フト生まれるときがある

 増量しようと思うのだが、逆に食欲に制限がかかったかのように、食べる気がしなくなってしまう。意識しだした途端逆に落ちだしてきた。フシギなものだ・・・・・・

 今日は、杖術、小太刀、抜刀術、剣術を二時間おこない、最後に杖でかるく終えるつもりだったが、とり憑かれたかのように一時間ブッ通しでおこなった。気がつけば三時間過ぎていたが、そのなかで、細かな進展は毎回あるのだが、今回はフトした瞬間に技が二つ生まれた。一つは『抜刀術』での左斜め後方からの真っ向斬りもしくは袈裟斬りに対する、下からの籠手の斬り上げないし突きである。キッカケは「後方突き」と「隅返し」を久しぶりに抜いたときに、右脚に残る支点が、問題点であると気づき、その右脚を動かしながら、身体のまとまりが抜けることなく、左斜め後方からの相手に対し、剣の軌道と、身体の素早い移動に即したカラダの使い方が、何気なくおこなった際に「これだ!」と実感できた。名前はまだ決まってないが、今後の抜刀術稽古に取り入れる技のひとつとして確定した。

 もうひとつは『杖術』である。ブッ通しで動いていたときに、今までやっていたような動きの中に基本形になりそうな操法になっている運動に気がついたので下段からの打ち上げと突きを連続でおこなうため「逆車」(さかぐるま)と名付けた。操法としては「回し打ち」の変形である。円転系は、甲野先生の「水車」「裏車」があり、私自身としては、今回の「逆車」とは別に今年の春ごろによくやるようになった「風車」がある。これは、杖の動きにおけるツナギのような役目なので、カラダの使い方を練るというものより小手先の技術でおこなっているもの。やはり杖における質的転換は、脚足の使い方にあると私は思う。そしてこの連動した杖術における脚足の使い方は、カラダで感じるしかない。そのカラダとのコミュニケーションが感じられやすい日は、とにかく何時間でも動き続けていたい。そりゃ、体重が落ちるはずである・・・・・・


2013-06-29(Sat)
 

少しずつの継続

 7月の稽古日程が決まった。(先に記したブログにて)現在私自身が取り組んでいる稽古は、杖術、抜刀術、剣術、小太刀、などである。

 杖術はどのような方にもお勧めである。安価でケガのリスクも少なく、普段おこなわないカラダの使いかたが、新たにカラダを目覚めさせる感覚を覚えるだろう。手の先から、肘、肩、股関節、膝、足など全身を使っておこなうため、激しく動かなくともかなりの運動効果になるだろう。
 
 抜刀術はその人に合った技を特性を見ながら納刀も含めて伝えていければと思う。おそらく、初めて刀を持った方は稽古を積んでいくなかで、刀(鞘も含めて)に対する感覚が変わってくるだろう。間違いなく、そのカラダと刀との繋がった感覚は、今まで味わったことのない世界感がそこにあると思う。

 剣術は体術にダイレクトに繋がるカラダの使い方が養成される。腕力に頼らない体幹部の働かせ方と、そのための構造など。その他間合いや、さまざまに空間の中での状況に対するカラダの反応が稽古を積んでいくなかで自然と備わってくるだろう。

 小太刀は現在の稽古の中では、とくに脚足部の使い方を引き出すための稽古としておこなっている。同時にバランスと体幹部のまとまりも動きのなかで身についてくるだろう。


 簡単に説明したが、カラダの使い方としては、杖術、抜刀術、剣術、小太刀、全て繋がっていて、体術でも同様である。

 気がつけば深夜の3時を過ぎてしまった・・・時間があるようで無く、無いようであると感じる日々であるが、やり遂げようと予定していたものがなんだかんだで時間が掛かってしまい、結局いつもの深夜になってしまう。おそらく危機感によって予定をこなす本気度がちがうのだろう・・・・・・

 毎日少しずつということの重要性をあらためて感じる。継続するためには少しずつが故障のリスク無く、また新鮮に楽しめるのである。そしてその少しのバリエーションを幾つか確立させることも必要だ。そのためには、簡単であることが大事だろう。道場以外での日々の稽古は簡単に興味を持って継続できるものがいいと思う。

