インドネシア滞在記⑥                    2014.12.3~2014.12.8(全六回)

最終回

 2013年9月17日に広告代理店の方からこのブログに連絡が入ったことから全ては始まった。日信工業株式会社という自動車やオートバイのブレーキ製造メーカーさんの新商品発表に向けてのプロモーション活動として私に依頼が来たのであった。

 本社が長野県上田市にあり『真田幸村』所縁の地であるため、サムライを新商品のイメージとしてこのプロジェクトは始まった。数十万円したという真田幸村の甲冑は既に用意してあった。代理店と日信工業さんとの会議の中で、そのイメージに合う人物と甲冑に合う体型の人物を探していたところ、YOUTUBEに配信してある私の演武動画が目に止まり、連絡が入ったという次第である。

 2014年7月12日に栃木県の那須で初めて甲冑を身に着けての撮影をおこなった。この写真が『SAMURAI BRAKE』のイメージモデルとなる重要なものとなった。
 2014年10月30日には長野県上田市にある日信工業株式会社本社の工場で撮影をおこなった。この日一日、上田の街で沢山の写真を撮影した。
 2014年12月3日~12月8日にかけてインドネシア国内でのスチール撮影と、インドネシア唯一の国際サーキット「セントゥール・インターナショナル・サーキット」にておこなわれた『YAMAHA ASEAN CUP RACE』のイベントに参加。これらのプロモーション活動はFacebookを通じて今後も発信されてゆく。

 ※(カテゴリにある武術稽古の旅から前回までの記載を一括して見られます。)





【2014年12月8日】

インドネシア6日目

 今朝は9時30分に起床。3時間ずつ眠れたので(咳により目が覚める)ずいぶん快適である。11時にフロントのロビーで皆さんと待ち合わせし、今日は帰りのためのんびりとした雰囲気でチャーターバスに乗り込み、宿泊していたボゴールからジャカルタまでバスに揺られながら、途中で骨董通りならぬアンティーク店が一列に十数店並ぶ通りに立ち寄り、次にジャカルタ中心部にある「サリーナ」というデパートで、土産物などいろいろと買うことが出来た。(私の探していたものを見つけて下さり、さらに特別にプレゼントまでしていただいたA社長には大変感謝しています。)

 それにしても今日は、インドネシアに来て一番の渋滞である。天候は、熱帯気候特有の快晴かと思えば突然スコールになったりとその繰り返しである。ボゴールのホテルからジャカルタ・スカルノ・ハッタ空港まで70㎞そこそこだが、7時間半移動に時間が掛かり買い物のため立ち寄った時間を差し引いても6時間バスに揺られていた事になる。日本からインドネシアに行かれる方は渋滞には覚悟しておいた方がいいだろう。

 渋滞を見越していたため、空港には余裕を持って到着することが出来た。23時55分の成田行きの便に乗るのだが、出発時刻までまだ4時間ぐらいあるので、ゆっくりと手続きなどを済ませたのちレストランで2時間ぐらい時間を潰し、1時間ぐらい前に搭乗ゲートに入った。

 深夜のフライトなので機内に乗客は多いがシーンと静かである。明かりが消えるとすぐに眠たくなってしまった。帰りのフライトはほぼ7時間であった。窓際の座席であったため、機内から見える星空と夜が明ける間際のオレンジ色の地平線があまりに美しく思わずデジカメを取り出しシャッターを切ってしまった。

 無事に成田に到着し手続き終了後、ここでA社長、Yさん、Sさんとお別れし、コインロッカーに預けておいたダウンコートを取り出し成田エクスプレスに乗って帰宅した。日本の空気の良さと水の安心にホッとするも、インドネシアでの人とのコミュニケーションから受ける印象と対極にある日本での寂しさを感じながら、密集した人、人、人の中で交通渋滞や割り込みが日常茶飯事でも殺伐とした雰囲気が全く無いインドネシアでの人々の陽気で素朴な人柄に強く惹かれる思いが残った。

 あっという間の6日間であった。時間の流れが早く優秀な人達の中に居たことで、物事の展開の速さやその一つひとつの取り決めなど世の中には頭脳明晰でそれを存分に発揮できる環境を作って仕事をしている人が居るのだということが身近に感じられ貴重な経験であった。もちろん次に向かってまた進み出して行くのであるが、私も今回の撮影とイベントで現場から引き出されるものがあったと思う。そして最後まで体調が悪いなか自分なりの仕事が出来た事は今後の自信ににもなっていくであろう。


 お世話になった広告代理店のA社長、デザイナーのYさん、共に別行動で撮影をおこなったSさん、東京でFacebookを担当しているMさん、現地でお世話になった日信工業のOさん、Hさん、CHEMCOのY副社長とスタッフの方々、その他にも沢山の方々にお世話になりました。
 あっという間の6日間でありましたが、一日一日が濃いものでありましたので、その日々の中で皆さんと絆を深めることが出来たのではないかと思います。今後に向けてまた一つ大きな経験をさせていただきました。チャンスがあればまたインドネシアに行ってみたいと思います。

 ありがとうございました。


 ≪完≫





【今日の写真】

2014.12.7 インドネシア44
 日信工業のOさんとのツーショットです。日本でもお会いしていますがとても熱い方です。


2014.12.7 インドネシア45
 デザイナーのYさんとのツーショットです。その場を和ませてくれるとても貴重な方です。


2014.12.7 インドネシア46
 広告代理店のSさんとのツーショットです。この写真にも表れているように、いろいろな街での撮影で本当にお世話になり厚い信頼関係が生まれました。


2014.12.7 インドネシア47
 CHEMCOのスタッフの方々、A社長、Oさん、Sさんとの写真。気候は違いましたが、見上げる空の景色は日本と同じで、空や雲に国境はないんだなぁとフト感じました。


 2014.12.7 インドネシア48
 A社長が朝、ホテルのプールで泳いでいた際に見つけたというゲンゴロウ。とにかくA社長を見ていると、凄い人がいるものだと感じます。頭脳明晰であり、面白くて、現実にこのような人が居ることに驚きます。凄く振り幅の大きな方です。


2014.12.8 インドネシア49
 眠りから覚めフト窓を覗いたときに、地平線の彼方から陽が差し込んできたので思わずデジカメで写真を撮りました。5時52分頃の写真。


2014.12.8 インドネシア 50
 同じく6時14分頃の写真です。自然の壮大さ、自然の不思議さ、美しさ、それらの恵み、あたりまえのように感じていたことをあらためて思い直すと、もっと自然とともに寄り添って生きていける自分でありたいと思いました。





 2014年12月3日に出国し~12月9日早朝に帰国。そして2015年1月30日深夜にこの日記が全て完結した。拙い文章で恥ずかしい限りであるが、自分の経験したことを形にしようと記すことにした。今こうしてノートに記した自分の文章を見ながらブログに打ち直してみて、かなり記憶が薄れてきていることに気が付いた。もちろん覚えてはいるのだが、寝ていた時に見た夢を思い出すような感じである。現実感がないような、遥か昔の出来事のように思う。それは、私自身の活動もいろいろと増えてきたことも関係しており、振り返る暇がないからであろう。ありがたいことであり、前に前に進んで行かなければならないと思う。今回の旅で得た経験は非常に大きい。人にはそれぞれ能力があり、それはその人それぞれの興味と情熱から高められたものなのかもしれない。逆に言えば、興味と情熱がなければ気付かぬ能力は隠されたままであろう。興味と情熱を掛けられる人生を見つけ、能力を高める学びを日々探求し、前に前に進んで行けることが重要なのかもしれない。なかなか思うようには行かないが、人はやはり前に進めることが生きていく中では大事なのだと思う。私の武術稽古の話になってしまうが、指導者の立場の時に大事に思っていることは、一つでもいいから何か持って帰ってもらえるようにその方にあった内容の稽古を考えている。もちろん上手くいかないこともあるが、前に進む実感無くして成果は上がらないのである。その進めるためへの導きが指導者や会社で言えば管理側には求められるだろう。

 2015年ももうすぐ2月に突入するが、2月もいろいろと忙しくなりそうである。これからどのような人と出会い、どのような出来事が待ち受けているのか分からないが、私は武術稽古の進展がもっとも重要なので、その中でどのような思考になり、どのような身体の使い方に気が付くのか常に追い詰められているような状況で取り組んでいる。だが、そのことと人との出会いもどこかで繋がっているように思う。人生どこで何が起こるか分からないが、大事なことは、出会いを待ちそのことばかりに気をとられ何がしたいのか分からずその場に身を置くことよりも、自分の足りないもの、やるべきことに向かい真剣に取り組むことが、前に進むためへの行動であり、そういった環境や空間でこれからも生きていきたいと願っている。

 人にはそれぞれの面があり、その一面だけを見て心が揺れ動かぬように、私自身もっともっと成長しなければならない。今回のインドネシアの経験で、普通に生活していては気付かない人の才能というものをさまざまな所で見てきた。人を知るにはまず自分を知らなければならない。武術稽古を通じてもっと自分自身に気付くことが私にとって前に進むことが出来る一つのカギであろう。





 Facebookに『SAMURAI BRAKE』の写真と記事が掲載されています。
https://www.facebook.com/pages/SAMURAI-BRAKE/522076457928248?sk=timeline
 今後の展開を楽しみにしていて下さい。


2015-01-31(Sat)
 

人に会うことで得られるもの

 本日は「高齢者のための剣術教室」の講習をおこない、まず、前回に続いて片手による杖の回転と停止をおこなった。これは、杖の接触面による感覚を高めるためには有効であり、これまで目的としていた杖を握らずに滑らせることに加え、杖と手の「圧」を感じ微妙な調整を自動的におこなうということにある。こうして文字にしてしまうと大層なことに思われるかもしれないが、実にシンプルであり、「なんだこんな感じですか」と言われてしまいそうであるが、手と杖の微妙な「圧」のコントロールが感覚を養ってくれるものであると思う。

 今日は杖の「巴」という動作において、一つ分かったことがあった。この巴は下段から相手の面に対し打ち込み、相手が後退したか外された場合はそのまま背中を回って肩口から打ち下ろす場合もあれば、後方の相手に対し身を転じながら打ち下ろす動作である。その最後の肩口からの打ち下ろしに際し、手首の角度が腕を伸ばしたときに自然に真っ直ぐな状態であれば重たいものを振る際には肘、肩が落ちているため身体の使い方としては無理が無いだろう。つまり手首の角度を曲げてげてしまうと、肘が上がり肩も上がるため、重さの負荷が手首に掛かってしまい、手首を痛めてしまうことになる。こういった得物の振り方は腱鞘炎にもなりやすいし肘関節なども痛めやすい。よく見受けられる肩を上げ手首を下げて大きく剣を振っている教えが正しいとなっていることに驚いてしまうが、無理があるためそれを守るために腕が太くなり、筋力を付けるために無理な振り方の素振りを己に課している人もいる。

 巴の最後の打ち込みは片手でおこなうため、手首の角度が重要であることは昔から判っていた事であるが、今日のクラーチでの講習中に気づいたことは、肩口に杖が乗り、重さを軽減した杖を小指薬指中指人差指と繋ぎながら振り、一番重要なことは、腕を下に下ろすのではなく、前方へ押し出すようにすることで、より杖の重さが消え、一つの振りの中に別々の要素が混ざっていることで、私が使っているスヌケの杖でも風切り音を立てた後ピタリと止まることが出来ることが分かった。先日の抜刀術の「巴抜き」に続いて今日は杖術の「巴」に得るものがあり、ありがたいと思う。

 今日は休憩時間にSさんとお話し、Sさんが「最近は少しですが腕が高く上がるようになりました。」との報告を受け非常に嬉しかった。「最近はお風呂で腕を高く上げることを心掛けています」と、ご自分でいろいろとやっておられるようで、意欲があることは何よりいいことなのでこれからが非常に楽しみである。以前から感じていたが、Sさんも開講間もない頃からの生徒さんなのでもう半年になるが、初めの頃を思えば、今でも力なくゆっくりであるが形が良くなっていることに驚くこともある。指導していて嬉しかった事は、何気無く少々難しい事を伝えていたときに、「はっ!そうですか!」とその理解のタイミングに、「ああ、Sさんもだいぶ進んできたな」とこのクラーチ剣術教室での講習をおこなってきた者として、一つの成果を感じた瞬間でもあった。それはつまり、見て感じたことを理解しそれを身体で示すことが、身体で示す以前に出来るという前提で理解出来たことである。これは本当に嬉しさを噛み締めるようにジーンときた瞬間であった。

 午後からは場所を高田馬場に移し個人指導をおこなった。今日はgold castle 殺陣&剣術スクールから生徒のMさんが参加され、「お稽古を始めて5ヶ月になりますが、人より遅れをとってますのでこちらで何とか皆さんに置いていかれないようにしたいと思いますので宜しくお願いいたします。」というご本人にしてみれば切実な思いであったためお引き受けした。こちらの高田馬場での個人指導は基本的には私も一緒に稽古をおこなうため、ある程度経験してきた方や本気の方との稽古を考えているが、Mさんのように真剣で切実な思いのある方であれば、お断りする理由も無いので私も真剣に見ていきたいと思う。昨年もこの高田馬場での稽古に何人か来られたが、今年はどんな方とのご縁があり、どのように展開していくのか、私のホームグランドでもある思いの強い場所でもあるので、真剣に稽古をしたい方とはここで是非共に時間を共有出来ればと願う。お勧めは人数の少ない火曜日の14時00分~16時00分であるが、人数が増えれば木曜日の同時間帯も追加検討したいと思う。月曜日と金曜日の夜も可能であるが、周囲にさまざまな団体がいるので、気にならなければこちらでもおこないたい。

