笑顔や世間話から通じる気持ちのやりとりなど、喜んでいただけることは私といたしましても元気を頂けるものであり、自らの活動に迷い無く精進出来る経験となっております。

 講習中に「いいなあ。」と思ったのは、自主練習をされていることから、自分達で考えて、上手くいかない場合にどこが原因なのかを互いに注意し合い、それらをそれぞれが考えながらコミュニケーションを取れている事です。初めての方が苦労するのは、全てを考えて覚えなくてはならないので、脳が疲労してしまうのです。ですので先に進んでいる皆さんと同じ事をやろうとしてはいけません。自分は出来ないと錯覚しせっかくの意欲が萎れてしまうからです。少しずつ段階を踏んでいくことで、頭で考えなくても身体が感覚を頼りに動いてくれるようになります。そうした感覚の記憶が増えてきますと、脳の疲労度が格段に減少いたしますので、徐々に動きを増やしていくことが出来るのです。ですので、まずは感覚の記憶が操作を補助してくれるまで徐々におこなっていくことが最善の方法であります。

 稽古が楽しいと思えるのは、感覚に目を向け、感覚を発掘していけるような取り組み方と、その感覚をどのように使いこなせるか、身体と心のセッションを試みることです。年齢を重ねますと、体力や筋力は間違いなく衰えてきますので、感覚に目を向けてそこを研ぎ澄ますことが重要であるかと思います。

 今夜も月が綺麗に出ていますので、ラピスラズリを月光浴させています。邪気を払うといわれるラピスラズリですが、確かに邪気は払われているようにも感じます。これからも、良いご縁とともに私自身成長させていただけるように日々を送っていきたいと思います。


2017年7月22日 「杖術 特別講習会」
(あと二名まで受付可能です)

金山剣術稽古会  

2017年7月 稽古日程

2017年8月 稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文


2017-07-12(Wed)
 

新しい出会いからのご縁

 本日も暑い一日となりましたが、品川区総合体育館剣道場では集中した講習となりました。

 夕方の部では、体験参加の方が5名来られました。他にも数名この時間帯の希望連絡を頂きましたが、貸し出し武道具類の関係から他にずらしていただきました。おかげさまで毎週新しい方が参加され、生徒も増え続けてきております。今のペースで行きますと、ある段階で受付を止めることも必要となってくるでしょう。そうなりますと、これまで月末の日曜日以外受け付けていた募集を、しばらくストップするか第一週目のみという風にして行かなくてはならなくなります。生徒の皆様にとりましては、その段階になってきますと講習内容も全員同じ内容でおこなえますので、生徒の実力がこれまでよりも早い段階で上がってくるものと思われます。

 体験参加の方も、このところは入会を前提に来られる方が増え、そうした自らの意思で学びたいと思われる方との稽古は自然と明るさがあり笑いの中にも真剣さがあり、そのあたりの信頼関係があってこその稽古といえます。

 初めて参加される方には事前に、開始前に帯を締めますので少しお早めにお越しくださいとお伝えしております。遅れてしまいますと、時間前に来られて準備している皆様の時間を無駄にしてしまうため、私ももう少し今後は具体的にお伝えする必要があると考えております。いつも自主的に帯の締め方を教えてくださっている生徒の皆様には本当に感謝しております。今後は、講習内容を変更して、休憩時に帯を巻くようにしてもいいかもしれません。

 講習内容といたしましては、空抜けのための「廻走」を稽古いたしました。これは絡み役の動きの中で気になっていた部分を、稽古体系化しておこなったものです。空振りをした際の剣の角度と崩れ方、その際の走り方と振り向き方、同時に片手持ちになった際の刀の見せ方、そうしたものが駆け抜けていく中で、どこまで見せられるかということが魅せ方として重要になってきます。

 もう一つは、払いからの胴斬りに袈裟斬りを追加いたしました。これは、斬られ側の動きが重要になってきますので、払われてから崩され、体勢を立て直しながら斬り掛かる瞬間に胴を斬られ、前に二歩出ながら身を屈め、そこから後ろが視界に入りやすくなりますので、後方の袈裟斬りに合わせて大きく仰け反るようにリアクションをとります。

 見せ場を作るためには逆算していかなくてはなりません。その表現になるための布石を作っていかなくてはなりませんので、足運びや位置関係など、あらかじめ想定しておいてその空間に目付けをしておいて動いたほうが宜しいかと思います。ですから、速く勢いでやることよりも、まずは互いの動きを考え間と拍子をいかに合わせるか、という風におこなうほうがいいものが見つかるように思われます。これも台詞のお芝居と同じように、初見で読んだ台本のイメージですぐに完成させようとせず、そこからどういう心理が働いているか、いろいろな可能性を探り、そうしたなかで相手と間が合うものを細部も含めて作り上げていくことで、お芝居となっていくものと思います。もっと言えばそれらを忘れておこなえればいいのですが、そこまでには技術と経験を積まなければなりませんので、ゆっくりと動きの演技プランを構成しながら引き出しを増やせるようにおこなうと宜しいかと思います。

 少々、俳優さん向けの説明となってしまいましたが、お芝居の経験の無い方には、まずはゆっくりと相手を見てそれに合わせて動いてあげることです。互いに相手を見てそれに合わせる事が出来るようになれば、あとはその間と拍子を少しずつ速くしておこなえるように、互いの技量を見極めた中でおこなうと良いでしょう。

 夜間の部では夕方の部に比べて空いておりました。体験参加のSさんは、私といたしましても、稽古の中で伝え合うものがこれまでと違った形でおこなえるような気がしております。今年も後半に突入いたしましたが、私自身といたしましては、もっともっと自身を見つめ、身体と心について探究していかなくてはなりません。そうした時間の確保もこれからは重要になってきます。何かを取捨選択し身になる生き方となるように励みたいと思います。


2017年7月22日 「杖術 特別講習会」
(あと三名まで受付可能です)

金山剣術稽古会  

2017年7月 稽古日程

2017年8月 稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文


2017-07-10(Mon)
 

味覚と調和

 昨夜は数年ぶりに見ることの出来た七夕の星空でした。月も明るく隣には土星が輝いていました。私の故郷北九州や南の朝倉郡は豪雨で甚大な被害が出ておりますが、実家のほうは幸いなことに無事でした。ですが、ニュースで被災されている方々の懐かしい言葉を聞いておりますと何とも言えない気持ちになってきます。ふるさとを離れて生きている時間の方が長くなっておりますが、やはり子供の頃過ごした環境というのは特別な心情があるのでしょう。星空に向かってお祈りいたしました。

 本日のGold Castle 殺陣&剣術スクールでは午前の部の殺陣クラスが空いておりましたが、その分集中的におこなうことが出来ました。Iさんも相手が付いての立廻りを初めておこないました。少しずつですが集中して取り組まれておりますので、総合的な部分で身になってきております。その時間の過ごし方というものを大事にされていることが伝わってきます。

 優しさは愛情といえるかも知れませんが、長い目で見れば厳しさも愛情といえるでしょう。それは、その人にとって重要な部分を変えることが出来るか、そしてそれがその人の人生に生きていく術として身につけておいたほうがいいと思えるものとしての教えとなります。

 甘やかされて育った人、親の背中が見せられない人、厳しくしつけられながら愛情をかけて育てられた人、責任と、自由さの中で、自分で考えさせることが大事かと思われます。これまでにいろいろな親御さん達と接してきましたが、これは私の知り合いの教育関係の仕事をされている方も仰っておりましたが、やはり親の姿や家庭環境が子供に反映しているようです。体裁でなく、愛情を注いで一人の人間として接していくことで、子供は何かを感じるものです。逃げ場の無い子供の逃げ道を残しておきながら、影でサポートしてあげることが、次なる成長への一歩となります。

 講習会や稽古会を日々おこなっておりますと、一週間で五十人位と毎週向き合っておりますので、初めてお会いする人もいますから、接し方という点では人が来るも来ないも全て私次第ということですので、そういう意味では非常にシビアな仕事と言えるかもしれません。だからこそ、一人ひとりとの向き合い方というものが私にとっての成長となっております。

 本日の講習では、胴斬りからの袈裟斬りに入りました。斬られる側のリアクションもより動きが増えてきますので、身につけられるようにいたしましょう。後半は空抜けと払い抜けのための足運びの稽古として「廻走」をおこないました。絡み役の見栄えのための足運びの稽古です。

 夕方の部の剣術クラスでは、少なかった殺陣クラスの五倍の人数で、戸越体育館剣道場がより狭く感じられました。今日は以前もおこなった「払い突き」をおこない、いかに起こりを消して突き入れることが出来るかということを稽古いたしました。

