初めての経験

 昨日2月22日(水)は昼から戸越体育館にてW氏と稽古をおこなった。始めの脚部鍛練稽古で「飛石跳び蛙」(とびいしとびがえる)という前方にジャンプして、一番高いところで腿を引き上げ、着地の瞬間にもう一度腿を引き上げなるべく音をさせないように深く着地するというもの。これまでおこなってきた「飛石」と「跳び蛙」を合わせたものであるが、これがなかなかキツく、短い時間で心肺機能と脚部&体幹等に効いてくる。飛石に慣れてきたせいか、こうした稽古にあまり時間を費やしたくないので、なるべく短い時間で効果を得られるものとして、「浮き」を掛けるための身体作りとその操作感覚を養うものとして「飛石跳び蛙」をおこなった。

 昨日の体術稽古では、肩甲骨による背中の張りと、その張りがもたらす腕との関連性について、座り技や立ち技等で検証する事が出来た。そうしたことから確認出来たことは、背中の張りは腕と一体となった調和のなかで保ち、その操作の要であるのは肩甲骨の可動域であるということ。それに中丹田の意識からなる張りを合わせると身体が強くなることは確認出来た。昨日は最後に、「払えない突き」をその状態でおこなってみたところ、払われないというか、相手の払った手にくっついたままこちら側があまり崩されないという面白い現象が、私も受けてみて確認する事が出来た。これに関しては腰の使い方も関連していると思われるので、さらに研究したい。

 抜刀術では、約一ヶ月振りに「稲妻抜き」をおこなった。この稲妻抜きは随分形が変わってしまったので、もはや稲妻抜きと言えるものではないかもしれないが、右手の誘いと相手の右籠手に斬り付けるという条件は変わっていないので、元々の甲野先生の稲妻抜きとは随分違っているが、これからもこの稲妻抜きは最も思いのこもった技でもあるので進化していけるように取り組んでいきたい。

 その稲妻抜きでは、右手の誘いの位置をこれまでよりも上に上げることとし、相手の斬り込みに対し右手が下に抜けるべく、これまでよりも上げる事とした。これにはもう一つ理由があり、以前は相手の右籠手に切っ先が螺旋を描くように回転しながら寸止めで留める(角度にして45度前後であろうか)ものであったが、これを実際に斬り落すものとしての形とすべく、浮き身を掛けて落下しながら刃を落すものとして改めたのであった。

 その結果、右手が相手の刃の下を掻い潜る際に、低すぎてしまえば上から落下で斬り落す事が困難であり、そのため構えの足を前後逆にした時期もあったが、そうなると誘いの手の位置や角度に違和感が生じてくるため、2017年1月の動画を撮影する前に右足前に戻したのである。そうなってくると、やはり右手の誘い位置を上げなければ相手の刃の下を掻い潜って斬り落すことは困難であり、昨日の戸越体育館での稽古でテスト的に様々な高さでおこなってみた。

 あまり高すぎると、相手に対する誘いにならず、低すぎると斬り落としの掻い潜りが出来ず、その合間の下を通して斬り落せながらも、誘いとなるギリギリのラインというものが見えてくる。今後は自然体から構えに入る際にその位置に迷い無く持っていけるかが課題となるだろう。

 それと「懐月」という抜刀術の構えに少々変更があり、鞘を45度の正面閂差しにしていたものを、完全な平にすることとした。これはより押さえが掛かり易く指が抜けるリスクを軽減させるためのものとして変更したが、W氏の構えを見て、この構えのほうが正解であるという、見た目からの説得力にも感じるものがった。

 そして昨日の一大事は、夜から松聲館に行き、甲野善紀先生のメールマガジンの動画撮影後、23時過ぎに目の当りにした先生の動きである。

 私も先生の所へ毎月行くようになって気がつけば六年目となっているが、これまでに幾度と無く驚く動きを拝見してきたが、昨夜は忘れられない夜となった。私は電車の関係でいつも遅い時間まで先生のところに(粘って)居させてもらえているが、そうした23時過ぎの剣術稽古の際に「浮き」ということの凄さと奥深さというものが感動的にその剣を重ねた(柔らかい素材で遠慮無く本気で打ち込める材質のもの)瞬間の一コマが、これまでの人生や今に至るさまざまなことが一気に頭を駆け巡り、思わず目に涙が滲んでしまったが、こうした事は私の稽古人生で初めてのことであった。

