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身体感から感じる学び

 今年に入って加湿空気清浄機を部屋に置いているが、おかげで朝起きて喉の調子が悪くなっていない。空気が乾燥し窓を閉め切って寝るこの時期には無くてはならないものとなっている。今年に入って風邪らしい症状はほとんど無い。しかし、七月末から八月中旬まで喘息のように咳が止まらないことがあった。昨年の九月に痛めた右肘は一年で完治した。杖整体操の持ち上げは必ず二名でおこなう事。私も六月からずっと試してきたが、一人で持ち上げる操作は腰に負担が掛かるため、その場合は「寝返し」のように横に転がせる操作が良い。十分に心地良さを得られる。


 昨夜は、五ヶ月ぶりに甲野善紀先生と稽古させていただきました。私自身忙しくなってきたこともあり中々先生の所へ行けなくなっておりましたが、昨夜は逆にそうした期間が技などの理解を深めることに繋がったのではないかと感じました。稽古をするということは、その期間の出来事をいろいろな視点から味わうことになります。そうしたことに感動と喜びがあり、明日なる人生へと繋がっていくものです。

 「一人稽古は一人に非ず」 これは、私自身の経験を言葉にしたものですが、自己と向き合う稽古法が一人稽古と言えますので、自身の身体、それに繋がる心、それを身体に教えて貰いながら観る目を養うのだと思います。その自己を観る目は相手を観る目となり、さらには周囲を観る目、そこから自己に気が付く目が養われるのだと思います。ですので、その全ての広がりの核となる一人稽古を欠かすことは出来ませんし、なにより重要なものです。

 私自身甲野先生から多くの事を学ばせて頂いております。しかし、それは具体的な言葉や教えではなく、先生の身体感からどのように感じるかということなのだと思うのです。そうした身体感から学ぶものは逆に言葉に置き換えられたものよりも具体的ですし説得力のあるものです。それは先生の生き方そのものでありますし、教えとしてそれがもっとも端的で無駄の無いものだと思います。

 身体感に順ずるというのは、御縁を常に磨き上げているようなそのような気がしてなりません。ですから、お会いすることや言葉を交わすこと以上に、どのような身体感に育ったかが、何物にも代え難いコミュニケーションであると思うのです。存在そのものが学びとなる、そうした先生にこの世でお会いできましたことは人生これで十分と言っても過言では無いほどです。

 先生から沢山の棒手裏剣を見せていただき、お話も伺うことができました。そして最後のほうで杖整体操も受けてくださり、あらためてご評価をいただきました。帰りは終電まで22分ほどでしたのでいつものように稽古着のまま走って駅まで向かい、終電一本前の電車に間に合い余韻の濃いままに帰宅いたしました。古希まで二ヶ月となられた先生ですが、そのようなことは信じられませんので、これからも驚く技を拝見し、その身体感からまだまだ多くの事を学ばせていただきたいと思います。お忙しい中夜遅くまでありがとうございました。


2018-12-06(Thu)
 

美しい生き方と命の尊さ

 7月27日から咳が止まらず、どうやら気管支炎になっているようだ。酷い咳が続くわけではないのでまだ喘息までにはなっていないと思うが、さすがにこのままではどうにもならにので病院に何度か通った。

 2014年の12月から2015年2月頃まで咳が止まらなかった事もあった。あの時は、風邪気味の症状でインドネシアに行き、五日間程甲冑を着たまま演武やら写真撮影のモデルなど、色々な場所を転々としながらおこなった。インドネシアは排気ガスが物凄く、気温も湿度も高い。そんな道中ずっと喘息のように咳き込むという辛い経験をした。ホテルに戻っても横になり咳が落ち着くのを待つが、結局睡眠時間も犠牲にするほど咳が収まってくれず、咳止めの薬も無く、コンビニで買ったプルーンのような咽薬みたいなものを飲みながら耐えた。今でも不思議に思うが、撮影や演武で甲冑を身に纏うとその時だけピタリと咳が止まるのであった。