 Mさんとの稽古はあっという間の2時間であった。おもに杖の稽古を集中的におこない、左右の打ちと突きをおこない、前後突き、左右持ち替えながらの水車、巴、広い武道場を往復しながらの回し打ち、をおこない最後は10分しかなかったが、広い武道場に二人っきりという贅沢な空間で木刀での袈裟斬りを、壁から壁まで往復しながら足運びを意識しておこなった。集中も切れずに最後までついてこられたMさんの真剣な思いを感じ、今日の個人稽古を引き受けて良かったと思うのであった。そして、一緒に動いていると出来る動作でも、一人でおこなってもらうと出来なくなってしまうことから、こういった会って直接受ける個人指導というのは、本や映像の資料では分からない部分が大いにあると思う。その空気感から伝わるもの、相手の動きを同化させて身体に取り入れる方法など、とにかく経験や引き出しの無い方が、ペースを上げて覚えていくには、真似をする事から入り、そこから考え理解していくことが誤った癖を付けずに、意欲も落とすことなく伸びていけるのではないかと思う。(もっとも伝える側の動作に責任が問われるが)

 今日の個人指導の前に20分ほど私個人の研究稽古をおこない、その中の抜刀術にこれからの一つのテーマとして、脳の準備を変えていかなければならないと感じている。それは身体の作り方からおこなえるのか、意識の問題なのか、あるいは両方なのか、それとも全く違う発想からなのか、まだまだ掴めていないが、ただそういう状態で抜いたときの起こりと居着きは違ったものになると思っている。出来たとは思っていないが、今まで何回か感じた特殊な集中力と、抜く動作の事前準備が消え、ただそこにその形になるという考えだけの状態に自然になったときの抜刀というのはちょっと違うものに感じることはあった。ただ、非常に微妙な精神状態なのでなかなかそういう状態にならないし、気のせいかとも思っていた。しかし最近ある方から伺った名人の方を本で知った時に、やはりそういう脳の使い方は身体にも影響しているのだと深く納得したのである。だがこの世界を知るには、生き方もそうであるが芯から人間に対し、己に対し、突き詰めていかなければならないだろう。年月も相当かかるであろうし、現世では掴めないかもしれない。ただ言えることは、世の中には凄い人はいるのだと人間に対する尊敬の念も湧いてくる。そうでない事のほうが圧倒的に多く感じる中、人間として素晴らしい人に出会えるということはとても大きな救いであると思う。私はさまざまな所に移り住んで現在東京に住んでいるが、以前は何のために東京で高い家賃を払って生きていかなければならないのかと人生の時間を無駄に使ったのではないかと認めたくない現実に打ちひしがれそうになったが、甲野善紀先生との出会いからそれまでの思いが真逆になり、すべては繋がっており、自分が受けてきた思いを人に対して活かしていくことに強い意欲が湧いてくるのである。本当に世の中には凄い人が居て、人間の面白さ、人間の不思議さ、まだまだ知らない人間の能力というものに惹かれてしまう。逆境や不安、私もさんざん味わってきたしこれから味わうこともあるだろう。武術の技もそうであるが、苦手なもの、嫌いなものが、ちょっとしたキッカケで得意になったり一番好きになったりすることもある。この気持ちの変わりようには自分でも驚いてしまうが日本人の特性なのだろう。そういう意味で逆境に対する強さとは、気持ちが切り替わったときのふり幅の大きさによるものなのかもしれないと思うのである。それを知っているか知らないかで、あらゆる物事に対する対処が変わってくるだろう。人を育てるにはテストの成績ばかりを上げるのではなく、真に人として尊敬出来る人に会うことではないかと思う。簡単にそういう人に出会えることは無いが、その昔、まだ刀を差して人が歩いていた頃、学びを得ようと人物に会うため命を掛けて旅した侍達がいたように、やはり情報が簡単に手に入る時代になったとはいえ、直接人物に会うことが人の世に置いては最も重要なことであると思う。


2015-01-28(Wed)
 

自分がどうであるかについて問うことと生きている実感の関連

 日曜日が終わり現在AM2時である。それにしても毎週毎週武術もそうであるが、いろいろなことがあるなあと思ってしまう。物事はどこかで繋がっているから偶然も必然に起き、その行動、そのタイミングが今しかないところを選んでいるようで不思議に思う。

 まず昨日土曜日のgold castle 殺陣&剣術スクールの講習では、土曜日としては珍しく品川区総合体育館でおこない、予想に反して参加人数が少なかったので、杖の型稽古をそれぞれ進めていけたと思う。問題は「四方突き」であり、ここをクリアーすることで、この一連の動作が武術としての身体運用法としてカギになってくる。

 何人かの方は「十一連続動作の型」から次の「繋ぎの型」に取り組んでいただいている。この繋ぎの型は私の講習内容の中でも比較的新しいものなので、動作の目的としては単純にこなすということが通用しないので、やればやるほど難しいということが分かってくるだろう。だがこの動作は、ある程度動けるようになった人にとって悪い癖を取り除くには重要なものであり、動きをのパターン化を取り去ってしまわなければ、これから出来なくなる動作が予想されてくるからである。今までおこなってきた動きを引きずるとそれが進展に対する足を引っ張るものとなるので、いつまでもその動作のパターンに引きずられていてはいけない。新しいものを理解するためには、覚えたての動作のパターンのまま、繰り返しによりいつしかそれが完成形と思い込んでしまわないように気をつけなければならない。

 土曜日の講習は、静かに集中してジックリと取り組んでいただいたように思う。個人指導であれば二回で十分に型稽古は覚えるだけなら覚えられるので、多人数でおこなうというのはなんとも時間の掛かるものだと感じてしまう。

 夜は場所を変えてイオンカルチャークラブでの講習をおこなった。ここではまだまだ参加人数が少ないので、ほぼ付きっきりに近い状況である。そのため参加者の方の成長もずいぶん進んできたように思う。同じ一時間の講習でもどういうわけだけかここでは、30分位に感じてしまう。それだけ集中と伝えるものの進み具合が早いのだろう。皆さん1分位しか休まないので休憩はあって無いようなものである。

 私自身今は追い込んだ猛稽古をしたくてウズウズしているのだが、そうしなくても最近はいろいろな場所での講習から、無駄の無い動作や、重心や身体の構造といったものを活かすための身体の使い方など、いろいろな場所でおこなうことにより、発想と気づきが得られやすいということに気が付いた。おそらく高田馬場だけでの猛稽古ではどこかパターン化してしまい、こなすことでどこか納得させる方向に向かっていたかもしれない。

 抜刀術の「巴抜き」については1週間前の1月18日におこなったgold castleの講習中に、指導しながら、自分の発した言葉に自分が教えてもらったのである。これは時々甲野先生が仰っていることでもある。私が思うに人に説明しているときに、今まで感じていたことを責任を持って言葉に出し伝えるために、極々短時間に脳内であらゆる整理を付け発する際に、その整理から余裕が生まれその空いた部分に思いも寄らぬ言葉が当てはまることがある。

 この巴抜きの右手手の内の使い方は、本当に言いたくないと思ってしまうほど、手の動きと刀の動きとが一旦離れ離れになり、再び寄り添い遂げていくというような、この動作無くして成り立たない手の内の使い方なのである。

 苦手なものや興味の薄れていたものがあることをキッカケに逆転してしまうから面白い。今現在、講習中に苦手なものや興味の持てないものがあると思うが、ある一つのキッカケから、それまでの苦労が嘘の様に出来るようになった瞬間がいつしか訪れるものだと思っている。パターン化しないように、追い求める気持ちを忘れずに取り組むことが大事である。

 今日日曜日の講習では、いろいろな事情で今日が最後の講習となってしまった方がおられたが、ご本人としてはまだ続けたい残念な思いであったので、退講ではなく休講として、いつかまた参加出来る場所として年に一回でも二年に一回でも構わないので、このスクールを存続させるべく努力して参りたいと思う。笑顔で帰られた姿に少しは安堵したが、出会いがあるということは別れも覚悟しなければならないので、生徒の人数が増えると共にその思いも経験しなければならない。別れを知ることで今あることの尊さに気付き、何気無く生きていることが果たして当たり前のことなのだろうかと考えれば、世の中のニュースを知る限り決してそうではないのは誰もが思うところであり、私が空間を大事にしたいのは生きているそれぞれの人達が縁あってその人生の中の僅かな時間を共に過ごし、その目的に対し互いに己の心で決め行動したものであり、そこには純粋に学ぶ、伝える、という導きがあり、濁りの無い思いがその空間から伝わり、実はその部分がもっとも大事であるということに時間と共に気が付いていくのではないだろうか。今を大事にしなければいつかはやって来ないと思う。あるタイミングで考えを改め切り替えるなんてことは予定出来ないから。何をやっているかではなく、自分がどうであるかということが私自身もそうであるが、常に問われている問題である。

 今日の夜の講習では75歳のご婦人が見学に来られ真剣な眼差しで見ていかれたのが印象的であった。たまたま私どもの講習がおこなわれていたのを見に来られたそうであるが、年齢に関係なく剣術をやってみたいという方はご婦人Oさんもそうであるが、思いを秘めた方は多いのではないだろうか・・・・・・

 今日一日の出来事やこれまでの私の取り組み方を考察するに、私が剣術(杖術や抜刀術なども含め)をおこなってもっとも大事にしていることが分かったような気がする。それは派手さは無く地道なことかもしれないが、地に足をつけ一人一人に時間を掛けながら進めていくことなのかもしれない。

 真剣さがあるから笑顔が愛らしくなり、空間が澄んでいるから言葉がスーッと入ってくる。純粋に技術を求め、そのために感覚を養い、迷い悩み苦しむこともある。だからこそ解決したときの喜びと感動というものがあり、生きているとはそんなことの繰り返しなのかもしれない。自分がどうであるか、自分の心がどうであるか、そのことについて常に問われていることを忘れてはならないと私については思っている。


2015-01-26(Mon)
 

インドネシア滞在記⑤                    2014.12.3~2014.12.8(全六回)

第五回

 2013年9月17日に広告代理店の方からこのブログに連絡が入ったことから全ては始まった。日信工業株式会社という自動車やオートバイのブレーキ製造メーカーさんの新商品発表に向けてのプロモーション活動として私に依頼が来たのであった。

 本社が長野県上田市にあり『真田幸村』所縁の地であるため、サムライを新商品のイメージとしてこのプロジェクトは始まった。数十万円したという真田幸村の甲冑は既に用意してあった。代理店と日信工業さんとの会議の中で、そのイメージに合う人物と甲冑に合う体型の人物を探していたところ、YOUTUBEに配信してある私の演武動画が目に止まり、連絡が入ったという次第である。

 2014年7月12日に栃木県の那須で初めて甲冑を身に着けての撮影をおこなった。この写真が『SAMURAI BRAKE』のイメージモデルとなる重要なものとなった。
 2014年10月30日には長野県上田市にある日信工業株式会社本社の工場で撮影をおこなった。この日一日、上田の街で沢山の写真を撮影した。
 2014年12月3日~12月8日にかけてインドネシア国内でのスチール撮影と、インドネシア唯一の国際サーキット「セントゥール・インターナショナル・サーキット」にておこなわれた『YAMAHA ASEAN CUP RACE』のイベントに参加。これらのプロモーション活動はFacebookを通じて今後も発信されてゆく。

 ※(カテゴリにある武術稽古の旅から前回までの記載を一括して見られます。)





【2014年12月7日】

インドネシア5日目

 無事に全ての日程を終えることができ今は心からホッとしている。何と言っても今日は日曜日であり、セントゥール・インターナショナル・サーキットでのレースがおこなわれる日であり、イベント会場の賑わいも昨日と比べて何倍もの人の多さと会場の熱気を感じた。(後で知ったが、昨日と合わせて延べ6万人の入場者数であったという)

 そんな中今日も鎧を身に纏い、SAMURAI BRAKEのブース前で演武をおこなうのであるが、昨日のイベントをおこなったことでいろいろと分かってきたので全体的に慣れ、要領が掴めてきた。気温は昨日以上に暑かったが、限界になるような危なさは今回一度も感じることはなかった。

 演武を5分おこない、続いて写真撮影が40分位おこなわれ、ホテルで20分休憩して繰り返しおこなうというパターンであった。今回のインドネシアでの写真を撮影された総数は数えていないので判らないが、軽く数千枚は撮影されたと思う。