 私は自分でも上手く説明できないのであるが、剣術に対する想いが強く、かといって他の流派の剣術には一切興味が無く、古の剣の達人に対して尊敬はしているが、この人という憧れは無い。一年程示現流を学んだ時期はあったが、私が日々おこなっている稽古は、松聲館の身体の使い方しか知らない剣術であり、そこから自分なりに工夫してこれまで稽古をおこなっている。そうした、自分で自得しなければ身にならないことを知っているので、先生に何かを具体的に教わるということは殆ど無く、見て感じて、剣を合わせてジックリと悩み考えるということでこれまでおこなっている。だから、先生がおこなわれる剣術での動きの変化にはこれまでとの違いや進化というものが、私自身稽古を追い求めているということは、先生の感覚や身体の使い方を結果として探っていることにも繋がっているので、昨夜の23時過ぎの衝撃的な動きが、剣を重ねた瞬間に先生と目が合いながら、初めて涙が滲むほど深く感動したのである。

 そうしたことがあってか、今日は起きてから非常に身体が重く、視力が落ちたような目の疲れと、武道場で袴を履く際に紐の結び方が分からなくなってしまったのである。これは病気になったかと焦ったが、何度考えても結び方が分からなくなり、鏡を見てなんとか思い出したのであった。何年も毎日やっていることが突然分からなくなったことに驚いたが、それほどエネルギーを使い切ってしまうほどの昨夜の出来事だった。

 昨夜に話が戻るが、甲野先生に「素肌寝」について質問をしたところ、ゆるめの寝巻きよりも特に下半身は素肌に近い状態の方が温かく寝られるということを伺い、昨夜は帰宅後に裸で布団に入ったところ、腰から足先に掛けて温かくなり、徐々に上半身も温かく、これまでにないほど足が温まったことに驚き、嘘のように気持ち良く寝ることが出来たのである。起床前にトイレに行き、上下一枚ずつ肌着を着て再び布団に入ったところ、さっきと全然違い、寒くなり足先も冷え、「なんなんだこれは!」とその違いに驚いたのである。

 これまでに、テレビなどで「裸で寝ています。」という人の声を聞いたことはあったが、当時は開放感が好きなちょっと変わった趣向の人なんだなあ・・・・・・と思っていたが、体が温まるということを伺い、寒ければ着ればいいだけのことなので迷わず昨夜は素肌で寝たところ、いつもと違って温かいのと肌触りがいいのとで驚いた。ものは試しに「素肌寝」をお勧めするが、女性では胸を張って「私は裸で寝ています!」とは言えないところが悩みどころでもある。別に完全な素肌状態で無くとも、薄く体全体を被うもので締め付けずに寝れば効果を体験出来ると甲野先生のツイッターにも書かれています。

 さて、本日は高田馬場でW氏と稽古をおこなった。今日は俳優でニューヨークに五年滞在されていたというK氏が見学に来られ、見学の合間に自ら武道具屋で購入した杖で稽古をおこなっていた。

 今日は早速昨日もおこなった「飛石跳び蛙」をおこない、剣術「真っ向水面之一振り」、「突き返し」、「胴斬り」、「三段斬り」、「影抜き」、「剣 十一之型」をおこなった。K氏も熱心にメモを取りながら見学されていたが、あらためてこうしたさまざまな稽古に、私の稽古相手として成長していただいたW氏には感謝している。

 後半は抜刀術稽古をおこない、昨日に続いて「懐月」、「稲妻抜き」をおこなった。私自身昨日は約一ヶ月振りの稲妻抜きであったが、今日は昨日に比べて少し滞りが消えたので、自然体から構え抜刀までの段階に違和感が少し薄れてきた。

 私自身、抜刀術稽古は、武術稽古の中で最も特別に感じているものであり、それだけに今現在取り組もうとしている十二の技の総合的な型としての完成度を目指して、その難しさと、心理面に関る問題の認識と身体の状態が、今までに比べてずっと具体的におこなえるようになったことが、大きな収穫となっている。この抜刀術における心理面を伝えるということは非常に難しいが、着いて来てくれる人には、時間を掛けて自得していけるように私も待たねばならない。もちろん私自身も未熟を痛感しているので、私の元に尋ねて来られる人を導いていけるためにも、私自身貪欲に得ていかなければならない。