 左右の袈裟斬りに進展があった。左側の僧帽筋に負担が掛かっていたことから、体幹部の繋がりをあらためて検討し、構えが若干変更となった。これはいろんなことが繋がって現段階にいたっているのだが、体幹部のまとまりと、身体が移動しながら剣が振り下ろされること。そのエネルギーの負担が左肩に掛かることなく剣と身体がまとまってなければならないこと。そのためには、手ノ内の工夫や、脚足の使いかたにも工夫が必要であり、身体の実感を確認しながらおこなう剣の素振りは、抜刀術のようにいろいろ調整しながら初動にはいるため、現段階では直ぐに振り下ろすことが出来ない。

 ただ単にこういう感じの構えから、このような軌道でもって速く振るという稽古であれば、形を覚え、それなりの強さが出れば、出来るようになったということになるだろう。しかしそこからの進展は望みにくいし、あまり時間を費やしてやろうという気持ちにはなりにくい。身体のまとまりをどう取り扱うか、姿勢も含め、四肢の使いかた、重心など、細かい部分が一つの剣を振り下ろすという過程のなかに含まれている。左右の袈裟に斬り下ろす操法は、私自身のこだわりになってしまっているが、抜刀術とはまた違った、剣を振る(刀で斬る)身体の使いかたの核の部分を、この左右の袈裟斬りから見つけたいと思う。


2013-06-28(Fri)
 

2013年7月 武術稽古日程              (剣術・抜刀術・杖術・体術)

稽古見学、または参加希望の方はこちらのブログの【お問い合わせ】よりご連絡下さい。

7月1日(月) 16:30~ 高田馬場 


7月5日(金) 16:30~ 高田馬場


7月8日(月) 16:30~ 高田馬場


7月12日(金) 16:30~ 高田馬場


7月15日(月) 16:30~ 高田馬場


7月19日(金) 16:30~ 高田馬場


7月26日(金) 16:30~ 高田馬場


7月31日(水) 16:30~ 高田馬場


※稽古時間は都合の良い時間帯内(16:30~21:00の間)で構いません。もちろん最初から最後まででも結構です。前日までには希望日時をメールまたは、お問い合わせフォームよりお知らせください。

※稽古場所の詳細や稽古内容、稽古時間のご相談、稽古費用や道具類その他のご質問等につきましてはメールまたは、お問い合わせフォームよりお受けいたします。

※都合により日程が変更となる場合がありますので御了承下さい。


2013-06-28(Fri)
 

身体の強化

 興味ある稽古、詰めた稽古をすることが集中力の発揮とともに効果的であると思っているが、私の場合やり過ぎてしまい身体を壊しかけてしまうことがしばしばある。

 先月から、剣の素振りを超感覚的優先にシンプルなものとしておこなっているが、腕や肩にはまったく疲労はないのだが、特に僧帽筋が今までおこなったどんな運動よりも発達してくる。そのぶん休養を与えなければ首から肩甲骨にかけて、違和感が生じてくる。また腰や骨盤周りも硬くなってしまう。この剣の振りが間違っている可能性も考えられるが、捻りもなく極めてシンプルな身体の使いかたであると私は思う。しかし、重い木刀や真剣を用い、アソビなくロスなく始まり、アソビなくロスなく終えることを目指しているこの操法は、自身で感じている力感以上のものが身体に跳ね返ってきているのだと思う。筋肉からのサインを無視して、少しだけだからとついやってしまうのがいけないのだろう。しかし、体幹部に掛かってくるエネルギーは魅力的であり、カラダが追いついてない私は骨格がたびたびズレてしまう。そこが現在の悩みどころでもあるが、最近また別の部分でも強くしなければならない箇所とそれに適した剣の操法に気がついたので、自分の身体の状況を確認しながらローテーションでおこなわなければならない。故障しないでおこなうためには、やはりさまざまな稽古内容を取り入れ、こだわりをいかにコントロールするかにあるだろう。

 自分の身体についての欲求が、また変わり始めたように感じる。


2013-06-26(Wed)
 