 そして今日は、250㏄クラスでおこなわれた「YAMAHA ASEAN CUP RACE 」に参加するため、SAMURAI BRAKEのブースがあるイベント会場からサーキットまで移動し、日本とインドネシアのピット前での撮影をおこない、さらには大胆にもレース前のグリッドに着いているポールポジション、二番手、三番手までそれぞれのライダーの横で写真撮影をおこなった。現場にはたくさんの報道関係者が撮影していたので、その方々からカメラを向けられた際に刀を抜いて簡単に演武をおこなった。こういった、世界グランプリなどもおこなわれていたインドネシア唯一の国際サーキットでレースが始まる寸前に、メインスタンドからも多くの観客が見ている中、コース上で演武をおこなったのは恐らく今まで他に例が無いのではないだろうか・・・・・・  

 今回の怒涛の日々の中で実に大胆な経験をたくさんさせていただいた。体調は咳が止まらず睡眠時間も一時間置きに目が覚める毎日で疲れている筈なのだが、そんなに疲れていない自分に驚いている。その体調に意識が向かっていたせいか、緊張で硬くなったり上がってしまうような事が全く無かった。むしろ私自身素の状態で居るときの方が、周囲の人と一緒に居ると緊張してしまうから不思議なものである。

 大一番を終え、無事に私の仕事を終えることができ、また何か次に繋がれば幸いである。本当に想定外の一週間は毎日が濃く刺激的である。明日は、AM11時00分頃にこのホテルを経つ予定なので10時間位は寝られそうである。もっとも咳のため何度も目覚めるのであろうが・・・・・・ボゴールからジャカルタまで約40㎞位の距離をトラックのような板バネのバスに乗り買い物などしながらゆるやかに移動しPM23時55分に成田に向けて飛び立つ予定であるが、不思議な事に寒い日本に行って今までのような日々を送ることの実感がまるで無い・・・・・・僅か5日間でこのような感覚になってしまうので、人間というのは実に変だと思ってしまう。

 今回デジカメを持っていったがあまり撮るチャンスがなかった。甲冑を着て写真を撮ろうという気にもならないが・・・・・・そのため、のちほど沢山撮っていただいたものを送って頂けるので、そちらの写真をブログなどに掲載しようと思う。

 とにかく、大きな仕事が終わり今夜はゆっくり休みたいと思う。


 ≪2014年12月8日につづく≫





【今日の写真】

2014.12.7 インドネシア35
 日本チームのピット前での写真。 こういう形で日本人同士異国の地で交流が持てるのも嬉しいものです。 


2014.12.7 インドネシア36
 インドネシアチームのピット前です。今回の第11回「YAMAHA ASEAN CUP RACE 」においてインドネシアが通算7度目のアセアンNo.1に輝いたそうです。


2014.12.7 インドネシア37
 ピットロードにてTVカメラの前で演武をおこないました。


 2014.12.7 インドネシア38
 コース上にてマスコミのカメラの前で演武をおこないました。


 2014.12.7 インドネシア39
 同じくコース上にて演武。イベント会場から徒歩で移動してきたため、足元が草鞋から雪駄になっていますがお許し下さい。


 2014.12.7 インドネシア40
 予選2位、決勝3位のRey Ratukore選手との撮影。スター性のある方でした。


 2014.12.7 インドネシア41
 3番グリッドの選手との撮影。TVカメラの前にて。


2014.12.7 インドネシア42
 ポールポジションのグリッドは日本からの招待選手である大崎誠之選手です。レース前とは思えないほどリラックスした雰囲気で挨拶いたしました。ブレーキはもちろんSAMURAI BRAKEです。


2014.12.7 インドネシア43
 甲冑武者がサーキットに居る事で、現場は盛り上がっていました。メインスタンドのお客さんが見ている中、まさかレースの直前にコース上でこのようなパフォーマンスをさせていただけるとは夢にも思っていませんでした。イベントを盛り上げるため、レースを盛り上げるため、そして我がSAMURAI BRAKEの宣伝のため、これからも頑張っていきたいと思います。


 Facebookに『SAMURAI BRAKE』の写真と記事が掲載されています。
https://www.facebook.com/pages/SAMURAI-BRAKE/522076457928248?sk=timeline
 今後の展開を楽しみにしていて下さい。


2015-01-24(Sat)
 

2015年2月 武術稽古日程              (剣術・抜刀術・杖術・体術)

※高田馬場での(研究稽古&個人指導)に関する稽古見学、または参加希望の方はこちらの【お問い合わせ】よりご連絡下さい。

※gold castle 殺陣&剣術スクールの詳細や申し込みにつきましてはホームページをご確認下さい。
http://www.tate-ken.com

※イオンカルチャークラブ剣術教室の詳細や申し込みにつきましては、こちらをご確認下さい。 03-5679-6091(受付時間 9:00~20:00)
http://www.aeonculture.jp/products/detail.php?product_id=3746





2月1日 (日曜日) 12時00分~14時00分 品川区 総合体育館
            18時30分~20時30分 品川区 総合体育館
               『gold castle 殺陣&剣術スクール』


2月2日 (月曜日) 17時00分~ 高田馬場 『研究稽古&個人指導』


2月3日 (火曜日) 10時00分~11時30分 『クラーチ剣術教室』


2月7日 (土曜日) 9時30分~11時00分 品川区 戸越体育館
               『gold castle 殺陣&剣術スクール』
            18時30分~19時30分 イオン葛西店
               『イオンカルチャークラブ剣術教室』  


2月8日 (日曜日) 12時00分~14時00分 品川区 総合体育館
            18時30分~20時30分 品川区 総合体育館
               『gold castle 殺陣&剣術スクール』


2月10日 (火曜日) 10時00分~11時30分 『クラーチ剣術教室』
             14時00分~16時00分 高田馬場 『研究稽古&個人指導』


2月13日 (金曜日) 17時00分~ 高田馬場 『研究稽古&個人指導』 


2月14日 (土曜日) 18時30分~19時30分 イオン葛西店
               『イオンカルチャークラブ剣術教室』 


2月15日 (日曜日) 15時30分~17時30分 品川区 総合体育館
             18時30分~20時30分 品川区 総合体育館
               『gold castle 殺陣&剣術スクール』


2月16日 (月曜日) 17時00分~ 高田馬場 『研究稽古&個人指導』


2月17日 (火曜日) 10時00分~11時30分 『クラーチ剣術教室』
             14時00分~16時00分 高田馬場 『研究稽古&個人指導』


2月20日 (金曜日) 17時00分~ 高田馬場 『研究稽古&個人指導』 


2月21日 (土曜日) 9時30分~11時00分 品川区 戸越体育館
               『gold castle 殺陣&剣術スクール』
             18時30分~19時30分 イオン葛西店
               『イオンカルチャークラブ剣術教室』 


2月22日 (日曜日) 9時30分~11時00分 品川区 総合体育館
             18時30分~20時30分 品川区 戸越体育館
               『gold castle 殺陣&剣術スクール』


2月24日 (火曜日) 10時00分~11時30分 『クラーチ剣術教室』
             14時00分~16時00分 高田馬場 『研究稽古&個人指導』


2月27日 (金曜日) 17時00分~ 高田馬場 『研究稽古&個人指導』 


2月28日 (土曜日) 9時30分~11時00分 品川区 戸越体育館
               『gold castle 殺陣&剣術スクール』
             18時30分~19時30分 イオン葛西店
               『イオンカルチャークラブ剣術教室』 





※高田馬場での稽古時間は
(月曜日・金曜日)の場合、17時00分~21時00分までの間で調整いたします。
(火曜日)の場合、14時00分~16時00分までの間で調整いたします。 

①14時00分~16時00分 (火曜日)
②17時00分~19時00分 (月曜日・金曜日)
③18時00分~20時00分 (月曜日・金曜日)
④19時00分~21時00分 (月曜日・金曜日)

いずれかの参加しやすい時間帯でお越し下さい。
前日までには希望日時をメールまたは【お問い合わせ】よりお知らせ下さい。

※高田馬場での稽古参加費は1回2,000円です。(別途入館料400円かかります)

※稽古場所の詳細や稽古内容、稽古時間のご相談、道具類その他のご質問等につきましてはメールまたは【お問い合わせフォーム】よりお受けいたします。

※都合により日程が変更となる場合がありますので御了承下さい。


2015-01-22(Thu)
 

今がまるで回想のように感じることがある

 昨日は充実した一日であった。まず、「高齢者のための剣術教室」では前日の高田馬場での稽古を始めて早々に手がおこなった、片手による杖の回転と静止を取り入れた。これは今までおこなっていた、左右の持ち替えと比べ、左右それぞれの手でおこなっていくので、より杖の回転と静止の際の感覚が掴みやすく、杖を回しているのか杖に回されているのかその辺が曖昧になってくるような感じになればいいだろう。そのため、腕が上下に伸ばされていくので、杖の遠心力と一体に滑らせることが出来るようになれば、何も持たずに腕を上げ下げするより負荷が少ない。話題の「ヒモトレ」のように、杖も身体の運動負荷を軽減するため補ってくれる働きがあるのである。こうした、武術としての杖の操法以外にもまさに「ジョートレ」と言ってもいいような、体操の負荷を軽減し、動作そのものを楽しめる運動は、運動をしたいけど身体を動かすことに不安を持つ高齢者の方々には有効であるということに、昨年の8月から平均年齢70歳代の教室で毎週講習をおこなってきた私の現時点での実感である。

 最近参加された男性のTさんが昨日の講習の中で、片手による杖の回転と静止運動をおこなった後に、今まで両手で杖の端と端を持って背中に杖を持って行くことがほぼ出来なかったのだが、昨日は余裕を持って背中の下方向へ杖を持って行くことができとても喜ばれていたのが印象的であった。この新たな動作は稽古始めの体操の一つとして、イオンカルチャークラブの生徒さんであるUさんにも伝えていきたいと思う。もちろん全員に伝えていくのだが、Uさんも腕を上げて後方へ下げていく動作に悩まれているので何かのキッカケになればと思う。

 杖の講習の中で巴が上手なトモエちゃんことSさんに対する指導の中で、杖の下側から前に滑らせながら出していき、手前の手をパタンと返し、そのまま押し込んで、上側の手がそこで握らないように我慢しながら下の手とすれ違う際に、下側の手から上に上げていき、その流れで上側の手も下へ下げここで初めて杖を握り、そしてそのまま下へと杖を下げ上側となった手を巻き込むようにしながらさらに上へと上げていくこと。それでようやく構えになりましたので、そこから上側の手首の返しとともに、杖を滑らせながら同じ側の足も同時に出していきましょう。という会話が出来るようになったのである。初めの頃だと、チンプンカンプンであったと思うが、今は理解してもらえるまでになった。それはSさんに限らず、最年長でもっとも姿勢と勘の良いDさん85歳の方も同様にかなり理解してもらえるようになり、つい講習中に、「いやあ、こういう会話が(操作についての説明のこと)出来るようになって、ちょっと私感動してます。」と漏らしてしまった。

 人間には意欲というものが活き活きと生きていくには大切であり、そういったものを引き出せるような稽古でなければならないと思うのである。ご婦人Oさんを筆頭に座りながらおこなっているAさんもそう、意欲が回を増すごとに強くなっているように思う。話が脱線するが、私が武術に救われたと思う一番の理由は、まるで源泉を掘り当てたかのように湧き出してくる意欲が枯渇の心配を微塵も感じさせること無く、儚き思いもせず、向上していくための何かを探し求める活力となっているのである。高田馬場で個人指導をおこなっているA氏が「今はこれが出来ればそれでいいんです。」と言っていたその想いが、彼の中にもきっと何か役者として感じてきた人生の中で何か新たな実感を得られるようになったものを見つけ出したのかもしれないと思うのであった。

 話を戻し、最後に抜刀術の「後方突き」をおこなった。これも高齢者の方にやっていただくのはいつのことになるのだろうかと思っていただけに、皆さんの取り組む様が本当に意欲的であることに驚いている。杖の講習だけで十分に講習は進めていけるのであるが、ご婦人Oさんの身体の変化に大きく影響したのには、抜刀と納刀であると思っているので、本当の楽しさに導いて行くためには、この抜刀と納刀の稽古は欠かせないものなのである。その中で、O夫妻の奥様が、身体を180度回転させる際に両足を同時に回すとバランスが崩れて転倒しそうになるため出来なかったのであるが、この後方突きの稽古でクルッと回転させることが出来るようになったと喜んでおられた。これは多少の筋力もついたと思うが、抜刀術の構えによる姿勢を意識する事で、重心位置の配分が整い両足を動かしても身体が転倒しそうにならなくなったということである。重心位置を知ることで、この動作の時にはどちらに重心を掛けたほうがいいのか分かってくるだけでも、日常生活におけるさまざまなトラブルから身を守る術になっていくと思う。

 とにかく、高齢者の方を対象にしたクラーチ剣術教室では、高齢者の方だからこそその身体の変化、効果が表れやすく、これには私自身大変な勉強になっているのである。笑いながら、その一回を旬に、それぞれの方のさまざまな思いと共に同じ時間を共有しているこの環境は、私の中でもまた一つ特別な空間となっている。

