成長著しい高田馬場での個人指導

 本日は稽古に向かう前にお世話になっている武道具屋さんに寄り、木刀や杖などを入れる竹刀袋を購入した。このところ頻繁にこちらの武道具屋さんに足を運んでいる。おかげで杖や竹刀袋などかなり安くして提供していただいている。前回お店のご主人に、私がふだん持ち運びに使っている武道具ケースを見せ、「本数は入るし、肩掛け紐も付いていていいのですが、あと一寸どうして長く作ってないのか・・・そうすれば杖もスッポリと納まるのに、これは何とかなりませんか?」といつも無理やりキツク杖を入れているため、愚痴っぽく言ってしまったが、武道具袋というのは剣道用、杖道用、居合道用、それぞれに分かれた物が多く、私のように高田馬場での持ち物は、(白樫木刀、イスノキ木刀、袋竹刀×2、赤樫杖、スヌケ杖、居合刀、小太刀)が主な持ち物でありたまに真剣が加わっている。gold castleでは、(鞘つき木刀×5、ラジアタ杖×4、赤樫杖、白樫杖、スヌケ杖、居合刀、)などである。

 これほど運ばないとしても、打太刀や仕太刀に分かれての組太刀稽古となると、最低でも二本ずつになるので、武道具を持ってない方のために揃えておかなければ組太刀稽古にならない。そのため、私としては杖が余裕を持って入り、なお且つ本数が竹刀で十本程度入り、肩掛けの紐が付いて値段が15.000円以下なら買いますよとお話したところ、唯一一軒だけそれを作ってくれる職人さんが見つかったそうで、値段も安くしていただいたのでさっそく注文したところである。オーダーメイドのため、1ヶ月は待たなくてはならないが、出来を見て良ければもっと色々な方にお勧めしたいと思う。ギターケースや、ゴルフバッグ、釣り用のケースなど、代用されている方も多いので武道具用のケースの需要が上がれば、より種類もサイズも豊富になるのではないかと思う。(このブログを見て長さと容量に余裕のある武道具袋が欲しい方はご連絡下さい。料金の方は私を通じて武道具屋さんに注文するとお安くなります。)

 さて、高田馬場での稽古では本日も夕方は貸し切りのように広い剣道場を使わせてもらいながら、M氏に指導しながら私も身体を練る稽古を共におこなった。中でも「クロール歩きは」身体をほぐす効果と、可動域の使い方、肩甲骨と股関節を同時に大きく使うため、見た目には楽そうに見えるがゆっくりおこなうと背中に効いてくるのである。M氏もこの動作の始めはいつもぎこちないのであるが、暫くして徐々に身体がほぐれ姿勢が整ってくる。さらに本来の脚足の使い方でおこなう「巴」と合わせて脚部を練る稽古となっているので足運びは以前と比べて別人となっている。

 前重心となっての前足からの移動は、後ろ重心となっての前足からの移動とは別物であり、今日はそのことについて理解していただけたのではないかと思う。筋力や、瞬発力に頼らず、自身の体重をどう使うかに、人間が安全を維持するためにしない動作を敢えて使わなければならず、これまでの甲野先生の書籍にも書いてあるが、不安定を使いこなすことが求められる。人間はふだんの生活においては不安定から身を守るために安定を第一とし、軸足にシッカリと体重を掛け、安定を保ったのち次の動作に移りやすい。自身の体重を動きに使うにはそこの部分を切り替えて考えなければならない。

 納刀稽古では、身体の可動域を広げつつ癖を直し取り組んでいただいた。始めはキツイ姿勢でも、身体が理解してくればどうして出来なかったのか分からないほど動いてくれるものである。これはストレッチとは全く違ったものであり、身体の姿勢の連鎖による可動域の作り方が関係しているように思う。もちろん今まで動かしていなかった部位の詰まりをほぐすことも関わっていると思われるが、筋を伸ばすような大変な運動ではない。

 最後は袋竹刀による「袈裟割り」であるが、これも体幹部と腕との関連が重要であり、パッと剣を抜かれてもバランスを崩したり剣が流れたりすることなくピタッと止められるかが、腕で振っているか体幹を使っているかの見分けとなる。

 今日は帰り際に視力について聞いてみたが、M氏の場合動体視力は悪くないと思う。これも人間の持っている計算力なので今後もさらに打太刀を速くおこなっても対応出来るようについてきていただきたい。


2015-02-28(Sat)
 

上級救命講習の受講

 自分の身を守ることについては人それぞれ考えていると思われるが、私も咄嗟の出来事に身体が反応出来るかどうかという部分について常に試されているように思う。些細な出来事でも遅れを取ってしまったことで、後々猛烈な悔いが残ることもある。かつてS師範によく背後から「隙アリ!」と殴られたものであるが(駅で待ち合わせしていた折突然顔面にパンチが入ることも・・・)今となってはいい経験であったと思う。

 だが、自分の身を守るための瞬時の反応以外にも、誰かの危機に対しなすすべが無いというのも同様に恥じるものであり、猛烈な悔いが残ることになるだろう。そういう状況を考えたときに、あらためて心肺蘇生法を知っておく必要があり、胸骨圧迫や人工呼吸の正しい知識と実地経験が必要であると感じた。さらにはAED(自動体外式除細動器)の知識と使い方も実際に体験してみないといざという時にまず使えない可能性が高い。今の学校教育でおこなっているか判らないが、今日おこなったような講習は是非時間を掛けて非難訓練と同様に何度もおこなっていただきたい。

 意識を失っている人の呼吸が10秒間止まっている場合、心肺蘇生処置が必要とされる。判断が微妙な場合もこの場合は実行する。まず「胸骨圧迫」をおこなうため、両手を重ね胸部の中央を5㎝程深く押していく、16歳未満の小児は片手でおこなうが、体格によっては両手を使う。1歳未満の赤ちゃんは、中指と薬指の二本で押していく。体格によっては片手でおこなう。深さはいずれも5㎝である。

 胸骨圧迫(心臓マッサージ)は1分間に100回のペースでおこない、30回押したのち顎を上げて気道を確保し、人工呼吸をおこなう。1秒間の吹き込みを2回おこなうこと。決して多くの息を吹き込んだり、何回も吹き込んではならない。30回毎に2回の吹き込みである。

 AEDの使い方は、まず電源を入れ、傷病者の衣服を脱がし汗を拭き、パッドを二枚鎖骨の下と脇腹に一枚ずつ貼る。(左右どちらでも構わない)6歳以下の子供は小児用のパッドを胸部と背中に貼る。パッドに接続されているコネクターを装置に差し込むと、音声によりAEDによる除細動(電気ショック)が必要かどうかを測定しアナウンスされる。その最中は傷病者に触れてはならない。(正常な測定結果とならないため)

 除細動が必要となった場合、感電しないために傷病者に触れないように注意し、装置のボタンを押す。救急車が来るまでまたは意識が戻るまでそのまま継続して胸骨圧迫と人工呼吸を継続する。

 つまり意識が無くなり呼吸が停止した状態の大半は「心室細動」という状態であるという。心臓の筋肉が震えている状態で血液を循環させるポンプ機能が失われた状態であり、この心室細動を取り除くためにAED(自動体外式除細動器)が使われるのである。そして心室細動の波形が大きなうちは、AEDの効果も期待できるがそのまま放置して「心静止」状態となってしまうとAEDの電気ショックに反応しなくなってしまう。この心室細動の状態を維持させるのが胸部圧迫や人工呼吸であり、AEDが到着するまでの間に心室細動の波形が小さくならないように誰かがおこなわなければならない。もちろん胸骨圧迫と人工呼吸により、僅かながらの血液の送り出しが回数を重ねることで徐々に血圧を上げ、心臓の動きを取り戻すこともある。AEDとは心臓を直接動かすものではなく、心臓の痙攣を取り除くものであり、正常に導くのは胸骨圧迫と人口呼吸なのである。

 10秒間胸部と腹部の呼吸が目視で確認できなければ、1分間に100回のペースで胸部の中央を5㎝押し込み、30回毎に顎を上げて気道を確保し1秒ずつ2回空気を送り込む作業を繰り返す。AEDは直接肌に貼り付け、音声指示に従い操作する。小児用パッドを大人に使用しても効果は無いので気をつけること。逆は致し方なければ良い。

 
2015-02-25(Wed)
 

これからの時代における剣術稽古の必要性

 2月も残すところ僅かとなってきたが、来月は今までで最も忙しくなるかもしれない。もちろんそれは私が望んできたことなので、そのように願ってきた日々が現実になりつつあることに感謝して取り組んでいきたい。昨日のブログに3月の稽古日程を配信したが、水曜日に新たな展開がありそうなのでそうなると木曜日だけが稽古の無い曜日となるが、高田馬場の個人指導希望者が増えてくると木曜日の開催も考えなくてはならない。つまり毎日稽古ということである。

 もちろん急な仕事の以来に合わせて、私の個人指導の曜日を調整してそれらに対応する事も出来るので、毎日稽古となってもそれなりに融通は利くのである。今後、ホームページやブログを見て仕事の以来が来る可能性も考えられるが、連絡先は、ホームページかこのブログでしか直接アクセスが出来ないので、一度連絡を頂いたのち、個人連絡先をお伝えする運びとさせていただいている。現在どのような方々がブログを見ているのか分からないが、私は日々の出来事を記し、武術稽古という学びに対し、身体の面と心の面の両方から未だ見ぬ先の一歩へ向かって進んで行きたいと思う。

 今日の「高齢者のための剣術教室」では、杖の「前後突きからの巴」を新たにおこなった。ムードメーカーのSさんが、「なんだか物足りないわね!」といつにも増して今日は元気であった。前後突きからの巴では、突き終えた状態から手前側の手を内側に巻き込みそのまま杖を立て背中を通し前に打ち下ろすのであるが、この場合足が動く必要はない、そのためSさんが物足りなく感じたのであろう。だが、こう感じられるということは大きな成長の証でもあり、今後も笑いの提供と共に皆を引っ張っていただければと思う。

 今日の講習の中で、いつも静かに黙々とされているSさんが、胸を入れることで太腿の付け根が屈曲し、背中が曲がらずに腰を落とすことが出来ることを実感し、その姿勢について理解されたことが大きな収穫であった。座って稽古をされているAさんが毎回仰られるのは、「杖をやりだしてから肩がずいぶん楽になりました。」と言われ、当初周りの参加者の方々も心配していたほど、この講習に参加する事に賛成ではない意見もあったかもしれない。だがご本人の熱意が非常に強かったので、私はその思いを断ち切ってまで大事なものとは何なのか・・・と考えたときに、私の考えを推し進めた感があったが、ご本人の熱意を尊重させることにし参加していただいてのであった。現在までほぼ毎回自分のペースで無理なくおこなっていただいておりこれで良かったと思っている。

 今夜はたまたま点けていたNHKの番組で、認知症について取り上げていた。時間帯的に見ていた方も多かったかもしれないが、2012年の時点で日本国内における65歳以上の認知症の人口は462万人だというデータが発表されている。軽度の認知症はさらに400万人になるという。そのデータを元に2025年今から10年後のデータを弾き出すと、団塊の世代がこれに当てはまり、認知症の患者数は700万人と推定され、65歳以上の方の5人に1人は認知症であるというデータとなった。

 これは認知症になった当人だけでなく、家族を含めた周囲の人間にも関わってくる身近な出来事である。今後10年間の間に、どのような対策がなされるのか分からないが、根本的には生活環境の見直しを自分でおこなう必要があるのではないかと思う。今日の番組の最後に認知症予防に効果がある方法として、頭を使いながら運動をおこなうということを専門化が話していたが、一年間継続しておこなったデータの中に記憶力の向上が見受けられたそうである。ただ、実際に頭を使いながら運動をするということはなかなか続けられるものではなく、しりとりをしながらの踏み台昇降や算数をしながらの踏み台昇降では続かないだろう。やはり、夢中になれるものがたまたま頭と身体を使うものであったというほうが、結果として認知症予防に効果的であると思われる。今後そういう意味でも、65歳以上の方でも緊張感と責任を維持できる仕事が雇用として必要に思われる。五反田の駅前にあるモスバーガーでは敢えて高齢者の方を雇用してある店舗であり、お客さんからの評判もいいとある情報番組で取り扱われていた。実際に私もよく打ち合わせに使わせていただいているが、輝いて見える高齢者の姿はこれからの雇用のあり方について、また時代の変化について、今後さらに求められてくるものであると思う。

 今私がおこなっている「高齢者のための剣術教室」も、ご参加いただいている皆さんは感じていると思われるが、私の実感よりも皆さんのほうがより敏感に感じられているのではないかと思われる。それは、杖や剣を使った動きの中になんとも言えない気持ちよさがあり、その気持ちよさを実感するためには頭を使い続けなくてはならず、両手両足、重心などさまざまに動かしていくのでとても難しいのであるが、しだいにその動きに魅せられていくのである。

 なによりそのことはご婦人Oさんを筆頭に、皆さんも少しずつ変わり始めてきていることを私は実感している。この「高齢者のための剣術教室」はこれからの時代には色々な意味で残して行きたいものである。外国の武術が人気を得ている昨今、あらためてこれからの日本の問題に対し日本の武術それも王道といえる剣術で斬り開いていけないものだろうかと思案しているところである。