 長文になってしまったが、今夜も素肌寝を実践し、よりその身体の状態を確認してみたい。それにしても、人生は思いも寄らぬことが起き、後で繋がりを認識し、今を生きている。これからも驚くようなことは沢山起きて来るだろう、少しでもいいから、新しい自分に出会えるように、そうした自分と出会える人との良縁が続くように、武術稽古という武術にとどまらない、自身の探究、人間の探究、想いの通じ合う同じ時間軸を生きている人との日々、そうしたものが大きな輪となり、これからの何かを生み出し感動を与えてくれることになるものと信じている。


 2017年2月25日(土) 「立廻り 特別講習会」
 (お申し込み受付中)
 
 2017年3月20日(月)春分の日 「抜刀術 特別講習会」
 (お申し込み受付中)

 「金山剣術稽古会」 
 (経験不問 御連絡お待ちしております)

 2017年2月 稽古日程

 2017年3月 稽古日程

 甲野善紀先生からの紹介文


2017-02-24(Fri)
 

練磨と秩序から見えてくる規矩なるは

剣術を通じて人生が変わった私であるが、今現在の日常というのはこれまでと比べてどう変わったのであるか、このところようやく実感が掴めて来たように思える。

 それは今日17時から高田馬場で井上 欣也さんとの交流稽古で思わぬ言葉が出てしまったが、「一番大事なものが一番伝えられないんです。それを伝えようとすると逆効果になってしまうので・・・・・・。つまり今伝えていることは、伝えたいけど伝えられない(理解しにくい)ものを、これから伝えられる段階に近づけていけるものとして伝えているのです。」

 そのようなことを思わず言葉にしてしまいましたが、それは私自身拘りのある動きの中で身の規矩(かね)を追求しているのかもしれません。それは人それぞれに異なるようにも思えますし、そうしたものは伝えるというよりも、伝わるように時間を掛けていかなければならないものだと思います。

 一番大事にしているものが伝えられないというのは、もどかしいものでもありますが、それはその人それぞれが自ら求め追求していかなければならないものなのかもしれません。井上さんとこの話になった瞬間にしばし時が止まったように感じられました。

 生き方における規矩とも言えるようなその人自身のもっている何か大事な部分が、秩序とともに練磨され、そうした一番大事である部分を認識し敏感に感じ取っていける人から得られるものは多いにあり、私の日常の中でも、稽古だけでなく突然そうした出会いに遭遇する事も少なくはない。同じ価値観の中で同じ時間軸を生きている人とは、いつかお会いする事があったとしたら、いままで良く知っていた人かのように、真剣に語り合うことが出来るだろう。出会いの素晴らしさというのは、出会っている間だけでなく、そうした想いが芽生えれば、今後規矩なる部分が崩れぬ限り、どこかで繋がっているものと思う。そうしたものは、常にお互いと安易に繋がっていないからこそ、想いは深まるのではないだろうか。

 これまでそうした生き方について色々な方とお話してきたが、私自身人に語れるものなど無い。しかし、そうした私でも話が伝わる方と遭遇する機会もどういう訳だか増えてきた。今日あらためてそうした事を考えたときに、稽古だけでなく、情熱を掛けて真剣に「生きていく」という不安と期待と葛藤に悩み輝き生きていくためには、武術稽古から導き出されるものは多いにあるように感じる。私にとっても、こうした今の今を真剣に考え学ばせていただく方との出会いというのは年齢を問わずこれからも大事にしたいと思っている。

 さて、久しぶりとなった井上さんとの稽古では、この間私なりに気がついた身体の使い方を体術稽古で確かめることが出来た。最近は中丹田に意識が向き始め、上丹田との兼ね合いを考えていたが、今日の井上さんからの言葉に非常に得るものがあり、私なりに感じる丹田というものは、それぞれの部位によって感じる働きが異なるように思う。もちろんその辺はこれから時間を掛けて慎重に探っていかなければならないが、井上さんとの稽古で得られるものはあらためて貴重でありがたいものである。

 杖術や剣術では、「四天誕杖」と「高速三段斬り」をおこなった。今後は名称をシンプルに高速を外して「三段斬り」としたい。私の中で今集中的に取り組んでいるのは、「四段斬り」であるが、今日も少し「五段斬り」をおこなった。私自身どういう脚足の使い方をしているのか何回やっても分からないが、おそらく肩と腰が連動してブルブルっと震えている感じは出ているので、途切れてはないものと思える。