 講習が終わり、午後から場所を変えてある撮影のために道場へと向かった。モノを作って行く流れ、現場でしか感じられない空気感、そういったものは願ってもなかなか経験出来るものではないと思う。私自身これまでに、人前やカメラの前で仕事をしてきたことはあるが、それはただ演じ手としてその役割をこなしていたことであり、大きな違いは脚本がその瞬間に生まれ、それを最高の技術で証明していること。そして最も大きな違いは、それが撮影とともに無くなってしまうものではなく、ずっとあり続ける、存在し続けるものであるということ。私が、俳優より武術に圧倒的な情熱を傾けることができるのはその点の違いにある。そうした本物が存在し続ける世界感の中での撮影というのは、私のこれまでの経験の中でも次元が違うものであり、なにより、撮影ということや、その脚本というより、その人間そのものがもっとも凄いのであるから、モノが生まれる過程が全く異なるのである。

 それにしても人生はいつどうなるのか本当に分からない。私の人生を振り返ってみるとそれなりにいろいろな人と出会って、いろいろなことを経験してきたと思う。これからはさらに武術を軸に、新たな自分の環境とそれによって生み出された新たな自分とどう向き合っていくのか、意欲があれば年齢に関係なく変わることが出来る。人間の決めたことで全てを諦めることの無いように、自分の身体の声を聞きながらこの身体と共に何かに向かって進んでいきたいものである。


2015-01-21(Wed)
 

マンネリにならない稽古法

 今日は高田馬場で、久しぶりにまとまった時間の研究稽古が出来た。とは言ってもあっという間に過ぎてしまったが、あっという間に過ぎるのは、幾つか気付いたことがあり夢中になってしまったからである。潜在意識の中で常に考えていれば、本当に稽古は寝かせておいた方がいいのかもしれない。しかし未熟な私にはそういう訳にもいかないので、大事なことはマンネリにならないことが重要で、自分でも気付かない内にマンネリ化になっていくものなのかもしれない。マンネリ=「感覚の鈍化」であり、もしかすると感覚が鈍くなってくると、いろいろな意味で思考も鈍ってくるのかもしれない。何かを頼る、何かをなぞることがマンネリ化への道筋に繋がっていくが、感覚が鈍ってくるということは自分の考えを育てるには障害となっていくように思う。身体の感覚を育てることは、いろいろな面において必要なことであると思う。ストレスのない職場は聞いたこと無いが、上からの要求と現場で必要な要求に食い違いがあることもあるだろう。本当はこうした方がいいのだが上に対して従順でなければならない組織では、有効とは思えない要求に答えていかなければならない。そういったことの積み重ねがストレスの一つになり、自己保全の為に要求の対応にパターンが生まれ、それがマンネリ化となっていく。そうなってくるとより要求は厳しくなり、その対応もパターン化され、仕事としてあまり効率のいい循環では無いと思う。互いの腹の中がわかっているのなら、その中で折り合いをつけ効率を上げていくように目的を統一したほうがいいと思うが、いろいろな人間がいろいろな思惑で集まっている組織を統一させるには、理想どおりには行かないという事であろう。人間には感情があり、その感情を良いものに監督していくのが管理者の技術であり、管理者に求められるのは何をおいても人間的な魅力というか大きさであろう。飲み会で憂さ晴らしをさせるのでは無く、業務でどう変えていくかということを真剣に考えなければ駄目だろう。誰しも自分の立場が危険になるような独創的な考えを持ち込むのは恐れているのかもしれないが、結果として会社の業績を落としているのではないだろうか。

 マンネリ化から大きく話がズレてしまったが、武術稽古やスポーツなど身体を動かす練習でも同様のことであると思う。利害関係が介入してくるとものごとの本質はズレやすくなってくる。立場を守ることや、肩書きにこだわること、そのほかプライドを守ることなど、偉ぶる必要はどこにも無い。肩書きや段位を設けないことは、そういったことにならないためには重要である。技の向上と同時に人間としての成長を純粋に望むのなら、余計な雑念の無い思考で汗をかきたいものである。

 前置きが長くなってしまったが、今日の研究稽古では開始早々に杖の新しい扱い方を手がおこなったので、これは面白いとさっそく明日のクラーチ剣術教室でおこなおうと思う。手之内の感覚が柔らかくより繊細になるものである。

 次に抜刀術の「巴抜き」に進展があった。これは先日おこなったgold castleでの講習で気が付いた手首の巻き込みの際に薬指と小指を緩めることで、手之内と柄との間に隙間がうまれ、隙間が空くということは切っ先が動いているのでその動きが旋回運動へのアプローチとなるため手首への負担が激減したのである。今日の抜刀術稽古では、あっ気なく斬り上げから斬り下ろしまでおこなえたので、今後集中的に取り組むべき抜刀術の一つにしようと思っている。
18時30分よりK氏が来られ、杖術、抜刀術、小太刀、剣術とさまざまにおこなった。全体的に今日は重心について足先から出すのではなく、膝頭からなる体幹部から進めることを要求した。両足で浮きを掛けるには、後ろ足の寄せに時間が掛かってはならないので、後ろ足で身体を運ぶのではなく前足で運び後ろ足は寄せと浮きの役目として使うことが全てにおいて重要である。ただ膝頭を出す際も大きく出すのではなく、爪先が下がらないように、大腿部の付け根が抜けないように爪先をやや上げておくぐらいがいいだろう。それを取り入れた杖の前後突きは、私も今日始めておこなったが、四方突きのような面白さがあった。

 小太刀は久しぶりにおこなったが、私自身両足の重心バランスの操作がまだまだ修練が足りないと感じた。脚足の使い方を引き出すのには小太刀は有効な稽古法なので、しばらく稽古しようと思う。

 最後の袋竹刀を使った組太刀でK氏の得意な体を差し替えての入り身をおこない、その感覚で袈裟斬りをおこなっていただくとずいぶん良くなったのである。だが、まだまだ身体の使い方に何か邪魔しているものがあるので、それを取り除くにはこの体の差し替えからなる入り身をおこないながら、脳の回路を少しずつ切り替えていけたらと思う。

 柔軟な対応と実行力、そのことに対する時間をどれほど掛けているか、真剣に取り組む気持ちがあれば、マンネリな行為に違和感を覚えないわけにはいかないだろう。装う技術の向上は自己保全でしかない。


2015-01-20(Tue)
 

バスに揺られ会場へ

 昨日は世田谷区総合運動場にある剣道場で、私としてはこの場所で初めての講習をおこなった。想像していたほど狭くは無く、戸越体育館の剣道場を少し狭くした感じであった。小田急線に乗り、成城学園前で降りて、間違えて西口改札を出てしまったので、グルっと回って南口へと向かい、ロータリーの無い車道沿いのバス停に並び、ほどなくして来たバスに乗り成育医療センター前で下車、10分弱位の乗車時間であった。成育医療センター前から徒歩五分なので、直ぐに分かるだろうと油断していたため、バス停を降りてどこに向かえばいいのか分からなくなってしまった・・・・・・。地図を見ても分かり辛いので、歩いていた主婦の方に道を尋ね、成育医療センターの裏にあるという事が分かった。何とか会場に到着するも、正面の入り口までが微妙に分かり辛い。ようやく会場に入ったが、体育館の観覧席しか見当たらず、とりあえず地下に降りていくとようやく受付けを見つけホッとした。とにかく、意図しているのか微妙に分かり辛い。しかしスタッフの方は今までの会場施設の中では最も対応が良かった。

 予想に反して土曜日の講習ぐらいの参加者に見舞われ、今日も明るい雰囲気で進めることが出来た。今日は剣術クラス限定受講のMさんに進展が見られた。本人からの質問で膝の使い方が分かってきたため、踵が上がらず歩幅も寄り過ぎず以前に比べ大きな前進であった。質問が増えてきたことで理解度が上がってきたと思う。今後が楽しみである。

 抜刀で斬り上げからの180度回転しての斬り下ろしに違和感を覚えていたHさんは、左手で剣を振るということを意識して動きが良くなった。主に左で剣を振るということを知らない方が多かったようなので、その都度説明していこうと思う。

 第一部の最後に皆さんへお伝えしたのは、姿勢を良く見せようと上体を立てる事に意識が向き過ぎると、後ろ重心になりやすくなってしまう。そうなってしまうと逆に姿勢が悪く見えてしまう。前重心で上体を立てるためには、股関節の可動域向上が求められる。私がおこなっている納刀稽古は、前重心で納めるものが多いので、股関節の可動域向上をテーマにしながらおこなうことも大切である。

 夜の講習は品川区総合体育館の剣道場でおこなうため、一人先に世田谷の会場を後にした。バスで二子玉川駅に向かい、東急大井町線に乗り旗の台で池上線に乗り換えるのだが、五反田行きのホームへの行き方に少々迷ってしまった。総合体育館に到着し、今日は夜の部で初めて剣術クラスから先におこなった。それぞれに理由はあるだろうがちょっと遅刻が目立ってきたように思う。

 夜の講習でも、全体的に動きが良くなってきた。道衣を購入されたNさんもかなり良くなったと思う。力みやすい人は、連続した動作を一定の速度でおこなうように取り組むとかなり改善されてくる。今日は昼から見てて何人か大きな前進が見受けられた。今の流れで間を空けずに稽古を続けることが大事であろう。





【今日の一枚】

2014.12.6 インドネシア34
 NISSINと刀の刀身がロゴになっているSAMURAI BRAKEです。攻めるも守るもブレーキ次第。日信工業の本社がある長野県上田市は真田幸村ゆかりの地ですので、その強い意志がこの世界で戦うSAMRAI BRAKEに込められています。


 Facebookに『SAMURAI BRAKE』の写真と記事が掲載されています。
https://www.facebook.com/pages/SAMURAI-BRAKE/522076457928248?sk=timeline
 今後の展開を楽しみにしていて下さい。


2015-01-19(Mon)
 

求められる洞察力

 本日の戸越体育館でのgold castle 殺陣&剣術スクールの講習は、久しぶりに貸し出し用の木刀が足りなくなってしまったので、初めての方と久しぶりの生徒さんに杖をおこなっていただき対応した。水曜日や土曜日の講習は講師が一人で武道具を運んでいるため、日曜日の講習と違い貸し出し本数が半分となってしまう。今年に入って剣術クラスの剣の講習日はさまざまに分けておこなっている。今日は、抜刀から一連の動作をおこなう組と、抜刀術の組、剣術の組、杖術の組と、私もそれぞれを見ることに慣れてきた部分もあり、限られた時間内でその方にとって進んでいけるための内容をピンポイントで伝えるようにおこなっている。

 人数が増えて慢心しては人は離れていくだろう。人数が増えればそれだけ個人に伝えられる時間は削られてくる。そのため指導者の指導力もレベルアップが求められる。視野を広く洞察し、一人一人の特徴を把握し「言葉を掛ける人」「動作を見せる人」「視線を合わせる人」全て別々に同時におこなえば伝わり方も変わってくるだろう。どこが苦手なのか?動作のクセは?どこまで理解しているか?今日の状態と集中は?取り残されていないか?愉しんでいるか?全てをクリアするのは至難であるが、一人一人を知ること(知ろうとすること)でそこに向かって近づいていける。参加している方、休んでいる方、おそらく皆が思っている以上に一人一人を見ているつもりである。それは、ホームページへの連絡から始まり、体験参加となり、生徒となった段階でその他大勢の一人ではない。どうすればこの人の苦手な部分が解決出来るか、それはgold castleに関わらず、他の教室の生徒さんでも一度見れば忘れることなく記憶に残るものである。生徒さんの中でよく注意している部分はそういった思いからのものである。力みのある方、踵が上がる方、手首がかたい方、重心が上がるかた、目線が下がり下を向いてしまう方、つい速い動作になってしまう方、足が揃う方、手と足が合わない方、せっかちな方、等々よく注意されるポイントを思い出すといいだろう。

 夜はイオン葛西店での剣術教室をおこなった。今日は体験参加の方が来られ、カルチャークラブで剣術教室があるということに驚かれていた。今は女性でも剣術に興味がある方が多い。その方も仰っていたが、やはり敷居の高さを感じなかなか足を踏み入れられないということであり、人によっては人生の大きな転機となる可能性もあるかもしれないので、まずは出来る環境を作っておくことが大事であると思っている。敷居は己の心の中に高く持っていればいいと思う。イオンの教室は、まだ生徒数が少ないのでそれぞれを集中的にみることが出来るためそれぞれの成長が早い。実に穴場的空間である。今年はもう少しイオンの教室を充実させたいと思う。

 さあ、明日は私自身初めての講習会場である世田谷区総合運動場第二武道場での講習が昼に予定され、その後、夕方に殺陣クラスがおこなわれ、その間私は品川区総合体育館へ移動するという、ゆとりはあるが慌しい一日になりそうだ。明日は夜が込みそうな気配であるが、蓋を開けて見ないと分からない。天気が晴れているのがありがたい。今年も日曜日に関しては雨に降られない運の良さが継続中であるが、明日もシッカリと講習をおこなえるように励みたいと思う。





【今日の一枚】

2014.12.6 インドネシア33
 この白枠の中で演武をおこないます。演武をおこなうと何処からともなく子供たちが集まり子どもの人垣が出来てしまいます。次の日から警備のゴツイお兄さん達が木刀サイズの木の棒を片手に持っていました。


 Facebookに『SAMURAI BRAKE』の写真と記事が掲載されています。
https://www.facebook.com/pages/SAMURAI-BRAKE/522076457928248?sk=timeline
 今後の展開を楽しみにしていて下さい。