 午後からは高田馬場にてMさんとの個人稽古をおこなった。Mさんはgold castle 殺陣&剣術スクールからの追加指導という形でおこなっていたが、お仕事の関係で土日が難しくなり、こちらの高田馬場での個人稽古一本に絞られたのである。現在は週に二回の稽古ペースで既にかなり進展している。

 個人稽古生となったことで、これからはM氏という表記にさせていただくが、私もおかげで気付いた点は、杖の打ち込みの際の下側の持ち手の握り方、杖と手の角度が、打ち下ろしの際に体幹が効くか効かないかに大きく関わっている事に気が付いたのである。私自身意識しないところでおこなっていたが、これから指導していく中で短時間で人を伸ばしていくにはいいヒントになった。「結局のところは手の内にあり」ともいうべきか。

 袋竹刀による「袈裟割り」は、また一段と力強くなってきた。そして今日は速さが一段階上がってきた。この足運びでそれなりの速さで対応出来るようになったのは、少なくとも脚足の使い方の技術は身に付いてきている。私もつい熱が入ってしまうが、特に女性の場合打太刀を付けることで人が変わったかのように動きが別人となることがある。振りかぶる癖を無くし、重心を落としたまま後ろ足の寄せで斬っていくようにおこなうこと。タイミングでおこなうのではなく、相手の起こり(気配)を感じておこなうこと。今後のM氏の成長に期待したい。

 高田馬場での個人稽古前の30分間、先日購入した新しい居合刀での抜刀稽古をおこなった。柄の感触は以前のものよりやや太くなっているが気にならない程度である。バランスは悪くないので、二尺七寸でも扱いやすい。この辺は以前の刀と同じである。重量は持った感触ではほんの極僅かこちらのほうが重く感じる。だが、一通りの抜刀をおこない全てが問題なくおこなえたので、ようやく安心するとともに今後の抜刀術のテーマを進めていかなければならない。中断していた発掘作業がまた始まったような感じだろうか。


2015-02-25(Wed)
 

2015年3月 武術稽古日程              (剣術・抜刀術・杖術・体術)

※高田馬場での(研究稽古&個人指導)に関する稽古見学、または参加希望の方はこちらの【お問い合わせ】よりご連絡下さい。

※gold castle 殺陣&剣術スクールの詳細や申し込みにつきましてはホームページをご確認下さい。
http://www.tate-ken.com

※イオンカルチャークラブ剣術教室の詳細や申し込みにつきましては、こちらをご確認下さい。 03-5679-6091(受付時間 9:00~20:00)
http://www.aeonculture.jp/products/detail.php?product_id=3746





3月1日 (日曜日) 12時00分~14時00分 品川区 総合体育館
            18時30分~20時30分 品川区 総合体育館
               『gold castle 殺陣&剣術スクール』


3月2日 (月曜日) 17時00分~ 高田馬場 『研究稽古&個人指導』


3月3日 (火曜日) 10時00分~11時30分 『クラーチ剣術教室』


3月4日 (水曜日) 16時00分~14時00分 『吟剣詩舞 剣技指導』


3月6日 (金曜日) 17時00分~ 高田馬場 『研究稽古&個人指導』 


3月7日 (土曜日) 12時30分~14時00分 品川区 戸越体育館
               『gold castle 殺陣&剣術スクール』
            18時30分~19時30分 イオン葛西店
               『イオンカルチャークラブ剣術教室』  


3月8日 (日曜日) 12時00分~14時00分 品川区 総合体育館
            18時30分~20時30分 品川区 総合体育館
               『gold castle 殺陣&剣術スクール』


3月9日 (月曜日) 17時00分~ 高田馬場 『研究稽古&個人指導』


3月10日 (火曜日) 10時00分~11時30分 『クラーチ剣術教室』
             14時00分~16時00分 高田馬場 『研究稽古&個人指導』


3月13日 (金曜日) 17時00分~ 高田馬場 『研究稽古&個人指導』 


3月14日 (土曜日) 12時30分~14時00分 品川区 戸越体育館
               『gold castle 殺陣&剣術スクール』
            18時30分~19時30分 イオン葛西店
               『イオンカルチャークラブ剣術教室』 


3月15日 (日曜日) 12時00分~14時00分 品川区 総合体育館
             18時30分~20時30分 品川区 戸越体育館
               『gold castle 殺陣&剣術スクール』


3月16日 (月曜日) 17時00分~ 高田馬場 『研究稽古&個人指導』


3月17日 (火曜日) 10時00分~11時30分 『クラーチ剣術教室』
             14時00分~16時00分 高田馬場 『研究稽古&個人指導』


3月18日 (水曜日) 14時00分~18時00分 『吟剣詩舞 剣技指導』


3月20日 (金曜日) 17時00分~ 高田馬場 『研究稽古&個人指導』 


3月21日 (土曜日) 12時30分~14時00分 品川区 戸越体育館
               『gold castle 殺陣&剣術スクール』
             18時30分~19時30分 イオン葛西店
               『イオンカルチャークラブ剣術教室』 


3月22日 (日曜日) 12時00分~14時00分 品川区 総合体育館
             18時30分~20時30分 品川区 総合体育館
               『gold castle 殺陣&剣術スクール』


3月24日 (火曜日) 10時00分~11時30分 『クラーチ剣術教室』
             14時00分~16時00分 高田馬場 『研究稽古&個人指導』


3月27日 (金曜日) 17時00分~ 高田馬場 『研究稽古&個人指導』 


3月28日 (土曜日) 12時30分~14時00分 品川区 戸越体育館
               『gold castle 殺陣&剣術スクール』
             18時30分~19時30分 イオン葛西店
               『イオンカルチャークラブ剣術教室』 


3月29日 (日曜日) 15時00分~17時00分 品川区 総合体育館※(30分繰上げ)
             18時30分~20時30分 品川区 総合体育館
               『gold castle 殺陣&剣術スクール』


3月30日 (月曜日) 17時00分~ 高田馬場 『研究稽古&個人指導』


3月31日 (火曜日) 10時00分~11時30分 『クラーチ剣術教室』
             14時00分~16時00分 高田馬場 『研究稽古&個人指導』





※高田馬場での稽古時間は
(月曜日・金曜日)の場合、17時00分~21時00分までの間で調整いたします。
(火曜日)の場合、14時00分~16時00分までの間で調整いたします。 
※今後参加人数によっては
(木曜日)の14時00分~16時00分の追加を検討しています。

①14時00分~16時00分 (火曜日)
②17時00分~19時00分 (月曜日・金曜日)
③18時00分~20時00分 (月曜日・金曜日)
④19時00分~21時00分 (月曜日・金曜日)

いずれかの参加しやすい時間帯でお越し下さい。
前日までには希望日時をメールまたは【お問い合わせ】よりお知らせ下さい。

※高田馬場での稽古参加費は1回2,000円です。(別途入館料400円かかります)

※稽古場所の詳細や稽古内容、稽古時間のご相談、道具類その他のご質問等につきましてはメールまたは【お問い合わせフォーム】よりお受けいたします。

※都合により日程が変更となる場合がありますので御了承下さい。


2015-02-23(Mon)
 

猫か忍者かゾロ目の日

 東京マラソンが開催された昨日2月22日のgold castle 殺陣&剣術スクールでは、昨日に続いて朝からの講習であったが、昨日に比べ会場のスペースに余裕があったので杖の型稽古をおこなうことが出来た。どうしても四方突きでなかなか進めなくなってしまうが、この四方突きをクリアーすることで武術稽古の理解に繋がればと思う。例えば足の移動に関して、どうして直線的な移動をせずいったん内側を通って移動しなければならないのかという部分についてほとんどの方から質問がなかったが、これは左右の足幅が開いているほど軸足がその場で片側の足が移動し終えるまで待っていなければならず時間が掛かってしまうのである。そのため一度身体の内側を通ることで、両足を滑らせて動かせる瞬間は身体の中心に足が揃ったときに可能となるため、足運びの移り変わりが滞ることなくおこなえるのである。

 意味が分かり想像がイメージ出来ると動作の習得はかなり早くなる。最近思うことは、やはり視覚に頼りすぎてしまうことで、目に見えていない身体がどうなっているのか把握出来ていない方が多いことに気が付いた。当然私も初めはそうであった。鏡の前でシャドーボクシングをする生活を五年間おこなっていたので、鏡に頼りきっていた部分は実感として強く残っている。だが実際に相手と戦う際には当然鏡など無く、相手を見て自分の身体を確認しながらおこなっていかなければならない。鏡を見なければ身体がどうなっているのか隅から隅までチェックしなければならないというのは間違いであることに気が付いていた。視覚に頼らないことで感覚が芽生えてくることもあるだろう。そして指導者の動作を見てそのまま真似するのではなく、自分の身体に置き換えてイメージし見ていながらも感覚を掴んでいけるようになれれば成長は格段に早くなるだろう。そのためには、音楽の世界でもそうだと思うが、まずは聴き込むことが大事であるように見るべき時は見ることに集中する。動きながら見て真似をするのは、理解という意味において浸透し辛い部分がある。

 今日は試験勉強のため久しぶりの参加となった中学1年生のK君が、杖の型稽古のなかで以前と比べ見違えるような動きとなっていたことに驚いた。「家でやっていたの?」と聞いたところ、勉強の合間に部屋の中や駐車場で練習していたという。彼の今までの動きを知っていたからこそ今日の進展ぶりには私にとっては感動であり、今日一日の中でもっとも嬉しい出来事であった。

 彼にとってここまで出来るようになるにはかなり時間を費やしたであろうと思われる。それはもしかすると、試験勉強などのストレスに打ちひしがれてしまわないように、心の健康状態を保てるように自然と杖の稽古に没頭していったのではないだろうか。このことは大人にも言える事で、仕事のストレスに心の健康が奪われてしまわないためにも、武術稽古をおこない上手く心のバランスを取っている方もいる。切実で逃げ場の無い追い込まれを感じる方ほど、一人武術稽古に取り組んだときの集中力というのはやらされ感とは全く違ったものなので、自分のための空間というものを作り出していけるのだと思う。

 試験勉強や就職活動など、そういった活動を控えている方は大変だと思う。私の場合、机の上での納得できない勉強が嫌いであったので、その腹立たしさから机の上での勉強は私の性格上続けることは無理だったので半ば放棄して、高校時代は私立の工業高校に入りボクシングに集中出来る生活を選んだのであった。もしかするとこれも私自身心の健康状態を保つために必死に取り組んでいたことなのかもしれない。

 高校卒業後は推薦でボクシング部のある大学に入るか、ボクシング部のある会社に就職するかの選択となり、私は早く一人で生活をしたかったので迷うことなく就職を選んだ。そのため就職活動も経験が無い。広島にある大手の鉄鋼会社であり、週に2日~3日は休日がありボーナスは年に2回、寮生活のため光熱費を含めた寮費は1万円弱であり生活していくには現在の私の状況より遥かに安定し経済的にも余裕があった。

 だが私にとって人生の価値観との食い違いは、そのような生活するには困らない環境であっても耐え難いものであり、六年間務めたのちに大阪へ引越し役者の道に入っていったのである。

 このような過去をほじくり返せば本が一冊出来てしまうほどいろいろな展開があったが、何が言いたいかというと、思うようにいかない結果となってしまっても全く自分を責める必要は無く、どう生きたいか、どうありたいかを重要に考えた方が、これから時代が変わり、予期せぬ天災や予期せぬ社会環境の変化、身内の事情、病気や怪我などさまざまな要因が、その時にさあどうする?という質問を投げかけてくるだろう。もちろん勉強や就職活動を否定している訳ではなく、その人にそれぞれに合った生き方が重要であり、皆通り一遍な生き方を強制し、それに外れた人に不安を持たせるのは、大人の事情も絡んでいるので、心が不健康になってしまわぬように、逃げではなく攻めの気持ちで責任を持ちその人の選んだ生き方を歩むことが、どんな時でも心が折れない強さになるのではないだろうか・・・・・・

 何の日記を書いていたのか分からなくなってしまったが、今日の講習の中で見たこと感じたことが少なからず影響しているのだと思う。超高齢社会、情報の発達と拡散、さまざまな環境問題なども含め、どう生きていくことが必要であるのか私自身も10年後20年後先の世界を考えたときに、今思っている夢や目標というものがひどくチッポケなものに思えてしまう。

 だが、次の一歩がなければ果てしない道程には到達出来ないので、地道に一歩を積み重ねながら軌道修正し時には路線変更して自分の生き方を選んでいくのであろう。家庭に落ち着くことが出来ない不幸な人生観であるが、そういった面における心の健康状態を保つために私は活動し結果を出していかなければならない。

 毎日のニュースを見ても分かるように、私自身も含めやはり人間は愚かであるということを大前提として持っていなければならないと感じる。そこを助け合い、動物として未熟な部分を法律の範囲から外れないようにコントロールして生きていかなくてはならない。そこにはさまざまな矛盾もあるだろうが、人間が作り上げたシステムに人間という生き物の自然な部分が適合しにくいことも理解できる。