その先への段取り

 一日、一日、何か予定をこなしているが、予定が発生し、それを確実に終わらせて次に進む。単純な出来事だが、ものごとが前に進んでいくということは、気持ちのいいものだ。停滞やマンネリを打破するために、より良くしてゆくために、一つ一つをすすめていくこと。それらの行動は自分自身に対する段取りなのだろう。

 予測されているもの、ただ漠然としているもの、生きていくなかでさまざまな刺激や情報や出会いなどがあり、それらに対する、段取りをつけるために日々考え、何が必要でどういう行動を起こすべきか、私自身考えてきたことである。

 しかし、最近は今の自分の環境や生活スタイルに対し保守的になっている面がある。それは、私自身がそうしたいからで、ずっとさまざまな環境で経験し進んできた中で、今がもっとも肉体的にも精神的にも余裕があるからで、現時点の実感ある日常を積み重ねることが重要であるからだと思う。

 ずっと好きなことをやって生きてきたが、今がいちばん自由にやりたいことをやっている時期なのかもしれない・・・・・・もちろんリスクがあったり、大変なこともたくさんあるが、前に進めることができるのは今の生き方でしかない。

 現時点で出会えている方々やこれから出会うことになるであろう方々とも、私の選んだ生き方で出会えることになった(なるであろう)わけであり、掛け替えのない存在であることは間違いない。そういう方々と出会えるための間接的な段取りを、一日一日の思考と行動の積み重ねが繋げていくのだろう。


2013-06-23(Sun)
 

絵画教室にて

 私の古くからの友人でもあるOさんが、今年小説でグランプリを獲得した。YAHOO!ニュースにも載ったから、聞いたときには驚きとともに嬉しかった。Oさんとは、10年ほど前に大阪でおこなわれたインディーズ映画のイベントで始めてお会いした。そのあと打ち上げで「ぢどり亭」という居酒屋で打ち上げとなり、初対面にもかかわらず、その場の流れでなぜだか二人で居酒屋から銭湯に行ったのである。

 あまり話らしい話をした記憶もないが、その時の場の印象は今でも強く思い出にのこっている。そして再び居酒屋に戻り、マスターの計らいで、座敷のテーブルをぜんぶ片付けそこに座布団を敷き詰めて、皆で朝まで雑魚寝をした思い出がある。確かOさんは新幹線の始発ぐらいで東京に戻るため、先に居酒屋を出て行ったと思う。あれからおよそ10年・・・・・・

 今日はOさんの奥様で画家のMさんの紹介により、神奈川県川崎市、南部線津田山駅から程近くにある絵画教室のモデルをやらせていただくことになった。4年前にも一度やらせてもらっていたが、今回は道着に袴で刀を持っておこなうため、私自身とても楽しみであった。

 クロッキー教室ということで、描写時間10分から、5分、3分、2分と短くなりそれぞれ時間毎に数セット角度を変えておこなう。合間に5分休憩を4回ほど挟みながら、ほぼブッ通しで時間厳守でおこなわれ、2時間の間に20ポーズ以上おこなった。これは非常に面白い経験であった。

 参加者のみなさん4人とも、描写時間が短くなっていくことで、気持ちとして追い込まれハッキリとした思い切りのいい線や構図になってくるのは興味深いところであった。とても2分で描いたとは思えない作品に正直おどろいてしまった。これは、武術稽古にも言えることで、安心感の中で慢心せず、状況設定をきびしく追い込んでいくことで、引き出されるものがある。

