武道具屋と居合刀の縁

 昨日はとある場所にてさまざまな稽古をおこなった。もっともおこなったのは手裏剣の稽古だ。多種多様な手裏剣を使えたので良い経験になった。

 まずは、八角の棒手裏剣、そして十字手裏剣、それからさまざまな長さの棒手裏剣や、箸で作った手裏剣に竹串の手裏剣(?) こちらの道場は、さすがに手裏剣稽古がしやすい。

 たまたま、テレビの取材の方々も来られており、手裏剣に、体術に、抜刀術、総合系のキックやパンチに、ボクシングのパンチの稽古、さらには関節技や私からの希望で、頚動脈の締め技をいくつか指導していただく。

 思い出すだけでも熱が入ってくるような、あらゆる稽古であった。それゆえに、昨日は不慮の事故で置いておいた私の刀の鞘が割れてしまった。不思議なもので、まったく気にならなかった。上座に置いておいたのだが、どうにも刀が私の身代わりになってくれたように思える。振り返ってみると、初めての稽古場で、私自身、気持ちと行動にたいへん隙があったように思う。空間と環境の情報にまだ身体と脳が適応出来ていないのに、飛ばしすぎていたことは確かであった。

 人間の適応能力は凄く優秀で、普通に歩くのも普通に階段を上り下りできるのも、足と地面との距離感を脳が判断し、丁度良い衝撃吸収ができるように計算されている。誰でも経験あると思うが、あと一段を予測し間違えて、上ったり、下りたりした際にガクンとなったことを経験したと思う。また、自動車の運転においても、慣れてくると前後左右の車幅感覚がつかめてくる。だから、いつも暮らしている空間での感覚というのは凄く研ぎ澄まされているのだと思う。

 過去に、お芝居で目の見えない人物の役を演じなければならないことがあり、まず、目が見えない状況を経験するために、目隠しをして家の中で一時間ばかり過ごしてみた。最初は、前に手を出し、そろりそろりと身動きしていたのだが、慣れてくると普段と変わらない動きになり落ち着いてくる。まぁ、狭い空間で安全な場所ということもあるが。

 このように、人間には空間に適応する能力が自然に備わっており、まだその把握が出来ていない内に追い込むことをおこなうのは事故になりかねない。

 だからこそ、昨日は刀が私や周囲の方々を事故から守ってくれたのではないかと思っている。じつは、10月27日に刀を購入してちょうど一ヶ月目であった。

 そして本日、購入した武道具屋に向かったのである。

 鞘を見てもらったところ、「これでしたら鞘を買われたほうがお安く済むかと思います。」と言われ、店内にある鞘を一本一本取り出して合わせていただいた。

 何本か合わせてみるが、長さや反りの具合でなかなか納まる鞘が無い・・・・・・

 10本ちかく合わせてもらい諦めかけていた時に、「おや?」というような店の方の反応があり、渡していただいたところ、これが見事ピタリと合致!石目の鞘だが、これはこれで好きだ。価格も、壊れた理由を話したせいなのか、非常に良心的なお値段にさせていただいたと思う。こちらの武道具屋さんは、人によってはさまざまに感じられているところのようだが、私にとっては縁があるのか、購入したときもそうだし、今回の鞘のときも、非常によくしていただいている。そしてなにより、私の細かいところを非常に観察されていると感じる。この目利きというか、直感のようなものを、会話やちょっとした扱いの中で感じてしまう。縁あって手にした私の刀だが、抜刀の稽古にさらなる研究と、追い込みをかけて、次の刀を手にするまで使い込みたい。

 諦めていた割れた鞘だが、自分で修理したところ綺麗に直ってしまった。だから、この黒呂塗の鞘で再び稽古しよう。

 しかし、刀が欲しくなる。次は二尺五寸~二尺六寸あたりがどうだろうか。


2012-11-28(Wed)
 

指一本の違いから

 5時間稽古をおこない、体重が2㎏落ち身体の芯まで疲労が蓄積したが、大きな進展があったので心地良い気分だ。

 しかも朝から食事らしいものいは食べてない。重要なことは内部の充実かもしれない。

 今日は抜刀術で大きな進展があった。「巴」という抜刀にて、指一本の変化から、初動への手順が組み変わり、結果、初動から斬り終わりまで、今までにないまとまりと速さを実感した。再現性も確認し、鳥肌が出るほどの感動があった。そのキッカケから、「潜龍出池」や「一の祓い」「懐突き」など今までいかに詰まっていたかが感じられた。