 今回の咳は、日本にいるおかげで悪化せずに少し落ち着いてきたようだ。喉を酷使する歌手や、激しい運動をおこなうアスリートには喘息の方が多いとMariさんから伺ったが、私も連日稽古や講習があるので気をつけなければならない。

 先日月曜日の稽古で、後藤氏から「マヌカハニーキャンディー」の存在を伺い、さっそく近所に出来たばかりの成城石井で購入。一袋500円ちょっとと高いが、口に入れた瞬間に喉が楽になった。殺菌効果も高いので今後は常備しておきたい。

 昨日の夜は、高田馬場と住吉でのダブルヘッダー稽古と、帰宅してメールの返信など、記事を書き終えたのが午前4時過ぎ。すぐに寝られるだろうと思っていたが、5時30分頃まで眠れず部屋の中が明るくなってようやく眠りに落ちた。

 10時に起床し、盆休みの間休みとなっていた病院へ行き咳止めの薬をもらう。帰宅し午後から本厚木で井上欣也さんとの稽古の準備をし食事を済ませ家を出る。

 今日は秋を感じる過ごしやすさに気分がいい。本厚木駅で井上さんと合流しスポーツセンター柔道場で稽古。体術を中心に杖術、最後に杖整体操で終えた。二ヶ月ぶりの本厚木であったが、井上さんは駅で私を見かけた瞬間に身体の変化に気がつかれたらしい。私には実感がないのであるが、「整っている」と仰っていただいた。日々稽古会や講習会で杖整体操を少しおこなっているので、「杖整体操の効果でしょう。」ともおっしゃっていただいた。整体やヨガなどの専門家である井上さんからそのように仰っていただけた事は、また一つ杖整体操の効果の確信となった。

 会場を井上さんの道場に移動し、ヨガを受けさせていただく。「今日は瞑想をお願いします。」とリクエストし、会話からゆっくりと流れに入った。今日、どういう訳であるかヨガに入った瞬間から体がズシッと重たくなり、病人のような(実際にそうであるが)状態となった。シャバアサナでは寝不足の影響か、自分のイビキで思わず「ああっ~」っと声を出してしまったが、お陰様で身体が楽になった。

 最後は、海老名に移動しいつものお店で一献。それにしても時の流れを感じるひと時であった。

 井上さんには今回も武道場やお店の予約をおこなって下さり感謝しております。互いに状況は流れゆく雲のように留まること無く動き続けております。その動きに対しどのように感じ行動していくか、同じ歳のとり方でも段位への執着とボランティアに命を捧げる生き方は同じ人間とは思え無い程の違いがあります。そこに至る軌跡は根幹にあります。命を捧げるというのは大袈裟かも知れませんが、そのことが片隅にでもあることはこれからの判断に狂いを生じさせないことになるかもしれません。生き方の根幹がブレない「理想と現実」、私は「理想が現実」として生きて行きたいと思います。


2018年9月08日(土) 「抜刀術 特別講習会」(お申し込み受付中)

金山剣術稽古会  

2018年8月 稽古日程

2018年9月 稽古日程 加筆修正いたしました

甲野善紀先生からの紹介文


2018-08-18(Sat)
 

生きていくことは自然さを追い求めることなのか

 本日は約二ヶ月ぶりに井上欣也さんと稽古をおこないました。最近ご縁の出来た方々には判らない方もいらっしゃるかもしれませんのでご説明させていただきますと、井上さんに初めてお会いしたのは、というより見かけたのは、2010年か2011年頃だったか八幡山にある志道塾さんのスタジオで甲野善紀先生の講習会がおこなわれ、そこに参加した時に「受けを粘る方がいるなぁ…」と、記憶が確かなら二十分程、夏場だったか暑さのため腕にタオルを巻いて滑らないようにして浪之下を受けている青年が印象に残っておりました。それから日が経って甲野先生の道場「松聲館」に伺った際に、そのときの青年が先生と稽古をされており、「あ、あの時の人だ。」と思ったのが今でも印象に残っております。