 私自身、モデルという意識より徐々に稽古モードとなり、数分間静止しているのだが、ふだんの稽古でここまで静止したまま、構えや動作の途中における身体とのコミュニケーションをはかったことはなかった。私も自分を追い込みたくなり納刀の際に刀を身体に引き付け右へ水平に保ち、切っ先が鯉口に5ミリほど入ったところで5分x2回おこなった。これは柄を右手で完全に握ってしまえば身体に引き付けることはおろか30秒ももたないだろう。そのほかにも腰を落とした中腰姿勢でのポーズや股関節を深く屈曲させるポーズなどにも取り組んだ。ふだんの剣術稽古では技の会得のために身体の使いかたを意識しているが、今回は「ピクリと動かないいつもの形」ということに着目してみた。だがじっさいには、身体の細かい部分が常に動いている、動かさざるを得ない感じがある。それはフラつかず身体を纏めるために、いろんな部分が調整しているからである。死体やマネキンのようにただ動かないだけだと、おそらく居合刀とはいえ真剣とほぼ同重量の刀を静止させるのは大変であろう。写真と違い、絵画の場合は人の手で描写していくので時間が掛かる。それはモデルさんにとって数分間静止出来る姿勢が限られてくることにもつながっている。だから今回はふだんの武術稽古が、モデルという数分間静止する身体の使い方にとても効果を発揮したのではないかと感じた。それはここ最近の「纏まりを作る構造と伝達ロスを無くす操法」を核に稽古を重ねてきたことも活きているだろう。


2013.6/16 絵画教室2013.6/16 絵画教室2013.6/16絵画教室


 みなさんに喜んでいただくことができ、私としてもこのような人に喜んでもらえる活動にはやりがいを感じる。声を掛けてくださったMさんとご主人のOさんに感謝したい。

 夕方からは、千葉県松戸市にある武道具屋に夏用の道着と袴を買いに行った。今日のモデルでは同店で3月に買った生地の厚い道着と袴を着ていたため、予想していた以上に汗をかいてしまった。これからの夏の稽古にも対応できるようにいろいろ調べていた。ついでにイスの木(ユスの木)の小太刀を発見したので合わせて購入。樫に比べ硬く、重いため、若干細身に作ってあるが、持った感じの感触が気に入ったので迷わず買ってしまった。これで脚足の稽古が重点的におこなえるだろう。

 長い一日であったが、次回も機会があればモデルをやってみたいと思う。人の出会いとそのつながりは予想もつかない。それだけに楽しく発展できる縁というのは大切にしなければならない。


2013-06-17(Mon)
 

夢の中での感覚

 二日続けて稽古している夢をみた。いままでにも何度かみているが、今回はリアルな生の感覚に近い夢であった。さまざまな先生方との稽古に贅沢な空間であった。夢のなかで「チョットやってみて」と言われた抜刀を、次回の研究稽古で試しにやってみようと思う。

 下緒を新しく取り替えた。栗型の部分でかなり擦り切れてきたので、お世話になっている武道具屋で黒の下緒を購入。仕入れたばかりだったらしいが、すでに黒は最後の一本だったので間に合って良かった。帰ってさっそく付け替えてみたが、やはり今までのものよりシッカリしている、実際に使ってみないと判らないが明日はとある場所にて絵のモデルをやるため確認してみよう。

 明日は、日付では今日になってしまったが、二度目となる絵のデッサン教室でのモデルをやらせていただくことになった。今回は道着に袴姿で刀を差しておこなうため、ポーズには困らないと思う。私としては、なにか発見がある時間になればと期待している。なににしても、初めての空間で武術を感じることは大切である。

 さて今夜はどんな夢をみるだろうか・・・・・・


2013-06-16(Sun)
 

バランスを考える

 バランスは大事であるとあらためて考える。大袈裟に言えば、人生の目的や情熱を掛けられるものに対する、そこから発生するバランスを上手く見極め、最優先課題を選択し、核となる目的のために、その時には遠回りと思われるようなことでも、確実に実証するためには必要であると思う。

 ポンポンポンと調子よくいった事柄には、帳尻を合わせられるかのように時間を掛けさせられるようなこともある。気づかずに進んでいくならば、バランスは変わってしまい、核となっていた目的が知らず知らずのうちに変わってしまうか、あるいは、周囲の環境に影響がでるのかもしれない。

 得るものに対するバランスと犠牲になるものに対するバランスをどのようにコントロールし、安易に一喜一憂することなく、その関係性は決して離れないものであり、目的という期待をもった以上、肉体的にも精神的にも、ある基準に対し、超えたり超えられなかったり、喜んだり落ち込んだり、逃れられない。