 ・・・・・・講習の日記を書いていたのだが、どうやら軌道修正が出来ないところまで進んでしまった。とにかく私の場合、武術稽古を通じ今出会っている全ての方と向かい合ってコミュニケーションを取りながら、互いの人生のなかの僅かな期間の接点かもしれないが、いつまでも純粋に身体のことや動作のことに真剣に取り組んでいられる自分でありたいと願う。人の人生はどうなるものか本当に分からないと思うのは私自身自分を振り返ってみてもっとも強く感じることである。


2015-02-23(Mon)
 

参加者多数 土曜日の朝

 本日は9時30分~11時00分の時間帯で剣術クラスの講習をおこなった。剣術クラスとはいえ中身は、抜刀術であったり杖術であったりするので身体の使い方の共通性から名前を剣術クラスと一纏めにしている。そのせいか最近はYAHOOからの検索で「剣術」と入力すると私の名前も剣術にくっ付いて表記されるようになった。まだまだ剣道と混同される方が多い中、この剣術という名称を広く一般の方にも知っていただけるように今後も継続して使っていきたい。

 今日の講習であるが、朝からの時間帯にも関わらず見学者2名の方も含め戸越体育館の柔道場が手狭となってしまい、貸し出し用の杖まで足りなくなったので、万一のときのために急遽木刀を使っての講習も同時におこなった。スペースの問題で残念ながら杖の型稽古は出来なかったが、今日は「四方突き」に集中的に取り組んでいただいた。その他にも前後突き「八連円打」をおこない、体験参加の方には袈裟斬りと正面斬りその他にも納刀や後方突きによる抜刀などをおこなった。

 見学に来られたお二人の方が申し訳なさそうに日をあらためて出直して来ますと退出していかれたが、申し訳なく思うのは私の方で、早朝にお越しいただいたにも関わらず満足な環境が作れなかったことが残念であった。

 今日初参加となるK氏であるが、K氏と言えば高田馬場で個人稽古をしている神道夢想流杖道の指導者でもあり、平日は高田馬場に暫く来れないため土曜日の講習に参加される運びとなった。いつもと異なるこの教室の雰囲気をどう感じられたか気になるところではあるが、前に進める状況は自然と笑顔になり易くその前に進めるか否かは結局のところ自分の取り組む姿勢にあり、その気持ちを作り出すのが空間の長である者の役目であると思う。

 空間のオーラによって、全体を引き上げてくれるものやそうでないものなど気持ちから伝わる無音の周波数のようなものが伝わりその場を支配してしまう。意欲がある人、目が輝いている人、悔しがって取り組む人、純粋に出来るようになったことに喜べる人、そういう人達の中でおこなわれれば、飛行機が自動操縦になっているように安定的に飛び立って目的地まで進んでいけるのである。

 武術に関する仕事として生きていくことを考えたときに、最も重要なことの妨げとなるものは省いていかなくてはならない時も訪れるだろう。武術という名前を語った会社員にならないように、会社や肩書きに弱い人間になってしまわぬように、今後の自分を戒めてある時には判断していかなくてはならないだろう。

 講習が終わり、K氏に教えていただいた武道具屋に行き居合刀を購入する。今日は違う店で購入決定の予定であったのだが、K氏の勧めに何か感じるものがあったので同行していただき、お陰様で前回のものと同じ二尺七寸の居合刀を購入することが出来た。こういう予期せぬ買い物というのは縁が絡んでいることがあり、もう一つのお店に行かずともここでこの刀を選ぶべきであるという流れになっていたのだろう。二尺七寸五分と相当迷ったが・・・・・・

 帰宅して、あらためて丁度二週間前に折れた居合刀の刀身と比べても身幅、重ね、反りはほぼ同じであった。鎺が若干細いのと、柄が九寸五分で五分長くなったのと、鞘も五分長くなり鐺から柄頭までの全長が一寸長くなった。私の身長168㎝からすれば二尺七寸は長いかもしれないが、身長から割り出される刀のサイズというものにはどうも納得がいかない。

 運の良かった事に、以前の鞘が今回購入した刀でも綺麗に納まった。鞘はほとんど無傷なので万一割れたり破損した場合の予備として保管しておこう。

 夜からはイオンカルチャークラブの講習をおこなった。気が付けば半年を過ぎていたが、カルチャークラブの空間というものを何となく知ることが出来たと思う。

 明日も朝からの講習である。朝の次は夜の講習。長い一日となる。さあ今夜はもう寝よう。


2015-02-22(Sun)
 

高田馬場にて急成長

 本日は高田馬場にてMさんへの個人指導をおこなった。私自身毎週どこかで稽古をやっているのだが、暫く稽古をしていないような感じがしていて、不安感とともに僅かな時間でもいいから研究稽古をしたいと思っていた。そんななか本日はどういう訳か、スヌケの杖が今までで一番打ちの速さと威力が出ていたように感じた。身体は鈍っているような感覚であるがいざ動いてみると通りが良い。この体の通りの良さは一体何なのか、詰まりが抜けたのはどういう理由からなのか見つけていきたいところである。

 さて、Mさんとの稽古であるが今日もかなり濃密な稽古になった。まず始めに杖の打ちに対する身体の浮きのかけ方を、壁に肩を付け脚部の力のみで前方へ身体を運ぶ動作と、浮きをかけた際の打ち下ろしの速さを実演し、その身体の使い方を体術でおこないその流れから簡単な護身術などの動きをおこなう。身体の使い方の関連性を理解してもらった(?)ところで杖の打ち込みと突きを丁寧におこなった。計1時間ほどこの打ち込みと突きをおこなったが見違えるように変わってきた。Mさんの場合、動きにクセが無いので修正がしやすい。そして非力に感じていたのだが、決してそうではない事がよく分かった。以前ヨガをされていたそうで、ある部分においては練られているものを感じるので、動きの中でそれらが上手く調和をとりながら纏まっていけば、別人のような動きとなる瞬間がある。これは前回、前々回の袋竹刀による打ち込みで感じていたが、今回は杖の打ち込みや突きでそれらが見えてきたのは一歩前進である。

 Mさんの場合視覚で身体の動きを確認しているので、前回も言ったが、身体の計算力に任せ始まりの形と終わった後の形を視覚に頼らずに確認する事が大事であり、見ないことで多くの部分を同時に感じられることが身体の機能を活性化させ計算力という感覚を育てコントロール出来るように導いていければと思う。

 納刀稽古では、後ろ足を扇形に開くことが重要で、特に女性の場合はこの動作における股関節の可動は悪い。こういった動作は体操やストレッチには無いかもしれないので、重心と姿勢と股関節の可動を納刀という動作の中でおこなわなければならず、今後の一つの課題として取り組んでいただきたいと思う。

 袋竹刀での打ち込みは回を重ねるごとに良くなってきている。右からの小袈裟は脚部との連動も含め姿勢が安定してきた。しかし左からの大袈裟は少々膝が伸びて腰が上がってしまうのでもう少し稽古を積まなければならない。この稽古は現時点では身体の芯を練るのに最適であると思っているので、身体の変化とともに内容を上げていきたいと思う。

 週に二回の個人指導となり、すでに以前とは大きく変わってきた。表情も変わってきたので、現在の直向な姿勢であればどんどん変わっていけるだろう。私から厳しさを引き出せるような空間になればもっと濃密で互いに貴重な稽古となっていくだろう。今日は、私にとっても居合刀を片手で振る際の腕の使い方に大きなヒントを得られ、自宅に帰ってから暫く真剣を振って確認した。まだ力みがでるがこの片手で掴んだ感覚を両手でそれぞれが役割分担を適切なタイミングでおこなうことが出来れば剣の振りはまだまだ変わってくると思う。切っ先が落ちれば柄が上がってくる。その柄がブレーキとなったり肘肩への負担とならないためには、軌道に対し手之内も含めた役割分担があるように思う。こうした研究テーマが沸き起こってくると、稽古がまた待ち遠しくなってくる。集中した稽古環境は雑念が浮かび難くこうした気付きを得られやすい。今日の睡眠で身体が何を記憶し整理していくのか、また明日の稽古で少し検証したいと思う。

 昨日は幾つかの武道具屋に行き居合刀を手に取り確認してきた。やはり私の場合、どのようなものか細かく表示されていたり説明されていても持った際の感覚が全てである。そのことがそれ以上でもなくそれ以下でもないということに昨日は時間を掛けて納得したのであった。次の刀がどれくらい耐えてくれるか分からないが、さらなる技の向上と身体を練ることを大前提に近日中に購入しようと思う。


2015-02-21(Sat)
 

子供用木刀の作成

 去年が記録的な大雪だったせいか今年はこのままいけば大した積雪もなく春を迎えるかもしれない。気温にしてみても日中は二月とは思えない暖かさのためダウンコートだと暑いと感じる日もある。

 今日は二本目の作成となる子供用の木刀作りをおこなった。今回は切っ先の形状に加え、やや反りを付けつつ切っ先を細めに作成した。前回と違い今回は刀身部全体をヤスリ掛けしなかったため1時間程度で作業は終了した。お店に売ってある子供用の木刀よりも10㎝程短めに作ってあるので、8歳のお子さんでも無理なく使用できる。

 今日は家に居てとある出来事がおこってしまったが、四十歳を前にして私自身「あぁ変わったな・・・」と思うことがあった。
これまで怒るような事や、ムキになるような事、そういった出来事であっても、じゃあどうすればいいのか?ということについて興味が湧き、自分自身の現在の環境からなる取るべき対応について考える思考となっていた。

 だが、これは昔からそうであるが「相手に伝わらないどうしようもない事」もあり、それには自分の環境があまりにも通用しない場所であるという現実を痛感させられる。以前高田馬場の稽古で役者であり殺陣もおこなっているA氏から「こういう風になりたい、またはその為に何かやっていることはありますか?」という質問を受け、これには即答し「自分の環境を、そうなりたいと思える環境に身を置かなければ変われるものではない。」と話したことがある。

 迷いがあるということは、いろいろな誘いに対し受け入れてしまった結果、本来の自分を見失いやすいのではないだろうか?初めの一歩は微々たるものでも、その中で自分の環境を手にし徐々に徐々にその時間、その日数を増やしていくことで、気が付けば環境に育てられていることに気がつくのではないだろうか?自分がそうでありたい環境に身を置くならば疲れたとか、休みたいとか、バイトを優先したいとか微塵も頭によぎる事は無く、むしろこんなに楽しい思いをさせてもらっていいの?と思えるように良い方向に力が湧いてくるものだと思う。

 今興味があることは、年齢と共に自動的に大人になれるものとは思っていないので(私自身まだまだ子供と痛感しております)これから先どのような環境に身を置きその中でどのような思考となりものごとの捉え方が変わってくるのか、その先の先の人生観にこれまで甘えて生きてきたツケもあるが、逆にそれらを活かしながらこれからの自分を育てて生きていきたいと思う。


2015.2.18 木刀製作①
 カット前の白樫の木刀です。丁度カットするギリギリの部分に亀裂が入っていました。


2015.2.18 木刀製作②
 鋸(ノコギリ)でカットした直後です。


2015.2.18 木刀製作③
 前回と同じように鞘と同じ長さに揃えました。鞘/77.5㎝ 木刀/79.0㎝


2015.2.18 木刀製作④
 棒状のヤスリがあれば簡単に行えます。お勧めは、商品番号CF150F40 「石工&木工ヤスリ150㎜平」 これがサイズ的にも鞘の中にもピッタリ入るので、緩んだ鯉口補修時に当て木を貼った後ヤスリで調整する際に非常に有効です。


 いつか自分用の木刀を作ってみたいという願望もあるが、手に入れることが可能な木々に出会った時に年月を掛けていつか製作してみたいと思う。趣味はなんですか?と聞かれていつも応えられずに困っていたので、自分用の理想の木刀作りです。と言える日が来ればなぁと思っている。


2015-02-18(Wed)
 

時間がドンドン過ぎてゆく

 次に購入する居合刀をいろいろ調べていると、気付けば数時間が経っているというありさま・・・・・・まあおかげでいろいろと知ることが出来た。

 二尺七寸は諦め二尺六寸で考えている。いろいろ考えているうちに好奇心が湧いてきて、居合刀に対しサイズや使い勝手以外にお金を掛けるのは、私の場合刀が耐えられず直ぐに壊してしまう可能性があるので勿体無いと思っていたのだが、色々見ているとだんだん気になってくる。

 どうせ壊れて次の刀になる前に、一度今までとは違った拵えのものにしてみようかな・・・とも思う。とにかく、もう見るのは止めようと何度思ってもいろいろなサイトを見てしまう自分に疲れた・・・・・・

 こういう時が一番楽しい時なのかもしれない。本来は真剣の購入を考えなければならないのであるが、いろいろな状況を総合的に判断した結果、もう一度居合刀を購入し体捌きを練られるものを選ぶことにした。真剣は手元にあるが、欲しいのは二尺四寸五分~二尺六寸の間で、激しい抜刀稽古をおこなうため私の命を預けても良いと思える出会いを待つより他は無いと思っている。