 とくに威力を出したり気配を押さえるには、脚部の使い方が重要であることに気が付かれたのではないでしょうか。その脚部の使い方も、重心移動を留めておいて、ポンと前足の使い方により剣に重さを乗せていく方法など、身体の使い方により違いを確認できた方もいらしたようです。

 後半の「剣 十一之型」は、これをおこなうのは難しいと思って講習会でおこなうことを躊躇しておりましたが、今日の様子を見て、問題無い事が分かりましたので、土曜日の剣術クラスではこの型稽古をしばらくやっていく予定です。

 体験参加の方々には巴の手の内を練習していただきました。斬り上げた剣を一筆書きのように斬り下ろしていくには、右手手の内の使い方に技術が求められます。そこを行わずして今後の稽古にはどこかで支障をきたしますので、割と時間を掛けておこなっていただきました。

 今日は私にしては珍しく定刻どおり終了いたしましたが、その後やりたい方はそれぞれの課題を稽古していただいて構いませんのでやっていてください。ということにいたしましたところ、ほとんどの方が自主稽古されていましたので、私もそれぞれを見ながら結局十五分位押して終わりました。

 なんといいますか、人が集まって稽古している空間というのは、そこに純粋に動きを身につけることを目標とされており、その先にある段位や大会での勝利とは無縁の中での、気持ちよさや調和の実感などが、美味しいものを食べたときに、なぜ美味しいのか?それは美味しいから美味しいのであって、美味しさの説得力に比べれば、理由などどうでもいいのです。

 身体が感じる心地よさ、気持ちよさを実感出来る、またはそこに近づける方法を学ぶことで、そうした稽古空間というものは自然と心地よい空間となります。この教室に人が集まってくるというのはおそらくその部分が初めて訪れた方にも感じられやすいのではないでしょうか。強制の強い稽古であったり、人を蹴落としても勝ちを取れという教えや、指導者に気に入られるようにおこなわなければならない組織は、果たしてその場に何のために行きたいと思えるのか・・・・・・そこのところは非常に大切なところです。何を得て何を失うのかということを広い視野で考えなければ、誰かのため或いは組織のための犠牲といえるかもしれません。もちろんそうでない方もいらっしゃると思いますが、私も日々いろいろなところでいろいろな団体を目の当たりに拝見しておりますので、指導者と生徒の学びが、周囲にとってどういう影響を与えるのかということが大事に思えるところでもあります。

 三日掛けて長文の記事を書いておりましたが、精神的に感覚がいつもと異なりさすがに身体にも支障をきたします。やはり、これまでの無意識の習慣が身体の調子を整えてくれていたのだと分かりました。今の今、前を見てさらなるものを目指し、まだまだ見知らぬものを感じたいし、そうした日常を生きて行きたいと思います。

 明日は品川区総合体育館剣道場で、15時00分~17時00分、18時30分~20時30分と続けておこないます。夜の部のほうが空いていると思いますので、調整できる方は夜の部をお勧めいたします。それでは明日も、お待ちしております!


2017年7月22日 「杖術 特別講習会」
(お申し込み受付中)

金山剣術稽古会  

2017年7月 稽古日程

2017年8月 稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文


2017-07-09(Sun)
 

俳優時代の告白

 こうして過去を振り返り文章を起こす気分になれたのは、今の生き方や周りの環境が当時の私を客観的に捉えることが出来るようになったからだと思う。これから慎重に、どのぐらいの文章になるかは分からないが、辿ってきた道程を振り返ってみたいと思う。


『ボクシング部に入る』


 私が生まれたのは、福岡県北九州市門司区という、とてものどかで山と関門海峡に挟まれた坂の多い土地で育ちました。そのため、山で遊んだり海を眺めたりすることは日々の暮らしの中で当たり前でした。

 私の実家はグーグルマップで見ても緑一面の中に曲がりくねった道が一本しかないような所であり、家の裏山で祖父とともに竹の子を掘ったり鎌で草刈をしたり焚き火をしたり、そうした記憶が残っております。

 まわりの情報が少ない環境の中、当時は不良ブームといいますか、タバコにシンナー、改造したバイクに車、そうした人が集う学校や駄菓子屋が通学途中にあり、田舎のため自然と言葉を交わすことも少なくありませんでした。ただ私はそっちの方には興味が無く、次第に格闘技に興味をもつようになりました。

 高校へと進路を考えたときに、豊国学園にボクシング部があるという情報を知り、どうやらそこの卒業生に日本ランキング何位かのプロボクサーがいるということを聞いて、もう私の頭の中にはここでボクシングをすること以外考えられなくなり、結果としてここで三年間主将としてボクシングをおこないました。入部前に聞いていた卒業生のプロボクサーというのが、後の世界Jrバンタム級チャンピオンの鬼塚勝也氏でした。私が入部して瞬く間に世界チャンピオンへと駆け上がって行かれたその栄光を後輩としてジムで汗をかきながら、何度か試合を観に行ったものです。部室のリング下にはいろいろな卒業した先輩達の物が埋まっており、鬼塚先輩の名前が入った学校の教科書や写真などもあり、今では良い思い出として記憶に残っております。

 次は進学か、就職かという時期になり、先輩方はいずれもボクシングの推薦で大学に行かれたり就職されたりいたしましたが、私もどうやらその二択が選べることになり、私立高校のため学費の面で親に迷惑を掛けたことや、早く社会に出たいという気持ちから広島県福山市にある「NKK福山製鉄所」(現 JFEスチール西日本製鉄所)に就職し、そこのボクシング部に所属し実業団として大会などに出場しておりました。

 しかし、仕事をしながら減量をしながらボクシングの練習をおこなうのは、今思い返してみましても大変なものでした。同じ実業団でも野球部は昼で仕事が終わり午後からは練習でしたが、ボクシング部は皆と同じように残業もあり、それからの練習でしたので、高校時代の練習に比べて内容もかなり劣ったものとなりました。それは単に仕事の後だからではなく、ここでの環境に私が溶け込めず、結局二年ほどで、ボクシングの道から離れることになりました。


『養成所に入る』


 二十歳でボクシング部を辞め、これからの生き方を考える日々が続きました。会社は週休二日、多いときは三日ありましたので、考える時間は沢山あり、まずは好きなことをやってみてそれから考えようと、鳥取や島根でサーフィンをやったり、バーキン7という派手な外車に乗ったりいたしましたが不安は消えることなく「このままではいけない、ここに居てはいけない」という気持ちになり、「じゃあ、どこに行けばいいのか・・・・・・」というとき、フト読んでいた雑誌に俳優、タレント募集というページが目に留まり、物は試しに大阪にある「東京宝映テレビ」という養成所にオーディションの書類を送りました。

 数日後、私が住んでいる福山県引野町にある第七独身寮のポストへ東京宝映テレビからの封筒が届いておりました。部屋に帰ってドキドキしながら封を切りますと、第一次書類審査合格とあり、次の二次審査は面接ということで大阪に行き二次審査を受けることになりました。大手の養成所ということもあり、人数の多さに驚きながらも、台詞や歌に軽いダンスのようなものをやった記憶があります。とくに歌の審査では審査員を務められていた三原じゅん子さんの前で歌ったことが今でも恥ずかしい思い出でとして残っております。

 広島に戻り数日後、また寮のポストに封筒が届いておりました。「第二次審査合格」ということで、晴れて研究生として大阪の東京宝映テレビに通うことになりました。しばらくして会社名が宝映テレビプロダクションに変わりましたが、ここに毎月二回高速バスで通いながらレッスンを受ける月日を過ごしました。

 広島から毎月二回日曜日に高速バスで大阪難波にあるOCATで降り、履修生として一回につき二クラス四時間の授業をおこなっておりましたが、私の職場がこれまでの常昼勤務から三交代勤務へと変わったため、月に二回日曜日を休むことが困難となりました。
 そのため、月に一回新幹線で、夜勤明けなど時間がある週を狙って一気に四クラス八時間の授業に出ておりました。毎週参加している人に比べれば相当なハンデがありましたが、なにより「このままここに居ても意味が無い」という思いが強く、一刻も早く新天地に向かいたいという強い気持ちが、講師の先生方にも覚えていただけるようにもなり、その後の大阪へ引っ越した後の審査会による飛び級などを経て一番上へのクラスに上がり特待生の先輩方や、マネージャーさんからも声を掛けていただけるようになりました。


『いざ大阪へ』


1999年2月28日に最後の勤務を終え、3月3日に大阪市旭区中宮という裏に淀川が流れ、その脇に大阪工業大学がある場所へ引っ越しました。会社員時代の同期でボクシング部の荒竹君という友人が先に会社を辞めて大阪のグリーンツダジムでプロボクサーになっておりましたので、彼に大阪の地の事をいろいろと教えてもらいながら、千林大宮にあるエイブルの不動産屋で物件を決めました。