 だからこそ、全てはバランスによって調整がとれていることを理解すれば、出会いや別れ、身体の成長に関する進展や故障、過去の自分と現在の自分とを振り返ったときに、大なり小なりバランスをとりながら、ときに大胆に、ときに保守的に、選択と調整を重ねながら今日があるように思う。

 一流のミュージシャンが全て本当に作りたい作品づくりかどうかは解らないが、人間関係やしがらみなどを含めさまざまなバランスの中で楽曲を提供しているのは才能がある人ほど苦悩しているのかも知れない。

 情熱を掛けられる目的と、変化してゆく環境に、どのようにバランスをとりながら生きてゆくのか・・・・・・不安でもあり楽しみでもある。


2013-06-11(Tue)
 

捉え方次第

 今日は夕方ごろから、ようやく肉体的、精神的にエネルギーが湧いてきた。姿勢の影響か、食事の影響か、睡眠の影響か、なにか憑いていたものが取れたように普段の状態に活力が戻ってきた。

 霊感は強いほうではないと思うが、不思議な体験は幾度か経験している。子供のころはとにかく怖がりだったが、ここ数年は怖いという感覚が消えているように感じる。武術に関わるようになり、不思議な体験や感覚というものが、知らないものに対する怖さ、怯えより、知らないものに対する意味を知りたくなるからで、いろんな事柄において、全体を知ることで、遭遇した出来事の見え方感じ方の受け止め方が変わってくると思う。

 なかなか自分でも出来ることではないが、日常のさまざまな身に起こる出来事について、その捉え方しだいで、健康にも不健康にもつながり、その波紋は周囲に広がってゆく。むずかしいことだが、全体を知り人が思う不安から起こる自然な言動に対し、その場の環境に合わせながらも、乱されずに理解できる心でありたい。

 しかし、一日、一日と、日々、大なり小なり変化がおとずれてくる。明日はどうなるか予想もつかないが、それぞれの人生があって、それぞれのタイミングがあって、その重なり合いから、なにかが起こりうる。わからないから不安であるし、わからないから生きてゆける。きっとそんなことのくり返しなのだろう。


2013-06-09(Sun)
 

姿勢の大切さ

 ようやく首から腰にかけての傷みと違和感がとれてきた。そもそもの原因は首を下げた状態にて木刀を振ったことによる衝撃からであった。

 重い木刀で振り下ろすだけの稽古だが、身体のさまざまなところを調整しながらおこなっているため、抜刀術のような集中力を要する。もちろん軽い木刀でもおこなっているし、真剣でも同じようにおこなっているが、重い木刀の末端を持って、起こりを消し、詰まり無く、ブレずに先端が止まるのは、地味であるが身体に跳ね返ってくるエネルギーは、実感として、ただ激しく何百回も連続でおこなうものより強く、また密度が濃いぶん、数十回で充分でありそれ以上は集中が持たない。これは、体幹の強さとまとまりを、操法の精度が上がるにつれ、確認し高めることが出来ると思っている。現時点で感じていることは、姿勢は真っ直ぐに(この真っ直ぐというのが難しいのだが)初動は最適な加減で、真っ直ぐに終える。この意識があるだけで実感も変わってくると思う。

 今回、首と腰を痛めてみて、あらためて姿勢というものを考える良い機会となった。それまではいろいろ試していたのだが、ひとつ気づいた点は、背中が弛んでいる事が重要だということ。痛めたからこそ、気持ちのいい位置、腹の収縮や膨張が、背中に緊張をあたえること、骨盤が立ち、背中が気持ちよく弛む位置に僅かに動かして作ると、自然と腹が安定してくる感じがある。

 僅かなことが大きく変わることもあり、その僅かが積み重なって、出来なかったことが出来る様になる。さらにその先に向かって僅かなことを探しにゆく・・・・・・
 上手くいったりいかなかったり、よけいな期待は己の心に跳ね返ってくる。自分と向き合い、自分なりの答えを求めて、いろいろな状況を進んでいくしかない。


2013-06-07(Fri)
 

故郷へ

 2008年10月以来、5年ちかく実家に帰ることを忘れていた。2年前に京都で親戚の結婚式の際に家族と顔を合わせてはいたが、そのせいか実家に帰るのがズルズルと延びていた。