 この指一本の変化は、特に左手であるが、体術においてさまざまな指の形から働きに効果があるのを実感できるようになり、最近左手の小指の付け根辺りの可動域が変わってきたのを感じていた。そして手の形から身体に感じる感覚は、右手よりも左手の方が感じやすくなっている。

 剣術においても、体の芯で斬る場合、この「芯の斬り」において左手の充実と、その信頼性からなる右手の操作が、「起こり」というものに対し不思議な体感を、得ることができる。

 あまりの発見と実戦での効果に、ドーパミンが大量放出し、長時間の稽古となってしまった。おかげで私自身の身体の芯が心配である。

 しかし、抜刀術においてこれからもいろいろと細かい部分の気づきから、進展していくと思う。「向かえ身」「体幹部のまとまり」「初動から最後までの一連の流れ」このあたりは、判断基準になっている。それに伴ってくる、手の内、脚部の使い方、そして心の問題もあるだろう。

 だが、このような進展のある一日があると、まるで帳尻を合わせられるかのように、足を引っ張られることも起きうるかもしれない。しかし、武術稽古において、このような一日を実感出来ることは、さまざまなことを予測したとしても掛け替えのないものである。


2012-11-24(Sat)
 

類は友を呼ぶ

 ふしぎなもので、自分が行動を起こしたり環境を変えたりすると、偶然の出会いが訪れることがある。

 ひとの出会いはいろんなことの偶然が重なって起こりうるのか・・・・・・
 
 あるいは、初めからそのように決まっていて、それまでの過程がそれぞれ自由に選択されているのだろうか・・・・・・

 だけど、そのような出会いを経験すると、「あぁ、自分の選んだ道のりはこれでいいんんだ。」と確信できる。

 私の道のりは、武道、武術の縁から離れられないように思う。もちろんそれに関わってくる人々は多くいるだろうが、その中でも私にとっての「類」が武道、武術を通じて近い仲間と共に歩んでいけることが幸せであり、私自身の成長に繋がると思う。

 現在は、体のメンテナンスと、研究稽古、研究整理をおこなっている。以前のように、月に20日以上のさまざまな稽古は辞めたが、いつからか、自分の中に進展する可能性のイメージが持てるようになってきた。おそらく、身体の使い方による、核の部分がおぼろげながらも生まれており、そこからさまざまに、理論のみでなく実戦するものとして研究出来るシステムが組みあがりつつある。こうしている間にも、自分や自分の周囲がなにやら、どこで出会うものか解らないが、ある関係性が時空の狭間で蠢いているような気もしている。


2012-11-23(Fri)
 

塵も積もれば・・・・・・

 先に進む前に、道順のルート確認作業が必要なため、これまでの武術などに関わるデータや記録を整理中。

 こういうときにPCというものは便利だと改めて思う。世の中は携帯電話から携帯PCに変化してきている。私はいまだにスマートフォンすら持っていない。気がつけば、頑固なアナログ派になっている。便利なものには必ず副作用があると思うので、そこの部分も含めて、慎重にならざるを得ない。

 シンガーソングライターの才能と感性は凄いと思う。ある大物ミュージシャンの昔の製作過程の映像を見たことがある。大雑把に言えば、浮かんできた詩やメロディを、メモやレコーダーに時と場所を選ばず記録し、その集められたパズルを組み合わせて、一つの作品に仕上げる。素晴らしい曲でもキッカケは鼻歌であったり、全く違うイメージのリズムで取り掛かったものが、ガラリと変わったり・・・・・・

 まるで、最初っからその曲が完成されていたかのように感じるほど、キッカケから完成までの道順がイメージ出来ない。もちろんその分野ではド素人なので、分かる訳もないが、自分と全く違う分野における共通点というものには気になるところがあるし、一流の方から学ぶべき手法は学ぶべきであろう。

 その瞬間を逃さないこと。

 それらを集め整理し、一つのモノを生み出す努力が必要だろう。

 自分の中にある核というものを磨き、常に点検整理し続けていかなければならないと思う。

 長く第一線で活躍されている方は、才能を活かした努力を常に怠らない。

 何の世界においても「職人技」には惹かれるものがある。


2012-11-20(Tue)
 