 引越しは、福山でレンタカーを借り、そのハイエースの荷台に全ての荷物を積み込み一人で大阪まで高速を使わず下道を通って向かいました。夜に到着し、道路沿いにあるマンションの最上階の角部屋エルベ中宮505号室だったと記憶しております。レンタカーなので返さなければならず、一時間ほど荷物で溢れた部屋の中で休み、再び下道を通って福山に戻りました。
 何も無い部屋で眠り、翌朝、寮長にお別れのご挨拶をし、車を売って当時足として乗っていたホンダのドリーム50という原付バイクに乗って再び大阪に向かいました。セパレートハンドルのため長時間前かがみに乗らなくてはならず、肩と腰が固まって大変な思いをいたしましたが、結局、大阪でバイクを乗る機会もなく、直ぐに近所のバイク屋に売ってしまいました。

 大阪では全てが活気に溢れ、居酒屋では直ぐに店主や他のお客さんと親しくなったりと、毎日が楽しく過ぎていきました。
 そんななか、さて退職金が入るが働かなくてはならないし、毎週日曜日はレッスンがありどういう生活にしていかなくてはならないのか・・・・・・そこで考えたのは、いつ仕事やオーディションが入っても準備できるように夜働くことにしようと、役者の勉強として人と接する仕事にしようとバーテンダーの仕事を探し、梅田の北新地にあるお店を選び、二件掛け持ちで17時から23時までと23時過ぎから5時までと慣れない大阪の地で、ワイワイと賑やかな街で、新地という大人の街で、これまでに無い経験を沢山させていただきました。

 一件目のお店は本格的なショットバーで、ロック氷を丸く、グラスぎりぎりに入るようにアイスピックで削り、そうした氷の仕込みや、お酒の勉強など、あぁ、これがバーテンダーか・・・・・・と、技術とさりげない会話の上手さに驚いたものです。そこから数十メートル離れた深夜から朝にかけての二件目のお店では、表通りに面した先のお店とは違い、ビルの二階ということもあり、お客さんがあまり入ってこないようなお店のため、表に出てともに働いていた先輩で年下の堅太郎君とよく通りでチラシを配っておりました。これはこれで、いつもやっておりますと、他のお店のホステスさんやママ、黒服のスカウトマンにボーイなど、気軽にお話できる人が増え、この新地の通りを歩くことも楽しく感じておりました。笑いあり涙あり、そうした男女のドラマが垣間見える劇場でもありました。

 そのうち、私も予定が入ったりなどで二件掛け持ちが難しくなり、深夜の暇な方のお店で働くことにいたしました。ですがこのお店はオーナーママがいて、いわゆるショットバーというよりは、ママのトークが売りのお店であり、元来人見知りの私は、出勤前に駆けつけ三杯ならぬ駆けつけ前一杯で出勤しておりました。

 今から思い返しますと、人間ドラマとは、その時間帯によってまるで別世界のものであると思えます。人が輝く時間帯、それが朝なのか、昼なのか、夜なのか、そういうものを観てこれたことは今となっては大きな財産です。


『中田秀夫監督との出会い』


 大阪に引っ越して約二ヶ月後の1999年5月29日に私の人生で大きな出会いがありました。
 
 私の二つ歳上の姉が岡山に住んでおり、岡山のシネマクレールというミニシアターで、岡山県出身の中田秀夫監督が、新作「ジョセフ・ロージー/四つの名をもつ男」というドキュメンタリー映画の上映がおこなわれるということで、中田監督の舞台挨拶&囲む会もあり、映画好きの姉に誘われるがまま私はあまりよくわからずに新幹線で岡山に行ったのを覚えています。

 シネマクレールでの試写会が21時からだったので、始めに中田監督のトークショーが小さな別室でおこなわれたと記憶しております。パイプ椅子が20脚ぐらいあり、そこで中田監督がお話しをされ、私は一番前の席に座り、目の前でいろいろなお話しを聴いたのですが、姉に比べて映画の知識が乏しかった私は、中田監督のヒット作「リング」も知らず当時「リング2」も撮られていた頃でしたので、この二十名弱の参加者で知らないのは私だけだったのかもしれないと思い返しますと、大変失礼だったと恥ずかしい思いが込み上げてきます。
 
 トークショーが終わり、懇親会が近くのレストランを借りきっておこなわれました。大きなテーブルに参加者は14名でした。この席で唯一俳優志望であった私に対して、中田監督が、「同業者の方ですか?」と仰って下さり、そのように接して下さったことに深く感激したのを覚えています。
 
 懇親会が終わり、私は姉と共に予約しておいたホテルへ向かうためタクシーを探していたところ、中田監督達も同じホテルということでしたので、中田監督と監督の学生時代の友人と私たち姉弟が乗りホテルへ向かいました。タクシーの中では何を話したのか全く思い出せませんが、なんだか自分がここに居ることが嘘のように感じていました。タクシーを降り、チェックインのためフロントへ向かおうとした途中で中田監督から「もう一軒行きませんか?」と仰られ、入ったばかりのホテルを出て再びタクシーに乗り小さなバーに行きました。

 暗い店内のテーブル席に座り、ジントニックばかりを飲んでも全く酔えず、監督の学生時代の友人の方が、私の緊張をほぐしてくださり、中田監督に役者の心得などについていろいろ質問したのを覚えており、その時にいただいたメモは今でも大切に持っています。名刺をいただいたのですが、私は持っていないため、監督の名刺の裏に大阪の住所を書いてお渡ししました。第一線で活躍中の映画監督と、俳優を目指して、まだ会社を辞めて二ヶ月余りの自分がこのような場所で、熱く語り合うのは私にとって衝撃的な出来事でした。中田監督からは、台本の読み方として全く感情を込めない、ジャン・ルノワールの「イタリア式本読み」や、日本の古典や名作と言われるものが勉強になり、映画はなるべく映画館で観た方がいいと御指導を受けました。さらに、俳優の「森雅之」を見なさいと具体的に仰られ、その時の私は、監督の言葉を逃さないように、食い入るように聞いていたことを記憶しています。

 いよいよ閉店時間となり、お店を出た時には外はすっかり明るくなっていました。中田監督とはその場で握手してお別れになりました。この一夜の出来事には姉と共に驚いたものでした。

 大阪に戻り数日後、中田監督から御手紙が届きました。その文面には、私たち兄弟の印象や、大阪または東京でお仕事をされる際にはいろいろと力になって下さるというものでした。そのお手紙は今も大切に持っております。


『映画に出る事に』


 この御手紙を頂いて三ヶ月後の八月に私は中田監督の映画「カオス」にレストランのボーイ役として出演することになりました。既に台本は出来上がっていたため、私の役と台詞は追加で付けていただきました。ワンシーンでしたが映画のオープニングシーンとなり、エキストラも経験したことの無い私は、カメラの前で演じる初めての経験でした。

 私には姉が二人居ますが、四つ上の姉が結婚して当時相模原に住んでいましたので、撮影前夜に姉夫婦の家に泊まらせていただき、翌朝まだ日も暗いうちに出発し、渋谷パンテオン前でロケバスに乗った記憶が微かに残っております。

 初めてのロケバスに監督、助監督、スタイリストさん、その他いろいろな方がいらっしゃいました。現場となるフランス料理店だったか、イタリア料理店だったか失念してしまいましたが、撮影のために貸し切っているお店に到着し、そこで衣装に着替え、セリフを頂き、非常に緊張しながら、「お待たせいたしました。」という人生初のセリフを映画の冒頭シーンで発するということに興奮しておりました。

 サイズの合う靴が無かったので、主演の萩原聖人さんが映画で履いていた靴を履かせていただいたことも記憶に残っております。会社を辞めて半年も経たないうちに、今この場でこうなっている状況に、人生の不思議さといいますか、夢のような気持ちがしておりました。私のシーンは僅かですが、中田監督からは、飲み物を置いたあとに、主演の中谷美紀さんと共演の光石研さんが座っているテーブルを見て「ああ・・・あのひとにお近づきになりたい・・・・・・」という風に見つめてください。という演出を伝えられ、たどたどしくおこなった記憶があります。

 中田監督以外、誰も知らない現場で非常に緊張しておりましたが、助監督さんや、スタッフさんが優しく接してくださったので、なんとか無事に乗り切ることが出来たと思います。一日だけの撮影参加でしたが、クランクアップ後に五反田にあるイマジカでおこなわれる試写会に呼んで下さり、そのイマジカのロビーのテーブル席で、主演を務めた萩原聖人さんが所属する事務所「アルファエージェンシー」の万代博実社長を紹介してくださり、ご挨拶させていただいたのを覚えています。当時、私は豊川悦司氏さんの芝居が大好きでしたので、その事務所の社長さんにお会いすることが出来て感激しておりました。

