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出会いのおもしろさ

 昨日今日と生徒達にお渡しする武道具を手配した。子供や高齢者のものは特別に加工しなければならないため、角を削って全体にヤスリをかけたりしてお渡しできる状態となった。

 今日は「クラーチ剣術教室」から帰宅後、Gold Castle 殺陣&剣術スクールのお問い合わせから、「既に学ぶと決めていますので体験参加は必要としません」という心意気のあるご連絡を頂戴いたしました。

 一昨年から昨年に掛けてWEB動画「かざあな。」を三本公開し、昨年五月にはBABジャパンから初めてとなるDVD「古武術は速い」を刊行し、同年6月と9月には同社の専門誌「月刊秘伝」でも特集記事を出していただいた。そういう流れが続いた事で、Gold Castle 殺陣&剣術スクールへの体験参加にお越しいただく方が、事前に吟味され入会を前提にお越しいただいている割合が増えてきたように思う。とくにGold Castleは三回無料体験があるので、殺陣、剣術、杖術、それぞれのクラスを体験できるため、興味のあるものを選びやすい。

 これまでに体験参加に来られた方の中で、印象に残った方々の事を少しだけ書いてみたい。

 開講間もない頃、品川区総合体育館剣道場での講習中に、気が付くといつの間にか椅子を中央脇に運んで座ってらした女性がいたのには驚きました。体験三回で終えられましたが、その間にツイッター用の写真を一緒に撮って行かれました。

 三年程前ですが、私の実家の近所にある高校の卒業生で、面識はなく二十代前半の女性でしたが、この方は体験参加というよりも地元が同じ私に会いに来て下さったようでした。深川スポーツセンターで二コマ続けて参加されました。「会えた!」と仰っていたのが印象に残っております。

 二年ほど前には、山口県から、東北に旅行に行く途中で東京に立ち寄るため、「その間だけですが体験させていただいてもよろしいでしょうか?」という女性にも深川スポーツセンターで受講していただきました。

 二年前には、有名な芸人さんが土曜日の戸越体育館に来られました。その後平日の稽古会でも日程を調整したのですがお忙しい方ですのでそれっきりとなっております。

 二年前には、生徒のウインターの紹介でニューヨーク州ブルックリンから現職の警察官の方が杖術クラスを体験されました。その後お礼のメールを頂きました。

 体験参加にはいろいろな方がお越し頂いておりますが、タレントの方や元アイドルの方、宝塚歌劇団を卒業された方や劇団四季の方、テレビや映画に出演されている俳優さんやお笑い芸人さん、やはり東京はそうした方々と身近に接する機会が訪れる場所であると感じております。そうした方々との対応につきましても、むかし微々たる物ですが私自身映画やテレビに舞台などの世界に身を置いていた時代があったものですから、その世界での距離感やルールを知っておりますので、安心感があるのかもしれません。これからも色々な方が体験参加にお越しいただけると思いますので、そこからのご縁を楽しみにしております!


 話が変わりますが、さいきん驚いたことがあったので記事にいたします。
 私が高校を卒業して実業団でボクシングをしていた当時の同期であり同じボクシング部だったA君(調べればすぐに名前が分るかもしれませんが)とは寮の部屋が隣同士で、同期数十名の中で私だけ一人部屋だったので、毎日のように私の部屋に遊びに来ておりました。地元の風土からなのか陽気な性格で、怒ったり悩んだりしたところを見た記憶がなく、いつもお洒落で笑っている印象の強いA君でした。私は六年で役者の勉強のために会社を辞めて大阪に行きましたが、それよりも1年ほど早く退社していたA君は大阪でプロボクサーになっていました。

 私が会社を辞めるときに、A君から「辞めといたほうがいいよ。今の会社だったら生活で困ることはないから。」と言ってくれましたが、その後大阪へ引越し、彼の家から自転車で会いに来て二人乗りして飛田新地を見学したり、西成区の危ないところを見学したり、一年早く来て色々な事を自分の足で見知ったんだなあと思いながら、底抜けに明るいA君の変わらぬ姿に安心していました。