能と脳

 昨日は【能の所作を考える】という題目のシンポジウムに甲野先生の受けとして参加。一昨日の雨から一転してカラっとした秋晴れ。それだけに、法政大学市ヶ谷キャンパスに聳え立つボアソナード・タワー26階スカイホールからの眺めは、素晴らしいものだった。

 「能」も「武術」も歴史があり、伝えてゆくもの。能の世界の方、歌舞伎の世界の方、日本海外を問わず、現代に伝えるべく研究されているということを生の空間で感じ取れることができたのはとてもよい経験であった。

 伝統を伝承するなかで、能や歌舞伎そして武術においても、さまざまに考えていかなければならない問題があり、私などがそのことについて語れるようなものは何も持ち合わせていないが、感じたことは、私自身武術について、身体の働き、脳の働き、心の働き、それらはすべて脳の働きなのかも知れないが、敢えて感覚的に分離して、「知覚」の作用を引き出したい。そして身体からだけでなく、さまざまなところから武術についてもっと研究したいという意欲が湧いてきた。昨日の一日は私にとって、半年分以上の価値ある一日であった。


2012-11-19(Mon)
 

「能の所作を考える」

 お知らせいたします。
 
 野上記念法政大学能楽研究所 創立60周年記念シンポジウム
 【能の所作を考える】-通低するもの・際だつもの-

 11月18日(日)10時~17時30分
 法政大学市谷キャンパス ボアソナード・タワー26階スカイホールにて 入場料無料
 (定員100名)申し込み不要

 

 11:05~11:50の予定で甲野善紀先生が講演されます。私もこちらにアシスタントとして参加いたします。
 能の所作と武術における身体運用の接点など、興味深いところです。

 ご都合よろしければぜひ御参加下さい。


2012-11-16(Fri)
 

一人稽古の方法

 本日はダブルヘッダーでの稽古の一日であった。まず、一人稽古である。自分に使える時間がたっぷりあるのだが、実は非常にむずかしい。

 ただこなす稽古であれば悩む必要はないのだろうが、それでは進展するための稽古にならない。それがなぜなのか今日深夜に人と電話で話していてフト気づいたことがある。

 人を指導していたり共に稽古している時には、常に意識が途切れることなく変化しながらも継続している。つまり「隙が無い状態」である。これが一人稽古となると、自分のやっている技のことのみに集中が奪われ結果として、気持ちが継続出来ず発見を得ることがむずかしい。

 どこに意識を集中させ、さらに全体を通じて隙を作らないことが、何かを生み出す要因に関係してくると思う。

 それは道場に入った瞬間から、道場を出るまで途切れさせてはならない、その間の「一挙手一投足」が重要であり、その意識が気づきを引き寄せることに繋がると思う。それが一人稽古で得ることが出来る重要なテーマでもあり、実はその部分が、演武であったり、芝居であったり、どのような状況下でも受け入れることが可能になるのだろう。だから、対人稽古と一人稽古は、全く質の違った稽古だということなのだ。どちらも重要だが、一人稽古のレベルがこれ程低いと感じた自分自身に愕然としたのだ。しかし、このようなことに気がついたことは、それなりに効果があったということだろう。悪い部分を出しつくし、そこから一つ一つ上がって行くのが順序というものだろう。武術稽古は生涯やるだろう。どこまでいけるか想像もつかないが、武術稽古に対する自分自身の考えと空間は、繊細で重要な問題であるから、技術も含め、その環境作りも、武術稽古が生涯夢中でいられるように、自分で作り上げていかなければならない。

 夜は、とある場所にて最先端な武術における身体技法を学ぶ稽古であった。私自身大袈裟でなく、今東京に住んでいる一番のモチベーションは、この空間のためなのかも知れない。逆に言えば、私の人生の全ての繋がりが今ここにあるのかも知れない。

 今やれることは、現在の身体感覚を通じて、もっと「剣術」や「抜刀術」の技術の次元を上げたいということだ。私の人生の時間は、今ここでこの時を重要にしなければならないと感じている。そしてそれは、自分のチカラでやらなければ意味が無いということも分かっている。それにはさまざまなことがあったが、運命の流れとは時に強引な気もする。