 試写会後の打ち上げでは、店内のテーブルで、中谷美紀さんや、光石研さんとお話しさせていただき、素人同然の私がこんなところにいていいのか嬉しさの反面、居心地の悪さもありました。素人の怖さといいますか、中谷さんに映画の印象で「怖いですね。」と言ってしまい、中谷さんから「えっ、どの部分が?」と言われたときに、その完璧な美しさと瞳のオーラにしどろもどろになった記憶が残っております。光石さんとは、「いい演技をするためにはどうすればいいのでしょうか?」という質問をした記憶がありますが、光石さんから「同時にいろんな作品に出るよりも絞って演技をしたほうがいいんじゃないかな。」というアドバイスを頂きました。あとで分かりましたが光石研さんも北九州市のご出身だったそうで、あのとき知っていればもっと会話が出来たかもしれません。ワンシーンに出演させていただき、しかも打ち上げまで参加することができ、会社を退職して半年も経たない内にこのような経験が出来たことは非常に運が良かったと思います。


『その後の大阪での活動』


 映画「カオス」に出演後、宝映テレビプロダクションのマネージャーには事前に伝えておりましたが、監督の紹介で出演させていただいたことから注目されるようになり、クラス代表の発表会では主役をおこなうようになったり、五日間の特別ゼミでは講師に1970年にテレビ放映された「燃えよ剣」の松尾正武監督が講師を務められそこでも主役をいただき芝居の勉強をしておりました。「燃えよ剣」を観たのはここ近年でしたので、あの素晴らしい時代の素晴らしい作品を撮られた監督のレッスンを受けていたことに、あらためて貴重な経験であったと思うのです。
 
 翌2000年となり、オーディションを受けさせて頂く機会も増え、いろいろと貴重な経験をさせて頂きました。そんななか、ガリバーのCMオーディションで「はい?」という一言だけのセリフでしたが、この役を頂くことが出来ました。あまり宜しくない事かもしれませんが、このオーディション前に、ある自主映画の撮影に出演し、その撮影終了後皆さんと食事をし、断りきれずにグラス一杯だけビールを飲んでから向かったため、普段よりリラックスしていたのかもしれません。

 撮影のため、大阪から制作会社の方と新幹線で東京の調布に向かい、駅近くのビジネスホテルで一泊し、翌日日活撮影所の屋外で撮影となりました。現場ではトレーラハウスのような中で待機し、午後になり竹中直人さんがベンツで颯爽と現れ、しばらく同じ空間で待機。こういう時の場に慣れていないため、ご挨拶することが精一杯の私には撮影にそなえて集中するしか出来ることはありませんでした。

 撮影はスムーズにおこなわれ、「ハイカット!OK!」の瞬間に緊張の糸が解れ、直ぐに竹中さんにお礼のご挨拶をしに駆け寄った記憶が残っています。 その日の夜に大阪に戻り、CMに出てしまったという興奮がなかなか消えなかったように記憶しています。

 この2000年という年は、私にとっても俳優というものを意識する一年でもありました。新地のバーでアルバイトを続けておりましたが、同僚の堅太郎君から、友達が撮影に関わっていて(ガンエフェクト)その監督が映画を撮っているので、紹介してもらえることになり、その監督の事務所兼自宅を訪れ、アクション映画を専門に撮られているT監督を紹介していただくことになりました。

 自主制作映画は、全て自分達でおこなうもので、その製作過程の速さとモチベーションに驚きながら、私も車を横転させるシーンを手伝いにいったりいたしました。撮影も進んでいましたが刑事役に加えていただき、徐々にシーンも増やしていただきました。クランクアップ後TUTAYAでレンタルされることにもあり、森之宮プラネットステーションで行われたインディーズ映画の上映会では、タイミング良く中田監督が大阪に来られるという事で、姉と中田監督とお世話になっているMさんと森之宮駅で待ち合わせをし、近くの寿司屋で食事をし、それから会場へと向かった記憶があります。「リング」「リング2」で大ヒットし、飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍されている中田監督から上映終了後に「孝之君はフォトジェニックですね。」とその瞬間意味がよく分かりませんでしたが、あとから大変光栄なお言葉であったことに深く感動いたしました。帰り際、お忍びで中田監督が来られていた事に気が付かれた関係者の方々は大変驚かれておりました。


『映画 ラストシーンに出演』


 それからしばらくして5月か6月頃に中田監督から電話がありました。確か、「フェルメールの絵画を観るため大阪の美術館に行くので、どこかで待ち合わせして打ち合わせをしましょう。」という内容であったと思います。

 当日になり、新大阪駅構内にある喫茶店で、中田監督と二人でお話をいたしました。
 次回作のお話しで、全編に渡り撮影所内の物語となるため、連日日活撮影所で撮影がおこなわれるということでした。そのため、しばらく東京に宿泊しなければならないことや、私の配役のことなどについてお話ししていただき、あの岡山のバーで感じた、「これは夢ではなかろうか」という思いが再び甦ってきました。

 7月から8月にかけて、巣鴨にあるウィークリーマンションを借り、そこから一ヶ月間調布にある日活撮影所に通い、映画「ラストシーン」という作品に出演いたしました。

 連日の日活撮影所での撮影により、場の雰囲気にも慣れ、さまざまなスタッフの方々と作品を作っていることを実感でき、「本番!」と監督の声がかかるとスタジオの外にあるサイレンが回りそのワンカットの一瞬にかける緊張感はいろいろな分野の技術が凝縮されていることに感動し、この世界へ入りたいという思いは決定的なものとなりました。

 出番の無い日も撮影所に行き、笹野高史さんと大杉漣さんの芝居のやりとりを目の前で拝見し、お二人のお芝居の上手さと面白さに感動いたしました。そのほか、気分転換のため一度行っておきたかった茅ヶ崎に、一人電車に乗って烏帽子岩の見える海岸から柵を乗り越えテトラポットの上に座り、眩い陽射しと波音とともに、開放感のある真夏の雰囲気に一人浸っていました。その後この場所は私にとって特別な場所となり、これまでに三回ほど訪れております。

 私は撮影部のセカンドという役で、主演の麻生久美子さんやジョニー吉永さんのシーンを撮影するという設定でした。ジョニー吉永さんは、同じ福岡県北九州市小倉のご出身で、私の地元門司からも近いところで、誕生日も同じ3月21日であったことに後から知って驚きました。誠に残念ですが、2012年に63歳でお亡くなりになられました。

 同じく主演の西島秀俊さんは、今や知らない人はいない俳優さんですが、自然体で素晴らしい俳優さんでした。大きなお店を貸し切って原宿で打ち上げが行われ、私もその席に参加させていただきました。たしか、「ビンゴゲームの景品を皆さんそれぞれが用意してきてください」とのことで、私は大したものは買っていけませんでしたが、さすがに凄く盛り上がるような景品の数々でした。一人ずつコメントを発表するのでしたが、私は何を喋ったのか、ちゃんと喋れたのか思い出せません。その後二次会はタクシーに乗って割りと近くの小ぢんまりとしたお店で、極々少人数でおこなわれました。私の右隣に主演の西島さんがいらして、何かお話したと思うのですが残念ながら思い出せません。西島さんは、翌日の仕事のため途中で帰られた記憶は今でも残っております。

 クランクアップし、打ち上げも終わり、大阪へ帰るまでの空いた時間に中田監督とともに映画を観に行ったこともありました。たしかチャン・イーモウ監督の「あの子を探して」だったと思います。頭の中では、刻一刻と帰らなければならない時間が迫ってくる寂しさを感じておりました。巣鴨のウィークリーマンションに泊まり、そこから毎朝早朝の山手線で新宿からガラガラの京王線に乗り換え調布駅のバス停四番口から日活撮影所に通っていました。劇中劇でしたので、ほぼ毎日日活撮影所での撮影で、朝から夜まで一日を過ごしていました。昼食時には中田監督が一瀬隆重プロデューサーをご紹介してくださり、簡単なご挨拶しか出来なかったように記憶しています。私にとっては、これこそ映画のような日々を送らせて頂きました。映画を観終わった後、最後に中田監督と握手してお別れになった記憶は今でも残っております。