 今日は「高齢者のための剣術教室」と高田馬場での個人指導をおこなった。今日は簡潔にまとめてしまって申し訳ないが、まずクラーチの講習では、最近私が取り組んでいることは身体の各部分が同時に動きながら最後にピタリと揃えるという動作である。そこに合わせるためにはそれぞれの速度が違うし、その動き出しのタイミングも変わってくる。だが、頭で考えると訳がわからない事でも、動いてみて取り敢えずやってみると理解に繋がることもある。思考の関係と動作の関係はセリフの覚え方もそうであるがなかなか面白いものである。

 高田馬場ではMさんへの個人指導をおこない、このところ熱心に続けて参加されているので今日は驚くほどの進展があった。袋竹刀にて打太刀の正面斬りを袈裟に斬っていくものであるが、その打ち込みの強さがこれまでの稽古の中で見せた事のないものであったため、表情の変化も含めその変化に私自身暫く考え込んでしまうほどの手応えがあった。

 特に女性の場合、袋竹刀というのは恐怖心が薄れるため、これまでセーブしていた何かを取り払い新しい何かを発見することに繋がっていくように思う。 この高田馬場での2時間の集中稽古で、指先の使い方や、手足の連動、脚足の使い方などの技術を稽古しながら、剣や杖を使いブレないように扱うことで体幹部を鍛え体に芯を作っていき、故障しにくい身体を作りながら姿勢を知り姿勢を正す稽古となっている。さらには相手をつけての打ち込みなどで、体幹を働かせるための技術を稽古しながら、これまで経験したことのない武術というものを意識し、何かを引き出せることを考えおこなっている。

 今日は新たに杖をつかっての「クロール歩き」をおこなった。ネーミングがイマイチであるが、「蟹の前歩き」というのもあるし私のネーミングセンスはこんなものだろう。この動作は肩甲骨と股関節を動かしながら進んで行く全身運動なので、この寒い時期などは身体を温めるにはもってこいの稽古の一つである。蟹の前歩きは股関節を引き上げることと体軸がブレないことを目的としておこなうものであり良い稽古内容の一つであるが、動きが滑稽であるためあまり女性にはお勧めしていない。隠れてコッソリやってくださいといつもお伝えしている。

 とにかく、時間があってもそれなりに消費してしまう。Amazonで本を4冊購入したがまだ読めていない。一度読んだ本でも覚えていないものがあるので読み返しているところであるが、私の場合遅読であるのでその分自分の役に立つように感性をもって読み込んだほうが時間を無駄にしないだろう。

 さて、そろそろ寝ないとまた不摂生だと言われてしまうので、今夜はこの辺にいたします。


2015-02-18(Wed)
 

バリエーションに富んだ参加者の gold castle 殺陣&剣術スクール

 本日のgold castle 殺陣&剣術スクールは、夕方の部は生徒さんに加え、体験参加の方4名、インドネシアからのゲストが5名とかなりの大所帯であった。薄桜鬼が大好きなIさんはこれまでに何人か知り合いの方をお誘いいただいているが、今回もお友達とさらに職場の上司の方まで呼んでいただき、こうして来て頂けるのはIさんの人徳がなせる業だろう。

 今日も全体の中でハッキリとした成長が見られた方が何人かいたので、最初の頃を思えばずいぶん変わったなぁと嬉しく重う。動きに力強さが出てきた方、集中力が付いてきた方、力みと焦りが少なくなってきた方、肩の上がりが少なくなってきた方、自分の悪いところを意識して直そうとしている方、などなど全体的に変わってきていることを実感出来た。

 武術稽古の動きというのは、これまで経験してきたスポーツやダンスなどの動きを当てはめる動きではないので、それまでの経歴に自信を持っていた方でも、武術稽古になればかつての染み付いた動きというものが邪魔をしていることに気が付きにくく、なかなか進まないことに苛立ちを覚える方もいるかもしれない。つまり、武術の動きというのは甲野先生の著書などにも記されているように、「質的に転換されたもの」とならなければならない。

 床を蹴る動作、飛んだり跳ねたりする動作、タメをつくる動作、捻ったりウネリをつくる動作、これらは全て現代武道やスポーツなどで教えられている動作である。これらの動作というのは結局のところ筋力のエネルギーを第一に考えておこなっているので、その動作を身に付けようと筋力トレーニングをおこない感覚的に掴み難い身体となってしまう。もちろん筋力は必要であるが、どの筋力をどのバランスで組み合わせ力まずに動けるかとなると、単純な筋力トレーニングで身につけた身体では扱いが困難になってくるだろう。複雑な動作で自然と身につけた繊細な筋肉が感覚として脳に指令を出してくれるようになると、身体の詰まりがあるところや動かしにくいところをどのように変えればいいのか身体がヒントを与えてくれるようになる。ウエイトトレーニングなどによる筋トレでパンプアップした肉体では、詰まりだらけで繊細な感覚を読み取ろうとするのには無理があるだろう。そのため、モアパワーとなり、筋力が主体となる動きの質となる。だが筋力というのは不安定なもので、筋繊維にダメージを与え超回復というサイクルを繰り返すため安定的な肉体とその感覚がなければ、技の進展に対する気づきは得られにくいものと思われる。

 では「質的転換」とはどのような動作なのかと言われれば、甲野先生の著書を読んでいただくのが一番であるが、私なりに思うことは自分の体重をどのようにして使うことが出来るかということにあり、そこには脚部から繋がる体幹の使い方、それらを活かすための、肘、肩、手の内、そして膝を抜いたり、股関節を瞬間的に引き上げたり、深く屈曲させたりなど、身体の重心位置にかかわる姿勢とともに、それら全ての動作や形に意味がある。無駄が無く意味のある動作というのは、引き込まれるものがある。それは職人が作る工芸品などもそうかもしれない。したがって、武術の動きというのは、スポーツやダンスなどの動きをそのまま取り入れる余地はないし混ぜておこなうことなど不可能である。ただ、スポーツ界において全くそのままではないが共通する身体の使い方があることは事実であり、そこは技術と感覚の世界がそのように共通性をもたらせるのだと思う。

 夕方の部に参加された10歳以下の男の子二人には、帯刀しての歩き方走り方回り方を鞘の操作と共に私の合図でおこなった。予想していたように子どもは走ったり止まったりすることに楽しさを覚えるようである。次に向かい合った状態でゆっくりと剣を抜き互いに剣の位置を合わせながらゆっくりと胸元まで剣がブレないように下ろしていく動作をおこない、相手と合わせるということが一人でおこなうときと比べ集中力が切れず、相手の事を考えるという子どもにとって必要な部分を気付かせるために今後もこういった手法でおこなっていきたいと思う。夜の時間帯以外であれば二人が揃うことも多いかと思うので、子供同士で高めあっていければというのが私の願望でもある。

 ご婦人との集中稽古であるが、考えてみればご婦人といっても今となってみれば会場はご婦人だらけになってしまっているように思うが、このブログにおけるOさんの呼び名でもあるのでこの呼び名で通したい。本日は杖の「十一連続動作の型ご婦人バージョン」をおこなっていただき、一通り最後までの流れは掴んでいただいたように思う。先は長いが、まずは「四方突き」を集中的におこないたい。今日はその四方突きにおける打ちながら突きながらという動作に私自身気が付いた部分があった。この打ちの軌道と左肘の軌道について具体的に考える機会となり、なるほどそういう動きをしていたのかと今後における私自身の稽古にもなった。四方突き、横払い、巴に入るための手の内の変化など、次の目標が待っている。この一連の型がしっかりと身に付いたら、是非ともいつか訪れるやも知れぬ来るべき日に披露していただきたい。

 夜の部では、インドネシアのゲストの方々に加えロシアの方も参加された。フィリピンの方も見学され、このgold castle殺陣&剣術スクールも開講してまだ一年四ヶ月足らずであるが下は8歳から上は71歳、体験参加に75歳の方や78歳の方も参加され、一般の方から役者の方、歴女の方も来られるようになり、海外からのゲスト参加もあったりと当初想定していたよりも早い拡がりとなってきた。大城先生が海外との交流があるので、先週に続き今回のゲスト参加された皆さんにとって、非常に印象に残る経験をされていったのではないかと思う。私も昨年の12月にインドネシアでお世話になり、インドネシアの人が好きになったので、今回偶然にも参加されたインドネシアの方々ともお話が出来て嬉しかった。

 講習の最後に、体験参加の方も含め全員で抜刀術の「四肢斬り」をおこなった。私もこの抜刀術をおこなうのは極めて久しぶりであるが、今日おこなってみて、改善の仕様によっては身体の使い方も含めいい技の稽古になるように思う。名称の漢字があっているのかすら忘れかけてきているが、四つ足動物の足を斬るようにおこなうことからこの名称がついたのではないかと思う。今日考えた納刀までの一連の動作が他の抜刀術に比べ異彩を放っているので、膝や股関節の修練のためにもこの抜刀術は育てていこうと思う。
 


2015-02-16(Mon)
 

仁義を通すこと

 この仁義という言葉について久しぶりに考えてみたが、個人事業主として世の中を渡っていくには「仁」と「義」を忘れてはならない。これは一般的なその場の礼儀よりも重いものであり、人と人が信頼関係を育み維持し事を成していくための掟である。

 こう書いてしまえば何やら引かれてしまうかもしれないが、私が以前から感じていたインターネットによる人とのコミュニケーションに違和感を覚えるのは、こうした仁義がたやすくも裏切られることにあるのではないかと思うからである。

 人が人にお願いをし、人に助けられ、その恩を忘れないことは生きていく中で自分の足跡を大事に残していくものであり、その足跡がその人物の証明書になっている。人生を積み重ね発展していくためには、そうした足跡を何度も新しく付け直すのではなく、形に残らない履歴書を作り上げていくためには、仁義を通し何者であるかをハッキリさせることが重要であろう。

 己を語らず相手に取り入り、良い部分だけを盗みまた次へと繰り返していくのは、大事なところまで辿り付けずそうして点々と居場所を探して生き続けて行かなくてはならないだろう。

 役者の世界を少しかじったことがあるだけにその辺のことは良く分かる。競争の中にもそうした部分が守れない人間はその現在の居場所から大きく変わることは難しかろう。表面的礼儀を通しても仁義が通っていなければ、判る人には瞬時に判るものである。

 個人情報の問題などにより、初対面の挨拶でどういう人間であるのかどういう経緯があるのかを語らぬ人も多いが、敢えて強要はしないので本人の自由に任せている。ただ、出来ている人は始めからそのような経緯を伝えその態度は一貫している。長く続く人とそうではない人の違いは、本人が気付いているのか気付いていないのか判らないが「仁義」を忘れているかもしくは最初から頭に無い人にその傾向があると私は思っている。

 個人事業主で生きていくには、形に見えぬ己の履歴書を汚さぬように欲に判断が狂いそうなときはもう一度その辺のことを己に問い考えてみることが、この職種で生きていくための掟であろう。

 今回、ふだんあまり書かないように戒めている内容の記事としたが、これは特定の誰かに書いている訳ではなく、私個人に対する昔からの判断基準が「仁義」ということの大切さであったことに気がつき、言葉や文字による意識の整理というのをあらためて実感したのである。この記事を読んで礼儀とはまた違った意味で重要な「仁義」について縁のある方は今一度考えられてはどうかと思う。


2015-02-14(Sat)
 

二尺七寸で練られた感覚

 本日は高田馬場にてK女史とMさんとの稽古をおこなった。今日は金曜日にしては珍しく空いており広く会場が使えたのはなによりであった。そのため杖においては足運びをメインとした稽古内容とし、後脚の寄せが私の杖術や剣術にはもっとも重要であることにあらためて気が付いた。それは、打ちにしても突きにしても斬りにしても全て後脚の寄せによる垂直方向の重力の力が、体幹部を通じ腕を通じ寄せた(もしくは寄せていく)持ち手による得物に繋がっている。

 垂直方向に伝えていくエネルギーに重要なのは、爪先、膝、股関節、を含めた下体の使い方が大事であり、上体部の使い方はそれらを活かせるようにおこなうこと。体の移動に関しては、今この瞬間にあらためて確信しているが、足先の向きではなく、膝頭の向きが始めに進路を向かなければならない。だが、上体と下体のエネルギーを繋ぐには再度脚足を整えなければならない。

 それにしても私はどうやら稽古指導が好きなようである。いや、正確にいえば真剣な思いが伝わればそれに応えずには入られずなんとか応えようとしてしまうのだろう。だからどんな人にでも教えたがりであるということではない。この指導というのも、いつか私が衝撃を受けるほどの間違いに気付かされるような気がしている。それは、自分で気付かせるという選択肢を無くしていないだろうか?親切心が不親切になっていないだろうか?私はこれまでいろいろな方の教えを見たり体験したりして、その中から見える本音の部分が良い部分も悪い部分も含め心に刻まれている。私自身武術稽古者としてまだまだ果てしない修練を積んでいかなければならないが、同時に抜群の使い手を育てたいという欲求も沸き始めている。私如きがなにを言っているのかと思われるかもしれないが、もしそういう人物とのご縁があった時に私はどのような稽古をすべきか、どのような対応になりどのような指導法になるのか今のところ想像もつかない。こればっかりは若いセンスの良い方を何人か知ってはいるが縁がなければ始まらない。