 満足出来ないさまざまな事柄に不安と焦りは常にあるが、考えてみれば、満足して日々をこなしている人間はいるのかなと考えると、それはほとんどいないだろう。それは別に悪いことでもなんでもない、だけど、会社や人によっては、息もさせないほど追い込むだろう。あるブラック企業の経営方針ではないが、余計なことを考えさせる余地もなくすために、会社の利益と関係の無い仕事を次から次に与えさせるやりかただ。こういった方針や、そういうタイプの人間の影響が少なからず、年間の自殺者や病気退職者その他犯罪など、尋常ではない数に影響しているであろう。とても正しいやり方ではない。

 自己の利益や満足のために、心の貧しい生き方をしてはあまりにも寂しい。


2012-11-14(Wed)
 

過去より未来へ

 さすがに深夜は寒くなってきた。この前まで、暑さの中で武術稽古していたのが信じられないくらい時の経つのは早い。

 こどもの頃、1学期とか2学期とか長く感じたものだ。もっと季節も長く感じたし、1年というのは長いものだった。今思えば、中学や高校での入学してから卒業までの3年間というのは、大人になってからの3年とはまったく違う。もちろん体も成長し続けているし、毎日が知らないことを経験していく日常だからだろうか。振り返る過去もまだ僅かだ。

 これから歳をとるにつれさらに早く感じるだろう。そうなってくると、季節の変化や、時代の移り変わり、環境の変化、行動パターンの変化など、敏感に感じ取れるようになるのだろう。しかしそういったさまざまな変化に対しても、「変わらないもの」があるだろう。

 こどもの頃、想像していた大人のイメージ。大人になった今、こどもの頃の自分に会えたなら現状と今後についてどんなふうに語りあえるだろうか。

 「世の中の現実をもっともらしく語り、大人とはこういうものだと、希望の芽を摘むような世渡りの法を伝えるのだろうか。」

 「叶わないかもしれないし、苦労するかもしれないが、希望と情熱をもち続け夢に向かって精一杯生きろと伝えるのだろうか。」

 皆が同じように時間を過ごし、皆が同じ制服を着て、不安と楽しさと希望に満ち溢れていたあの頃の自分はどう受け止めていたのだろう・・・・・・

 おそらく、何を聞いても理解出来なかっただろう。そしてあっという間に現在になるのだろう。

 もし、20年後の自分が、突然あらわれて「○○○を大事に生きろ!」などと言われたらどう受け止められるだろうか・・・・・・

 その○○○が解らないのだが、良いことは早く知っておいたほうがいいのは当然である。しかしそれに対して、心が成熟しているかということも重要である。

 過去を振り返り後悔するより、未来に対し現状をどう乗り越えていくのか。益々スピードアップしてゆく日々に取り残されないように、時の流れに負けないように、未来の自分に「ありがとう。」と言われるような生き方を私は選びたい。



2012-11-13(Tue)
 

たいせつな時間

 外に出て仕事やさまざまに活動していると、なかなか自分の時間を確保するというのは大変なものである。人は皆とまでは言わないが自分に優先となる環境を作ろうとする。それは、会社など組織においてもそうだろう。そしてもっともその被害をこうむるのは、決まって現場の人間であったり、立場の弱い人間達だ。だが、狡猾に正論で追い詰められると己の全てを捨てる覚悟をもって望まなければ、自分の存在は抹殺されてしまう・・・・・・

 過激な出だしで書いてしまったが、誰しも自分が損をしたくないので、その中で最も弱い環境、弱い人間(忠実な人間)が誰かの得のために労働しなくてはならない。自分に厳しく他人に優しいひとには、ほっといても人が集まるだろう。しかしその逆となると、「そして誰もいなくなった」ということになりかねない。

 何かのために闘わなくてはならないことがある。それは、大切な人のためや、自分の目標や、正義のためだったり。そのためには自分にとっての最大の武器を身につけなければならない。闘わずして負けないためにも、自分のため、守るものへのために身につけなければならないことがある。