  
『あの場所に帰りたい』


 そんな東京での生活を終え、大阪に帰った時の現実に戻った喪失感はこれまでに経験の無いものでした。養成所でのレッスンも、映画の現場や、第一線で活躍されている俳優さんと同じ空間に長く居たことで、「これじゃあいけない。基礎は必要であるが、レッスンのためのレッスンをしても現場では全然違う。」ということを痛感し、新地での深夜のアルバイトも身が入らず、あの巣鴨のウィークリーマンションから毎朝山手線に乗って、京王線に乗り換えて、調布で降り、四番口からバスに乗って日活撮影所に日が暮れるまで居たあの景色が恋しくて、広島のときと同じく、「ここに居てはいけない、すぐに東京に行こう!」と思い立ち、夜行バスで池袋に着き、そこから目に入った不動産屋に入り、大阪の家賃が42.500円だったので、50.000円以内で住めるところを聞いてみたものの、「風呂なしでなければ都内ではありませんよ」と言われ、東京の家賃の高さに驚き、けっきょく都心部に30分で通える郊外で探してもらったところ、埼玉県の所沢になり、家賃54.000円のスカイハイツ202号室に決めることになりました。

 宝映テレビプロダクションを退所し、アルバイトを辞め、大阪に戻った三ヶ月後の2000年11月に所沢へと引っ越しました。濃密な大阪での生活でしたが、振り返るとたったの一年八ヶ月しか住んでなく、最低でも三年は住んでいたかのような思い出の深さです。広島で六年勤めた会社を辞め、大阪に行き、五ヶ月後に映画に出演し、翌年にはCMとレンタル化された自主制作映画の出演、そして再び中田監督の映画に出演し、その年の11月に所沢へ引越し・・・・・・なんだか目まぐるしく人生の流れが変わってきたことを当時は感じておりました。

 
『東京での苦悩』


 上京してからは、まず所属する事務所を探さなくてはなりませんでした。中田監督の紹介で「ザズウ」という事務所の松野恵美子社長と下北沢駅のすぐ脇に当時はあったドトールでお会いし、「まずは事務所預かり」という有り難いお話しを頂きました。その後すぐに現場の仕事が入り、順調に思われた東京での(住んでいるところは所沢ですが)スタートとなりましたが、私も若かったのかこの世界の経験が浅かったこともあり、預かりではなく所属したいと言う気持ちが抑えきれなくなり、数ヶ月経ったある日、電話で松野社長に「辞めさせて下さい」と、仁義の厳しいこの世界で誤ったことを私はしてしまいました。

 中田監督を裏切った形にもなり、当初は私はそんな事も分からないほど無我夢中だったのかもしれません。ですが、中田監督からはフルーツ・チャン監督の「リトルチュン」を観に誘っていただいたり、次の新作「仄暗い水の底から」では、現場に「見学にいらっしゃい!」と仰っていただき、懐かしい日活撮影所に見学に行きました。セットが入り組んでおり、その中からトレードマークとなっているタオルを頭に巻いた監督を探してご挨拶をいたしました。

 休憩時間に、椅子に座って談笑されている主演の黒木瞳さんを紹介され、監督が黒木さんに「俳優の金山孝之君です」と仰ってくださった時には、「あぁ、僕は俳優なのか・・・・・・」と不思議な気持ちになりましたが、まことに有り難い経験をここでもさせていただきました。

 そんなある日、喫茶店で中田監督の知り合いであるピンク映画の監督さんを紹介していただく機会がありました。中田監督自身も日活ロマンポルノで助監督時代を修行されていた方ですので、中田監督とともにその監督さんとお会いしたのを覚えております。残念ながらお名前は失念してしまいましたが、その監督さんから、「ピンク映画でも出演出来ますか?」というような事を聞かれ、私もその場では断ることが出来ず「ハイ。」とお答えしたのですが、数日後中田監督に電話で「申し訳ありません、先日の件ですがやはり・・・・・・」とお断りの連絡を入れ、私もお世話になり続けた中田監督を裏切るような事を続けてしまい申し訳ない気持ちで、次第に私の方から連絡をすることが出来なくなりました。

 その後、中田監督はハリウッドに拠点を移され、「ザ・リング2」などのヒットもあり益々遠い存在に感じられ、今となっては私自身、自分から身を引いてしまったように思います。中田秀夫監督からはまるで夢のような経験をたくさん頂きました。またいつかお会いする機会がありましたら、その時はお詫びと感謝の言葉以外見つかりません。いつまでもお元気で素晴らしい映画を撮り続けていかれることを祈っております。

 それからは、またゼロからのスタートとなり、誰一人頼れる人のいない状況で、まずは事務所に入ることからスタートいたしました。武蔵小山にある、撮影用のペットなども取り扱っている事務所でしたが、そこで週一回のレッスンを受けながらマネージャーと制作会社などを回って宣材資料を置かせていただいたりご挨拶させていただいたり、私としては、これまでに経験したことの無い役を貰うまでの道程のスタートに立った気がいたしました。ですから、いかに今までが信じられないほど恵まれていたのかが、東京に来て嫌と言うほどその道程の険しさを痛感させられました。

 
『モデルの経験』


 所沢での生活は三年続きましたが、落ち着いた日々の風景と日常に、何のために上京してきたのかを見失うのではないかと言う不安に駆られ、2004年7月に現在の世田谷区に引越しいたしました。

 俳優としての場が見つからず、知り合いの紹介で舞台や自主制作映画に出たりしながら、演じる感覚を忘れないようにしていました。もちろん演じることが好きでしたので、少ないツテを頼りに演じられる場所を探していました。そのため、以前オーディションの際にお世話になった、大阪にある「参人狂座」という劇団の山口計子さんを紹介していただき、自腹で深夜の高速バスに乗って、大阪でお世話になっていた自主映画監督Tさんの自宅兼事務所に寝泊りさせていただきながら、大阪で舞台に出るための稽古に東京から毎週通っていました。大阪弁の台詞をレコーダーに録音してくださり、それを聞いて大阪弁のイントネーションを勉強していました。

 少し時間を戻して、所沢に引っ越して間もない頃、所沢駅駅前にあるプロペ通り商店街に「FACEDECO」という美容室があり、初めて入ったそのお店のオーナーである関口雄二さんを指名して髪を切っていただい際に、「今度撮影があるので、よかったらどうですか?」とお声を掛けてくださり、近くの航空公園で、お店のスタッフの方や女性のモデルの方々とともにワイワイと賑やかに撮影がおこなわれました。数日後、その本を見てビックリ、なんと私が表紙になっており続いて次の撮影のお話もいただき、今度はあらかじめ表紙になることを告げられ、代々木にあるスタジオでプロのカメラマンによる撮影がおこなわれました。

 そうした経験から、知人がマンダムのモデル募集を見つけ試しに応募してみたところ合格となり、二年半の契約で、その間雑誌に掲載される商品のモデルや、全国のドラッグストアやコンビニでのポップ写真に掲載されるという経験もいたしました。

 この二年半の中で雑誌の撮影は何度もおこなわれ、髪を切って頂くのはACQUAというお店で当時は原宿店もあり、南青山店と、それぞれのお店で何度かカットモデルも経験させていただきました。そのご縁があって今でも表参道店でお世話になっております。

 そのマンダムのモデルでお世話になったデザイナーの角井さんご夫妻が主宰するオペラ公演に二度合唱として参加いたしました。一度目は「カルメン」二度目は幾つかの題材を合わせたオペレッタでした。それぞれの作品名は失念してしまいましたが、ナビゲーター役のダリオ・ポニッスィさんと共演させていただく幸運にも恵まれました。

 そのオペラの舞台で素晴らしい衣装を担当されたスタイリストの先生のアトリエでおこなわれるパーティーに、角井さんご夫婦とともに合唱の練習後、目黒にあるアトリエに伺いました。

 すでに立食パーティーで盛り上がっており、私もビールやワインを頂きながらいろいろな方との交流の場に参加させて頂きました。その中で写真家の山田昭順さんとお会いし、後日、南青山骨董通りにある「フロムハンドメイクアップアカデミー」に伺い、小林照子先生をご紹介してくださり、「からだ化粧」という芸術作品に何度かモデルとして参加させていただくことになりました。小林照子先生に描いて頂いた作品は「森羅」というアルバムに収録されました。山田さんの作品にもモデルとして何度かお声を掛けてくださり、この時期の私はモデルとして活動しておりました。

 
『付き人時代』


 大阪でお世話になっていたT監督の紹介で、漫画原作者、プロデューサー、演出家、映画監督などマルチな才能を持たれたKさんという方を紹介してくださり、撮影現場に同行させていただいたり、事務所での買い出しや料理、諸々の仕事の現場や打ち合わせの席に呼んで下さいました。そのKさんのお陰でウルトラマン関係の作品や、舞台に何度か出させていただくことが出来ました。