 袈裟斬りに関しては、しばらく稽古場ではおこなっていないので、いつか時間を掛けて取り憑かれたようにおこないたい。これまでの間にいろいろと身の規矩を養うべく稽古をおこなってきたので、この袈裟斬りで一つ前に進んでおきたい。

 今日はここまでに二回記事が消えてしまった・・・・・・。

 書き直して今に至るが、さすがに精神的に堪える。

 兎に角、これからは日常的継続した意識の中で練磨と秩序が自分の中でどのように形になっていくのか。そこには先日の抜刀術稽古で気が付いた、一つの形を基準におこなうことで全体としての調和が取りやすくなることから、自分自身の心理面における一つに形というものをより明確に感じとっていかなければならないように思うのである。

 今日はそうしたことを考えさせられる一日でもあった。

 今日も井上さんには遠い所お越しいただき誠にありがとうございます。今年はなにか新しいことをやりたいですね。もう2月に入りましたが、今年一年宜しくお願いいたします。ありがとうございました!


 2017年2月25日(土) 「立廻り 特別講習会」
 (お申し込み受付中)
 
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 2017年2月 稽古日程

 2017年3月 稽古日程

 甲野善紀先生からの紹介文


2017-02-04(Sat)
 

濃密で大きな一日

 本日21日は、12時に表参道で髪を切り、そこから半蔵門線で三軒茶屋行き私が気に入っている玉川屋履物店で来年1月から履くための朴歯の高下駄を買いに行ってきた。茶沢通り沿いにあるお店で、店主の女将さんの人柄がすばらしく、訪れるたびに長話をしてしまう。話だけではなく、品物もシッカリしているので今年履き潰した朴歯は鼻緒がビクともしなかったのには驚いた、だいたい前つぼに通した鼻緒が切れ掛かってくるのであるが、それが無かったので女将さんに目の前ですげて頂いたのであるが、その一年足らずで履き潰した下駄を履いていったときには大変喜んでいただいた。今は、インターネットで安く下駄が手に入るので、良い品物を提供する職人さんが減ってきているそうである。良い物は手直しが掛からないので、結果として損は無いと思うのであるが・・・・・・

 夕方にはゆうパックが届いたり、遅れていた2017年1月の特別講習会を二件掲載し、夜になって甲野善紀先生のメールマガジンの動画撮影と研究稽古に向かった。今日は今年最後に伺う松聲館での稽古でしたが、得難い貴重な時間となりました。田島大義さんとも濃い研究稽古が出来ました。そうしたやりとりのひとときに、年月を感じるものがありました。

 甲野先生の最近の気づきである「内腕」が剣術において、これまで以上の剣が剣らしからぬ動きになり、松聲館に上がって入り口で早速先生と袋竹刀でその技を見せていただくことができ、驚きと共に今後の先生の内腕からの展開が剣術に於いても凄いことになりそうな予感がしております。私自身も、内腕による剣術と抜刀術で、その違いの実感から今までのやり方に戻れなくなってしまいました。

 今日あらためて感じましたことは、お芝居では自分の経験したことが演じていく中で活きてくるように、経験していないものを演じるというのは嘘っぽくなりやすいものです。よくありがちなイメージを空想のなかでリアルに転換してしまう罠に陥りやすいものです。武術稽古でも、自分が経験体感した範囲での予測の動きになってしまうことが無意識の中でおこなわれており、その範囲を超えていかなければ「術」とは言えないものであると思います。ですから、自分を追い込んだり条件を厳しくしたりしておこなう稽古は重要でありますし、そうした中で「フロー状態」が体感できれば、そこからの身体の状態は激変していくように思えます。

 「内腕」の意識は、身体がおこなう手順が変わってきますし、これまでに感じていたものが軽くなったり強力になりますので、予測の範囲が、これまでより上げられるようになるのではないかと思っています。そうなってきますと、内観的にも変わってくると思いますし、より面白い世界が開けてくるのではないでしょうか。

 今日は他にも「浮き」について得ることがありました。瞬間的に起こりも見えず浮きが掛けられるなら、かなりのことが変わってくるように思います。そのためには「浮き」について私自身もしかすると安易に考えていたように思うふしがあるので、条件を厳しく浮きで対処出来るような稽古法を考えて実践したいと思います。