 さいきん下瞼の痙攣が治らなかったので、ストレスとビタミン不足が続いていたのだと思う。そんな訳で今日は気分転換も兼ねて、2ヶ月振りに髪を切りに行って来た。

 雨の南青山を歩き8~9年通っているサロンでいつもの担当のSさんに切っていただいた。偶然にも、着ていたセーターが赤黒のボーダー柄でかぶっていたため2人して笑ってしまった。広い店内で、赤黒のボーダーが赤黒のボーダーをカットしている様は滑稽だ・・・・・・

 髪は肌の一部だと昔読んだ本に書いてあった。だとすれば、ある種老廃物を取り除いているのかも知れない。以前担当のSさんに、髪を切ると精神的にもいい影響があると聞いたことがあった。おかげで瞼の痙攣も治まり肌荒れも治った。やはりこういった自分にとっての時間が大切だ。

 今年一杯は自分にとっての時間が必要になってくる。その間に、いろいろなことを整理し、どのような状況にも即座に対応できる環境にもっていかなければならない。それらがキッチリ片付けば来年は頭から全開で飛ばしていくのみだ。


2012-11-11(Sun)
 

つながりと分岐

 高校時代にボクシング部に入った。私立の工業高校で各中学校の番長クラスが集まる高校であった。緑色の学ランなので、ひと目でどこの高校か分かる目立つ制服であった。

 私自身別に、不良でもなんでもなかったのだが、ただボクシングがやりたい一心でその高校に入ったのだった。今思えば、なんの知識も腕に自信もなかったのに、よくそんな決断をしたものだと思う。

 当時のちに世界チャンピオンになった鬼塚選手が、まだ日本ランキングに入ったぐらいだったかと思う。だけど4歳年上でカリスマ性と勢いのあった鬼塚選手の卒業した高校でボクシングがやれるということだけで当時は希望に満ち溢れていた。

 さすがに入部したての頃は、腕に自身のありそうな面構えの者達20数人が集まってきた。だが、そんなことよりもリング上でシャドーボクシングしている2年生、3年生の存在感に圧倒された。その技術と精神力に、中学を卒業して入学したばかりの当時の自分には、こんな世界があるのかと衝撃を受けたのであった・・・・・・
 日常の目線で判断しているものと、少し特殊な深い部分に目を向けてみて判断するものとでは、評価の仕方がずいぶん違ってくる。

 腕に自信はなかったが、努力すれば強くなることを身体で実感していたので誰よりも練習したつもりだ。おかげで高校の頃の想い出は、ボクシング部以外にほとんど記憶がない。今でもたまに部室で練習している夢を見てしまうことがある。もう20年程経ってしまったというのに、潜在意識の中にすりこまれているのだろう。

 高校2年の時に九州大会モスキート級で2位となった。モスキート級はアマチュアボクシングでは最も軽いクラスで45㎏以下の体重で戦わなければならない。当時の体重は今とほとんど変わらない55㎏だったので、10㎏の減量であった。よく、なぜそんなに減量するの?と質問されるが、同じ高校の先輩や後輩とダブらない階級の選択のためと、一番は自分自身チャレンジしてみたかったのだろう。

 高校3年になり部の主将となった。入部当時20数人いた1年生は3年生になると私を入れて2人となってしまった。もう1人は小学校と中学校が同じ近所のI君で、彼はヘビー級でインターハイで優勝している。今にして思えば、3年になって、残った同学年が近所のI君で、最も軽い階級と最も重たい階級というのも不思議なものだ。高校に入る前に、同じく別の公立の工業高校を受験した訳だが、私の場合もうボクシングをやると決めていたので、親の為に一応受験したもののまったくやる気のない試験だったため、案の定落ちたわけで一安心した。しかし、同じ高校を受験したI君はとても残念そうにしていた。彼にしてみれば、高校に入ってボクシングをやるという選択肢はそれまでなかったのだろう。しかし、高校2年でインターハイ3位、3年で優勝という大きなリベンジを果たした。

 話を現在にすると、私は今武術の道を選択して生きている。ボクシングを辞めてかなりの年月が経つが、その事実はずっと私から離れていかないのだということを感じる時がある。それは、ボクシングで身体に染み付いた感覚もあるが、もっと違うところにある。
 一つ目は、何の知識も自身も実力もないのに、腕っぷしに自信がある者達が集まる高校でボクシングをやろうと決めたこと。
 二つ目は、10㎏の過酷な減量の道を選択したこと。例えば75㎏が65㎏と55㎏が45㎏では同じ10㎏でも過酷さが違ってくる。
 三つ目は、緑色の制服で街を歩き電車に乗り、部の主将でもあり、その負けられない、引けないという緊張感は、現在にしてみてもつながっている感じがする。