 とくに印象に残っておりますのは、前職を引退され舞台活動やテレビなどでのタレント活動にシフトされた及川奈央さんと、仮面ライダー555などで注目されていた唐橋充さんとともに三人で全国十四ヶ所、公演順に新潟、郡山、石巻、仙台、長野、名古屋、神戸、東京、浜松、岡山、大阪、熊本、福岡、広島のライブハウスでお芝居をおこなったことです。

 現地入りして、舞台を確認して、軽くリハをおこない、本番一回という強行スケジュールでしたが、度胸と実力は短期間で身に付くものでした。お芝居が一時間弱位だったかと思いますが、その後にトークショーがあり、私が人生初の司会者として、及川さんからお話を引き出さなければならないのですが、司会者である筈の私が及川さんにリードされ、どちらが司会者だか分からず、それはそれでウケていたように記憶しております。唯一司会者らしくリードできたのは、福岡公演の時ぐらいだったかもしれません。あの時は、目の前に、身内や友人達がおりましたので、私もリラックスしていつも通りに話せたのかもしれません。

 全十四公演、移動中もずっと一緒だった及川さんに唐橋さんに及川さんのマネージャーのMさん、笑いっぱなしで本当に楽しく良い思い出になりました。熊本公演では、現地入りして乗ったタクシーのNさんという方が優しい方で、みんなで温泉に行こうと、Nさんの案内で露天風呂のある温泉の湯に浸かった思い出があります。湯から上がり食事を終えて、再びNさんが差し入れのみかんを持ってきて迎えに来て下さり、感動的なことに、メーターを止めたままのんびりとみんなで熊本城など幾つか観光案内をして下さいました。2007年の11月から12月に掛けてのツアーでした。

 いろいろとピンチな出来事もあった中身の濃い公演が終わり、あらためて、芸能というその世界の先輩方の凄さを垣間見る瞬間と、昔からの友達同士のような仲のよさに、プロデューサーであり演出家のKさんからは「仲が良すぎる」と羨まれるほど無事に成功させることができました。その後、舞台公演では何度か及川さんからお花を頂いたり、唐橋さんからは洋服や自転車を頂いたりなど、今思えば本当にそんな時代があったのかと信じられないような気持ちになります。

 そのほか、Kさんとともに出版社の記念パーティーや、芸能事務所の新年会や忘年会に参加させていただいたり、当時表参道ヒルズの裏に事務所がありましたので、そこでいろいろな俳優さんやタレントさん、ときには超大手出版グループの社長さんをお招きしての鍋パーティーをおこない、当時の私はもっぱらよく鍋料理を作ったものでした。 

 Kさんの盟友ともいえる俳優の小田井涼平さんとも親しくさせていただき、何度か舞台やテレビの作品などに出演させていただく機会もありました。涼平さんと言えば「仮面ライダー龍騎」でデビューされ、舞台では熱烈なファンの多い多彩な才能をお持ちの俳優さんでした。涼平さんと親しくさせていただいたそのお陰もあり、私などでも舞台をおこなうと少しずつ差し入れや、外に出た時にいわゆる出待ちをされることも経験いたしました。

 そんなある日、以前チケットを買って下さった渋谷のバーのマスターから連絡があり、公演後にある女優さんを私が仲介に入ってKさんに紹介して頂きたいという旨のことでしたので、Kさんにお伺いしたところ、シアターV赤坂の舞台が終わった後に近くのお店でお会いしましょうということになりました。

 
『解雇』


 それからしばらくして、その女優のMさん、舞台で準主役を演じられたD君とともに、Kさんの付き人をしながらこの三人でお芝居をおこなうようなユニット的チームとして活動をおこなうようになりました。

 このあたりから、どういう訳かKさんの私に対する当たりが強くなり、これまでのようなKさんとの関係が少しずつ変わり始めてきました。今にして思い返せば、私のような真っ直ぐ正面から勝負していくことしか知らない者にとって、私の知らないところである事無い事が大きく誇張され、神田にあるイゾルデというカフェで2008年3月に一人芝居をおこない、打ち上げも盛り上がり、人生初の、自分で脚本を書き、一人で三十分演じることを経験し、次に向けての意欲と達成感を感じておりました。しかしその翌朝に、突然メールで解雇通告を受けました。「理由は金山君が一番分かっていると思います。」という一文でしたが、私には何やらサッパリで、あまりのタイミングに人生でこれ以上無い程のショックを受けました。しかしながらKさんにはこれまでお世話になった感謝の気持ちしかありませんでしたので、これまでの思い出と感謝の言葉を連絡し、問い直すようなことは一切おこないませんでした。

 その後の私は、誰とも連絡を取らず、何がどうなっているのかサッパリわからず、ただ、これまでのギャラが入って来なくなったため、朝から夜遅くまで毎日アルバイトに入るしか自分を保てませんでした。ボーっとしたまま気づかず赤信号の片側二車線道路を渡っていて、車のクラクションでハッとなったときには、「このままでは危ない」と思いましたし、勝手に涙がこぼれる時もありました。

 それから約一ヵ月後に、渋谷のバーのマスターから連絡が入り、とある事情で私が事実無根の解雇であったことが関係者の間で分かり、Kさんの信頼が失われ、私は一転皆から同情される立場となりました。ですが、私にしてみればその辺りのことは良くわからず、これまでお世話になっていたKさんと過ごした時間を考えると信じられない思いがあり、一体何がどうなっているのか分かりませんでした。しかし、今になって思い返しますとやはり私には合わない環境も多く精神的にも疲弊していたと思いますし、「そりゃそうだろうなぁ・・・・・・」と今は思えます。

 
『武術との出会い』


 そうしたことがあり、もうこういう世界は懲り懲りになっていたところ、気分転換のため渋谷のバーのマスターが主宰する西郷山公園でのお花見に参加しました。すると突然背後から私の事を待っていた人から「君が、金山君か?」と声を掛けられ、その年2009年の4月26日に武術の道へと足を踏み入れるのでした。

 当時は、これまでにない殺陣を表現できる技を身につけた俳優を生み出すために、私に白羽の矢が立ったのだと思います。私といたしましては、またしてもゼロからのスタートとなりましたので、これまでと全く違った環境で無ければ、生きていける気がいたしませんでした。初めて経験する杖術や剣術や抜刀術の全てに惹かれてしまい、これまでの出来事が霞むような衝撃を受け、毎日稽古の事、技の事が頭から離れず、気がつけば役者としての日々の意識を忘れ、型稽古の手順や体の使い方ばかりを考えてしまうようになりました。

 それから八ヶ月後の12月に師範とともに、ポルトガルに十日間、稽古と撮影のために行って来ました。(このときの内容は、このブログのカテゴリにある「武術稽古の旅」に連載として詳細を掲載しております)


『今となってはすべてが感謝』


 こうして振り返ってみますと、人との繋がりは人生そのものであり、どういう人と出会うかは自分がどうであるかということに関係していると思います。俳優としてのスタートは最高の形で始まりましたが、私の成長がそれにまだ追いついていなかったのかもしれません。中田監督との思い出は、全てが美しく輝くものとして私の中に大事に残っております。そこに私の人生の目標が見つかり、その居場所、そこから見えた景色に憧れ、人生の情熱を掛け続けられるものとして十分でした。

 ですが、もう一つ学んだことは、同じように見える居場所でも、景色は全く違うものも多くあるということです。お世話になり感謝している人でも、何かによりこれまでの信頼関係が崩されてしまうことも経験いたしました。弱肉強食の世界だとは思いますが、私には不向きであることも悟りました。

 今、私がこうして発表することが出来たのは、これまで以上に人生に情熱を捧げられるものを手に入れ、蹴落とされるような悪意からは掛け離れた環境で、ご縁のある方々とともに、いい景色を観ていける日々を歩くことが出来るようになったからです。これまでの経験が無ければ今の私は無く、今の環境がありがたいものであるからこそ、これまでの過去に感謝が出来ますし、それで良かったのだと心から思えるのです。

 自分の生き方、なんのために東京に来たのか、一度折れかけた心が武術との出会いによって救われました。人生は良い事も良くない事もいつ何が起こるかわかりません、それらをたくさん経験してきました。おそらくこれからの人生におきましても、そうしたことは幾度と無く訪れるでしょう。ですが、そのときは苦しくても、時が経てば救われるものです。時間は偉大です。こうして過去を文章に起こしますと、やはり精神的に疲れてしまいます。この記録を境に、過去が浄化され、今の今を見て生きていける日々にまた明日から戻っていきたいと思います。

 長文となりましたことをお詫び申し上げます。


2017-07-07(Fri)
 