 その当時は特にお話することもなかったかと思いますが、次第に講習会などで良くお会いするようになり、当時私がお世話になっていた会の代表の方の提案で「三人稽古会」という名目で水天宮にある私設図書館の閉館後に茣蓙を敷いて井上さん、田島さんとの三人で毎月終電近くまで稽古していました。

 今思い返してみましても、あの時の三人での稽古は若いというか、ですが今も楽しみ方や情熱といったものは変わらずに当時は本当にあっという間の時間でした。それもそのはず、杖術、剣術、抜刀術、体術、手裏剣術、などをさまざまにおこなっておりましたので、時間が足らなくてしょうがないといった状況でおこなっておりました。毎回、遠い順に井上さんが先に帰られ、その後暫く田島さんと稽古をおこない、一緒に戸締りをして帰るというのが常でした。

 それから暫く経って、私が会を離れ独立し「三人稽古会」も自然消滅してしまいましたが、田島さんや井上さんとは時折連絡を取って稽古をさせていただきました。数ヶ月間でしたが、毎月火曜日に五十嵐さんと田島さんとも田端にある道場で稽古させていただいた時期もありました。私が火曜日の都合がつかなくなり次第に行けなくなってしまいましたが、今でも井上さん、田島さん、五十嵐さんとはお会いする機会がありますので、ご縁が繋がっていることを嬉しく思います。

 その中でも特に井上さんとのご縁は結び付きが濃く、このブログで確認出来るものでも2013年には稽古をおこなっており、おそらくそれ以降ほぼ毎月2017年頃まで高田馬場や戸越へ足を運んでくださいました。そんなに経っている気がしないのはおそらく井上さんも感じていらっしゃると思いますが、時の流れとともに技の話や稽古の話から生き方についてのお話が増えてきたように思います。昨年から私が井上さんのホームグランドへ伺うようになり、その後の一献が欠かせない時間となってきました。…と言う具合いに大雑把に流れを書き記しましたが、井上さんが本厚木に道場を持つようになってからの進展に弾みが付いた様に感じます。


 まずは柔道場での稽古から。


 この二ヶ月の間に私の稽古で幾つか気付いたものを受けていただく。やはり受けに関しては厳しいと感じるものもありながら、そこから学ぶことには身体が馴染んでいるので、呼吸のように、出したもの吸い込むものを脳と身体が果たしている。

 峰反し潰しや素手による崩しでは、井上さんの中で重心を感じとる感覚と、そこを分離して先の先の先と仰る身体反応が整っているため、特に素手による崩しではなかなかに厳しいものがあった。だが、この稽古は如何なる状況でも崩すというものではなく、通し方の新たな手掛かりを得るためのものなので、そこに関しての出来なさというのは想定していたところでもある。だが、武術には出来たか出来ないかで判断されるシビアな一面があるので、研究の場としての稽古と、そうでない場での稽古(講習会)というのは分けておかなくてはならないだろう。

 横方向へのエネルギーの伝達法には、井上さんと共通する部分が多く、そこから杖を使っての同じ原理での稽古法を教えていただいたが、これはエネルギーの伝わり方がハッキリと分かり易く確認出来るので、了承をいただき私の稽古でもこれを研究したい。

 意外に効果があったのは、体術の「切り落とし」である。短刀に対する手の形が前腕の強さと、さらには肩甲骨の働きが強力に伝わることが井上さんに受けて頂いても検証できた。パワー系なのであまり心地良くは無いが、この前腕と肩甲骨の兼ね合いは他の技にも有効であると思われる。入り身との相性も良さそうだ。

 小太刀では、私自身今一番熱が入っているものでもあるので、そのあたりの鮮度とともにお伝えすることが出来たと思う。私の場合は始めが剣や杖といった得物ばかりをやっていたので、体術はかなり遅れてから稽古に取り入れたこともあり、それはなぜかというと、武術を始めたころに師範から学んでいたものがそうだったからであり、私が独立して初めて体術と向き合うようになることが出来たのであった。だが、それでもその感覚を心地良く感じられるまでにはかなり時間が掛かった。そのため自然と得物の稽古が大きな割合を占めていたが、ここ三年ほど私自身の稽古でも体術稽古に興味を持つようになり、これまでインプットされてきたものがようやくアウトプットされ始めてきたのかと感じている。