 まず、K女史との久しぶりの稽古であるが、打ちにしても突きにしても足との連動が合わなくなっていたので私の後脚の寄せによる動きは、K女史の体が覚えてしまっている動作には相性が良くないようである。使い分ける事が出来れば身体操作の基本的な部分において幅が生まれてくるとは思う。K女史の苦手な杖の型稽古に入るとしばらく迷いの森に入ってしまうのでその間にMさんへの集中指導をおこなう。Mさんも間を空けずに参加されているので、少しずつであるが得意な部分については良くなってきている。驚いたのはMさんが趺踞(ふきょ)の座り方で安定して座ることが出来ていたことである。巴の足運びも割りとついて来れているので以前おこなわれていたヨガの影響もあるのかもしれないが、練られている部分があることは今後の動きの習得に関わってくるだろう。後半おこなった袋竹刀による打ち込みも前回よりも少し良くなってきた。

 K女史への抜刀術指導のため、昨年の5月29日に二尺七寸の居合刀を購入して以来一度も抜刀していなかった二尺四寸五分の居合刀を抜いた。

 自分で想定している速さより速く抜け「やっぱりこっちの刀の方が速いな・・・・・・」と思った。というのも、二尺七寸の居合刀でも短い刀と同様の速度に感じられていたから、今日の抜刀で感じたのは以前よりも速くなってしまったということだと思う。ただ、なぜだか全く嬉しい思いがせず速さに操作が追いついてない感じもあるが、刀が刀のように感じられず(刀に悪いが)「よくこんな物で稽古やってたなぁ・・・・・・」と思わざるを得ない感触なのである。だからどうしても二尺七寸での感覚を忘れないために本気で抜刀することはためらってしまう。ゆっくりと次の居合刀を探すつもりであったがそう悠長にしていられくなった。以前の二尺七寸の刀と同じ感触のもの、または他にあればそちらを購入したいが、長さは二尺六寸五分か二尺七寸がいい。体を練るなら七寸、操作性を良くするなら六寸五分、そのどちらかだろうか・・・・・・真剣の購入時期なども考え気が付いたら最近は頭の中がこのことばかり考えてしまう。あまりこだわったところで、居合刀ならば私の場合おそらく1年~2年の短命で終えるだろう。鞘が割れるとか、刀身が曲がるとかだったら、技術を上げて寿命を延ばすことが出来るが、刀の返しに刀身が耐え切れずハバキの付け根と鍔の間から折れてしまうのだから今後ますます短命になる可能性もある。

 明日は以前発注していた白樫の杖が届いたため3本購入しに行く予定だ。真っ直ぐなものを手に入れたいので都城から取り寄せていただいた。これまでに購入された方には申し訳ないと思うが、私もいろいろとお店を探し直接交渉したりして、何とか僅かな値上げ分で良質の杖を手に入れられるようにと動いた。

 今夜はなぜだかまた扁桃腺が調子悪い。またぶり返すのかとウンザリしてしまうが、これも40代寸前に控えた年齢からくる何かの洗礼なのだろうか・・・・・・?だが、数字は数字なのでそこに意識を合わせる必要も無く、私の身体と私の心の赴くままに強く生きていく!


2015-02-14(Sat)
 

時代を越えて継続していくもの

 さまざまな事は想定内にあり、お人好しも冷たさもその想定内における対応でこれまで生きてきた。器用に物事を進めていく人には、それに伴い嫉妬という邪魔な抵抗者が生まれてくる。これは、ある意味しょうがないと思う。何かを得るには、必ずそれに関わる何かが副作用として起こりうるように思う。これはこれで自然の法則としてバランスされているのであろう。その者が自滅の道に進まないように、良いバランスに持って行くにはなかなかセンスのいることである。

 さて、本日の「高齢者のための剣術教室」では、毎回一番始めにおこなう杖の体操「肩甲骨の開閉運動」から入る。これは、頭の重さ(約5㎏)で首が下がり背中が丸くなった姿勢の習慣化と、その姿勢と合わせて女性がなり易い骨粗しょう症により骨が弱くなったことによる圧迫骨折などのリスクを軽減させるためには、頭部は前に落ちないために胸を伸ばす姿勢が求められ、そのためにはここが重要であるが、肩甲骨を寄せる力が重要になってくる。日常において、手や腕を使っても肩甲骨はあまり動かせていないので、こうした杖を使ってピンポイントに肩甲骨を開閉して筋力の増強と可動域の向上が必須であると、この教室を務めさせていただいた中で第一に感じたことである。

 次に杖の「片手回し片手止め」をおこない、掌と杖の接触感覚をより高めることを目的としたものであり、下げながら滑らせながら、または上げながら滑らせながらというのを、シンプルな動作の中で人間の持っている高度な計算力の働きを引き出せるように最近取り入れたものである。今日はいつも元気なSさんがこのことに気付かれ納得されたことから、もう少しこの内容を続けて皆さんが感じられるようになればと思う。昔からおこなっている左右の持ち替えも、簡単に出来るようになってしまえば、もうこの講習ではおこなう必要がないので、皆さんの出来具合をみながら、講習内容を整理していく必要があるだろう。

 杖を使っての深呼吸は、これが終わった後の皆さんの集中力が高まるので今後も継続しておこないたい。休憩後「水車」をおこない特に指先の繋ぎと離れを意識しておこなっていただく。それにしても、この教室で最高齢85歳のDさんはこの教室の中でももっとも姿勢が良く理解も早く只々驚くばかりである。あと半年ほどするとどこまで出来るようになるのか楽しみである。近い将来テレビや新聞などで取材していただいた時には、きっと視聴者の方や読者の方も驚かれるのではないかと密かに楽しみに思っている。もちろんDさんだけに限らず、世話人を務めてくださっているご婦人Oさんも、多くの方の励みとなるだろうし、ご夫婦で仲良く参加されているOさんも夫婦円満の秘訣がご主人のユーモアさで語られると非常に面白いだろう。巴御前のSさんとOさんご主人との掛け合いも毎回漫才のようで大笑いしてしまう。真面目に真剣に取り組まれる方の感想は、同年代の方々や同じ苦労に苛まれている方々には共感を持ってもらえる言葉であると思う。

 このクラーチ剣術教室以外にも少しずつであるが、高齢者の方とのご縁も生まれてきた。古武術介護は今ではかなり有名になり、介護師の方の負担を減らし介護を受ける方の負担も減ってきた。現代の高齢者は、社会環境や、食事、医療の発展などにより、見た目と実年齢に驚くことも珍しくなくなってきており元気で若い方が多い。そういった方々がこれからの超高齢社会(高齢者65歳以上の方が人口の21%以上の割合)が進んでいく中、(2014年は25.9%で総人口の4人に1人は65歳以上となる)戦力として身体を動かすことが社会の中で求められ、益々年齢ということに関する価値観が変わってくるのではないかと思う。おそらくいろいろな事に関する仕組みも約束事も変わり、個人としての強さが求められるようになるだろう。まさか、普通の方までスポーツジムに通いプロテインを飲んで怪我のリスクとともに筋力をつけるようなことは続かないだろうが、それらに代わったさまざまな謳い文句の運動系ビジネスが盛んになってくるだろう。私の思いとしては、古の先人達が伝えてきた剣術(杖術や抜刀術なども含めて)を現代でも受け継いでおこなうことは、日が昇っては沈んで行き、月が出ては消えて行くという変わらぬ天のサイクルが継続したまま現代の時代となった今でも、どこかで繋がっていることを感じながら、決して現代人が最先端の知識や情報のなかで進化してきたという誤った自負を持たず、むしろ身体を使うことに関しては、先人達に比べどんどん退化してきている現状に気が付かなければならない。なればこそ、これからの超高齢社会を生き抜いていくには、文明の進化と相反する身体使いの退化をどのようにして補っていくかということが切実な問題となってくるだろう。指導者に対しても、知識や理論、技術や権威など、それが大きな狂いを生じさせる原因にもなるので、己の欲のためにだけでなく志を持った生き方が求められるだろう。自分の事を棚に上げ書いていて恥ずかしくなってくるが、成長したい思いがあるから、常に自分自身に校正をかけるように見つめなおしていく必要がある。

 午後からは高田馬場にてgold castle 殺陣&剣術スクールの生徒であるMさんに個人指導をおこなった。この武道場は私がもっとも稽古をした場所でもあり、現在も一人稽古をおこなっている大事な場所である。まず、杖の打ちと突きを脚足の使い方とともにおこなった。足運びは以前に比べかなり改善されてきたが、杖の打ち込みや突きに対して、上体と下体との繋がりがまだ見えてこない。そのため、先週イオンでマンツーマン指導した際の、壁に肩と頭だけをつけて持たれ掛かり、内腿に力を入れることで反動を付けずに身体が壁から離れる際の脚部の使い方を掴んでいただき、先ほどの打ち込みと突きに用いる脚足の使い方をおこなったところ、歩幅が改善され、身体の纏まりも少し良くなり、杖の先のブレも減少した。つまり、ただ後ろ足を引き寄せるだけでなく、爪先をやや上げ、内腿を緊張させながら大腿部を上げるようにおこなうことで結果として身体は下方向に強く働くのである。その意識があれば、膝が伸びたり、足幅が揃ったり、上体が折れたりすることは無くなるようだ。

 この高田馬場では個人稽古ということもあって自然と会話が多くなってしまう。それはこの日記に書いているような内容であったり、日記に書けない具体的なことであったり、そういう日々思っているということは、いったん栓を抜けば止め処も無く出てしまう。

 後半は袋竹刀を使って、私が正面斬りをおこなうのに対しMさんが袈裟に斬り込む稽古をおこなった。特に女性の場合、素振りだと芯が入らない方が多いので、動きを引き出すには打太刀をつけてその剣を打っていくほうが効果的である。相手が付くとどうしても対象物に身体が意識してしまい、動作が大きく崩れてしまう。こういった稽古により、ただ素振りをして時間を費やすよりも、袋竹刀で実際に打ち込むというのは身体を練るにも間合いを掴むにも有効であり、何よりパーンと気持ちよく打ち込めた時の感覚は他では味わえないものがある。この袋竹刀(ふくろしない)というのは、剣道の竹刀に革を被せたもので、柔らかいベーグルのような鍔をつけて使用する。怪我を防ぎかつ存分に技が出せるように工夫された武道具である。

 ただ私が危惧しているのは、こうした身体の使い方を技として身に付け始めてしまうと、剣の扱いの精妙さと同時に身体の面白さや奥深さ、無理のない効率のよい体の使い方を身体が理解したときに、無駄の無い自然な動作の美しさを知り、それを鏡ではなく、実感として得られた時に、殺陣をおこなっている人は、似て非なる現実を突きつけられいろいろ考えてしまうのかもしれない。だが、そこでいろいろ考えることがこれからの発展に繋がっていくと思うので、何が良いのかということについてそれぞれが考え理解し学ぶ必要がある。

 今日はMさんの体の硬い部分が分かり、ここが変われば背骨を通じて全体の可動に関わってくるので、今日おこなった杖の体操でどういった変化が起きるのか楽しみである。Mさんのお話の中ですでに変化があったのは、ウォーキングで40分掛かっていた所が、30分となり10分時間が短縮したという報告を受け、どうやら、股関節の可動域が向上したため歩幅が大きくなったようである。最近の稽古でも足運びが以前に比べ良くなり、1月18日の世田谷区総合運動場でおこなった講習で膝の落とし方の気付きから大きく崩れることが無くなった。その話を聞いて今日の講習で、巴を私がおこなっているキツイやり方でおこなっていただき、Mさんも身体に効いている感じがあるようなので、ジックリと取り組んでいただいた。おそらく明日は大腿部の付け根辺りが筋肉痛になっているかもしれない。

 今は高田馬場での個人指導も、仕事の関係などで参加される方が少なくなった。真剣に稽古に取り組んでいきたい方は下記にリンクしてある2月の稽古日程に、スケジュールが記されているのでご縁のある方とは稽古したいと思う。
≪2月稽古日程≫http://kanayamatakayuki.blog.fc2.com/blog-entry-414.html


2015-02-10(Tue)
 

時の流れをジワリと感じる喜びの空間

 本日はある武術映像の撮影に参加してきた。三年連続で参加させていただけたことを大変光栄に思うとともに、こうして現在も変わらぬ気持ちで武術稽古に取り組めていることをありがたく思う。当然のようにこれからも武術稽古をおこなっていくつもりであるが、突然予想だにしなかったことが起きてしまうのが人生である。事故であったり、病気であったり、天災であったり、さまざまな事情が絡んでいるので、現在も迷うことなく取り組めているのは本当にありがたいことだと思っている。

 今まで知らなかったことを経験することでその場から学び次への進展になるのであれば、武術稽古においても同様に知るための稽古にしていかないといけないだろう。知っているものを繰り返すよりも、新しいこと(目標を一段階上げること)に取り組むことが次へのステップアップとなり、それが成長となるのであろう。成長が遅い人、なかなか身に付かない人は、その辺を受け止め変えていく必要があると思う。