 後楽園ホールでのデビュー戦を観に行き、客席から声を出して応援し判定で勝利したのも記憶に残っております。なんだかこういう風に書いていると、なにか不幸なことが起きてしまったような前触れに感じられるかも知れませんがそうではなく、ネットで知ったのですが、現在は九州の地元でボクシングジムを経営されており、また現場でも監督として指揮にあたっているようです。そのA君の息子さんが凄くて、高校二年生で五冠を達成され、無敗で四冠達成されてますので、無敗で五冠達成されたのかもしれません。あの井上直哉選手(高校七冠)ともスパーリングしたり、これから何冠まで積み上げていくのか、井上選手の次の世代として期待されるボクサーになって行く可能性があります。(見た目にも華がありますので)そうなりますと、父親であるA君がセコンドになってテレビで観られる機会も増えるでしょうし、数年後現実にそうなるような気がして楽しみであります。プロレスラーみたいに貫禄がついてしまったA君ですが、いつか会える機会があれば彼の人生についてもいろいろ伺ってみたいところです。あれから二十年、もう気軽には会えないかもしれませんが…


2020年3月20日(金/春分の日)『杖術 特別講習会』(お申し込み受付中)

2020年3月22日(日)『杖整体操』(お申し込み受付中)

金山孝之 指導・監修 DVD
『古武術は速い~“型の手続き”を追求した剣・杖の実践的な体使い~』


金山剣術稽古会

2020年3月 武術稽古日程
(新宿スポーツセンター臨時休館に伴い改定いたしました)

甲野善紀先生からの紹介文

2020-03-10(Tue)
 

ふしぎなことと共に

 大晦日から一ヶ月が経つ。2020年、令和二年という文字にも馴染んだ。今の話題は新型コロナウイルスの伝染である。一ヵ月後には思いも寄らぬ出来事になっているのが世の中というもの。心もさまざまに動かされる。安定はつまらないものであるが、望みたいものでもある。考える事は生きていく中で必要なものであるが、何を考えるかによって、その人によっては息苦しくなってしまうものでもある。人は千差万別な生き物であり、だからこそ、情報によって喜びに満ちる人もいれば苦しみに苛まれる人もいる。千差万別の中で生きていくには、自身の水に合った環境を求めそこに時間を置ける事。まずはそこから整えることが出来れば多くの問題は失われていくかもしれない。すべてを均一化に考え、環境に合わせるように生きていくのは大変な苦しみを蒙る人も出てくるはずだ。

 私もさまざまに環境を変えて生きてきたが、今思えることは、どの環境であっても基本的な人の役割は変らないという事。そう、それは能力というより役割だといえる。それは人そのものというよりは、環境があって組織があって人が構成されれば自ずとそれを形としていく中で、人それぞれの役目が無意識的に決定されてしまう。

 だから、この環境に行けば救われるとか、自分はやっていけるだろう、というよりも、この環境では自分はどういった役割になるのだろうか…ということを考えたほうがいい。それは実際に行動しなければ分からないものでもあるが、今の自分の苦しみがどうにかなるものなのか、どうにもならないものなのかを考えた時に、人間関係も含め、この先を考えて行く中で周囲の役割に翻弄されない自らの立ち位置を定め、そのなかで自分の生き方を貫いて行ければいいのではないだろうか。

 私自身もそうであるが、大抵の事は解っているつもりである。それを踏まえた上でその先を予測し、起こりうるであろう事象に対する心の準備は備えているつもりである。私の場合は一切争わないということがこれまでの人生でもそうであるが、生き残っていく術であると信じている。


 前置きが長くなってしまいましたが、今夜は睡眠中の夢についてやんわりと書こうと思います。稽古と同じで、優先順位が今この瞬間の旬に行ってしまうため、書こうと思っていた事が書けない事もしばしばあります。