 今回井上さんから頂いたもので大きなものは、丹田を独立させる感覚である。これは身体を動かして技にするのではなく、身体が動かされて技になるといった、感覚からなる手順と、感覚からなる状態を実感することが出来た。手順については私自身最近得ていたが、状態については本当に大きなものを頂き、タダでいいんですか?と申し訳無い気持ちになってしまう。私自身以前、身体の前面部表面から中央までは豆腐のように柔らかく、背面側の表面を硬くするような状態による対応の具合が異なることは確認していたが、そうしたことよりも全方向に対し、攻め手にも受け手にも通じる大事なものを、直に感覚で体感出来たことは大きかった。そうしたことを本当に惜しげもなく喜んでお伝えしてくださることに、井上さんのお人柄が感じられ、その背景には一人稽古での取り組みがあってのものだということが伝わってくる。

 最後に思わずお伝えした殺陣での倒れ方が意外にも興味を持って頂けた。手をつかずに足元から徐々に衝撃を吸収して倒れる方法は、殺陣の場合左腰に鞘があり、右手には刀を持っているために倒れ方が制限され、そのなかで鞘を傷つけずに、見栄え良くアザをつくらない様に転倒するかということが条件としてあるので、私なりに工夫した方法を幾つかバリエーションをつけておこなったところ、井上さんにとっても得られるものがあったようで良かった。

 武術稽古の後は、場所を井上さんの道場「雲山稽古場」に移ってヨガをおこなってくださいました。このところこの流れが常ですが、ヨガになりますと井上さんの雰囲気が武術稽古とは異なり、自信といいますか揺ぎ無さというものを感じます。おそらく井上さんは全く逆ですよと仰られると思いますが、2015年から2016年に掛けて何度か私とコラボで「杖術とヨガ」をおこなった際にも、そのときから感じるものはありましたので、今後益々凄くなっていかれるように思います。

 瞑想を終え、電車に乗って海老名へ移動。いつものお店が貸切で使えないとの事で、同系列のお店がすぐ目の前にあり、そこでさまざまにお話をしました。ここでの会話は記事には出来ませんが、年月が重なるにつれて話せる内容も深まってきたように感じます。こうした方との出会いは探してもなかなか見つかるものではありませんので、本当にご縁に感謝しております。人生、生き方であったり、今この瞬間というのが続いている、瞬間の連鎖なのですが、どういう連鎖に自然となっていくのかが、これまでの生き方であり、瞬間を大事に生きることが出来る人生というのは良い生き方と言えるのかもしれません。稽古の2時間というのは、一日24時間で考えますと僅か十二分の一の出来事ですが、その瞬間の連鎖の2時間を如何に生きるかということは、自ずとそのほかの時間にも関わって来るものと思います。

 今日も多くのものを学ぶ貴重な時間を過ごすことが出来ました。気がつけばもう翌朝となってしまいましたが、酔いも冷め、今日のコンディションがどうなるのか、そうした気持ちにも勝る稽古と生きている時間を実感出来たことにあります。生きていて価値のあることの一つには、続けて行く事で磨かれていくもの、高まっていくもの、揺ぎ無いもの、そうしたことが月日の流れで強くなるのであれば、年を重ねて行くということは素晴らしい事であると思います。今日もそういうことを感じる一日でした。井上さんには全ての段取り手配を整えて下さり本当にありがとうございます。また時期が来ましたらその時は宜しくお願いいたします。


2018年6月9日(土) 抜刀術 特別講習会
(お申し込み受け付け中)

金山剣術稽古会  

2018年6月 稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文


2018-06-02(Sat)
 