2015-01-18(Sun)
 

インドネシア滞在記④                    2014.12.3~2014.12.8(全六回)

第四回

 2013年9月17日に広告代理店の方からこのブログに連絡が入ったことから全ては始まった。日信工業株式会社という自動車やオートバイのブレーキ製造メーカーさんの新商品発表に向けてのプロモーション活動として私に依頼が来たのであった。

 本社が長野県上田市にあり『真田幸村』所縁の地であるため、サムライを新商品のイメージとしてこのプロジェクトは始まった。数十万円したという真田幸村の甲冑は既に用意してあった。代理店と日信工業さんとの会議の中で、そのイメージに合う人物と甲冑に合う体型の人物を探していたところ、YOUTUBEに配信してある私の演武動画が目に止まり、連絡が入ったという次第である。

 2014年7月12日に栃木県の那須で初めて甲冑を身に着けての撮影をおこなった。この写真が『SAMURAI BRAKE』のイメージモデルとなる重要なものとなった。
 2014年10月30日には長野県上田市にある日信工業株式会社本社の工場で撮影をおこなった。この日一日、上田の街で沢山の写真を撮影した。
 2014年12月3日~12月8日にかけてインドネシア国内でのスチール撮影と、インドネシア唯一の国際サーキット「セントゥール・インターナショナル・サーキット」にておこなわれた『YAMAHA ASEAN CUP RACE』のイベントに参加。これらのプロモーション活動はFacebookを通じて今後も発信されてゆく。

 ※(カテゴリにある武術稽古の旅から前回までの記載を一括して見られます。)
 




【2014年12月6日】

インドネシア4日目

 今日も一日が終わってホテルの部屋に戻りこの日最後の作業である日記に取り掛かる。

 気が付けばインドネシアに来て四日目となり、時間は流れそれなりにやるべき事はやっている。
 結局体調は何一つ良くなっていないが、きっと何か意味するものがあるように思う。(今は未だ分からないが・・・)今日の仕事は現地に来て実際にやってみなければ判らない大変なことは沢山あるが、こういった経験も日本に居た頃には久しく味わっていないので良い経験となっている。

 兎にも角にも今日のイベント初日を無事に終えることが出来、体調も含め明日への見通しも立ってきたので安心したところである。インドネシアに来てのこの四日間はこの咳のため毎晩熟睡する事が出来ず、一時間置きに咳で目が覚めては洗面所に行っていた。だが、今朝の体調で今日一日イベントをおこなうことが出来たので、明日は大丈夫であると確信出来た事が大きい。毎日体調の事を記しているが、本当にこのインドネシアでの思い出を後々思い浮かべた時に、この絶体絶命とも言える体調の悪さとどうにもならない歯痒さが記憶に残り続けるだろう。外国人となってみて、こういった部分の大変さが身に染みて分かった。

 さて、今日は午前7時30分にホテルのフロントに集合し、セントゥール・インターナショナル・サーキットのメインスタンド裏にある会場に、今回私が真田幸村としてイメージキャラクターを務めている日信工業さんの製品「SAMURAI BRAKE」のブースがあり、他のさまざまなメーカーのブースとはあきらかに異なった「侍」のブースであるためインパクトが強く、ひと目見ると忘れない印象に残るブースだと思う。
 その我々のブース内には、SAMURAI BRAKE搭載の125㏄クラスのチャンピオンマシンが展示されており、壁には以前那須で撮影した鎧姿の写真が壁一面に大きく展示されており、これはかなり重要な役割であることを再認識したのであった。

 雨期に入ったインドネシアであるが、今朝から晴天となりインドネシアの人達も暑い暑いと言っていたが私は別段そんなに暑いとは本当に感じていなかった。いざ鎧を装着し動いてみると汗は周囲の人が気にするほど尋常じゃなく出てしまうが、私としては夏場の高田馬場にある道場での武術稽古と大して変わらない感じなので特に大変だとは全く感じなかった。

 今日は一時間のイベントを五回に分けておこなう予定であったが入場者数の入り具合と、午後から振り出した雨のため二回となった。まあ今日はレースの予選日なので明日日曜のレース本番日は今日よりも確実に人が多いので、今日は良い予行演習になったのではないだろうか。

 それにしても侍姿というのは人気があり、かなりの人数の人達と撮影をおこなった。そんな中インドネシアのTV局からの取材があり、なんと、私がマイクを渡されレポーターの女性からの質問に答えるという出来事があった。

 明日は、インドネシアに来て最も力を入れなければならない重要な日なので、私に出来ることを私なりにおこなっていくしかないだろう。海外に来ての大変さと不自由さを痛感している日々であるが、今後にとっての大きな経験であることは間違いないので、苦しいなりに味わい糧にしていこうと思う。


 ≪2014年12月7日につづく≫





【今日の写真】

2014.12.7 インドネシア27
 インドネシアのTV局が取材に来ており、リポーターの女性からインタビューを受けました。甲冑を着ていると体の不調も治まり、もう一人の私が姿を現すような気がいたします。


2014.12.7 インドネシア28
 取材前の打ち合わせの様子。結構突っ込んだことを質問されましたが、SAMURAIの意志で答えさせていただきました。


2014.12.7 インドネシア29
 取材後リポーターの方と記念撮影。この他にも翌日はサーキットで幾つかのTVカメラに撮影されました。


2014.12.6 インドネシア30
 日信工業のSAMURAI BRAKEを搭載した125㏄クラスのチャンピオンマシン。インドネシアでは、スクーターや大きな排気量のバイクよりも、こういった感じのオートバイが最も多く走っています。


2014.12.6 インドネシア31
 SAMURAI BRAKEの説明書きに添えられた写真は、日信工業の本社がある長野県上田市の工場で撮影したものです。レース活動を支えるため世界各地に工場があります。


2014.12.6 インドネシア32
 LORIN SENTUL HOTELに泊まった翌日12月6日イベント初日の朝。昨日と違って快晴の空に思わず私の泊まっている四階の部屋から見えるセントゥール・インターナショナル・サーキットを撮影。右側にメインスタンドが見えその裏側に、コンサートのステージや、バイクのトライアルなどをおこなう広大なスペースのイベント会場にたくさんのメーカーのブースがあり、我々SAMURAI BRAKEのブース前で演武をおこないました。


 Facebookに『SAMURAI BRAKE』の写真と記事が掲載されています。
https://www.facebook.com/pages/SAMURAI-BRAKE/522076457928248?sk=timeline
 今後の展開を楽しみにしていて下さい。


2015-01-16(Fri)
 

良質な日本酒のように

 本日14日は、午後から貴重な時間をそれぞれ過ごすことが出来た。まず剣術では、剣に対し脚足が自然に出る事が重要であることが分かった。場合によっては満月の使い方も重要であり、他にも剣先に捉われない鍔元の意識も重要であることが分かった。これは、通常の組太刀稽古では得られることの無い、極限の緊張と集中の中で気が付いたことなので、未熟な私なりに得られるものは大きかった。

 ちょっとしたタイミングにより、技の効き方は大きく変わってくることがあり、相手が分かっている状況で敢えてその技を有効に効かせることは至難の業であり、そこに術としての凄さがあるように思う。武術を知らない人に対しどのように伝えていくのか、そういった面においても私自身今後の取り組みとして考えていかなければならないと感じるのであった。

 普段に比べて短い時間の稽古であったが、短いからこそ強く印象に残るものがあり、武術稽古の面白いところは、身体を動かしていなくても、頭のイメージで稽古になることもある。日常生活においても稽古となるようにするためには、回数を目的とした反復練習の身体任せ筋肉任せの運動ではなく、身体の感覚を探り、効率よく有効な動作を実践出来るように取り組んだほうが、道場での稽古時間外でも、脳内稽古が出来る。1日24時間平等に与えられたものなら、その時間を有効に自分の生き方に使った方がいい。好きなように24時間を使える人生は幸せかもしれないが、そのためのリスクや犠牲は常に不安と隣り合わせであろう。覚悟を持って人生を歩むなら、24時間をどのように使って生きるのか真剣に考え、後悔の無いように責任を持って突き進むしかない。

 場所を変えて、SAMURAI BRAKEのメンバーと新年会をおこなった。偶然であるが、先の場所から徒歩10分位の所にあるデザイン会社でおこなわれ、ちょっと前に合ったばかりなのだが、懐かしい感じがして信頼関係とともに互いの仕事に対する意識の強さをジンジン感じる時間であった。私も数年ぶりに日本酒をかなり飲んでしまったが、良質な日本酒であるため、変な酔い方もせずスッキリとした気分で最後まで楽しい時間を過ごさせていただき本当にありがたいと思った。

 今日のこの会は、まさに良質な日本酒のように、雑味が無く、心地よい香りに、満足出来る味わい、飲み終えた後の気分の良さ、悪酔いもなく、スッキリと次に向かって進んで行ける・・・・・・そんな気がした。それぞれの意識の高さが繋がり、与えられたステージの中で最高のパフォーマンスを発揮するために切磋琢磨する。「仕事」というものについて、それぞれのトップ、責任者、専門技術者が集い、その空間の雰囲気で解ってしまう。このSAMURAI BRAKEのチームは掛け替えの無いものであることは間違い無い!私自身この「仕事」ということに対し、特別な取り組みが必要なのか、それともいつもの自然な取り組みが大切なのか、それはこれからの私自身の経験値から答えが見つかってくるように思う。自分の枠を外れずに、その中でやれることのベストを尽くすこと。そしてそのための準備を怠らないこと。体調管理も重要な要件である。

 1月もすでに半月が経とうとしている。今年も昨年以上に忙しくなりそうである。今年の暮れにはどのようになっているか毎年想定外の状況となっているが、もっともっと自分の尻を叩いてやるべきことをやらなければと思う。縁というのは、想いという部分でどこかで誰かと繋がっていくものなのかもしれない。この縁を大切に今年は熟成させていきたい。





【今日の一枚】

2014.12.7 インドネシア26
 日信工業 SAMURAI BRAKE のブース前での写真です。日信工業のブレーキを現地で製造しているCHEMCOの社員の方々もスタッフとして応援に駆けつけて下さいました。このイベントで数あるメーカーが出展した中で、SAMURAI BRAKEのブースのデザインが一番格好良かったと思います。


 Facebookに『SAMURAI BRAKE』の写真と記事が掲載されています。
https://www.facebook.com/pages/SAMURAI-BRAKE/522076457928248?sk=timeline
 今後の展開を楽しみにしていて下さい。


2015-01-15(Thu)
 

『杖術 対刀』についての解説

 2013年8月13日に撮影した動画の配信がこの第八弾『杖対刀』で最後となった。第七弾『杖対杖』とともに2015年1月1日にアップロードしたのであるが、気付いてみると高田馬場の武道場で2012年12月28日に撮影した杖術と抜刀術の映像と、2014年11月1日に撮影したイオンカルチャークラブでのイベントでの杖術と抜刀術の演武映像など合わせると12種類もの映像をアップロードしてしまった。こんなに配信する予定ではなかったが、もう少し私自身のレベルがまともになったら、一旦整理して新たな撮影をおこない配信数を少なくしてもいいかと思う。それまで何年掛かるか分からないが、全体的な意味も含めてレベルを上げなければならない。

 最後におこなったこの『杖対刀』であるが、打太刀が刀であるため技は一瞬で決まっている。本来の杖の実戦としての使い方は、このように一瞬で決まるものだろう。

 まず最初の演武は甲野善紀先生の技「下段抜き」である。相手の面に対し誘いの打ち込みをかけ、相手がその打ちに対し斬り込んできたところで杖先を入れ替え相手の籠手を打つ技である。一気に間合いを詰め、その勢いを膝の抜きによる一足立ちで下方向へのエネルギーとしそのエネルギーとともに杖で打ち込んでいる。滑りやすい砂利の上であったが爪先で蹴ったりする動きではないので滑る事は無い。

 次におこなったのはこれも甲野先生の技「影踏み」である。相手の面を打つように突きながらそのまま縦に回転し、次の下段への突きに繋がる技である。前方へ間を詰めながら足が左右入れ替わるため体が振られてしまいやすいが、膝の抜きと体幹が纏まっていればこの技の切れ味は増してくるだろう。

 最後は私のオリジナルである「杖の三段抜き」である。下段抜きのように面への誘いを掛け相手が斬り込んできたのを抜き、再び相手が切り返してくるのを右下へ抜き、三たび切り替えしてきたのを影踏みのように抜いて喉元へ突きを入れている。この三段抜きは今まで何度かテスト撮影などでおこなってきたものであるが、これは他流で剣術を八年ほどやっていた方に木刀で相手をしてもらったが、まず杖の速さに切り返しがついて来れない。それほど杖の変化といいうのは速く、この武器の特性をもっとも活かせるのは、起こり無く打つ、起こり無く突く、対応できないほどさまざまな角度から攻撃をおこなうことがこの道具のサイズを考えた上で有効だと思う。打太刀のOさんにも思いっきり早く切り返して頂いたが、杖の操作は映像で見るより実際はそんなに速くおこなっている感じはなく刀のスピードに合わせて抜いている。映像を見ている人は何をやっているのか分からない方が多かったのではないかと思う。これも高速での杖の変化に体が振られることなくおこなうには、膝の抜きと体幹部の纏まりが重要になってくる。
 