 最近思うことは、以前書いたような言葉でも必要であれば何度でも繰り返していいと思うようになったこと。今夜も明日が早いためあまり記事に時間を費やすことが出来ないが、日々書いていかなくてはならない活動をおこなっているので、なるべくその日の思いが残っているうちに書き記したいと思っている。

 一流を知ることは、何の世界にしても言える事であるが、いろいろな物や人に対する見えかたなどに影響するものである。人物意外にも、もっと一流なものを知りたいと思うようになった。直接会ったり、直接見たり、直接聴いたり、直接味わったり、人間の五感がどういうふうに取り込むのか、五感を刺激するものに今年は遭遇したいと思う。

 とにかくもう明日が来てしまった。新しい一日をどう過ごしていくか・・・・・・。大袈裟なようかも知れないが大袈裟でないのは、日々のニュースを見て思うことである。急がば回れは身体の使い方の手順に限らず、上手くいかない時の生き方にも当てはまることかもしれない。目指したいことに向かって真っ直ぐ一直線に向かいたいものだが、総合的な到達の早さを考えれば寄り道も必要になってくる。進化しながら寄り道ができるか・・・・・・?寄り道という手順を通過して、人生という技の進展に少しでも近づいていければと今夜もそんなことを考えてしまう。

 明日は7時には起きなければならないのでそろそろ寝るとしよう。連日いろいろと忙しく出来ていることは本当にありがたいと思う。このような忙しさは、どんなに忙しくてもストレスに感じないない。活性酸素などの割合とも何か関係しているのかもしれない。来月で30代の人生が終わってしまうが、武術に出会って年齢というものに対する考え方は色々な意味で大きく変わり、ずいぶん精神的にも楽になった。武術、武道にもいろいろあるが、甲野善紀先生とのご縁、松聲館での稽古が私にとっての武術の考え方になっているので、そういう意味では本当に幸運で幸せであったと思う。これからも、武術稽古を通じていろいろと学ばせていただきながら、未熟な私ながらも出会った人に対し、私が経験し受けてきた思いを伝えていけるように励みたいと思う。


2015-02-10(Tue)
 

いろいろな出会いのgold castle 殺陣&剣術スクール

 先週の金曜日は午前4時に起き5時過ぎに家を出て、土曜日は午前4時に就寝したりと不規則な時間生活だったため、昨夜は意識朦朧と起きていられず現在午前10時50分である。今日は12時8分の電車に乗るため日記を簡潔に記したい。

 昨日の講習では、久しぶりに参加された方が多くこれからの稽古もともに励んでいただければと思う。子どもの場合は、二ヶ月見ないと顔も身長も変わっているから、その成長の早さに驚いてしまう。

 昨日の昼の部では、見学に来られた男性の方との話の中で、武術を通じて身体を通じてのコミュニケーションに共感を持っていただける方であった。体験参加の方が多くあまり見学される方は少ないのであるが、2時間見ていて飽きなかったそうである。私もこのブログなどで何度か記してきたが、身体を通して自分や相手とのコミュニケーションが、これからのインターネットで人と関わる時代のなかで、何か失われていくものに対し求められる部分になっていくのではないかと思っている。

 夜の部では外国人の方が3名参加され、ロシア、フィリピン、台湾の方との交流が出来た。今後も外国の方とも繋がっていけるようになれば、殺陣や剣術の技術だけではなく、先ほどの見学に来られた男性のように、何かこの空間から感じ取っていただけるものが拡がっていけば私としては嬉しい。

 もう一人78歳の男性の方が体験参加され、剣道五段の方で私としてもまた新たな出会いとなった。とにかく昨日はいろいろな方との出会いがあり、私自身のおこなっていることや思いのようなものが、不思議といろいろな波長と共に繋がってくるのではないかと、昨日に限らず人との出会いの中で感じているところである。

 今後も「私の知らないこれから」について少しずつ少しずつ進んで行ければと思う。


2015-02-09(Mon)
 

金属疲労 255日間の命

 本日の「gold castle 殺陣&剣術スクール」は久しぶりに朝からの講習となった。2月の早朝稽古に何人の方が来られるかと思っていたが、初めての方も含めて今回は全員女性の参加者であった。

 まず一番に来られたHさんと開始時間前に「四方突き」に取り組んでいただいた。Hさんは重心が前後してしまうので、回転動作に対し、前後の重心移動が反動となってしまうため苦手としている技である。重心位置の把握と、両手両足の操作がスムーズにおこなえるように、邪魔になってくる動作を削ぎ落とすことが必要である。

 次にIさんに対しては、彼女も同じように重心位置の把握が重要なテーマになってくるので、膝の使い方が前後左右の重心に大きく関わってくるので、これからも本人で使い方が分かるようになることを目指して取り組んでいきたい。上体が前に倒れない事、後ろ足が抜けないこと(後ろ足の膝を伸ばさないことと踵を上げないこと)体の姿勢による安定感がもっと良くなるように目指したい。

 開始前に皆さんで片足立ちをおこなった。これは、長い時間立てる事が目的の立ち方というより、膝の使い方を身に付けていただくための片足立ちである。したがって、腿を高く上げ、片足の膝でコントロールし、無理なく楽な位置を探すこと。(慣れない内は大変かもしれないが)その位置がその姿勢における無理のない重心位置である。同様に今度は足を後ろに上げ顔が下を向かないように姿勢を維持し片足の膝で重心をコントロールする。この重心位置を探すのは、片足でおこなうと、その足で立つ場合の楽な位置で容易に探せるが、両足でおこなうと右足で探すのか左足で探すのか迷いが生じてくる場合もあるかと思う。私の考えでは、どちらかの足で探してはいけないと思っている。それは片足立ちのように、始めから目的がハッキリしていれば片足になっても真っ直ぐ立とうとするが、両足が地に着いている状態で左右どちらかの足に頼ってしまうと、重心バランスが偏り真っ直ぐに立つつもりが片足立ちのような偏りになっているということではないだろうか。つまり、片足立ちによる真っ直ぐと、両足立ちによる真っ直ぐは、その足の上に乗っている上体の違いにより、真っ直ぐに立てないのだと思う。

 今日久しぶりにおこなった「蟹の前歩き」であるが、左右の足に掛ける重心により、頭が左右に大きく振れながら進むか、ほとんど動かずに進むか大きく違ってくる。 大きく整理すると、二本の足があることで、普段あまり考えなかった重心というものについて、体本体(頭部も含めた体幹部のこと)の動きがどう影響してくるか・・・について踵、膝、股関節などを使って、これからの生活を楽にしていくためにも是非身につけていただきたいところである。

 Uさんについては、初めのころに比べずいぶん動きが慣れてきたように思う。不安一杯のなか体験参加を終え、子どもの頃やっていた剣道で体を動かしていた感覚が戻ってきたかのように最近は変わってきた。この調子で行くとさらに変わっていくだろう。

 ご婦人Oさんは、今週は週三回の稽古ペースであるが、最近71歳になられ意欲も弱まることなく励んでおられる。ただ、ちょっと焦りが動きに出てしまっているので、気持ちの部分と動きの部分を切り離しておこなうようにすると、迷いの森から少し出口が見えてくるように思える。通過しなければならないところをいかに忘れずに、気持ちの部分と動きの部分を別にして、冷静にゆっくりとおこなえるかが今後のテーマかもしれない。

 今日初めて参加されたKさんは20年ほど剣舞などをされていらっしゃる方で、75歳の女性の方であるが他の受講生とは違った鋭さを持ち合わせているので、また私としては新しいご縁を感じるとともに刀法を真剣に学びに来られているため、おそらくKさんに伝えていく中で、私自身にとって学び得られるものは沢山でて来るだろう。Oさんとも同年代であり、Oさんも時折私にチクリと鋭い言葉を突き入れてこられるので、どうも剣術を真剣に取り組まれる方は色々と鋭さがあるように思ってしまう。以前私が、ああこの人は剣の人だなと共に稽古をしていて出会った始めに感じるのは、そういった鋭さが目に表れているからだろう。どういう目かは上手く答えられないが、本人が意識してない時に表れる鋭さであり、斬りかかる真剣を目の前でピタリと止められても全く臆する事の無い、芝居では身に付かない覚悟がある人間の目・・・というとさすがに大袈裟に言い過ぎたか・・・・・・。

 夜からは西葛西で「イオンカルチャークラブ」での剣術教室をおこなったが、今日は欠席者が多く62歳の男性の生徒さんとのマンツーマン講習となった。

 そのため、唯一の男性生徒であるMさんに今日は袈裟斬りの際の足運びと、その足運びによる脚部の力の使い方を爪先を上げ、内腿の収縮による緊張を身体で覚えてもらい理解した上で袈裟斬りをおこなったところ、見違えるように良くなった。まず、Mさんは以前剣道をされており、そのため袈裟に斬りおろしても剣が正面で止まってしまう、いわゆる剣道の面打ちのように、絞って体の中心で止めてしまう癖がなかなか抜けなかったのであるが、今日の脚足の使い方とそれが体幹を通じて、剣の振りとなることに気付かれ、腕で剣を振る割合が激減したため、このように袈裟斬りの軌道が良くなったのである。さらに、私がおこなっている剣の振りは後ろ足の寄せで振っているので、そのタイミングがどうしても前足になってしまったり、後ろ足を寄せたときに、膝が伸び重心が高くなり足が揃ってしまうためどうにも頼りない振りとなってしまうのだが、先ほどの脚部の力の使い方の感覚が、その足運びまで激変し剣の振りと脚足の移動がピタリと一致し、その際の身体の纏まりが見ていてハッキリとわかるほどになったのである。この変化まで掛かった時間は僅か20分程である。マンツーマンの個人指導はやはりそれだけの結果が付いてくることが以前から分かっていたことだが、あらためてMさんの短時間での激変ぶりに波長が合えばドンドン伸びるということが分かった。

 さらに今日は抜刀術「一之祓い」においても相当良くなった。Mさんは62歳であるが、私の場合その方の出来具合によって遠慮せずに動作を求めるので、刀の軌道、脚足の繋ぎ方、膝の抜き方、その全ての連動のチェックなどをおこない、おそらく今日のような集中的に技術を詰めた稽古はこのイオンカルチャークラブでは珍しいだろう。

 後半はこの抜刀術「一之祓い」において私も稽古となるような気付きがあり、Mさんに指導しながら私も進展することが出来た。それは、右足の僅かな送りが、強くなりすぎてしまうと次に送り出す左足の移動エネルギーにぶつかりが生じてしまうことが身体で感じられ、右足が移動エネルギーと抜刀の初動のキッカケであり、左足が送られる際には前に出るためではなく、止まるために飛び出していかなくてはならず、つまりこれはロックの働きが生まれているのだという事が、いまこの記事を記していて分かった。さらに、左足がなぜ膝を抜いてドンと送り出さなければならないのかも、Mさんに対する説明の中で、自分自身新たに分かったことで、なぜ最後に右足が上がるのかといえば、右足が地に着いていれば、左足を前方へ送る際に右足が軸足となり、その間右足は軸足の役目として待っていなければならず、それでは時間が掛かり過ぎてしまう。

 そのため、軸足の存在を消すためにすぐさま右足を上げ同時に左足の膝を抜きドンと前方へ地を突き刺すように足を送っているのである。これは甲野先生が仰っている「仕事は空中でしろ」という言葉にも当てはまっていると思われる。武術稽古の一つのテーマとして軸足をどうするかということが常に問題として突き付けられているが、浮きを掛けたり、足の通り道を中心部に沿ったり、股関節を引き上げるように使ったり、自分の体重とどう向き合って、コントロールし乗りこなしていくかが重要になってくる。そこには必要以上の筋力は制御の邪魔になり、運転技術を上げていくことにある。その運転技術の向上が、車やバイクのように楽しめるようになってくると、身体の使い方は大きく向上してくるだろう。

 そんなことから私自身も。「一之祓い」に進展があり、初動から纏まりまで速くなったのであるが、そこで思わぬ事態が起きた・・・・・・。

 昨年の5月29日に購入した二尺七寸の居合刀が抜刀術「一の祓い」の際に、左足を邪魔しない右足の送りとともに、鞘引きをおこないここで鯉口から切っ先が離れ、その瞬間に左膝を抜きながら前方へ足を送り出し、その脚部の沈みと前方への重心移動に急激なストッピングを掛けそこから体幹を通して生まれるエネルギーを刀の切っ先と柄頭の向きが180度転じる操作に用いているのであるが、その180度の急激な刀身の変化に合金の刀身が絶えられず刀の鍔元から綺麗に折れてしまったのである。

 今日の講習の中で気が付いた足運びの理解から「一之祓い」の速さには想像が付いていたが、いざおこなってみてまさかポキンと柄だけが手に残っていたことは今までの稽古の中でも初めてである。幸いにして、この抜刀の場合、上に抜いて右手を左膝の抜きとともに引き寄せるのであるが、切っ先は斜め下を向いた状態から相手に転じる前に折れたため、二尺七寸の刀身が飛んでいくこともなく、その場にボトッと落ちただけで無事であった。刀が身体に馴染んでいたためこの刀には愛着があったのだが、折れた瞬間も今現在も不思議と残念な気持ちが全く無いのである。