この三日間の稽古

 記事が滞ると、その内容のカテゴリを分類するのに困ってしまう。だが、昨日の夜の稽古は私のこれまでの中でも濃密に身体が記憶した稽古となった。それについての詳細は差し控えるが、その想いの強さからカテゴリは武術稽古にした。

 まずは、月曜日の稽古から。

 この日は夜からT氏との稽古。我々も含めて六人程しか居ないため、自然と会話が増えてくる。それはおそらく、声のトーンであったり、静かな間の中に、押さえた声のトーンだからこそ話せる言葉というものがあるのだろう。

 T氏の正面斬りが修正されてきた。この稽古をおこなうようになって、私自身刃筋が自然と整うようになったと思う。それはおそらく手の内の使い方が、袈裟斬りにしろ正面斬りにしろ胴斬りにしても共通する感覚があるからだと思う。

 睡蓮では、斜めに構える構造の強さをお伝えした。これは昔、鹿島神流にあった「位の構え」から参考に、今の身体の使い方に変換したものでもある。中心を取る斬りと、中心をずらす斜めの使い方は、剣術を通じた身体技法、身体の構造の整備など、各流派さまざまに研究されているものと思われるが、私としても、稽古の中でその元にあるものに近付いて行きたいと思っている。幸いな事に、流派の縛りがないからこそ、さまざまな形やそれまで良しと思ってきた自身の技法を否定できるというのは健全でいられる一つの要因でもある。

 抜刀術では「隅返し」をおこなった。これは私の中でも二転三転変更してきている。それは、抜き心地が悪くなってしまったからである。相手が付いた演武では斬り付けて留めるのであるが、その斬り付けという部分に疑問が生じ、これまでおこなってきたものとの速度の開きに考えあぐねていた。だが、この日の稽古で一つの兆しが見えた。それは重心移動とその際の柄の位置と切っ先の角度にここしかないと体感しえるものを感じ、さらにこれまでおこなわなかった刀に残り身が引かれて行くことをこの隅返しでもおこなったところ、これまでにない抜き心地を体感出来た。しかし、そうなってくるとこの抜刀術の難しさはこれまでの比ではなくなってしまい、その難しさの反面興味の湧く技へと進化した。

 気がつけば武道場は混雑していたが、T氏とともに集中した稽古を終える事が出来た。

 そして昨日火曜日は、午前中に「高齢者のための剣術教室」に向かい、皆さん安定的に元気に稽古に取り組まれました。おそらくこの教室以外の場所では元気でないお姿もあるとは思いますが、この教室では皆さん安定的に元気で笑って過ごされております。人の想いはどこか伝染するものですので、私も肉体的に疲れてこちらに伺っても、教室に入って皆さんにお会いすると元気にいつもの状態になっていきます。こうした安定感というのは、いろいろなところで稽古会や講習会などをおこなってきましたが、こちらの教室がもっとも安定しているものと思われます。今年の8月で丸4年となりますが、これからも安定した教室でいたいものと思います。

 帰りの電車では、京王線が人身事故のため、立川まで出て中央線に乗り換えることに。今日水曜日も帰りの京王線で同様の事故が起きていた。なにかのデータに出ていたがこの時期は多いそうである。以前から思っていたが、こうした事が日常的に起こっているのにあまり大きなニュースにならないのはなぜだろう。このあたりみんな分かっているけど分からないように振舞おうとしているのだろうか。以前鉄道関係に勤めていた人にその辺のことを聞いたこともあったが…。

 連日の暖かさで桜が早くも緑色になってしまった。一週間でこれほど姿が変わるとは儚いものである。夜からの稽古では、遅い時間だったせいか電車内では疲れ果てた社会人一年生の無防備な寝姿が印象に残った。私も社会に出てから25年が過ぎたが、さまざまな25年間だったと思う。今も含め、これからも同様にさまざまな年を重ねていくことは間違いないだろう。自然もそうであるが、4月というのは日本中が大きく蠢いている。そこには期待も絶望も人の数だけあるのだろう。厳しさも優しさも時間は与えそして和らげる、その定めにおいて人はどう動かされていくのか…。