 これにてようやく動画配信シリーズの全てを終えることとなった。一年五ヵ月ぐらい掛かってしまったが、この当時に比べ今では状況が激変した。この動画撮影から二ヶ月と一週間後にgold castle 殺陣&剣術スクールを開講し、翌年の8月にイオンカルチャークラブの開講と高齢者のための剣術教室を開講した。さらに高田馬場での個人指導も人数が増え毎週個人指導をおこなうようになった。月に一回は井上さんと研究稽古をおこなうようにもなり、年に一回ミネアポリスから加藤氏が稽古に参加されるようになった。私の武術稽古環境は撮影当時は夢にも思わなかった展開の速さで進展し、その影響から「SAMURAI BRAKE」のプロモーション活動のオファーを受け、栃木県の那須や長野県の上田市、さらにはインドネシアの各地でイベントや写真撮影をおこなってきた。甲野善紀先生の本やDVDにも例年打太刀や受けとして参加させていただくこととなり、人生において短期間でこのような展開がおこったのは、俳優人生を振り返ってみても記憶に無い。映画、テレビ、CM、舞台、モデル、一通り経験してきたがすべては儚いものであった。自分がどうなりたいかだけでない、自分がおこなっていることが人に対してどうあるのかが、私の今の人生の中で大きな意味を占めている。私と同じように役者として武術の道に触れる人との出会いも増えてきたが、私がそうであったように、これからの人生を考え本当に情熱を掛けられる生き方というものを新たに選択し道が開かれる方が出てくることを願う。見るもの考えるもの付き合うもの全てが変わり本当に救われたと思う。

 この動画解説の最後にあらためて、打太刀にご協力してくださったOさん、企画、撮影、編集まで全て無償でおこなって下さったフォトグラファーの尾崎誠さん、撮影許可を下さったこの一角の神社を取り仕切っているN宮司さん。お陰様で次に繋がることが出来ました。今後は少しずつ何かの形でお返し出来たらと思っております。本当にお世話になりありがとうございました。


2015-01-14(Wed)
 

『杖術 対杖』についての解説

 2013年8月13日に撮影した神社の境内での演武シリーズ第七弾となる映像を2015年1月1日にアップロードした。続けて最後となる第八弾もアップロードしたがこの件に関しては次に記したい。とにかく、これほど期間がかかるとは当初は予想もしていなかったが、お陰さまで日々の活動は忙しくなってきた。詳しくは次に記す最後の解説の際に述べていこう。

 さて、この『杖対杖』の演武内容であるが、この時期私の稽古で杖による組太刀稽古を幾つか考え時折剣術に興味がある方との交流稽古をおこなっていたことから、今回の演武で何か一つ考えてみようと撮影前日の高田馬場での稽古の際に作ったものである。杖による打太刀をつけての型稽古は今まであまり集中的におこなっていなかったが、かつておこなっていた鹿島神流の杖術の型や、甲野先生の杖術などをヒントにあとは、鹿島神流の槍術や薙刀術でおこなった型稽古からこの杖の型を作った。

 始めに上下に打ち合い間合いをとるのはこういった型稽古によく見られるので敢えてそうした。間合いをとる際には水車を使い、次の打ちに出る際の誘いを大きく使うためにこの脇に納めた状態からの回し打ちにした。

 回し打ちの途中で相手が打ち込んできた杖を下に抜いて右脇の下を突く動作は、鹿島神流の槍術にある「虚突」を参考におこなった。脚足の使い方は甲野先生の影抜きを参考に膝を抜いておこなっている。

 次の三連続の打ち込みは、打太刀が武道経験者でなかったら他の手にしていたかもしれないが、相手が武道経験者だったから私の突きもギリギリまで突けたように思う。

 最後に間合いを詰め相手の杖を打ち落とし同様に突きを入れるが、先程の突きに目が慣れた相手に杖を奪われ、その相手が片手となった瞬間に回り込みながら後方から前方へ向かって首を押さえ込んでいる。この杖の打ち落としは、剣術「脇構えからの発剣」を応用している。そして最後の石突き打ちのように首を押さえる技は、杖の型でこういったものがあったかどうか忘れてしまったが、相手が得物から手を離して片手で持った瞬間には有効な技なので、時折力を使わずに崩せる手段として稽古していたものである。ただこの潰しはタイミングが非常に難しく、少しでも遅れてしまうと上手くいかないので、こういった片手で得物を奪いにこられた場合は、その瞬間に技をかける必要がある。

 こういった型でも幾つか打ち合いを挟んでいるが、その中の一瞬が技でありその一瞬で決まってしまう。しかし、技を修練するためには流れが必要であり、その流れの技術が技の上達を引き出すものであると思う。「杖対木刀」の演武では型を決めずにおこなったので、流れと技がハッキリしないのは私の未熟さゆえの結果である。だが、対木刀にしても、映像のために動きを稼ぐ必要がなければ、瞬間的に籠手を打ち据えるか面を突けるだろう。


2015-01-13(Tue)
 

枕を考える

 以前知り合いに紹介した整骨院が口コミで広まってきているようだ。私は三ヶ月ほど前に低い枕に変えたことで、長年患っていた首の痛みが完全に治った。ストレートネック気味であったため、衝撃を受けると首のアソビが無いためダメージを和らげることなく受けてしまい暫く調子が悪く長年困っていたのである。そもそも首がおかしくなった原因は、10年以上前に当時お世話になっていた大阪の知人の知り合いが開業した大阪の整体院に首を寝違えた際に連れて行かれ、勢いよくゴリッと首を捻られて東京に戻ってからというもの、深い痛みとともに手が痺れるような状況で3ヶ月間過ごした。その時に知り合いの紹介で整骨院に行き、ここの院長先生の腕の良さに驚いたのであった。とにかく、首の調子が悪い方は、もしかすると枕が高すぎる(13㎝以上)のかもしれない。現在私が使っている枕は、首元が7.5㎝位で頭のほうに行くと5.5㎝程に下がっている。女性でたまに枕を使わない方がいるように、低い分には悪影響は無いと思うので、高さのある枕は首に良くないので試しに変えてみるといいかもしれない。

 今日のgold castle 殺陣&剣術スクールでは杖の型稽古を新たに展開していった。十一連続動作の型もそれなりに最後まで出来る方が増えてきた。剣術クラスの講習は剣の講習と杖の講習の交互におこなっているため、間が空いてしまうので、武道具を購入されている方は家に帰って練習したほうがいいだろう。身につけるというのは、与えられるものではないので、自分自身で気付きモノにしていかなければならず、指導者がおこなうことは懇切丁寧に教えていたとしても、導くところまでしか出来ない。

 新しくおこなった「繋ぎの型」は私が動きの流れの中で繋げてきたものなので、十一連続動作の型に比べ覚えやすいと思う。またこの繋ぎの型を身に付けたのち、十一連続動作の型をおこなうと、以前に比べ動作の質が変わってくると思われる。さらに剣の方にも影響が出るようになれば、私の想像ではかなり良くなると思うのである。

 今夜は扁桃腺が真っ赤になっているので新聞配達のバイク音が聞こえる前に早く寝るとしよう。それにしても、11月30日からずっと風邪菌ウイルスとの根競べである。私の回りでは、気管支炎の方や風邪が1ヶ月間治らない方が何人かいるので、このしつこさには他の要因を考えてしまいたくなるが、とにかく睡眠がもっとも有効なので、今夜はもう寝よう。


2015-01-12(Mon)
 

明日に向けて

 「慣れ」というのは身体の使い方にしてもコミュニケーションとしても質が落ちてしまうものであり、身体に対しても人に対してもどこか見くびってしまう要因となるものであると私は思っている。その日一日が重要であり、以前の出来や上手くいったからと言って安易に考えてはならないということである。

 金銭が関わってくると自分のやりたいことからドンドン掛け離れていく場合が多いが、私の生き方は全くもって金銭とは縁が無く、たまに入ったまとまった収入もどういうわけだか右から左に流れてしまう。その見事なタイミングにはもう慣れたが、その代わりやりたいことをやって生きている自分の姿勢にはブレが無く、大変な部分はあるがこの生き方を選ばざるを得ないのには私自身の生理的な部分が強く、振り返ってみると小さかった子どもの頃から一貫している。それはそれで分かり合える人間が周りに誰もいないので大変な思いをして生きてきたが、現在は武術と出会いそれまで生理的に受け付けなかった無駄なことに対する怒りのようなものから解放され、何という心地よさ、出来ること出来ないことの理解から学び得るものが多く、その学びは無駄なことのためになっていないので、武術稽古を通じて日々真剣に学び得ようと睡眠時間を犠牲にしても武術稽古に関わる時間を費やしたいと思うのである。

 今夜は、自分のやってきたこと今やっていることこれからやっていこうと思っていることなどを考える機会があり、そこにはやはり自分が子どもの頃に感じてきた思いが強いのではないかと思う。前にも書いたが、子どもの頃の私が今の私に目を光らせ、同じような思いをさせないように厳しい目を向け続けている。それは子どもに対してだけでなく、全ての人に対して当てはまるので、同じ空間でどれだけ目を向けてあげられるか、どれだけ真剣になってあげられるか、そこには器用さや慣れからのマニュアルなどは無く、その瞬間にその相手に感じたことが重要であり、私自身が気持ちよくなるのではなく、その人が置いていかれないために、どこまでその人のことを知ってあげられるかが必要なのではないだろうか。

 武術稽古から学び得るものは重要で、それは武道場の中だけの技術としての礼儀作法でなく、素直な気持ちからなる理解力と飲み込みの早さに身体の変化を感じ、その変化に対する興味から益々身体に対し素直な対応となり、それがそのままその人の考え方に植えつけられることもある。そういう身体に植えつけられた思考法ならば、武道場を出た更衣室の中でも態度は変わることはないだろうし、本当の意味で武道武術を通じて礼儀が身に付くのではないかと私は思う。

 礼儀だけでなく、社会生活の中で周囲と上手くやっていくには、一つの目的に向かって、あらゆる事に目を向けながら、ある部分だけに負担が掛からないように効率よくおこなえるための思考法とそのセンスが、安易に身体に任せた目的の稽古ではなく、自分の感覚がどうあるのかを考え追求していく稽古により、仕事に置いても通じる部分があると思う。

 人との出会いから今が在り、今考えなければならない事について気が付かされている。これからもどんな出会いが待ち受けているのか分からないが、その日一日を新鮮に生きていける自分でありたいと思う。武術に感謝し誠意を持ってお返し出来るような稽古を目指してこれからも精進したい。一日というのは何が起こるかわからない・・・・・・だが、それがあるから次に向けての成長がある。明日も一日を大切に生きていこう!


2015-01-11(Sun)
 

張りをコントロールする

 本日は高田馬場で17時~21時までこのブログにリンクさせていただいている井上欣也さんとともに研究稽古をおこなった。初めに井上さんから「杖を一から教えて下さい!」というお願いを受けたので、個人でも杖の稽古をされている井上さんに、3年ぐらい前まで私のおこなってきた杖の使い方とそれに関する足運びを簡単に説明し、そして現在に至った流れと現在の動きを説明し稽古に入った。

 剣術でもそうであるが、杖術でも足運びとの関連が非常に重要であるため、膝の内抜きによる重心移動と、引き寄せられた後ろ足に浮きをかけ、垂直に下ろす感覚で上側の手を滑らせ、それを打ちにするために下側の手が巻き込むように僅か前方に出る。その際に、その下側の腕の肘から手首までの間の部分が、腰、もしくは脇腹あたりに自然に当たることで、止める力を使わなくても杖がピタリと止まるのである。打ちのエネルギーは、上側の手で押さえ込むように使うのではなく、上側の手はただ滑らせるだけで、下側の手が巻き込みながらやや前方へでることで、杖の上側の面を上側の手の親指の付け根辺りで滑らせながら押し出しているようにおこなっている。それらの動作に合わせて脚足が移動し浮きをかけ、この浮きによりエネルギーを飛ばしている感覚でおこなっている。つまり打つ意識は初動の瞬間であり、後ろ足の寄せからなる浮きをかけている時にはもう勝手に落ちている感じである。今日は、井上さんに細かく分割しておこないながら進めていく中で、自分自身一つひとつの動作を理解し、かつてS師範に学んだ杖の使い方とは全く違うものになってしまったことを強く感じたのである。これまでの変化の過程は、この高田馬場での一人稽古であり、その中で、ある時に違和感を感じ、その違和感を解決するために試行錯誤していく中でようやく「これは!」というものに出会い、その瞬間以前の動作がとても効率の悪いものに感じるのである。そういった迷いと失敗から、喜びと興奮を繰り返して少しづつ身体の使い方が変わってきた。今日も井上さんにお話したが、現在の生活の中で何が一番大切かと言えばこの高田馬場での一人稽古である。私自身、自分と向き合うことで身体と心の声に答えるように務めることで予想もしなかった出来事が起こることが多い。それら自分で得た時間というのは貴重なものであり、稽古指導などで人に伝える上で重要な経験となっている。