眠りにつくのは早いほうであるのだが・・・

 何年ぶりだろうか、昨夜は一睡もすることが出来ず、2時に床に入り起床時刻の7時まで全く眠ることが出来なかった。昨日はキツめの稽古をおこなったので、泥のように眠るだろうと思っていたが、自分でも経験の無い眠気の無さに驚いた。

 眠いのに寝られないというよりは、眠たくなくて寝られないという状況。仰向けになったまま、いろいろと考え事をしているうちに。10年~20年前までの俳優時代のことが頭に浮かび、あー、そんなこともあったなぁ、あんなこともあったなぁ、当時は誰にも言えないほどショックを受けたことも今では可笑しいものだなぁ、と思い出したことを携帯にメモを取りながら、この記憶がなくならないうちに、書ける範囲で記録に残そうと考えた。もう過去の記憶は、今の人生とは違うものなので封印しようと思っていたが、記憶から消えてしまうとそれはそれで後悔すると思ったので、簡単にではあるが、ほとんど語ったことの無い過去の経験を、近いうちに公開しようと思う。こういう気持ちになったのは、私も歳を重ね、いろいろな過去の記憶が他人事のように楽しめるものに変わったからである。

 さて、それはまた次回に掲載しよう。今日は「高齢者のための剣術教室」の日。朝の電車内では、さすがに何度も溶けるように寝落ちしかけた。最寄り駅に着くものの、さすがに足元もフラつきながら会場に到着。受付で鍵をお借りし、「今日は大丈夫かなぁ・・・」とエレベーターで二階に到着し、稽古場へ足を踏み入れOさんHさんとご挨拶。すると不思議なことに、まるでスイッチが入ったかのようにいつもの私になり、全くもって寝不足の気配が消えたのであった。今日は申し訳ないが講習後は食事をせずに帰ろうと思っていたのだが、食事の際も元気が衰えず、自分自身に驚くとともに、やはりここでは私も皆さんから元気を頂いていることが証明された。

 さすがに帰りの電車では何度も寝落ちしてしまったが乗り過ごしにはならなかった。

 深夜に台風3号が接近する予定であるが、幸いなことに今夜から明日一日は外出の予定が無い。滅多に無い時間の過ごし方なので、明日は、昔の私を思い出しながら、記憶の記録を残そうと思う。

 さて、これから少し寝るとしよう。


2017年7月22日 「杖術 特別講習会」
(お申し込み受付中)

金山剣術稽古会  

2017年7月 稽古日程

2017年8月 稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文


2017-07-04(Tue)
 

暑さも稽古に味方する

 本日は気温も高かったが湿度も高かった。日中は外に出る気がしなかったので、家の中で諸々の連絡事項や、身体のメンテナンスなどをおこなう。

 17時から高田馬場に稽古に向かったが、帰りは肌着を着替えなければならないほど道中汗をかいた。武道場では空調が付いていながら止めているので、ここでの稽古は精神面での鍛錬にもなる。私としてはここの場所以外でこの暑さを経験できる場所は無いため、ある意味貴重な稽古場所ともいえる。強がりではなく、本当にこのままでもいいと思っている。さらに凄いのは武道場外にある冷水機まで水が出ないので、これはもしかすると、余程の力のある武道関係者が、昔ながらの水を飲ませずに暑い中我慢して稽古をおこなうことを良しとして、ここの運営会社に圧力を掛けているのかと思ってしまうほど、熱中症予防などのポスターがあっても、仕事としてやっていることはずさんである。

 さて、今日もI君とともにマンツーマンで稽古をおこなった。風邪も治り掛けてきたI君と暑さに負けない鍛錬稽古から開始した。

 小学校六年生のI君とともに一緒におこなっているのは、「蟹の前歩き」「雀足歩法」「蛙」「飛び石」「飛び石跳び蛙」「馬突き五往復」を一気におこなった。おそらくこの内容を知っている方はこの暑さの中「ゲェ!」と思うだろう。

 I君もこの内容を嫌々強制的にさせられているのではなく、むしろやりたくてやっているようだ。私にとってももこの稽古は必要なので、いつも一緒におこなっている。一緒にやっているからこそ、I君の弱音を吐くどころか、まるで平気だという様子が、私には嬉しくてたまらない。

 大の大人と少年が、こうしたキツイ稽古をおこなっているかと思えば、今度は杖術や剣術、抜刀術などの精妙な稽古をおこなっておいるので、気になって見ている方々も少なくは無い。

 今日は最後に、「四段斬り六十回」をおこなった。ものの五分で汗が粒となって滴り落ちる内容である。暑い中だからこそ、いつもより敢えてキツめの内容でおこなったが、ニコニコと笑顔に切り替わるI君にはなんとも嬉しくなってしまう。

 二時間I君との稽古が終わり、その後一時間、数年前に何度かおこなった示現流の立木打ちで私の血を吸い込んでいるイスノキの木刀というよりは木の枝を使って私の稽古をおこなった。(丸太を左右から打ち込んで、その丸太の両端が削れてもこのイスノキは全く削れることもササクレることもなく、とにかく頑丈な代物である)

示現流 立木打ち稽古で使用した丸太
かつて示現流稽古の「立木打ち」で使用していた丸太
(本日の稽古とは関係ありません)

 その木刀を使っての袈裟斬りによる身体感覚の研究はずっと続けており、真剣を使っておこなうことよりも慣れ親しんだこのイスノキを使って行うことのほうが多い。だが、たまに真剣でおこなうとまた違った感覚が得られることが度々訪れるので、やはり真剣で刀を振るということは、そこに求めるものが最終的には無くてはならない。とくにこの真剣は私にとって非常に大切なものなので、私の心を守ってくれる最後の砦として傍に存在している。

 そうした一人稽古の途中で、「まだ、頑張ってらっしゃいますか。」と私の傍までお声を掛けに武道場の反対側でご指導されていた伝統空手師範の先生が、I君の成長に驚かれ、「中学に入ってクラブに入っても、こっちに来てもらったほうが良いですね。」と仰っていただき、「お先に失礼します。」と武道場を後にされました。この方はかつて代々木で空手道場を運営されていた館長であり、現在七十後半の現役指導者でもある。人格者とはこういう方の事を示すのだと、お言葉以上のさまざまな重さを私としては常に受け止めて頭を下げずにはいられない気持ちになってしまう。

 あらためて、武術に出会い、素晴らしい指導者の方々と直にお会いする事が出来ている日常に感謝しています。過去を振り返ってみますと、大変な環境でも負けずに自分を通して来ましたが、そうしたことが今に繋がっているのだと思います。そうした方々に行き着くには、やはり自分と向き合い逃げたり誤魔化したり騙したりしない、険しくも美しい道を歩んで行かなければならないのかもしれません。そうした方々の存在は、救いでもあります。

 今日も一日、ありがとうございました。


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2017-07-04(Tue)
 

行間

 本日のGold Castle 殺陣&剣術スクールの講習は、午前の部を品川区総合体育館柔道場でおこない、続いて夕方の部を隣の剣道場でおこないました。

 毎週体験参加の方が訪れ、生徒になられる方も増えてきております。ここまで私個人の裁量でおこなってきておりますが、天候、風速、波の具合、そうしたものを予測しながら、嵐にならなように航海をしてきているつもりです。僅かな風の変化や、波の具合、今後の天候を予測し進路を決定する。そうして常に穏やかなる海を沈ませることのないように進めております。

 そうしたことのためには、決断と行動力が求められます。何かを形作るには、少なくともそうした行動が深く関わっております。運よく海が穏やかな状況が続いているのではなく、そうした状況を維持できるために、僅かな風の変化を感じ実行しているのです。

 優しさと厳しさは表裏一体であると以前書きましたが、そのどちらを表に出しているかの違いであり、常に共存しているものと思います。安全、安定と思われていたものが、実はそうではないということも沢山経験しましたし実行いたしました。今の今がこれから先の今を決めていきます。

 できれば私自身、運営は自動操縦とし、稽古を通じて身体の意識や感覚というものにもっともっと時間を費やしたいものです。新しい人が増えてくれば、私の裁量もまたその状況に応じて変わってくるかもしれません。気持ちには気持ちでお返ししたいので。


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2017-07-03(Mon)
 

文月

 昨日は22時からCS放送で「新撰組血風録」の最終回をおこなっていたので、思わずジッと観てしまった。最終回には森光子さんが登場していたが、やはり芝居を観ていて惹きこまれてしまうので、流石だなぁ・・・・・・と唸ってしまった。