 操作ミスによるものではないため、刀に対する申し訳なさや自分を責める気持ちもない。ただ、やはり今後は真剣で抜刀術稽古をおこなわなければ再び一年もしないうちに折れてしまうかもしれない。全く折れる前兆が無かったので、抜刀術での身体を練りながら技を向上させ、それに数年間は耐えうる居合刀を求めたいのであるが、おそらく合金製のものでは今後も何本か折れるだろう。以前、ハイスピードカメラを使ってスタジオで抜刀術の映像を撮影したことがあったが、超スロー映像で初めてわかったことは、居合刀でも抜刀術「稲妻抜き」の切り返しの際に刀身がまるで鋸(のこぎり)を振っているかのように波打っているのであった。今日の刀は二尺七寸であったため、当然刀身に掛かる負担は長いほど大きい。その為、強度を増すために刃肉と身幅は広めになっている。だがやはり、居合刀の場合長いほど刀身へに掛かるリスクは避けられないだろう・・・・・・

 私としてはすぐにでも二尺七寸の居合刀を購入したいが、そう安いものではないのでしばらく以前の二尺四寸五分の居合刀でやろうかと考えているがあまり気が乗らない・・・・・・
 感覚が変わってしまうならいっそ触らないほうがいいように思うが、現に二尺七寸の居合刀を購入してからは一度も二尺四寸五分の居合刀を抜いていない。理想は二尺四寸五分以上の長さの真剣の購入であるが、もうしばらく我慢するとしてやはり新しい居合刀は必要になってくるだろう。前回のように焦って買わずに人と同じくジックリ出会いを待つのもいいだろう。


2015-02-08(Sun)
 

新潟へ

 今日は早朝に新潟県直江津に撮影のため向かった。東京駅から6時24分発の新幹線に乗り長野県上田駅で降り、そこからは皆揃って車で直江津まで移動。2月であるが思っていた以上に上田の町も雪が少なく感じた。長野県から新潟県の県境を過ぎた辺りから、周囲に見える景色の積雪量が少しずつ増えてきた。長野県は青空が見え日差しも明るいのに対し、新潟に入ると雪国という感じがして、越後長岡生まれの河井継之助が主人公である司馬遼太郎の「峠」の世界感が体験出来た。この時期は日中はずっと空が白いというのが山に被う雲、不安定な天気、狭い日本とはいえまるで違う国に来たような感じがした。

 妙高までは積雪はかなりあったのだが、直江津まで海抜が下がっていくとしだいに雪が見えなくなり、僅か高速で30分ぐらいの移動でこうも変わるものかと驚いた。2月の新潟でも雪が積もってないとは思いもよらぬ結果であった。

 しかし私にとっては見る景色が新鮮であり、まだまだ知らない景色は日本にたくさんあるのだと、福岡生まれの私にとって、広島、大阪、埼玉、東京と少しずつ北上してきたが、北国は知らないことばかりである。それだけに「峠」の中の世界感と実際に足を踏み入れてみての世界感に、北国の魅力をあらためて感じたように思う。この地で雪を相手に生活するのは大変だと思うが、私の知らない部分がたくさんあるように思える。

 撮影も無事に終え、私は明日の講習があるため一人で東京へ帰ることとなった。

 この日の内容については、また時期が来た時に記そうと思う。明日は、久しぶりに朝9時30分から品川区戸越体育館にて講習をおこなうので、今夜は早めに寝るとしよう。夜は西葛西でイオンカルチャークラブの講習。来週2月14日の土曜日のgold castle の剣術クラスが会場の都合でお休みとなってしまうので、土曜日しか都合付かない方には明日の講習はなるべくご参加いただければと思う。

 なんだかんだで2月もあっという間に過ぎてしまいそうだ。だが、気付くも気付かないも少しずつ少しずつ日々は変わっていっている。状況が変われば今の何でもない事がそうでは無くなって来る。何でもない事のように行動出来ていることをありがたく感じられるように、心が贅沢になってしまわぬように明日も一日を過ごしていこう。


2015-02-07(Sat)
 

帽子をつくる

 本日の「高齢者のための剣術教室」では、先日の日曜日にご婦人Oさんにおこなった、歩行から振り向く際の足運びと鞘の取り扱いの繋がりを今日の講習でもやろうと考えていたので、いつものように杖の体操をおこなったのち、直ぐに「水車」をおこない、今日はほぼ全員左右持ち替えながらの水車をおこなっていただいた。この左右の持ち替えは私のこだわりもあり、少々ややこしくなっている。
 持ち替えのない水車であれば、持ったその手で回転させていくのであるが、持ち替えの場合は受け渡す側の手で回転させ、受け取る側の手はそのために掌を上に向けておかなければならない。つまり、ある仕事において、前任者が分かり易くこれまでの仕事の流れを後任者へ伝え、後任者はその流れを受け取って前任者がやり易いように段取りしてくれた流れに沿って進めていき、今度は逆に次の後任者のために同じように伝えてあげること。
 これが、前任者の段取りを無視して、自分のやりたいようにおこなったり、前任者が無責任にさっさと後任者に仕事を投げるような受け渡しになると、仕事としてムダが多くなり効率が悪い。それぞれが仕事の流れを理解し、役割分担が明確になれば、ストレス無く気持ちよく仕事がおこなわれ、よりよい方法を模索する余裕も生まれてくるだろう。

 水車でつい語ってしまったが、武術稽古をおこなっていくことで身体を通じいろいろな事が理解出来てくる。職場では分かっていても上手くいかないと思うが、自身の身体であれば失敗を恐れずに取り組むことは出来る。

 休憩後に、歩行から振り向く際の足運びと鞘の取り扱いの連動をおこない、この動作の目的は夢中になっている内に結構歩いてしまっているということにある。本来は抜刀と兼ねておこなうことでもっと歩く距離は伸びるのであるが、普段あまり歩けない方にはこの位でも十分かと思う。生徒さんにもいろいろな方がいて、座りながらおこなう方もいれば、ゴルフや、マラソンをおこなっている方もいる。そのO御夫妻のご主人は健康体そのもので、体力もありどちらかと言えば奥様のサポート的な優しい方であるが、最近はその状況が逆転しはじめている・・・・・・熱心な奥様の方が出来るようになってきており、時折ご主人に教えている様子もしばしば見受けられるようになってきた。その奥様が今日もお話の中で「以前は片足立ちが2秒しか持ちませんでしたが今はだいぶ立てるようになりました。」と仰られ、そのバランスが取れるようになったことについて、御夫婦共に喜んでおられた姿を見て、この教室を始めてよかったとあらためて思うのであった。ご婦人Oさんの身体の変化と元気になられた姿から皆の声でこの教室が始まったのであるが、こういった後に続く方が出てくるのは、ご婦人Oさんが頑張って結果を出したからであり、今後もいろいろな方に変化が訪れるのを期待したい。早く実感できるのは、やはり元気な方よりも、あまり身体を動かせない方のほうが早そうである。元気な方は、より難しい技の習得と共に、同年代の方より動ける身体を手に入れられるように励んでいただければさらに自信がついてくるのではないかと思う。

 ここではそれぞれが注意しあっているのも凄くいい事で、人の動作を見て間違っている箇所を指摘する事で理解が深まるため、Sさんの「肘が張ってるわよ!」Dさんの「足が遅れた!」などのダメ出しが、笑いと共に講習の密度を上げていただいている。

 最後は「後方突きからの逆手納刀」をおこなった。皆さんの予想以上の進み具合に驚かされてしまう。家で練習されている方もいるようなので、この調子でいけば前例の無い大きな変化が起こりうるかもしれない。とまあこれは私の期待であるが、こう書くとOさんが焦りを感じてしまうかもしれないが、Oさんはその体で出来ていることが驚くべきことであり、不安に思うことは全くないのであるが、その強い気持ちがあるからここまで成長出来たのだと思う。まだまだ稽古期間も短いので、私もまだ5年9ヶ月しかやっていないので、意欲の灯火が小さくなってしまわないように、上手く気持ちをコントロールできればと思う。

 さて、今夜は子供用の木刀を制作するため、現在貸し出し用に使っている木刀の中から、以前私が使っていた赤樫(イチイ樫)の木刀が物打ち辺りにササクレがあったので、この木刀を切っ先から21㎝カットし、切っ先部分の「帽子」(切っ先部分の形状を帽子と言う)を作るためヤスリをかけカットした方の帽子の形を見ながら作業をおこなった。削った部分の質感を統一させるため結局刀身部は全てヤスリをかけてしまったので3時間近くかかってしまった。全体にヤスリをかけるのには骨を折ったが、帽子を作るのはこんなに楽しいかと思えるほど熱中してしまった。フクラのRとヤスリによって出来た横手筋がだんだんらしくなってきたので、時の流れと屋内に飛び散る削った木材の粉溜まりも忘れ携帯電話の着信も気付かないほど熱中してしまった。

 愛着が湧いてくると、その道具で激しく打ち合うことをためらってしまうのでそれはそれで困ってしまう。だが、この木刀は子ども達に存分に使って欲しい。下は8歳のお子さんが参加されているため、この木刀は一般的な子供用の木刀よりも10㎝ほど短くしている。


2015.2.3 木刀(加工前)
 カットする前の木刀 全長101㎝


2015.2.3 木刀(加工後)
 カット後の木刀 全長81㎝
 やはりこうして比べるとカット前の木刀は綺麗である。反りを出しながら先端部までヤスリをかければもっと良くなったとは思うが・・・・・・


2015.2.3 木刀(帽子)
 帽子の部分
 やはり刃の部分をあと1㎜か2㎜ほど削って反りを出したかったが、次回の教訓にしておこう。


2015-02-04(Wed)
 

久しぶりの一人稽古

 本日は高田馬場にて3時間集中稽古をおこなった。久しぶりに時間を掛けて一人稽古をおこない、あらためてこうした集中稽古の時間を欠かしてはならないことが良く分かった。今日の稽古後に気が付いたことは、抜刀術の際に肩の力みを抜くために、無意識に少し腹圧を掛けていたことが、帰宅後風呂に入った時に自分の腹の状態を見て分かったのである。

 それにしても抜刀術稽古は神経を使うものである。二尺七寸の居合刀では、ヤワになった身体には容赦なく襲い掛かってくる感じがある。集中しての一人稽古の期間が空いたことで再認識したが、やはり抜刀術稽古は身体を作るには欠かせない、欠かしてはならない稽古であることが良く分かった。

 杖術稽古では、脚足の使い方に最近講習でよくおこなっていた四方突きからヒントを得て、体の中心ラインを通ることで、重心が左右に散り難くなり、さまざまな杖の動きに対し脚部がリニアに反応していけるようになった。さらにこの使い方では、内抜き的な、膝頭を進行方向へ向けて使う動作も合わせて使えるので、この脚足の動作が、無駄なく操縦出来るようになったら、また一段上がった動作になるかもしれない。新たな稽古意欲の出る動作である。 この動作には、動きの中で自然となるソ之字立ちによる捻れが生じないように注意する必要がある。複雑なコントロールが求められるように思う。

 最後は袈裟斬りをおこなったが、いろいろと考え試したが現時点ではやはり後ろ足の寄せがエネルギーを得物に飛ばして使える感じがあるので、この使い方の精度を上げていく方向でいこうと思っている。これも同様に微妙な感覚と微妙な脚足の使い方が要求されるので、そこを探し求めていきたい。

 こうして文字に書いてしまうとあっけないが、細かい部分でいろいろと進展があった。そして一番求めていたのが、身体を練ることであった。今夜は芯まで疲労しているので早めに寝るとしよう。


2015-02-03(Tue)
 

冬晴れのgold castle 殺陣&剣術スクール

 本日は快晴のなか、五反田にある品川区の総合体育館にてgold castle 殺陣&剣術スクールの講習をおこなった。まず、12時00分~14時00分の昼の部では、平均よりやや下回る参加人数であったためそれぞれに細かく稽古内容を定め取り組んでいただいた。その中で抜刀して斬り上げから手首を巻き込んで後方への斬り下げに苦労されていたIさんが今日は突然出来るようになっていた。本人も苦しんでいただけに嬉しそうにおこなっていたのが印象に残った。それとともに、斬り下げた際に上体が前かがみになっていたのを上体を起こすように説明すると、今度は重心が後ろに傾いてしまうため、足の開き方と前後の重心位置の把握を意識する事で、その日のうちにずいぶん姿勢が良くなってきた。Iさんの場合はこれからの体の使い方を考えたときに、腰に負担の掛かりやすい姿勢となっているので、稽古の中で上体を前に倒さずに出来るだけ股関節を可動させていくことが重要である。