 今日の井上さんとの稽古の中で気が付いた事は、私の稽古法が剣術にしても杖術にしても、腹にくることを大事にしておこなっているということが、井上さんの言葉で分かったのである。私としては、かつて膝行を稽古の始めに必ずおこなっていた時期があり、道場の縦方向に向かって3~5往復はおこなっていた。当時週に一度おこなっていた形意拳の練習などでも稽古前の鍛錬でめいいっぱい腰を落として、大腿部が震えるような鍛錬をおこなっていた。現在はそれらの経験から、大腿部の付け根の使い方が、上体と下体の動作を合致させるためには重要であり、動きの繋がりや身体の纏まりには避けては通れない体捌きであり、そういったことをずっと意識して取り組んできた。そいうったことから最近おこなっている杖の「繋ぎの型」では、自然とそういう身体の使い方からなる腹の鍛練のための稽古になっていることを知ったのである。

 その腹の使い方とともに、身体の作り方として収縮運動でなく張りを意識した身体作りでないと、さまざまな重要なセンサーが育っていかないように思う。今日の稽古でもっとも大きな収穫は、技をかける時にその技にとらわれず、まず段階があり、その時においてどういう身体になってなければならないかということであり、技をかけるための身体構造の準備であり、相手との関係性や状況によりさまざまな方法があるだろうが、今日は井上さんとの体術稽古でその技に入る前の状態作りの重要さを確認していく中で、今後の研究における重要な気付きであったと思う。今日は、非常に分かりやすくそんな重要なことまで教えていただいていいのだろうかというような事まで教えていただいた。

 今日の稽古は余りに情報量の多いものであり、4時間があっという間であったが今夜寝ることで脳がどういう具合に記憶整理してくれているか興味がある。今年のテーマは「狂」であるが、もう一つ身体の使い方として具体的に「張り」ということも一年を通じて研究していきたいと思う。井上さんとの稽古は毎回新しい気づきがあり、組太刀稽古から体術に繋がり、または体術から組太刀稽古に繋がってゆくこともある。

 こうして私と稽古してくださる井上さんには本当に感謝しています。毎月大きな気づきを得られ、何ヶ月分もの稽古となっております。身体の不思議さ愉しさ、それらを初心者の方にも分かりやすく伝えて下さりますので、経験の無い方や、現在頭打ちになってしまった自身の稽古についてヒントを得られたい方など、伊勢原市や海老名のほうで毎月講習会が開催されておりますので、ご興味のある方はこちらの井上さんのブログから連絡してみて下さい。http://karatabi.seesaa.net/


2015-01-10(Sat)
 

インドネシア滞在記③                    2014.12.3~2014.12.8(全六回)

第三回

 2013年9月17日に広告代理店の方からこのブログに連絡が入ったことから全ては始まった。日信工業株式会社という自動車やオートバイのブレーキ製造メーカーさんの新商品発表に向けてのプロモーション活動として私に依頼が来たのであった。

 本社が長野県上田市にあり『真田幸村』所縁の地であるため、サムライを新商品のイメージとしてこのプロジェクトは始まった。数十万円したという真田幸村の甲冑は既に用意してあった。代理店と日信工業さんとの会議の中で、そのイメージに合う人物と甲冑に合う体型の人物を探していたところ、YOUTUBEに配信してある私の演武動画が目に止まり、連絡が入ったという次第である。

 2014年7月12日に栃木県の那須で初めて甲冑を身に着けての撮影をおこなった。この写真が『SAMURAI BRAKE』のイメージモデルとなる重要なものとなった。
 2014年10月30日には長野県上田市にある日信工業株式会社本社の工場で撮影をおこなった。この日一日、上田の街で沢山の写真を撮影した。
 2014年12月3日~12月8日にかけてインドネシア国内でのスチール撮影と、インドネシア唯一の国際サーキット「セントゥール・インターナショナル・サーキット」にておこなわれた『YAMAHA ASEAN CUP RACE』のイベントに参加。これらのプロモーション活動はFacebookを通じて今後も発信されてゆく。

 ※(カテゴリにある武術稽古の旅から前回までの記載を一括して見られます。)
 




【2014年12月5日】

インドネシア3日目

 本日は午前10時にホテルのフロントにてプロジェクトメンバーのSさんと合流し昨日に続いてチャーター車に乗りジャカルタからボゴールに向けて出発した。

 ここでこれまでのルートを確認すると、12月3日にジャカルタ・スカルノ・ハッタ空港に着き、そこから車で1時間ほど走ったジャカルタのホテルで宿泊。12月4日にジャカルタからチカランという街に移動し、日信工業の製品などを作る工場があるCHEMCOにて打ち合わせをし、広いCHEMCOの敷地内で撮影をおこなう。その後再びジャカルタへと移動し撮影をおこない、そのままジャカルタ中心部で宿泊した。

 そして本日12月5日は、インドネシア唯一の国際サーキット「セントゥール・インターナショナル・サーキット」があるボゴールという街に向かいながら、のどかな田舎の大きな川の側で撮影し、次に市場のような道端で撮影をおこなった。この時は小さな子ども達が最後までずっと私の周りを取り囲むようにくっ付いてきてなかなか楽しいひと時であった。この日の最後はボゴールに入り道路脇にある小さな大衆食堂にて食事をおこなった。午前中からずっと車で移動し、イメージに合う場所を求めて走りっぱなしであったため、15時頃にこの日初めての食事となった。インドネシアでは一般的とされる一品料理のお店である。私の場合、食事は栄養があるものをさっさと腹に詰め込めばいいという感覚なのでランチセットやコースよりはこういった方が簡単でいい。

 その他の料理店では、Sさんから車中で聞いたパダン料理はいろいろな種類の料理が各お皿で運ばれてくるそうである。そういうお店は、お店の外にあるディスプレイにお皿がたくさん積み重なっているので判りやすい。インドネシアも色々な宗教が混在している国家であるが、日本と大きく違うのは、名前を書くように自分の宗教を人に対して示すことであると聞いた。服装も違ってくれば食事も違ってくるだろう。

 鶏の胸肉が入ったスープと白米の料理を注文。食事前に甲冑を着て撮影。お客さんは他に居なかったので、店主の女性と記念撮影。テーブルには、アムソリさん、ドライバーの方、Sさん、そして私の4人が座り食事をした。なかなかスパイシーで美味しかったのでご飯をおかわりした。ここでSさんを介してアムソリさんに教わったのは「飯は無し、魚はイカン、菓子を食え。」という言葉遊びである。つまりインドネシアではご飯のことを「ナシ」と言い、魚は「イカン」と言い、お菓子のことは「クエ」と言うのである。アムソリさんは長時間弾の尽きることの無いマシンガンのように喋り続けるので通訳の方でもあるのだが、Sさんがインドネシア語を使うので、ほぼインドネシア語でのマシンガントークであった。私はさっぱり分からないので聞いているだけで楽であったが、Sさんはかなり疲れたのではないだろうか。

 食事を終え店を出る時には大雨となっていたため撮影はここまでとなり、今日の宿泊地であるセントゥール・インターナショナル・サーキットのすぐ側にある「LORIN SENTUL HOTEL」に宿泊。雨の降るなかホテルから徒歩5分位のところにあるイベント会場に行き日信工業の「SAMURAI BRAKE」のブースを訪れる。もう日が落ち薄暗くなってきたが、まだ会場の設営がかなり進んでいない状況に、お国柄というか冗談では済まない焦りを皆で感じながらも、私がホテルに戻り仮眠を取っている間も皆さん頑張ってブースを仕上ていたようである。

 咳が止まらず調子は全くよくならない。明日、明後日のイベントは相当な覚悟が必要となってくる。なんせ毎晩1時間おきに咳で目が覚めるのだから・・・・・・とにかく、今夜は22時40分頃に寝て明日は6時に起きる予定である。明日からが本番なので気を引き締めて自分を見失わないように取り組んでいこうと思う。


 ≪2014年12月6日につづく≫





【今日の写真】

2014.12.4 インドネシア22
 インドネシアの若者なら皆知っているという「クブンジュルックのバイク通り」での撮影。細い道の両脇のほとんどがバイクショップであり、お店によりさまざまな部品が置いてありました。バイク好きの若者が集まる場所ですが、何の問題も無く皆さん友好的に接してくれました。まあ、鎧に刀ですからそれはそうかもしれませんが。


2014.12.4 インドネシア23
 日信工業のNISSINと刻印されたブレーキのバイクオーナーさんを発見。何とインドネシアで日信工業のブレーキ(SAMURAI BRAKE)のシェアは60%というから驚きです。人口2億5000万人、平均年齢が28歳というエネルギー溢れる国で日本の技術が世界で認められているということですね。


2014.12.4 インドネシア24
 モナス塔(独立記念の塔)の前で撮影。72歳とは思えない仕事をして下さる、通訳兼ガイドのアムソリさんはかつて日本人に大変お世話になったことがあり、その気持ちが今回の非常にありがたい対応の数々に表れているのではないかと思っています。もちろんそれにはインドネシアだけでも渡航16回目というSさんの「旅人」として培った人柄もあってのことだと思います。


2014.12.4 インドネシア25
 モナス塔広場の入り口で警護している警察官のリーダーと記念撮影。アムソリさんの交渉で撮影許可がアッサリ取れたばかりでなく非常に協力的な対応になり、日本では絶対にありえない会話の流れに、インドネシアという国の面白さを肌で感じた瞬間でもありました。


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2015-01-08(Thu)
 

ボードに立てるようになったからには

 本日の高齢者のための剣術教室では、最後に抜刀術「後方突き」を取り入れたところ、皆さん終了時刻が過ぎても一切止める気配も無く、集中して取り組んでおられた。ここまでの運びになるには、杖術を始め一つひとつの動作を考えながら手順通りにおこなえば、到底無理であろうと諦めていたような動作が、実際に出来るということの実感が自信となり興味が湧き意欲に繋がってくる。ご婦人Oさんがそうであるように、徐々に皆さんもこれから杖や抜刀、納刀などの動作に、これからの脳を含めた身体の働かせ方というものを意識できる段階になってきたように思う。

 O夫妻のご主人が仰っていたように、私は教室の中では皆さんのことをいわゆる「おじいちゃん」「おばあちゃん」と感じたことは一瞬も無く、一人の生徒というか同じ空間で共に稽古をしている仲間というか敢えて意識をしたことはないが、8歳のお子さんに対してもそうであり、その方にとっての自然な反応で対応しているように思う。これは私の子ども時代からそうであり、いじめっ子やいじめられっ子、優等生に不良、どういう訳だかそれぞれのタイプと付き合ってきた。それは無理してそうしていた訳ではなく、自然と自分の中にある一面が浮上してくるような感じである。役者を志した理由の一つに、そうした自分の人格の切り替わりというものに興味があったことも一つの要因である。こうしたことは誰でも持っていることであると思うが、私の場合良いのか悪いのかちょっとリミッターの効きが甘いようである。

 それにしても時間が無常に過ぎてゆく。明日は早めに起きなければならないが現在3時を過ぎてしまった・・・・・・。夜中に本棚の組み立てをしていたところ、ドライバーが壊れてしまい、コンビニまで買いに行きなんとか組み立て完了。設置するために普段動かさない物を動かしたところ、埃などの汚れが気になり、深夜に掃除を始めてしまう・・・・・・。だが、どうしてもっと早く買わなかったのかと後悔するほど整理がついた。年末年始の時間的余裕のある時に気付き衝動買いしたのであるが、やはりまとまった休みは何かしらの心境の変化与えてくれる。

 今年もすでに7日になった。時の流れに乗り遅れないように、自分の波を見極めしっかりパドリングをしてボードに立ち、人生というさまざまな波を乗りこなしていきたい。





【今日の一枚】

2014.12.5 インドネシア21
 車で移動中に見つけた大きな川のほとりでの撮影。狭い私道のような道を入り、あまり人が入って来ないような場所で小雨の降りしきるなか撮影決行。近所の青年達数人が居たぐらいの静かな場所でした。


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2015-01-07(Wed)
 

2015年高田馬場稽古初め

 本日は高田馬場でK氏との個人稽古をおこなった。杖術では、昨日取り組んだ動作の中で重心が常にゆっくりと動き続けている繋がりを持ち続けた動作をおこなった。前進する場合、前方へ向かう重心がゆっくりと動いているベルトコンベアーのように一定に動き続けている中で、全身が調和をもった動作をおこなうことで、ゆったりとした中に無駄が無く流れを止めない動作を稽古した。踵を上げないように、胸がゆっくりと前進を続けその上体の移動を保っていられるのは、前足の大腿部の付け根を屈曲させていくこと。股関節の可動域に関わってくるが、この部分の粘りが連続した動作の繋がりでは重要である。後ろ足が前足を追い越していく際に、後ろ足の踵が上がりやすく、この追い越しを一定の速度で止まることなくおこなうのは非常に大変であるが、身体を練っていくには疎かに出来ない部分なので楽をしないように常に意識しておこなうことが大切である。また、高下駄での歩行においても特に下り階段においてこの部分の鍛錬になっている。

 今年最初の高田馬場での稽古であったが、昨年の7月から毎週参加されているK氏との稽古も、一通り長物以外全て伝えてきたので、今年はその一つひとつを厳しく見ていかなければならない。私のこれまでの指導経験から、この段階まで共に稽古をおこなってきた人は居ないので、今後は愉しさというものをどこに見出さなければならないか、これは私にとってもより深い部分についてK氏と共に発掘していかなければならない。K氏に対する今年のテーマは浮き「膝の抜き」をどう伝えられるか・・・・・・あまりこだわらずに一つひとつの動作を深めていけるようにおこにたい。
 

 今日は注文していた本棚が届いた!今後も色々な書類関係など気がついたらどんどん溜まってくるものが多くなるので、少しでも整理がついて、調べごとが直ぐに出来る状態にしておきたい。





【今日の一枚】

2014.12.5 インドネシア⑳
 「腹が減っては戦ができぬ」この日は、ジャカルタからボゴールへの移動中に市場や大きな川が流れる林の中に入って行ったり撮影場所を探しながら車で移動していました。この日の食事は夕方15時頃に、ボゴール手前の道路沿いにある小さなお店にて鶏の胸肉のスープを頂きました。スパイシーな味がなかなか美味しかったのでご飯をおかわりしました。


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2015-01-05(Mon)
 

2015年 gold castle 殺陣&剣術スクール スタート!