 昨夜はある夢を見て、円形状の砂の中に顔まで埋まりながら、とつぜんあるベテラン女優さんの顔と名前が出てきて、その人が言いそうなセリフを、そのひとの言い方で喋ったところで目覚めてしまい、ハッキリ記憶が残っておりましたので、その女優さんの名前とセリフを携帯電話のメモに書いたまま、再び眠りについたのですが、今度は金縛りに遭い、慣れているため怖さは無いのですが、いつものようにそこに入る気配を感じながら(夢なのですが)その瞬間にとある願いをお願いし、直後に頭を重く押さえられたのが何とも生々しい感じでした。脳が起きて体が寝ている状態なのですが、一度起きたのち、再び金縛りにあってしまい、これは夢なのか目が覚めていたのかハッキリしないのですが、部屋の中に弾けるような音が連続して響いておりました。子供の頃から金縛りは多かったのですが、当時は怖いものでしたが、30代になってからは「おお、ひさしぶりにきたか!」という感じで、嫌な実感がなくなってきました。

 おっと、やんわり書こうとおもっていたのに、変わり者だとおもわれてしまう文面になりつつありますね。

 まあ、本当に金縛りの体験は多く、金縛り以外にも霊は見たこと無いのですが、不思議なものをハッキリ見たことはあります。まあその話は書きませんが、今日起きてからパソコンでその女優さんの名前を入力したところ、漢字は違っておりましたが、読みがピッタリ合っていましたので驚きました。まあ恥ずかしいので書いといて何なんですが、誰かは訊かないでください(笑)。

 これまで不思議なことが起こると気味の悪いものでしたが、近年は私に関わる事でしたら逆に、勇気付けられるものに感じ方が変わりました。

 信じられるものや信じられないものというのはそれぞれにあると思いますが、別に信じるも信じないも無く、珍しいことに追求はいたしませんがそうしたものがあるのかという何かしらの意思をうっすらと感じることはあります。

 スピリチュアルなことに私自身興味はありませんが、救いのようなものは信じたいと思っております。

 それにしても一日一日はいろいろですね。明日も長丁場、大きな一日となりそうです!


2020年2月01日(土)『剣術 特別講習会』(お申し込み受付中)

2020年2月24日(月/振休)『杖整体操』(お申し込み受付中)

金山孝之 指導・監修 DVD
『古武術は速い~“型の手続き”を追求した剣・杖の実践的な体使い~』


金山剣術稽古会

2020年1月 武術稽古日程

2020年2月 武術稽古日程

2020年3月 武術稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文

2020-01-31(Fri)
 

身体の痛みから何かが変わるか

 水曜日の朝から首を寝違えたような気配があり、翌木曜日にはさらに痛みが増し、金曜日は益々痛みが増した。通常、首を寝違えると、徐々に痛みが引いていくものであるが、背中全体にも広がっている感じがある。もしかすると…火曜日の夜におこなった稽古で体感した動きが身体に何らかの変化を生じさせているのかもしれない。まあそれは気のせいだと思うが、むちうち症のような首から周囲に広がっていく痛みなので、おそらく寝違えでは無いと思う。明日こそ少しは痛みが引いて欲しい。

 さきほど、甲野善紀先生の新刊の一つ方条遼雨さんとの共著「上達論」を一気に読み終えた。色々と考えさせられる部分も多く、書いてある内容は多くの方に感じ取って頂けるものであると思われます。方条さんとはもう随分お会いしておりませんが、今も未熟な私がさらに未熟だった武術を始めてまだ2、3年の頃、講習会などでお会いし、幾つか丁寧にアドバイスしてくださった記憶が今でも良く残っております。このブログを始めた当初からリンクさせて頂いておりますので、そう思えば月日の経過を感じてしまいます。

 活字も武であるなら、ある意味「文武両道」がピタリと嵌る。感覚が身体を誘導するように、感覚が文字を誘導する。その感覚を抽出し磨くことが稽古であるならば、現代における武術稽古の意義は大いにある。そこに欠かせないものは心であり、その世界を今後どのように観ていけるかが、生きていくことと通じている。

 明日は、戸越体育館で昼から夕方まで二コマ講習があります。合間の時間も質問にはお応えいたしますので、ダブル受講も歓迎しております。


2020年2月01日(土)『剣術 特別講習会』(お申し込み受付中)

2020年2月24日(月/振休)『杖整体操』(お申し込み受付中)

金山孝之 指導・監修 DVD
『古武術は速い~“型の手続き”を追求した剣・杖の実践的な体使い~』


金山剣術稽古会

2020年1月 武術稽古日程

2020年2月 武術稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文

2020-01-25(Sat)
 