 実家は、福岡県北九州市にある門司港という海と山に挟まれた坂の多い地域である。私の家は門司港駅から2㎞ほど山を上がった途中にある。当時18歳まで住んでいた頃は、まだよく外の世界を知らないため、田舎の山中に住んでいる実感があまりなかったのだが、数年前にインターネットのグーグルマップにある航空写真で上から見ると、緑で囲まれた山中に曲がりくねった道が一本しかなく、これを見た時は衝撃を受けてしまった・・・・・・

 要するに私は、福岡県出身でありながら福岡市中心部や博多もほとんど知らない田舎育ちの世間知らずである。そんな私が現在、東京都世田谷区に住んで9年目になる。それまでは、広島県福山市に6年、大阪府大阪市旭区に1年8ヶ月、埼玉県所沢市に3年8ヶ月住んできた。実家を離れて20年が過ぎ、ひとりで住んでいる時間のほうが長くなってしまった。それぞれの土地に想い出があり、仲間がいて、お世話になった方々がいる。そのなかでもやはり、私が育てられた実家のある門司はとくべつである。

 現在は両親が2人で暮らしているが、かつては両親と両方の祖父母4人に姉2人と私を含めた合計9人で暮らしていた。ひとり暮らしが長くなって今の生活スタイルが当たり前になり、家での食事は健康管理の手段としての時間に割り切っているが、あの頃は毎日にぎやかに、笑ったり泣いたり喧嘩したりしながら、家族全員で食事をとっていた。今では考えられないがそういう毎日が当たり前だった。両親が共働きであったため、祖父母に可愛がられていた記憶は今でも覚えている。だから今でもたまに見る夢には、当時のにぎやかなころの夢を見てしまう。私の心にある実家の想い出はここで止まっていた・・・・・・

 「このままでは絶対に悔いが残る!」と焦りのようなものを感じ、格安の航空チケットを探し日程の調整をつけ、先日の5/26~5/29の間故郷へ帰省したのだ。この帰省にあたっての目的は、実家の想い出と両親との想い出を、心に刻むことである。

 26日に羽田空港から飛行機で福岡空港に着き、そこから高速バスにて、小倉駅に向かい、電車に乗り換え、終点門司港駅に向かう。門司港に着くと、偶然にも『門司みなと祭り』がおこなわれていた。子供のころ、毎年楽しみにしていたお祭りである。よく遊びに行き老松公園にたくさん出ている露天商のクジだのゲームだの夢中になって遊んでいた記憶が蘇る。

 飛行機や高速バスに揺られ疲れた足どりで少し寄り道をして祭りを眺めていると、田舎の少ない人ごみの中で一瞬、懐かしいような顔の人と目が合いすれ違った。もう一度視線を向けると、相手のほうから名前を呼ばれ、小、中学校で同級生のYさんという女性であることに気がついた。大人になって初めて会話をしたのだが、地元から全く出たことが無いというYさんの雰囲気に、ずっとこの土地での時間が続いているということを、会話や表情、フトした反応から伺い知ることができ、なんと言っていいのか、自分自身を今まで否定したり肯定したり自問自答してきたが、その生まれた土地が、環境が、人々の不安、不安から沸き起こる感情、それによる言動へと、自然とその土地の、その環境の人間らしくなりゆくのではないかということが、これは今回の帰省の最後に気づいたのであるが、この時は、その気づきのキッカケのようなものを感じていた。Yさんとの挨拶を済ませ、ゆっくり歩いて実家のある山のほうに向かった。