 2015年となって最初のgold castle 殺陣&剣術スクールの講習を品川区総合体育館にて夕方の部と夜間の部の二回おこなった。

 稽古納めから一週間しか経っていないのだが、年をまたぐと久しぶりな感じがするので不思議なものである。私としても日記を記すのが随分久しぶりのように感じるので、どのように書いたら良いのかいつにも増して考え込んでしまう。

 今日は15時30分から始まる夕方の部に向かう道中、五反田駅に着き隣接するビルのエスカーレーターを下りているときにご婦人Oさんとバッタリお会いし、そのまま会場まで共に歩いて行ったのであるが、その時にOさんから以前伺った、一年間の剣術稽古により身長が1.5㎝伸びたことであったが、さらに驚くべきことに「脊椎側彎症」であったらしいのであるが確認したところ異常が見られなくなったという報告を受け、私としても驚くべき稽古の成果に驚いている。身長が伸びた理由にこのことが大きく関係しているのではないかと思われる。杖の稽古や剣の稽古では、体の姿勢や重心位置が動作に大きく関わってくるので、姿勢や重心を意識しながら、得物を振ったりすることで体の骨格矯正についても同時におこなわれていたのであろう。これは、毎週一年間熱心に取り組まれているOさんを見てきているから私自身のことのように嬉しく思うことであり、大袈裟ではなくOさんにとって人生を変えるような剣術との出会いであったのではないかと思うのである。私自身も剣術によって大きく人生が変わったので、身体と心の声、それを感じられる日々の取り組みが、年齢や身体のハンデに関係なく、その方の思いと感じる心により、「常識」と言われるその他大勢の多数決で決まっている言葉の縛りから解放され逆境を乗り越える道標が見えてくるようにも思う。今日のご婦人Oさんとの集中稽古では袈裟斬りを徹底的におこなった。抜刀、納刀稽古もおこなおうと思っていたのだが、今日の袈裟斬りの稽古の中で、切っ先がピタリと止まるための上体と下体のバランス、手が離れていかない事の重要性にOさん自身が気付き始めてきたので、そのまま最後まで袈裟斬り稽古のみをおこなった。私の場合の袈裟斬りは、以前甲野先生が仰っていた「太刀は動かぬものと知るべし」から両手を寄せて柄を握り(下段などの場合においては少し開ける事もある)柄を持っている手が、体から大きく離れてしまわないように扱うことで、体幹部の働きを活かすことと、脚足部の動きも含めた全身の調和を求められる動きが引き出されてくるのである。腕を伸ばして歩幅を大きくj広げたまま、後ろ足がその場に残ったまま体を大きく開いて剣を振る型はさまざまに見受けられるのであるが、「太刀は動かぬものと知るべし」では腕を大きく使えない分、両足が移動しながら剣を振っていく動作に体全身を使うことの工夫と、腕に大きな負担が掛からず、強い剣の振りが出来ることに、ご婦人Oさんにとって是非とも習得していただきたい稽古内容の一つである。足の使い方、特に後ろ足の寄せについては、踵が上がらず、剣の振りと合うように寄せてくることが出来ているので、このOさんの動きが他の生徒さん達にとっても大きな励みとなるのではないかと思う。

 今年から剣術クラスの剣の講習日は、細かく指導内容を分けておこなうことにした。体験参加の方には、各種礼法や刀の名称、納刀稽古などからおこない、身体の使い方をゆっくり丁寧に身につけることから始める。剣術クラス限定で参加される生徒さんは、殺陣クラスの剣の振り方と混乱する事がないので、袈裟斬りや無構えからの斬り、脇構えからの斬りなど、脚足との連動による身体の使い方をおこなうことで、腕に頼らず、体幹の働きと繋がりを活かした剣の振りをおこなうことで、体の姿勢や重心の把握、それらを操作出来るようになると身体の感覚は以前に比べ鋭くなり、身体の使い方によりそこに適した筋肉が働き骨格構造が決まってくるので、どのような身体を手に入れるかには、どのような動作をおこなうかに関わってくる。もっと言えば、どのような動作をおこなうかには、どのような考えを持っているかにあり、実はここが最も重要な部分であり、こればっかりは自分の信じているものや信じてきたものなどさまざまな要因が関わっているので、才能ではなく心の自由さを手に入れ、実感を受け入れるための感じる心を育てる必要があると私は思う。
 
 体験を終えた生徒さんには、抜刀から納刀までの一連の動作から無駄を省き効率の良い動作を求め実践出来るように伝えていきたいと思う。今日は、一つ一つの動きの繋がりの中で同時に別々の時間が流れているというような説明をし、それはつまり、今おこなう動作おこなった動作とは別に、次に向かうための重心の移動はゆっくりとおこなわれ続けているということを例に、ブツ切りの速い動作の組み合わせではなく、速くしなければならない部分を、前段階で使ってあげることで、一気に全ておこなう必要がなくなり、無理に速くする必要が無いということである。前段階というのが重心移動であり、その重心移動は足で床を蹴るのではなく、体の姿勢で作り継続させることができ、かつ足で床を蹴らないぶん、足は刀の振りのための操作に使うことが出来る。他にも床を蹴らないことの重要さは、前に行くのに後ろに足を伸ばしては、後で回収するまでに遅れが生じることと、もっとも大きな違いは、床を蹴ることで身体の重心は上がってしまい、剣を振る動作に対し重心を上げる行為は働きとして逆の作用になってしまう。そのため、身体の重心を下げ体を纏めながら脚足を剣を振るための使い方、浮きを掛けるために使うためには、前重心に位置し、前足の膝を内抜きに抜き、体幹部から前方へ進み出し、即後ろ足を寄せながら両足に浮きを掛けることで、体幹からなる振りの強さが生まれる。この床を蹴ってはいけないことは武術稽古の中では大前提であるため、ある動きに特化されたルール(制限)のあるスポーツや、蹴る必要のある種目の競技に対して否定するつもりは全く無いが、全てを蹴る使い方で身体を移動させる重心移動の使い方を見直すことも重要であるだろう。

 居合刀での稽古生も増えてきたので、今までの抜刀術指導より一歩踏み込んだ技術を伝えていきたいと思う。そうなってくると、浮きを掛けるための「膝を抜く」という動作は必ず関わってくるので、居合刀を持参される生徒さんであればなんとか着いて来てもらえると信じているので、多少難しくなるかも知れないが新しい感覚を手に入れるためには、通らなければならない道でもあるので、木刀とは全く違った居合刀での抜刀術を感じ取っていただけたらと思う。
 
 中学生以下のお子さんについては、特に下半身が弱い方が多いのでフラフラしない歩き方や走り方をおこない、小学生や中学生が理解できる内容のメニューをそれぞれにおこなっていただくことにした。子どもと大人が真剣にコミュニケーションをはかることが重要で、そこには純粋にその子にとってどうすることが一番かを考えてやり取りしているので、大人社会における立場の犠牲になって生きていかなければならない多くの子ども達にとって、ここでは、シッカリと見ることが重要であると考えている。その中で子ども達がどう感じどう成長していくのか、私にとっても初めての経験であるが、私自身子どもの頃の思い出はさまざまにあるので、その時の子どもの私が大人の私に厳しい目を向けているので、私にとっても責任ある真剣な時間となっている。

 しばらく日記を書いていなかったせいか、吐き出すように文字がキーボードを伝って表示されていくが、今日は以前ホームページにある「生徒さんの声」を書いていただいた、Hさんが今年から道衣に袴姿での講習参加となり、「今日は電車に三本も乗り遅れたんですよー!」という元気な声で遅れて登場したその慌て具合に、私は笑いを堪えながらも今日もダブルヘッダーで参加された熱心なHさんに感心し、夕方の部終了後に、Hさんと「生徒さんの声」に載せる写真撮影をおこなった。この写真撮影は私のダメ出しが厳しいのでよく笑われてしまうが、夕方の部終了後に「さあ写真をとりましょうか!」となったところで、我々以外他に誰も武道場にいないことに気づき、慌てて山梨県から体験初参加のお二人の方が道場を後にしているところを呼び寄せて写真撮影をお願いしたのであった。自撮り棒があれば・・・とも思ったが、そういうわけにもいかないだろう。結局その体験参加のSさんとKさんを呼び止めて、10枚程写真を撮っていただいた。せっかく良い写真を何枚も撮っていただいたのであるが、自宅のパソコンでチェックした際に、Hさんを中央に撮っていたのであるが、講師のほうが徐々にHさんより前に出てきてドヤ顔になってきているので、つ・・・使えない・・・と始めのほうの写真を使うことにした。余談であるが、写真を撮っていただいたはるばる山梨県から参加されたお二人は、怖いと有名な富士急ハイランドのお化け屋敷「戦慄迷宮」でお化けをしているらしいので、次回いろいろと裏話を聞いて見たいと思う。





【今日の一枚】

2014.12.5 インドネシア⑰
 スーパーガイドのアムソリさん。驚くべき情報収集力と交渉力に脱帽ならぬ脱兜でした。御歳72歳とは思えない体力と頭の冴えに驚くばかりでした。お陰さまで良い仕事が出来ました!


 【今日のおまけ】

2014.12.5 インドネシア⑱
 アムソリさんお勧めの市場にて撮影。あっという間に子ども達が集まってきてずっと傍にくっついたまま何とも楽しいひと時でした。あまり遊んであげられず残念そうでしたが、遊んで!遊んで!という子供たちのニコニコした顔がとても印象的でした。


2014.12.5 インドネシア⑲
 子どもが元気に外で遊んでいる光景はいいものですね。SAMURAI BRAKEのステッカーをたくさんプレゼントいたしました。この鎧姿を覚えていて、いつの日かSAMURAI BRAKEのオートバイに乗って思い返してもらえると嬉しいです。


 Facebookに『SAMURAI BRAKE』の写真と記事が掲載されています。
https://www.facebook.com/pages/SAMURAI-BRAKE/522076457928248?sk=timeline
 こちらのブログでも毎回写真を掲載出来ればと考えています。


2015-01-05(Mon)
 

2015年スタート

 明けましておめでとうございます 今年も宜しくお願い申し上げます


2015年がスタートいたしました。毎日が記念日とまではいきませんが、一日一日を大事に生きていこうという気持ちを2014年は心がけておりましたので、この年末年始はどこか冷めた視点になっている自分に気が付きました。今年一年も一日一日を噛み締め悔いの無いように生きていこうと思います。新しい自分に出会うため一日の積み重ねを大事に精進して参ります。


2015年 年賀



2015-01-02(Fri)
 
プロフィール

金山孝之


     金山 孝之
  Takayuki Kanayama


松聲館 剣術技法研究員

金山剣術稽古会主宰

Gold Castle
殺陣&剣術スクール主宰

高齢者のための剣術教室
クラーチ剣術教室講師


――――――――――――――

1975年生まれ
福岡県 北九州市出身
東京都 世田谷区在住

1999年
映画監督中田秀夫氏との出会いにより俳優デビュー。他分野では、マンダムのモデルや舞台のプロデュース公演などの活動をおこなってきた。

2006年
小林照子先生とのご縁から  『 からだ化粧 』のモデルを務める。

2009年
武術の道を志しそれまでの活動を一新し武術稽古と研究に励む。

2011年
武術研究家甲野善紀先生に師事し身体の使い方を研究しながら、『 抜刀術 』『 剣術 』『 杖術 』『 体術 』などの稽古と研究に取り組んでいる。また、先生の書籍、番組撮影、記録映像、その他演武等における打太刀や受けを務めている。

2013年
刀と身体操作の技術向上を目指し裾野を広げるべく
『Gold Castle 殺陣&剣術スクール』を立ち上げる。

2014年
甲野善紀先生より
『 松聲館 剣術技法研究員 』という名称を頂き、自身の経験を活かした指導法を各道場等でおこなっている。
 
高齢者向け住宅にて
『 高齢者のための剣術教室 』をおこなっている。

日信工業株式会社の製品『 SAMURAI BRAKE 』のプロモーション活動をおこなっている

2015年
『 金山剣術稽古会 』を立ち上げ、現代における武術稽古の必要性を、身体と心で学べる場として活動している。

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