 そして本日の稽古は約二ヶ月振りに戸越体育館へ。2015年から隔週水曜日にこちらを利用していたが、とある原因がありいつも空いていたこの曜日の時間帯がなかなか利用できなくなってしまった。それについては今日こちらのスタッフの皆さんにもお話し、苦笑しながらこちらの方でも何か感じているところがあったように受け取った。しかしまあ、次元の低い事にはあまり巻き込まれたくないので、時の審判に委ねるしかないが、世の中には表面的には分からないように演じている闇のある人間がいる。世の中の事件をしても、なんで騙されるの?と思ってしまうが、皆騙されるつもりで騙されているわけではない。だからこそ、人とは分からないものである。

 しかしながら、そうしたこととは無縁な日常で生きていられることは有り難いものであり、そうした人と出会えることも有り難いものである。それは私が望んだ生き方でもある。武術や武道をおこなうのであれば、やはりそこは間違ってはならないだろう。

 今日の稽古では、W氏とともに最近おこなっていなかった体術を中心に取り組んだ。W氏も先日甲野先生から「あの方は相当やってますね。」と仰られていましたが、年数にすればまだ三年である。だが、その稽古内容の密度と稽古日数は、私の知っている限り誰も追従出来ないだろう。密度の濃い稽古と日々向かい合って集中的に稽古をおこなうことは、短期間であれば可能であるが、三年間となると、とくに私に対しては難しいものと思われる。現に、W氏に対してもそうとう厳しい対応を何度かとったこともあるが、そうした状況でも潰れずについて来ているのはW氏の人間力であろう。仮にW氏と張り合おうとするならば、技量でなく、私への取り入り方などでもなく、周囲へ迷惑を掛けない配慮とその洞察力、そして決して見せ付けようとしない、勝ち負けになろうとしない物事の捉え方、それでありながら継続的な進展が心身に浸透しているという事実。そういう人物がこれからさらに評価されていく事が私としても楽しみであり、次に続いてくる人の指標となるであろう。あまりこいうことを書くと氏の為にならない事は重々承知であるが、そのぶん稽古での厳しさというものを、私からでなく自身で気付いていっていただければと思う。


2018年4月14日(土) 「剣術 特別講習会」
(お申し込み受付中)

2018年4月30日(月)&5月1日(火) 「関西特別講習会」
(お申し込み受付中)

金山剣術稽古会  

2018年4月 稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文


2018-04-05(Thu)
 

今年も撮影に参加させていただきました

 昨日17日は株式会社夜間飛行から発売される甲野善紀先生のDVDの撮影のため松聲館に行って来ました。松聲館へはメールマガジンの動画撮影などでいつもは夜に伺っていますが、明るいうちに訪れるのはこのDVD撮影の時ぐらいですので不思議な感じがいたします。

 初めて参加した2013年の思い出が今でも記憶に残っております。照明の光が眩しく、逆光のように先生の姿がよく見えずなんとも言えない不思議な印象があったときの記憶が今でも忘れられません。初めて経験した生の収録現場に、今ではホッと出来る年月が経ちましたが当時は緊張しっぱなしで、すべての事を先生ありきで作られていることに、当時はまだ役者の匂いが残っていた私でしたので、驚きとともに、その決定権といいますかNGなど無くその精度と速さと威力そしてインタビューにおける言葉の全てに感動したものです。

 あれから5年が経ち、私も当時は一人で稽古をするか、月に一度か二度松聲館を訪れて甲野先生の技を受けることが、東京に住んでいることの目的となってしまっていたので、当時の事を思えば今の状況というのはありがたくてどうしようもないというような状況となりました。一人というのは、自分と向き合うしかありません。そのときに生まれ養い育んだ己というものは、私の心の奥底に重たく鎮座しております。今でもフトその当時の自分が本来の自分の姿なのではないかと思えてしまいます。所詮、私のような人間は一人を好み、疑い深く、自らの肉体に答えを求めるしか意思の疎通ができないのではないか。そういうときの私がたまに、今でも私の精神をジャックすることがあります。それが良いのか悪いのか分かりませんが、少なくとも私はふり幅の大きい多面性をもっていると思います。