 クルマで迎えに来てもらえばアッという間なのだが、約5年ぶりとなる町の変化を見ながら歩いて帰るほうがおもしろい。それにしても、港の辺りは観光地として、ささやかなる開発がおこなわれているが、私の家に向かうにつれ、なにも変わらない寂しい装いの町となる。しかし、想い出の記憶が今も現実にその場所に存在するというのは嬉しいものである。だが残念なことに、私が通った小学校や中学校はもう存在していない。多くの人間が就職や進学などで離れて行ってしまい、新天地で次の人生を歩み出す。私もその中のひとりであるが、結果として地元で生まれる子供は減少し、そのため学校は合併したり移転したりしている。さらには今年になって近所の高校も無くなった。勉強嫌いであった私には別次元の人種と思えるほど非常に学力の高い高校であった。一転して夜からは定時制高校となり、さらに別次元の人たちが改造したバイクやクルマでやってくる。そんな日常の光景を見ることももう無く、部活や授業で家の前の山道を走っていた生徒たちももう無く、グラウンドは静かで、吹奏楽部の演奏も聞こえず、校舎は朽ちていた。

 それにしても、家のほうに向かうにつれ道を歩いている人がいない。以前から少なかったが、日曜日の午後だというのに少なすぎる・・・・・・たまに通るクルマとすれ違うたびに、「あの人はどこの誰だろう?」と思われている気がしてくる。しかし、山の全体的な雰囲気は変わらないとあらためて感じた。人や建物は昔の記憶と変わってくるが、地元の山周辺はおそらく変わってないように感じる。観光地にもならず、人も来ず、人の手があまり入ってないため、なんの魅力もないところだが、そのように、自然にほっとかれることで、記憶の中に変わらない安心感を保たせてくれるのは本来の魅力なのかもしれない。

 変わらない山道を歩き、ようやく5年ちかく帰らなかった実家の前に着く。32段の急階段を試してみたかった『虎拉ぎ』で掛け上がり玄関を開けた。両親に挨拶し、日没前に3人で墓参りに向かった。不思議なもので、故郷の言葉は今ではどうだったか考えなければなかなか話せなくなったのだが、不思議と勝手にスイッチが切り替わったかのように、門司の言葉になっていた。それは、イントネーションや単語というものだけではなく、テンションや、間が勝手に調整され気持ちや感情が音として口から発せられるような感じである。

 翌27日は、関門海峡を歩いて山口県下関市に行こうと、ひとりで和布刈(めかり)から『人道トンネル』を歩いた。子供のころ遠足などで何度か渡った記憶があるが、もしかしたらもう無くなっているかもしれないと思ったりもしていた。数十年ぶりに門司の和布刈からエレベーターにて海の下45m~51mまで下り、そこから直線(780m)を歩いて下関まで渡った。子供のころの記憶では、トンネル内はもっと広く距離も長く感じられたのだが、細く短いトンネルで、人道の上にある関門トンネルを走行している自動車の音が響き渡っている。当時はこの音が、乗用車やトラックの走行音だと気づかず、(知っていたのかもしれないが)この響き渡る音がなんとも不気味に感じた。

 人道トンネルから地上に上がり、エレベーターから降りて直ぐの場所で、紙芝居にて『高杉晋作物語』が上演されていた。すぐ近くの海沿いの公園には、幕末に外国船を砲撃していた砲台のレプリカが数門並んで設置されていた。巌流島も見える関門海峡で、帰省してみてさまざまな思いでその激しい潮の流れに見入ってしまった。おそらく土地柄交通の要であったため、歴史のなかでさまざまな出来事がこの場所にはまだまだたくさん記されているのだろうと思う。

 平年より10日早く梅雨入り宣言があったこの日はあいにくの雨、そして台風並みの強風であり、目的もないまま下関の国道9号線沿いを歩いていた。あのころは、門司港の岸壁から下関をよく眺めていたので、その地を自分の足で歩いてみたかった。ここでも歩いている人に出会うのはほんの数人である。それにしても風が強すぎる。大きな交差点では、風の通りがよくなるため、本当に飛ばされるのではないかと思うほど、強風に襲われた。ジャンプすればかなり移動していただろう。武術稽古でおこなっている離陸を掛けた状態で突風の連続をしのぐ。潮の流れを船舶に知らせる電光掲示板では、潮の流れは9ノットを示していた。徒歩で行ける場所は知れていたので、幾つかの神社に参拝し帰路に向かった。