 もう直ぐ午前4時ですが、全く寝る気にならないのは稽古で得たものがあまりに大きかったことと、その数時間前の出来事の残像が今でも傍にあるようで感動が覚めません。おそらく頭以上に身体の方が得たことの感動を知っており、それを実感するのはこれからの稽古でジワジワと訪れることに、先行して余韻に浸っているのかもしれません(笑)。

 師走が終わり、これからお日様が長くなっていきますが、一年は繰り返されるからこそ安心できるのかもしれません。人の身体もそうしたサイクルに合わせてどこか循環しているのでしょう。そうした中に於いて身体の使い方や身体のそものは前に前に進んで行きたいものです。


 2016年12月23日(金)天皇誕生日
 「杖術 特別講習会」

 (お申し込み受付中)

 2017年1月9日(月)成人の日 
 「抜刀術 特別講習会」

 (お申し込み受付中)

 2017年1月14日(土)
 「杖術 特別講習会」

 (お申し込み受付中)

 「金山剣術稽古会」 
 (会員希望者受付中)

 2016年12月 稽古日程

 2017年1月 稽古日程


2016-12-22(Thu)
 

自然体な空間

 本日は二ヶ月振りに井上欣也さんとの交流稽古会であった。

 今この行に入って題名が浮かんできたが、そう、井上さんとの稽古がかなり自然体であり、それはこれまでの稽古会の経験もあるが、求めているものが身体のみならず、いや、身体そのものと言ったほうがいいのかもしれないが、動いているときも止まっているときも、技について話をしているときも、世間話をしているときも、全てが同じ感覚というか、その上で生き方=稽古というものを「精査」している感じがある。

 これは本当に生きていて、稽古をしていて、人と出会えて、財産といえることである。

 今日は井上さんから二ヶ月分のものをいただいた。杖の操法では、左右の持ち替えに身体をねじらない足の使い方を見せていただき、これは股関節の運動にも良いと思い、井上さんにお断りして今後の講習に使わせてもらうことにした。これまでは片足立ちでの左右の持ち替えをおこなっていたが、私が最近おこなっている、足の左右の開きを取り入れることで、身体のねじれない動きの意識付けと、股関節の外旋と内旋が稽古前の運動としては効果的であると、井上さんの動きを観て感じた。

 井上さんからは、指先の強さというものを教えて頂き、その感じから私が杖術でおこなっている手之内に通じるものがあったので、お伝えしたところ、井上さんの感覚にかなり響くものがあったようで私としても頂いてばかりでは申し訳ないので良かったと思う。

 今日の稽古で試したかったことは、内腕を意識した肩甲骨の位置が井上さんに対してどのぐらい効果を発揮するかというもの。まず、切り込み入り身では、やはりこれまでと比べると強くなっているが、まだまだ、肚から下が使えていないので、その辺りを今後は上体と繋げて動けるか、研究したいところである。

 座りでの正面の対応では、後ろ脚の寄せと肩甲骨の位置による上体の強化と下に落としていく身体の使い方を試みて、何度か崩れ難くなったが、井上さんにさらに下から入ってこられてしまい浮かされてしまった。だが、取りの入り方に対する対処法まで教えていただいたので、本当にありがたく今後の稽古に取り組めそうである。

 お辞儀潰しでは、結果として後で凄く重要なことを本当の意味で知ることが今日は大きな日となったのであるが、このお辞儀潰しで、おそらく自然とそういうふうにやっていたのではないかと思う。

 それは、崩しからなる接点圧力が変わることなく、むしろ、崩しの瞬間が大事であり、そこでの接触圧が効いたまま横と下の方向に立体的に掛けているので、無理が無く力が通るので受けている相手も心地よさがあり、このお辞儀潰しに関しては、相手が上手く潰せるようにうなってくれたほうが気持ちが良いのである。

 今日はその崩しに関して皮膚の感じであったり足元の抜けであったり、新たなことが分かった。首の皮膚は敏感であるが、あらためて皮膚というのは動かされやすい(つながりやすい)崩しの入りとして重要であることが何度も分かった積もりでいたが今日ほど納得がいった日は無かった。