 つまり、逆境に身を置いてしまうのだ。これは、安全、安定を考えて行動する選択より、まったく予想もつかないが、そこから何が得られるのだろうか、何が生まれるのだろうかということに、常に追い求めてしまう自分がいる。その精神は、役者の道を志した時もそうであり、武術の道に深く入ろうとしている現在もそうだ。だからこそ私が最も研究と修練したいと思っている『抜刀術』は逆境からの武術なので、私の資質と合致するところである。

 安定より発展を求めたい、私の人生の分岐点では、常に安定を避けているようだ。おかげで常に生活は不安定だが、未来に対する情熱は失わないようにしている。だが、発展していかなければ人生における答えを示すことが出来ない。武術においても、安定(居つき)は良くない。不安定を制御することが大切である。どうやらこの部分についても合致していると、良い意味で捉えておこう。

 人生には、ある時点で分岐点があり、それぞれに選択し未来に向かっていくのだが、過去はけっして、終わりでなく、ずっとつながってくるものだと学んだ。未来へとつながっていく(つながっている)流れの中で、自然発生的に起こりうるさまざまな問題について、じつはそれらも全て全体の流れの中の一つに過ぎないということ。その無謀とも思える逆境への選択も、結果という時間の経過の答えが、逆算的に運命という流れを感じさせる。

 全ての問題も人間であり、全ての解決も人間である。何を選んでも繋がっている。


2012-11-09(Fri)
 

流れる感覚

 『力を抜く』ということに実に悩んだ時期があった。もちろん今でも研究課題のひとつであるが。抜いたつもりでもどこか緊張していたり。まず骨格のポジションがどのようになっているか知らなければならない。当時は、筋肉のチカラでなく、骨格ポジションの決まった状態からのチカラというものに驚いた。

 だが、まだ力を抜いた働きというよりは、骨の位置による身体の構造的な働きによる実感であった。力を抜いた働きを体感出来たのは、2012年7月26日のことである。甲野先生の『払えない突き』をやってみた時に、まず「屏風座り」にて体幹部をまとめ、その体が崩され難い状態から突いたところ、全然通用せずあっけなく払われてしまう。この状態の身体の強さは、引っ張られたりしても崩され難いことを検証していたので、ならば突いてみてはと思ったのだが、何度試しても、横に払われてしまう。

 そこでフト駄目もとで、肩の力のみを体幹部と切り離すように抜いて突いてみた。すると、受けをやってくださった方が、「あれ、今の感じ・・・・・・」となり、もう一度試したところ、実感が全く無いのだが、払われること無く相手を押し込むことが出来て自分でも驚いた。その後、何度試しても成功し、他の方でも出来た。力が全く入ってない状態での実感のない身体の強さの初体験であった。ただ、この時、屏風座りでまとめた体幹部は、意識的に筋肉を収縮させたりしないが、まとまっている実感はあった。そのまま肩も実感を繋げておくと強そうな感じがあるのだが、逆に切り離すようにフワッと抜くことで実際に効果があった。

 このときに感じたことは、今まで力を抜くことが感覚的に分かりづらかったのだが、屏風座りにより体幹部がまとまっていることで、力を抜くということが意識的に実感出来た。そしてその感覚がなんとも心地よい感覚なのだ。これが、『流れる』ということなのかもしれない・・・・・・

 そしてその、『流れ』からは思わぬ実感し難い威力が生まれるという原理があるように思える。その流れをコントロールするには、大変な微細な感覚と操作が求められると思う。しかし、ひとつ掴みかけていることは、全て脱力や、全てまとめるという身体の使い方では、構造的な強さを除き、現時点での私では、『流れ』を実感できない。

 手の内からなる上腕部の張りや、屏風岩からなる体幹部のまとまりによる身体の緊張とを保ちつつ、ある部分が抜けてフワリとなった瞬間に、体内の中をなんとも言えないような心地よさが流れてくるのを少し感じることが出来た。さらにその働きを上げていくにはどうしたらいいのか研究に意欲が湧いてくるが、ハラの使い方というか、構造も重要な役割を占めているような気がする。もちろん流れの働きは、得物を通じても同様に身体を使い分けなければならない。