 撮影現場では「受け」でいつもご一緒させて頂く、井上欣也さんと五十嵐剛さんとともに甲野善紀先生の新しい技やそれに繋がる流れをジックリと受けながらまた、拝見しながらという、撮影現場というものも含め大変勉強になっております。井上さんは今年から本厚木に「雲山稽古場」という道場を構えられましたし、五十嵐さんとはむかし田端に会った武蔵一族の忍者道場に何度か稽古に行かせて頂きました。今ではメディアに取り上げられる事も多くなられたようで、皆さん大きく前進されていることに、時間の経過というものを感じました。

 甲野先生も来年は古希を迎えられますが、受けておりますと、そんなことは微塵も考える事は無く、どうすれば先生の技に対応出来るか、崩されずにすむか、打たれずにすむか、どうすればそのようなことが出来るのか、そうしたことに身体のセンサーは使われてしまいますが、世間一般的同年代の方からすればとても信じられない出来事です。そのあたりの驚きはもうすでに私自身麻痺しておりますが、今がピークと毎年仰られる先生の動きは「変わり続けることによって進化している」ことを実証されております。それは自己否定を認めることができるということも重要でしょうし、どこまで向き合うことが出来るのか、それは私の想像に及ばないものだと思います。

 人生無駄な時間も沢山使いましたが、甲野先生と出会えた事で、今は時間を贅沢に使えるようになりました。学ぶという事に拒絶反応を持っていた人生でしたが、自分が生きていく中で、情熱を持ち続けることができるもの、学びが今に生きるもの、見える世界が広がると、まだまだ人生は捨てたものじゃないということが分かりました。これからも生きていく中で問題と沢山向き合って行かなければなりませんが、武術稽古という学びの場で、そうした困難をどう乗り越えていくのかこれからも実践していきたいと思います。


2018年1月20日(土) 「剣術 特別講習会」
(第一部は定員となりましたが、小太刀をお持ちの方は受け付けております)
(第二部は受け付けております)

金山剣術稽古会  

2018年1月 稽古日程

2018年2月 稽古予定

甲野善紀先生からの紹介文


2018-01-18(Thu)
 
プロフィール

金山孝之


     金山 孝之
  Takayuki Kanayama


松聲館 剣術技法研究員

金山剣術稽古会主宰

Gold Castle
殺陣&剣術スクール主宰

高齢者のための剣術教室
クラーチ剣術教室講師


――――――――――――――

1975年生まれ
福岡県 北九州市出身
東京都 世田谷区在住

1999年
映画監督中田秀夫氏との出会いにより俳優デビュー。他分野では、マンダムのモデルや舞台のプロデュース公演などの活動をおこなってきた。

2006年
小林照子先生とのご縁から  『 からだ化粧 』のモデルを務める。

2009年
武術の道を志しそれまでの活動を一新し武術稽古と研究に励む。

2011年
武術研究家甲野善紀先生に師事し身体の使い方を研究しながら、『 抜刀術 』『 剣術 』『 杖術 』『 体術 』などの稽古と研究に取り組んでいる。また、先生の書籍、番組撮影、記録映像、その他演武等における打太刀や受けを務めている。

2013年
刀と身体操作の技術向上を目指し裾野を広げるべく
『 Gold Castle 殺陣&剣術スクール 』を立ち上げる。

2014年
甲野善紀先生より
『 松聲館 剣術技法研究員 』という名称を頂き、自身の経験を活かした指導法を各道場等でおこなっている。
 
高齢者向け住宅にて
『 高齢者のための剣術教室 』をおこなっている。

日信工業株式会社の製品『 SAMURAI BRAKE 』のプロモーション活動をおこなう。

2015年
『 金山剣術稽古会 』を立ち上げ、現代における武術稽古の必要性を、身体と心で学べる場として活動している。

2018年
『 関西特別講習会 』として人との繋がりを大事に遠方での講習会もおこなっている。

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