 家に戻り、両親と共にのんびりと過ごした。3人でご飯を食べテレビを見て話をし、こんな当たり前のような時間が今の私にはもっとも重要な気がしていた。雨が止むと外ではウグイスなどの野鳥やいろんな虫達の鳴き声がよく聞こえてくる。風の音や、それに伴う草木の揺れる音、以前は全く気にしていなかったが、自然の中にいる感じがする。都内に住み、狭い空間に他人がひしめき合って住んでいる環境に慣れていたせいもあり、家族9人で住むように作られた家が、今では2人となってしまい、私が来て3人になっても、この自然から受ける不安や寂しさというものは、私の知っている友人、私の知っている近所の人々、私の知っている家族を育ててきたように思う。それは、このときに両親との会話の中でのある言葉がそのときの空気間とともに、その言葉の意味とは関係なく、全体として過去も含め大きな実感的解釈となって心に突き刺さったのである。この瞬間に私は込み上げてくるものを抑えるのに苦労した。この重要なことに気づけたのは、私が武術に出会い稽古を続けていくなかで、学び感じ取るものが武術のみに限らず、全体を通じ、環境や人に対しての実感感覚も変わってきたからなのかもしれない。武術稽古をなんのためにするのかという、自分のなかにあるさまざまな問い掛けがあるが、そのひとつとして、身体を通じての実感感覚は、味覚に例えると、美味しいものは理由無く美味しいように、理由があって結論付けた結果これは美味しいものだ。というものではない。美味しいから美味しいのであって、それは人間が原始的に感じる能力であり、理由はなぜ美味しかったのかという後付けになるものだろう。そういった実感感覚を養うことが、武術稽古では必要であり、その感覚はさまざまに共通性をもつものであると思う。生きていく上で重要なことや、自然の恵みを与えられながら育つということ、人が人らしくあるという姿を、両親から気づかされ、その感動が消えず帰りの飛行機の中では羽田に着くまで上を向いたまま目を開けることができなかった。

 今回の3泊4日の帰省は、計画を立てず自然に任せた日々で過ごしたが、得るものは大きかった。大まかな予定はあっても、細かい部分はその場に任せる(土壇場まで無計画ということでなく、流れに乗じて固執せず、機を逃さないために)ということは、対処法や抽出法としては、余計なイメージや思考にジャマされず、起こった現象を受け止め処理し、良いものに変換する、判断力や決断力、それらを含めたセンスが育てられるように思う。もちろん失敗することも多いと思うが、上手くいったときの成長度や吸収率は違ってくるだろう。今後も武術稽古に精進し、1年以内にはまた帰省したいと思う。


2013-06-02(Sun)
 
プロフィール

金山孝之


     金山 孝之
  Takayuki Kanayama


松聲館 剣術技法研究員

金山剣術稽古会主宰

Gold Castle
殺陣&剣術スクール主宰

高齢者のための剣術教室
クラーチ剣術教室講師


――――――――――――――

1975年生まれ
福岡県 北九州市出身
東京都 世田谷区在住

1999年
映画監督中田秀夫氏との出会いにより俳優デビュー。他分野では、マンダムのモデルや舞台のプロデュース公演などの活動をおこなってきた。

2006年
小林照子先生とのご縁から  『 からだ化粧 』のモデルを務める。

2009年
武術の道を志しそれまでの活動を一新し武術稽古と研究に励む。

2011年
武術研究家甲野善紀先生に師事し身体の使い方を研究しながら、『 抜刀術 』『 剣術 』『 杖術 』『 体術 』などの稽古と研究に取り組んでいる。また、先生の書籍、番組撮影、記録映像、その他演武等における打太刀や受けを務めている。

2013年
刀と身体操作の技術向上を目指し裾野を広げるべく
『 Gold Castle 殺陣&剣術スクール 』を立ち上げる。

2014年
甲野善紀先生より
『 松聲館 剣術技法研究員 』という名称を頂き、自身の経験を活かした指導法を各道場等でおこなっている。
 
高齢者向け住宅にて
『 高齢者のための剣術教室 』をおこなっている。

日信工業株式会社の製品『 SAMURAI BRAKE 』のプロモーション活動をおこなっている

2015年
『 金山剣術稽古会 』を立ち上げ、現代における武術稽古の必要性を、身体と心で学べる場として活動している。

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