2012-11-07(Wed)
 

得物から感じられること

 自動車の運転をしていて、交差点を曲がるとき、曲がり終わりに差し掛かると途中でステアリングがクルクルと自動的に戻ることは、運転を経験した人なら誰でも分かると思う。車速と、ステアリングの切れ角に応じて、戻ろうとする運動が生じるためだ。この時に、手で操作しようとするとクルマの挙動が安定しないことがある。

 この関連で思ったのが、刀の軌道と、そのエネルギーが、手の内から伝わり身体に働きかけてくる。つまり戻ろうとするステアリングを手で操作しようとしても、なかなかスムーズにいかないのと同じように、刀からのエネルギーを身体がどう受け止めているのかということに注目してみた。

 今日は螺旋軌道の袈裟斬りに進展があった。この螺旋軌道というのが実に悩ましいもので、私自身拘り続けている稽古のひとつでもある。鹿島神流にある螺旋の斬りとは、私の場合軌道が違っている。刀とカラダが共に前方へ重心移動し、かつ刀の軸がブレないように、螺旋の斬りへと初動から連動し続けていなければならない。今日はこの袈裟斬りだけで小一時間はおこなっていたであろうか、右の上腕筋が痛みだしてきた。原因は刀を腕力で振り下ろしていたためだ。そこで、もう一度螺旋軌道について点検したところ、刀を振り上げすぎていたことに気づいた。これは今まで、ただ大きく肘を柔らかく刀が舞うように扱おうと思い込んでいたことが、長きに渡る出口の見えないトンネルをやみくもに走らなければならなかった要因でもあった。

 そのひとつの思い込みから変わらなかった部分を変えてみたことで、全てが繋がってきたように思う。力でなく刀の軌道で斬りを生み出す感覚。そして前に出した離陸のかかった脚足と、螺旋からの収束がピタリと一致する感覚。手の皮がズル剥けになったが、この螺旋軌道の大袈裟、小袈裟の感覚を染み込ませたくて止めることができなかった。

 そのほか、杖についても進展があったのだが、やはり共通しているのは得物から身体に伝わる感覚である。それらとぶつかることなく、『流れ』を途切れさせないように、身体をどう使っていくかを、研究していきたい。腕力や器用さでねじ伏せるのではなく、得物とのコミュニケーションが重要だと実感した。


2012-11-06(Tue)
 

収録

 昨日は、とある番組の収録に剣術の「受け」として参加した。詳細はまだ書けないが、この現場を経験したことは、おそらく数年、数十年経った時にその未来の現状から振り返ったときに、噛み締めるように思い出されるだろう生の空間であった。放送日などの詳細は、解禁日になりしだい改めて記したい。

 最近は、今後について自分を見つめ直す時間がとれているので、休養も兼ねて身体の奥に沁みこんだ痛みや疲労が徐々に外に出てきている。まぁ、ここ2年位毎月20日近く稽古に出かけていたので、異常が出ないわけはない。

 この数日で感じた、武術稽古の質とその習慣が、技の進展だけに留まらず、さまざまな分野における判断材料のフィルターが養われてくるように思う。そしてそれらは、互いに得るものを共有し合えば進展していけるのだと思う。
 武術稽古における、脳と身体各部へのコミュニケーション、また稽古相手との身体を通じた情報によるコミュニケーションが、物事の本質を見抜くと言えば大げさかも知れないが、そういう部分の感覚は養われてくるものだと思う。 

 そういった意味でも、こういう時間がとれた現状は自分にとって良いタイミングであった。もうしばらく整理と休養に時間を費やしたいが、これからは焦らずに「何が得られるのか」という部分について、自分の思考と感覚で追求し興味あるものから学び吸収したい。


2012-11-04(Sun)
 