親友の特権

 おととい水曜日の夜は、親友の瀧本と再会することができた。

 親友と簡単に口にすることは殆ど無いが、私にとっての青春時代といえるあの頃、18歳~24歳までの期間広島で過ごした若さゆえの有り余るエネルギーを大いに放出していた時代であった。

 あれから二十年が経ち私も3月で45歳を迎える。あっという間だった…とは思わない。二十年は長いはずである。その間に色々な事があり、人としても成長し私もあの当時に比べれば大きく変わった。気がつけば苗字を呼び捨てで呼ばれたりお前と呼ばれる事が無くなった。

 そうした二十年後の今をお互いに消し去り、かつてのまま呼び捨てで呼び合い、オマエと呼び合えることの心地良さ。普通なら縁を切りたくなるような態度でも親友であれば、それが寧ろ心地良い。苦楽を共にし、何でも語り合ってきた存在というのは打算の無い情熱と感動のエネルギーに包まれた時代で封印していたからこそ、何十年経っても色褪せることなく、今では眩しく思える当時の想いを呼び起こすことになれるのだろう。次なる世界へ旅立つということは、数年、数十年、或いは永遠の別れとなり、次第にそうした過去の想い出は、今を生きている現実の中に無く、時が経つほどにその封印の価値を知るのである。

 少し余談であるが、私がフェイスブックやツイッターを好まない理由の一つには、そうしたかつての眩い想い出の封印を壊したくないという、あの頃を大事に保っていたいという、そうした想いが少なからず働いているせいもある。

 
 私はもう忘れてしまっていたが、広島の会社、JFEスチール株式会社西日本製鉄所(当時は、NKK株式会社福山製鉄所)に就職した入社式で瀧本は私の隣にいたようだ。99人の入社式だったので広い体育館でおこなわれた記憶は微かに残っている。入社後、数ヶ月間の教育実習では、私の前の席に瀧本がいて、何かと話をしたり休憩時間を良く一緒に過ごしたものだ。寮生活は賑やかなもので、八階建ての建物に食堂や大浴場があり、玄関前では寮長が交代で見張っていた。我々の頃が新入社員の人数が多かったように記憶しており、その翌年以降は大幅に新入社員の人数が減っっていった。思い起こせば、色々な事が懐かしく今では考えられない日常であったが、それは想い出の中に留めておこう。

 会社を辞めて瀧本とは三度ほど会っている。一度目は大阪に引っ越した頃なのでまだ会社を辞めて二年足らずの頃、そして二度目は2018年の4月頃だったと思う。かなり間が空いたが、武道場に来てくれて軽く手を合わせた記憶もある。その時はあの頃みたいに飲みすぎて次の日が大変であった。

 そして今回三度目は、懐かしい話に花が咲いたのは勿論であるが、一昨年と同じ話をしてもしょうがない。感動的だったのは、互いに同じ時間軸を語れる会話が出来たことだった。(そういえば、十年以上前に私が福山に行ったことがあったので四回目である)

 それは全く予期していない会話となったが、瀧本は会社の中でも責任ある役職までになり、私が社員の頃の現場でトップだった上司と同じ存在になったんかーと思うと時の流れを感じさせられてしまう。そうして働きながらも、十年近く空手を続けており、フルコンタクト系の空手団体に所属し、現在館長代行として、多くの子供達や大人の会員に週二回稽古指導をおこなっているそうだ。さらに年に一回ほど試合に出ており、年齢によりクラスは分けられているとはいえ「全部優勝じゃけえな」と笑って話していた。その映像の一部をYOUTUBEで観たが、なかなかの戦いであり、コイツはいつからこんなになったんかと、自分の事を棚に上げて、瀧本も武道の道に精進していることに感激した。

 よって一昨日の夜は主にそうした、武道武術の話に花が咲き、それから指導方法や稽古の在り方など、オイオイ、お前とはもっと馬鹿な話になるはずだったのに、と思いながらも、我慢できずに合間にここでは書けないような馬鹿話を挟み、こんな馬鹿な話をいい歳して、それなりに責任ある立場となった者同士出来るのはなんとも堪らない可笑しさがあり、こうして記事に書いてしまっているが、それが出来るのは、当時の眩い想い出を封印していたからである。それは親友の特権であり、この記事を読んで金山は馬鹿話が好きなのかと思われてしまうと、今の私は大嫌いなので気をつけていただきたい。