 同時期に入られたSさんは今日はIさんの隣で稽古されていたが、物静かな方であるが確実に成長してきている。袴に道衣姿となり、以前にもまして稽古意欲を感じる。この調子でどんどん進展していくことを楽しみにしている。剣術クラス限定のMさんとKさんは、黙々と進みながらの袈裟斬りをおこなっていただいた。腕だけで剣を振らないこと。そのためには構えというものが大事であり、その位置から腕の位置が上がらないように気をつけ、足運びと連動して振るのであるが、踵を上げないように、膝が伸びないように、足幅が狭くなりすぎないように、色々と注意点があるのでしばらくは大変かもしれなおが、体が纏まり、体幹を意識して剣を振れるようになると大きな前進となるだろう。今日の最後に私が木刀を持って打太刀を務めたが、対象物があることでまた様子が変わってくる。斬るべき箇所、斬り終えた位置、身体にどの位の衝撃がかかるのかなどなど、おそらくこれからやっていく内容は人生初めての経験となっていくだろう。もちろん初心者向けの打太刀として優しくおこなっているので不安に思うことはない。

 子どもたちへのメニューは、帯刀しての歩き方と走り方、方向転換などをおこない次にゆっくりと刀を抜いて構えるようにおこなった。子どもは身体を動かしたいものであるので、歩くこと、走ることは、体力向上の目的も含め今後も取り入れていきたい。なにより大人っぽい8歳のK君がニコニコと楽しそうであった。そして子どもには集中力を養うために、ゆっくりと同速度で刀を抜き構えに入ることを今後のテーマとした。納刀や抜刀は、今の段階では習得するものが限りなく少ないので、歩くこと、走ること、構えること、姿勢を維持することを重視しておこないたい。

 驚くべきはM兄弟の成長の早さである。現在小学校6年生の弟J君と高校1年生の兄R君が毎回会うごとに成長していることに感心している。親御さんの方針もあるのだろう。家でも熱心に映画の納刀シーンを何度も見てそれが出来るようになったりと、今はやればやるほど伸びるという状況であろう。彼らには大きな期待があるので、これからの人生にプラスとなるように稽古に励んでいただきたい。M兄弟には質の良い学びに出会える縁を願う。またそれを見極める目を養っていただきたい。

 ご婦人Oさんとの集中稽古では、鞘の操作を取り入れた歩き方と方向転換をおこない、これには稽古内容として予想以上の手応えがあったので、あさって火曜日におこなわれる「高齢者のための剣術教室」でもおこないたいと思う。
 今日は「後方突き」から「巴抜き」をおこない、どうにもOさんのせっかち病が治まらない様子なので新たに「雁金抜き」をおこなった。これは甲野先生の抜刀術の中でも歴史のある技の一つである。私などがおこなっているのは果たして「雁金抜き」と言えるものかどうか分からないが、かつてS師範に学んでいた頃かなり厳しい条件の打太刀で稽古していたのを思い出す。今日はご婦人Oさんの左膝の調子が悪いため、あまり左足に重心の掛からないこの技をゆっくりとおこなっていただくことにした。

 最近の私の講習は、以前に比べ求めるものが高くなってきたかもしれない。それはどうしてかと言うと、生徒の皆さんの反応を見ていると、それなりにおこなえる動作で楽しんでもらうということでは私にとって罪悪感が残り、これまでいろいろとおこなってきた経験から、理に適った動作というものを理解してもらうことが学びであり、学びがあるから月謝を払い、時間を費やして参加している意義があるのだということである。一つの動作というのはその動きにとどまらず、他の動作においても通じるものがある。肘、肩の位置、身体の重心、股関節の使い方、そろそろ生徒さんの中にも、自分自身で身体の構造における動作というものに気が付いていけるようになればと思う。今日はM兄弟への抜刀術の指導で、私も思わず高田馬場モードで言葉を伝える部分もあったが、自分の身体の様々な部分を感じ、その中でどの部分が不安に思うか、そこが居着き(居付き)となり、その部分をどう無くしていくか、それを構えの中で一つひとつ探り取り除く工夫をすること。もちろん簡単ではないが、そこにはさまざまな要素が含まれているので、ちょっとした気の持ち方で大きく変わることもあり、心の状況が居着きを生み出している場合もあり、ほんの僅かな身体の使い方で、心の状態に大きな変化が起きることもある。そういった自分自身とのいろいろな対話が重要でありこれは重要な学びでもある。と、ここまでは言わなかったが、若い人の意欲に満ちた目というものは、こうして今思い出しても心にグッとくるほどいいものである。

 時間を置いて18時30分~20時30分の夜の部では、昨日土曜日の講習がお休みだったせいもあり、久しぶりに窮屈なほどの参加人数に見舞われ、この時間帯に初めて参加された剣術クラス限定のUさんも驚いていた。夜の部では、人数が多かったため、Uさんに考えていたメニューをおこなうことが出来なかったのが私としては心残りである。皆さんへの講習内容も、昼の部と同じように進めることが出来ず、久しぶりに納刀と抜刀術を皆でおこなうことにした。

 まず、納刀であるが、横納刀をこれまで五回に分けておこなっていたのを、三回にまとめておこなうことにした。いわゆるこれも繋ぎの動作である。抜刀では、体験の方やあまりおこなってない方には「後方突き」をおこない、その他の生徒の皆さんには「巴抜き」と「趺踞(ふきょ)からの抜刀」をおこなった。ずいぶん前に戸越体育館の夜の講習で一度やって以来の趺踞からの抜刀であるが、まずこの座り方に苦労されている方が多く、一人ひとりをチェックして回った。だが、これだけでも身体の稽古になっているので、明日には筋肉痛になっている方もいるだろう。しかしながら、線の細いSさんは、これまでの動作を見ていても身体の軸がしっかりしており、この辺はダンスをされていたHさんも同様に、軸がシッカリしている人はこの趺踞の座りが安定している。腸骨筋と大腰筋を兼ねた腸腰筋の働きも関係しているだろう。

 今夜の講習は特に難しかったように思う。だが、それぞれの求めるものに違いがあるように、その人がどこを求めているのかということである。私は一つの形を示し、それについてどこまでおこなえるか、その人に合わせて進めていけるようにしているが、安易な楽しさはいつまでも続くものではない。どこかで前に進みたい欲求が生まれ、そのための証が欲しくなる。そのためには、その動作に対し身体の構造と、全身を効率よく使う方法を知っていかなければならない。上手い人は、「才能があって私とは違う」のではなく、何を考えておこなっているか、心と身体は脳でリンクしているので、自分の身体を自分で考え、気が付いていかなければならない。もちろんこのgold castle 殺陣&剣術スクールでは、どのような方にも愉しく取り組んでいただけるように、取り残される人を出さないように取り組んでいるので、木刀を持って参加する事で満足している人にはそれでいいと思う。しかし、人の意欲とは強いもので、毎週火曜日におこなっている「高齢者のための剣術教室」では70歳~80歳代の方と杖と鞘付き木刀を使って講習をおこなっているが、若い人も負けるほどの貪欲さで取り組まれている。やはり、ただ道具を持って振っても、学びがなければ意欲は失われていくのだろう。

 道衣の生徒も増え、それぞれ動作に慣れてきた生徒も出てきたので、今後さらに集中的に刀の使い方、身体の使い方を学びたい方は、先日高田馬場での個人稽古依頼があったように、真剣に取り組まれたい方は連絡いただければと思う。一回の稽古でこれまでの一ヶ月分以上の中身のある稽古にはなるだろう。ただしこちらはご縁のある方限定になると思われる。

 二月に入り、昨年の記録的な大雪を思い出し、夜の部では昨年おこなった雪かきの経験から講習の始めに雪かきのレクチャーをおこなった。ふつうの雪かきとは全く違うので、その動きに会場から笑いが溢れたが、あさってのクラーチ剣術教室でも覚えていればやってみようと思う。

 気が付けばAM4時になってしまった。明日は一稽古人となって、久しぶりに取り憑かれたような稽古が出来ればと願う。このような未熟な私が講師としていろいろなところで指導させていただいているのにはありがたいかぎりである。少しでも伝えられるものが向上していけるように、変えていくもの、変えてはいけないものを考えながら、時の流れとともに、今のままではいかなくなることも想定し、学びを必要とし前に進んで行かなければならない。


2015-02-02(Mon)
 

イオンカルチャークラブ剣術教室での四方突き講習

 今日は久しぶりにイオンカルチャークラブのみの講習をおこなった一日であった。昨日は都内でも積雪があり、まだ所々に雪が残っていた。今日は風が強く体感温度はかなり低かった。2月6日は新潟で撮影の予定であるが、東京とは比べ物にならないほど寒いと思う。新潟には2007年の12月に行って以来であり、寒かった記憶は残っている。

 今日のイオンでの講習は、杖術をおこない、今日は新たに「四方突き」をおこなった。足の使い方から練習し、次に杖の操作を覚え、それを組み合わせておこなうようにしているが、右手左手、右足左足がそれぞれバラバラに動かなければならないので、特に四つの突きの動作の中で三つ目が苦労するだろう。だが筋力でなく、手足の操縦により今まで出来ないと思っていたようなことが出来るようになると、一つの自信になるのではないかと思う。私自身、手足をそれぞれに働かせておこなう稽古や、膝を抜いておこなう稽古により、道を歩いていてつまずいたり、人にぶつかりそうになった時など、無意識の内に身体が自然とその状況に焦ることなく対処してくれていることがある。イザという時に身体が何を頼るのか何を信頼しているのかが、突然の危機的状況に表れてくるように思う。

 深夜となり、もう2月になってしまったが、今年も雪がどの程度降るのか、去年が記録的な大雪となったため、また雪かきをやることになるかもしれない。去年おこなった体への負担の少ない雪かきの方法は、ショベルの握り口を体の真ん中(鳩尾ぐらいの高さ)に持って来て、両手で握り口を持ち、体の真ん中で雪に向かって体ごとショベルを雪の下へと差し込んでいくのだが、この時に後ろ足の寄せで差し込めるようにすると、押し込む力でなく、体全体の移動エネルギーを使ってショベルを差し込むことが出来る。差し込んだのち、屏風座り的に骨盤を後傾させながら雪を乗せるといいだろう。そして、この雪かきでは腰に負担が掛かりやすいので、決して背中を曲げて前かがみにはならず(絶対にダメです)雪の下に深くショベルを差し込んだのち、いったん姿勢を変えて、腰を深く落とし、胸を伸ばした状態を維持し、その際に股関節を最大限使うため大腿部の付け根を深く屈曲させ、手は体幹部から離れないように、肘が外側に向かないよう下側に向くようにし、太腿を使って雪を持ち上げ(下を向かないこと)、雪を投げ捨てる際に、この動作も腰に負担が掛かるので、なるべく捨てる場所まで移動し、手は体幹部からあまり離れないように気をつけながら、雪を落とすようにおこなうと、この雪かきの能率が上がるので、疲れを感じないときに、腰に負担が掛からない動作をおこなうことが重要であり、違和感を感じてからでは遅いだろう。

 明日は五反田で昼と夜に講習をおこなう。今のところ日曜日はありがたいことに雨が降っていない。この記録はどこまで続いていくのかと思うが、明日もまた良い一日となることを願って今夜は眠りに付こう。





 イオンカルチャークラブ剣術教室では随時生徒を募集しております。体験参加も受け付けておりますので、こちらのホームページhttps://www.aeonculture.jp/products/detail.php?product_id=3746もしくは、こちらの電話番号03-5679-6091(9:00~20:00の間)よりご連絡下さい。貸し出し用の道具類もご用意してありますので、お気軽にご参加下さい。


2015-02-01(Sun)
 
プロフィール

金山孝之


       金山 孝之
   Takayuki Kanayama


松聲館 剣術技法研究員

金山剣術稽古会主宰

Gold Castle
殺陣&剣術スクール主宰

高齢者のための剣術教室
クラーチ剣術教室講師


――――――――――――――

1975年生まれ
福岡県 北九州市出身
東京都 世田谷区在住

1999年
映画監督中田秀夫氏との出会いにより俳優デビュー。他分野では、マンダムのモデルや舞台のプロデュース公演などの活動をおこなってきた。

2006年
小林照子先生とのご縁から『 からだ化粧 』のモデルを務める。

2009年
武術の道を志しそれまでの活動を一新し武術稽古と研究に励む。

2011年
武術研究家甲野善紀先生に師事し身体の使い方を研究しながら、『 抜刀術 』『 剣術 』『 杖術 』『 体術 』などの稽古と研究に取り組んでいる。また、先生の書籍、番組撮影、記録映像、その他演武等における打太刀や受けを務めている。

2013年
刀と身体操作の技術向上を目指し裾野を広げるべく
『Gold Castle 殺陣&剣術スクール』を立ち上げる。

2014年
甲野善紀先生より
『 松聲館 剣術技法研究員 』という名称を頂き、自身の経験を活かした指導法を各道場等でおこなっている。
 
高齢者向け住宅にて
『 高齢者のための剣術教室 』をおこなっている。

日信工業株式会社の製品「SAMURAI BRAKE」のプロモーション活動をおこなっている

2015年
『 GM happy コラボレーション 』と題し、ジャンルを問わず定期的にゲスト講師をお招きし、特別共同講習会を開催している

『 金山剣術稽古会 』を立ち上げ、現代における武術稽古の必要性を、身体と心で学べる場として活動している。

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