流れの変化

 気がつけば11月である。この一週間はさまざまな展開があったため、先週のことがもう2ヶ月ぐらい前のように感じてしまう。

 1999年の3月に役者を目指し大阪に引っ越した。2ヶ月後、のちにハリウッドでホラー映画を監督した中田秀夫監督と出会い、その3ヶ月後の8月にサスペンス映画のオープニングカットに出演するという、人生のある場面で選択を決断したときに、凄まじい流れで物事が急展開していくことがある。行動に移して半年足らずで映画デビューしたことになる。それまでなんの経験もなく、初めての現場が映画であった。もちろんそこからが大変な道のりとなったが、この道を選んでほんとうに良かったと思う。

 そして現在、再びそのような流れを感じている。これはある自分の決断から起こったことだが、不思議に感じるタイミングが続いたり、予想外の周囲からの反応であったり、新しい縁が生まれたり、懐かしい人からの連絡が突然入ったり、自分がなにかこうしようと考えて、行動している訳ではないのに、次々に行動している現状なのだ。

 そんな事などがめまぐるしくウワーッと頭を悩まし、そうかと思えば、いろんなことが頭の中で整理がつきだし、そうなってくるともう、あれもしなきゃこれもしなきゃで、そのことばかり考えてしまう。あまり詳しくはないが、風水では玄関や建物の入り口について、よい運気を取り込むためのそれぞれにある決まりごとなどがある。
 受け入れる入り口というのは、どのような状態であるかとても重要に思う。よいものは即受け入れたいし、受け入れても混乱しない全体的なバランスがとれていることも重要だ。だから僕自身、今は自分自身の武術における、玄関周りをどのように配置できるか、部屋の中全体もバランスがとれるように整理し、混乱しないようにスムーズな循環が保てる環境づくりとシステムに時間を費やしたいところである。

 振り返ってみれば、アッと感じた瞬間には、もう自分自身ある行動を決断しているのではないかということ。それは今までの生き方を振り返ってみるとそうである。考えて迷った時点でもう遅かれ早かれ答えは決まっていたのだ。それは、もしかすると自分の思考よりもずっと前から、体のどこかで感じ取っていたのかもしれない。だから、どのような決断をしても、それは実は以前からそう成らざるを得ない体になっていたのかもしれない。だけどもその体からの決断を思考で押さえ込んでしまうと、さまざまなトラブルが体内に起こりうるのかもしれない。すべて推測に過ぎないが、どうにも不思議と思える時期は訪れて来る。


2012-11-01(Thu)
 
プロフィール

金山孝之


       金山 孝之
   Takayuki Kanayama


松聲館 剣術技法研究員

金山剣術稽古会主宰

Gold Castle
殺陣&剣術スクール主宰

高齢者のための剣術教室
クラーチ剣術教室講師


――――――――――――――

1975年生まれ
福岡県 北九州市出身
東京都 世田谷区在住

1999年
映画監督中田秀夫氏との出会いにより俳優デビュー。他分野では、マンダムのモデルや舞台のプロデュース公演などの活動をおこなってきた。

2006年
小林照子先生とのご縁から『 からだ化粧 』のモデルを務める。

2009年
武術の道を志しそれまでの活動を一新し武術稽古と研究に励む。

2011年
武術研究家甲野善紀先生に師事し身体の使い方を研究しながら、『 抜刀術 』『 剣術 』『 杖術 』『 体術 』などの稽古と研究に取り組んでいる。また、先生の書籍、番組撮影、記録映像、その他演武等における打太刀や受けを務めている。

2013年
刀と身体操作の技術向上を目指し裾野を広げるべく
『Gold Castle 殺陣&剣術スクール』を立ち上げる。

2014年
甲野善紀先生より
『 松聲館 剣術技法研究員 』という名称を頂き、自身の経験を活かした指導法を各道場等でおこなっている。
 
高齢者向け住宅にて
『 高齢者のための剣術教室 』をおこなっている。

日信工業株式会社の製品「SAMURAI BRAKE」のプロモーション活動をおこなっている

2015年
『 GM happy コラボレーション 』と題し、ジャンルを問わず定期的にゲスト講師をお招きし、特別共同講習会を開催している

『 金山剣術稽古会 』を立ち上げ、現代における武術稽古の必要性を、身体と心で学べる場として活動している。

――――――――――――――
    
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その他ジャンルを問わずお仕事のご依頼や『 剣技指導 』などのご依頼も受付けておりますのでこちらの【 お問い合わせ 】よりご連絡下さい。

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