 さあ寝ようと2時に思わず同チャンネルを点けたところ(なぜ点ける・・・?)同じく新撰組血風録 第三話をやっていたので、つい最後まで観てしまった。3時過ぎに就寝。

 さて、本日は品川区総合体育館にて杖術の講習と、戸越体育館にて殺陣の講習をおこないました。

 杖術講習では、今後は脚部鍛錬稽古内容を、これまでの蟹、雀、蛙、から杖の差し換え突きなどに変更することにいたしました。

 今日も杖術クラスはいつも通りの賑わいをみせた講習となりました。

 ホームページの掲載で、これまで剣術クラスと記載しておりましたが、今後は講習内容が杖の時は杖術クラスと記載いたします。

 夜間の部は久しぶりに戸越体育館でおこないました。

 7月になり、2ヶ月ぶりに復帰された方々がいらっしゃいました。お休みされていた方で、その期間のお月謝をお支払いになられる方がいらっしゃいますが、指導していないのに料金を頂くわけには行きませんので、ホームページにも掲載している通り、お休みの間のお月謝は受け取りません。ただ、都合により長期お休みになってしまう場合の連絡や、復帰時期の連絡は、その人にとりましても社会人として必要なことですのでお知らせ下さい。

 予想以上に夜間の部は参加者が訪れ、日曜日の夜と同じような雰囲気となりました。生徒の方も多くいらっしゃいましたので、新たな立廻りの序盤の稽古を1対4で繰り返しおこないました。

 体験参加のKさんは、付きっきりで無くても自分で楽しさを見出せる方ですので、ポイントをお伝えしてあとは自由におこなっていただくようにいたしました。

 空振りで通り抜ける動きや払われて抜けていく動き、そうした身体の使い方は、感情と勢いでなく、技術としての体捌きが身に付いて、初めて感情と勢いをコントロール出来ます。間合いと間と拍子が掴めて、速度を上げて行うことが出来るものですので、それが掴めない内は、安全速度の中で確認作業から徹底しておこないましょう。

 今日は途中で、交番のOさんが顔を見せてくださり、生徒の皆さんは驚いたかもしれませんが、Oさんと交わす僅かな時間は、戸越体育館でおこなう楽しみの一つでもあります。剣を学ぶ先にはやはり追い求めた姿に「人となり」が表れるのでしょう。

 明日は、9時10分~11時10分 品川区総合体育館柔道場で講習をおこないます。その後、15時00分~17時00分 品川区総合体育館剣道場で講習をおこないます。明日も生徒の方、体験参加の方、久しぶりに復帰される方、みなさまお待ちしております。午前の部は、8時45分になりませんと会場の入り口が開きませんので、丁度良い時間にお越しになられるよう調整してお越し下さい。


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2017-07-02(Sun)
 

大切に想うこと

 本日は月末ということで、午後まで事務作業やら身の回りの用件をこなし、夕方から高田馬場でI君と稽古をおこなった。

 少し風邪っぽい様子であったが、脚部鍛錬稽古と馬突き五往復をおこない、あっという間に汗をかいた。弱音を一切吐かない彼なので、疲れを見せない姿には、初めの頃私がそう言ったのであるが、そうしたことの意味をよく理解している。

 例えば、周囲で大の大人が大声で竹刀を振り回しながら「あー疲れた!」などと大声で叫んでいても、そこから学ぶべきことをおそらく彼は感じているのではないだろうか。

 苦しいときにその人の姿がどうでるのか、日頃から苦しいことでも苦しさを見せないようにおこなえる心身の在り方が、品を育てるものでもあり、その品格というものはその人を表すものでもあり、社会に出てどのような影響の差があるのかは敢えて記すまでも無い。

 稽古では、昨日突如生まれた杖術「轟之型」(ごうのかた)をI君にお伝えした。私としても、昨日に比べてようやく身体がこの動きに慣れてきた。これまで頭に浮かんだ動きのなかで、自分で直ぐに出来なかったのは今回が初めてであるが、どこかに今までと違う動きの手順があるのかもしれない。

 剣術では刃筋を整える「鹿威し」をその場でおこなったが、I君の刃筋の癖を観ながら、やはり背中が前方へ引っ張られるのを防ぐようにお伝えしたところ、それまで一度も芯に当たらなかったのが連発しはじめた。私も以前と比べて真芯で捉える回数が増えてきたが、刃筋の精度は体幹部に近いところで操作するとグッと精度が上がるようだ。

 斬割では、以前に比べ集中力が付いてきた。小学校六年生のお子さんが、二時間最後まで集中して目線を外さずに剣で中心を取ることはなかなか容易ではない。とくに周囲が賑やかな場合は尚更気が散りそうになるが、今日はそうした部分も一度の注意で集中しておこなうことが出来た。身体の成長が早いこの時期は心の成長もどんどん進んでいくだろう。こうした自分でやるんだという気持ちを持っている人間に対して、私はほとんど怒ったり注意することは無い。そこに行かなくても伝わっていることが分かるので、あとは本人の身体と心が付いてくるのを見守るしかない。

 そうしたI君の姿は、私だけではなく周囲の大人たちも、とくに指導者の方はよく見て下さっている。今日もお隣にいらした伝統空手の師範の先生とお話を交わし、I君の成長にありがたいお言葉を頂き、私としても同じ武道武術をおこなう者として、同一空間でいろいろな指導者の方々から学ばせて頂く事はとても勉強になっている。

 今日はひさしぶりにK先生にもお会いすることができ、自分でも不思議なほど身体が勝手に先生の元へ歩み始め、挨拶することがこれほど嬉しいと思うこともなかなか無いことである。それは、私が苦しんでいた時期に、常に私を見守って下さり、ときには励ましてくださり、そうした人としての温かさや、言葉には出来ない感動が、当時の私はK先生から沢山頂いたのである。

 これからも私は、さまざまな人と出会い、共有する貴重な時間を生きていく。身体の使い方でも、何気なく出来ていることの重要さを感じているが、人との共有時間も、何気なさの中に大切な想いを持ち続け、今の今を生きていきたい。


 明日は、12時30分~14時00分 品川区総合体育館にて杖術クラスの講習をおこないます。そして18時30分~20時30分 戸越体育館剣道場にて殺陣クラスの講習をおこないます。今のところ体験参加のご連絡が殺陣クラスは一件しかありませんので、かなり少ないかもしれません。生徒の方、体験参加の方、ジックリおこないたい方は殺陣クラスにお越しください。


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2017-07-01(Sat)
 

DVD『甲野善紀 技と術理2017―内腕の発見』

 昨年の暮れに撮影いたしました、甲野先生の最新DVD 『甲野善紀 技と術理2017―内腕の発見』が7月20日に発売されます。
(こちらに詳細をリンクしています)http://kono.yakan-hiko.com/


 2013年から毎年参加させていただき、早いもので今年でもう五回目となります。「内腕」という先生の気付きが、このDVDを通じてご縁のある方々にはその効果を実感していただけるのではないでしょうか。虎拉ぎ同様に、一般の方でも内腕の意識で変化は実感出来ると思われます。

 私も発売されたDVDを観て再び研究してみたいと思います。


2017-07-01(Sat)
 
プロフィール

金山孝之


     金山 孝之
  Takayuki Kanayama


松聲館 剣術技法研究員

金山剣術稽古会主宰

Gold Castle
殺陣&剣術スクール主宰

高齢者のための剣術教室
クラーチ剣術教室講師


――――――――――――――

1975年生まれ
福岡県 北九州市出身
東京都 世田谷区在住

1999年
映画監督中田秀夫氏との出会いにより俳優デビュー。他分野では、マンダムのモデルや舞台のプロデュース公演などの活動をおこなってきた。

2006年
小林照子先生とのご縁から  『 からだ化粧 』のモデルを務める。

2009年
武術の道を志しそれまでの活動を一新し武術稽古と研究に励む。

2011年
武術研究家甲野善紀先生に師事し身体の使い方を研究しながら、『 抜刀術 』『 剣術 』『 杖術 』『 体術 』などの稽古と研究に取り組んでいる。また、先生の書籍、番組撮影、記録映像、その他演武等における打太刀や受けを務めている。

2013年
刀と身体操作の技術向上を目指し裾野を広げるべく
『 Gold Castle 殺陣&剣術スクール 』を立ち上げる。

2014年
甲野善紀先生より
『 松聲館 剣術技法研究員 』という名称を頂き、自身の経験を活かした指導法を各道場等でおこなっている。
 
高齢者向け住宅にて
『 高齢者のための剣術教室 』をおこなっている。

日信工業株式会社の製品『 SAMURAI BRAKE 』のプロモーション活動をおこなっている

2015年
『 金山剣術稽古会 』を立ち上げ、現代における武術稽古の必要性を、身体と心で学べる場として活動している。

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