 その面白さとは、互いの今とのギャップであり、それぞれが前に進んで来た事を一旦横において、普段考えもしないもう忘れてしまったような会話がそこで蘇る。何より嬉しいのは、そうした昔話だけでなく、今の生き方を共に武道武術の共通性の中で語り合えることが出来たことにある。かつての職場で同期の親友は、今では同じ武を通じた指導者であり実演者として日々研究している親友となった。もちろん、かつての同期の親友という眩い記憶の想い出が色褪せないように封印の箱の開け方には注意しなければならないが、あのときにしか作れない人間関係というのは、本当に宝物であると身に染みて思う。今の小学校はあだ名が禁止され○○さんと呼ばなければならない学校もあるそうであるが、若い頃の友達というのは、子供染みたところにその時にしか出し得ない家族的な距離感に近い交流が育まれるのだと思う。今の時代は二極化の中でものごとを進めてしまうため、閉塞感が生じてしまう。そのことは多くの人々が感じているだろう。そのため本来ならば「臨機応変」な対応が、何事にもおける問題解決として望ましいのであるが、こうしたインターネットの時代において、臨機応変が通じない必要以上の広がりが、便利な情報収集と引き換えに世の人々が犠牲にさせられている生き辛さに繋がっているのだろう。

 平均寿命からすれば、まだ四十年ちょっとは生きられるかもしれないが、もしそうだとすれば、今の出来事も眩い想い出の一部になっていることは間違いないだろう。人生がどのように過ぎていくのかは分からないが、予想だにしないことが起こるのが人生でもある。奇しくも二十五年前の今日となる早朝未明には福山の第七独身寮406号室で寝ていた際に震度四の揺れが長く続いた。当時は私の人生で最も揺れを感じた地震であったが、ハタチの私は会社のテレビでその惨状を知った。

 それから、十六年後の午後には世田谷で当時を凌ぐ震度五弱の揺れが訪れた。果たしてこれから生きているうちに何がいつ起こるのかは分からないが、人生の転機を迎える人が多く存在するであろう事は確実である。そこに私が含まれるのかどうか、生きているのかどうかも分からないが、「今を生きている」そのためのさまざまな関連毎が日々の日常の中で当たり前のようにおこなわれている。じつはその事は大変ありがたいことなのかもしれないが、それを忘れてしまうと人は後悔をする行動を起こしがちになってしまう。儚きものである今を忘れないように、眩い想い出の記憶となるであろう今を大切に、とくに子供達にとって、大人になっても呼び捨てで、オマエと呼び合えることが嬉しく思えるようなともだちを作れるように子供らしくその時期にだからこそ、馬鹿でも無謀でも輝ける日々を大事にしていただきたいと思う。


2020.01.15 親友の瀧本と
2020.01.15 親友の瀧本と②


2020-01-17(Fri)
 

意味のある出会い

 昨日は「クラーチ剣術教室」での講習でした。以前「クラーチ剣術教室って西洋剣術ですか?」という質問がありましたが、クラーチ溝の口という高齢者住宅で剣術(おもに杖術ですが)教室を開催させていただいております。

 これからは益々高齢化が進み、身体の衰えに備えるにはさまざまな選択肢のなかから自力で選んで行かなければならなくなるでしょう。ウォーキングや、自宅での体操、適度な筋トレ、或いは、ジムなどに通ってトレーナーを付けてマンツーマンでおこなう方法、そして、激しくない運動や体操をおこなっている区の施設等でおこなっているヨガや健康体操等々…

 私がおこなっているこちらでの剣術教室は、人のご縁と責任者のご理解があっての稀な事ですので、おこなっている内容も当然他では経験できないものであると思います。指導者との関わりが直接的なものと、会社や運営組織を通して間接的に関わるものとでは大きな隔たりがあります。規模が小さければ利益は少ないながらもやりたいことを薄めずにおこなうことができます。しかし、利益が求められれば本音と建前が生じ、人を増やすため、気に入られるための内容になり、相手の見方が変わってきます。また規模が小さいからこそ可能な、嫌な事からスパッと転向出来る場の整え方も重要な要素です。

 私がおこなっているのは武術を前提とした活動でありますから、そこは絶対に商売に流れてしまってはなりません。勿論アルバイトをせずに活動していくため最低限の収入は必要ですが、自らの心が信じられなくなってしまっては(嘘になれてしまっては)武道武術を通じて人に伝えるものは全て嘘であることになります。逆に言えば、そこを外さずに生きていればそれなりに見えてくるものがあり、それは一瞬の出来事でも見逃さない断定的な判断となります。ですから、その判断を信じて進んでいけば己の道は続いていくのだと思います。

 
 とつぜん話題が変わりますが、「WEB動画かざあな。」三部作で大変お世話になったTAMTAMのMariさんとTakaさんのミュージクビデオ等が視聴できるYOUTUBEチャンネルがこちらです。Baby Angel

 Gold Castle の生徒となってご縁が続いておりますが、Mariさんが長く活動されているHEY!WAO!の活動を見られますと、こちらのミュージックビデオの見え方もまた変わってくるものと思われます。HEY!WAO!

 
 私自身もいろいろな世界を体験して来ましたが、寄り道をしたというよりは、得難い体験が出来たという事に後悔は全くしておりません。その後の人生の感じ方、舵の切り方がどう変わっていくのかは、これまでに通ってきた道が決めているのだと思います。そこに芯が通っている限り、全ての道は必然であり、繋がっているのだと思います。今は自分の道に悩むことは全くありませんが、自分の生き方や、心身の成長と対応力には多々考えさせられております。しかし、その考えさせられることが何かの学びとなって行くので、そのようなことは常に無くならず循環していくものであると感じております。

 そうした人生の同じ時間軸を生きている方々は多くいらっしゃると思いますが、どこかでそうした方々とご縁が繋がることも生きていく中での楽しみであります。それはきっと「意味のある出会い」ということなのでしょうね。


2020年1月18日(土)『抜刀術 特別講習会』(お申し込み受付中)

2020年2月01日(土)『剣術 特別講習会』(お申し込み受付中)

金山孝之 指導・監修 DVD
『古武術は速い~“型の手続き”を追求した剣・杖の実践的な体使い~』


金山剣術稽古会

2020年1月 武術稽古日程

2020年2月 武術稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文

2020-01-15(Wed)
 
プロフィール

金山孝之


     金山 孝之
  Takayuki Kanayama


1975年生まれ
福岡県北九州市出身
東京都世田谷区在住

松聲館技法研究員

金山剣術稽古会主宰

Gold Castle
殺陣&剣術スクール主宰

高齢者のための剣術教室
クラーチ剣術教室講師


1999年
映画監督中田秀夫氏との出会いにより映画に出演。そのほかマンダムのモデルや舞台のプロデュース公演などをおこなう

2006年
小林照子先生とのご縁から
「からだ化粧」のモデルを務める

2009年
武術の道を志しそれまでの活動を一新し武術稽古と研究に励む

2011年
武術研究家甲野善紀先生に師事し「抜刀術」「剣術」「杖術」「体術」などの稽古と研究に取り組んでいる。また、先生の書籍、番組撮影、記録映像、その他演武等における打太刀や受けを務めている

2013年
刀と身体操作の技術向上を目指し裾野を広げるべく「Gold Castle 殺陣&剣術スクール」を発足

2014年
甲野善紀先生より
「松聲館技法研究員」を拝命
自身の経験を活かした指導法を各道場等でおこなっている
 
シニア住宅にて
「高齢者のための剣術教室」をおこなっている

日信工業株式会社の製品
「SAMURAI BRAKE」のプロモーション活動に携わる

2015年
「金山剣術稽古会」を発足
現代における武術稽古の必要性を身体と心で学べる場として活動している

2018年
「関西特別講習会」として定期的に関西地域での講習会を開催

2019年
BABジャパンよりDVD『古武術は速い』刊行

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