 剣術では「影抜き」をおこなった。最近はこれまで封印していた影抜きの稽古をおこなっているが、今思うとどうして封印していたのかが自分でも分からない。おそらく身体が納得出来なかったからだと思う。それは違和感しかなく、違和感を解消する手掛かりが当時では見当たらないことを身体が知っていたからではないかと思う。その時がくれば嫌というほどやれるのだからと、我慢に我慢を重ねていたが、この数ヶ月前から、重いイスノキの木刀が、腰が追従していくための足遣いに変わったことと、左手の指先の使い方によりこれまでより構えの位置が上がり、さらに最近の甲野先生の内腕のヒントからさらに構えの位置が高くなり、そうした脚部と、構えの変化が、重い木刀がブンッとこれまでにないほど振れるようになったことが、「影抜き」への取り組みに身体がOKを出したように思うのである。

 次に胴斬りをおこない、ここでも大きな手掛かりが見つかった。それは、この胴斬り稽古は「太刀奪り」に近い感覚と体捌きが求められ、いかに居着きを消し去るかということが重要課題となる稽古である。そこでフト、相手の力感や質感、呼吸などを同化させるように意識しておこなってみたところ、初動における失敗が失敗でなくなるような感じがしたのである。つまり、自分の反応だけに頼ってしまうと、相手とのタイミングに遅れてしまったときに、「ああ、駄目だ・・・」と諦めてしまうことがあるが、相手と自分を同化させるようにおこなうと、心理面に大きな違いが実感出来た。相手と一緒になれば良いも悪いもなく、共に動くという共同作業のようになり、心理面の乱れが身体の乱れになりにくく、整えたものを、あまり乱すことなく動けるのではないかと思うのである。整えたものを、一旦乱してまた整えると、見た目には速く動いているように見えるが、本人が感じる時間感覚は余裕が無いものであるように思う。相手と同化する意識だと、心理的にも身体的にも乱れにくいので、ただ動くということに惑わされにくいのかもしれないし、結果としてそれが時間感覚に余裕がもてるのかもしれない。これらはあくまで推測の域であるが、整ったものが整ったまま動くことは意外に難しく、そこには心理面の働きが作用しているようにも思えるし、居着くということは多分にそうであると思う。

 こうした深い考察が出来たのも井上さんとの一言、二言の会話が脳内に「ここしかない」といえる引き出しを開けさせてもらえるからであり、本当に得がたい方である。

 そして最後の体術稽古が、私にとっては今日もっとも大きな学びとなった。それはかなり以前から井上さんに教えていただいたものであるが、今日の今日初めて、その事に対して納得が出来た。

 もうほんとうに、稽古代をお支払いしたいほどの感謝の気持ちで一杯であるが、体術における接触の重要性、崩しの前、そう、この崩しの手前であり、それはこれまでにも何度も教えていただいたし、体術を学んだ人なら知っている原理といえばそうであるが、知っているのと、それが再現できるのは別物であり、今日はその場合はこう、これならこうと言えるような理解の仕方が出来たことが大きい。もちろん井上さんの場合は、その崩しの前の感覚というのは井上さん独特のものがあり、最近は井上さん自身の術理を大事にされており、こうした部分に於いてこれから益々独自に井上さんの道を突き進んで行かれる事が、非常にすばらしいことであると思うし、やはり自分で編み出したものというのは、発見の質が違うもので、凄く身になる部分が多い。これは私自身、杖術や剣術、抜刀術など、参考にしている部分と、独自に研究していった部分があり、やはり独自に研究したものがそこからの発展につながるし、「これからの何か」に向かって逆算されているものだと思わされることもある。

 接触によるテンションを知ることで、崩しに対する人間の身体の面白さを実感出来た。そのあたりの微妙な張りというか、つながりというか、「今!」という感じが今日は体感できたことが私としては非常に大きかった。あらためて井上さんにお礼申し上げます。

 今日も肌寒い雨の中ありがとうございましたまた。また次回も、宜しくお願い申し上げます。

 12月は、ハピコラと抜刀術特別講習会は御座いません。その代わり「杖術特別講習会」を12/23に予定しております。11/3の抜刀術特別講習会(四時間二部制)も近づいて参りました。今のところ第二部のお申し込みが集中しております。第一部は初心者用の講習を考えております。年内最後の抜刀術特別講習会ですので、ご都合宜しい方お申し込みお待ちしております。


 2016年11月3日(水)文化の日 
 「抜刀術 特別講習会」 (四時間二部制)

 (お申し込み受付中)

 2016年11月23日(水)勤労感謝の日 
 第13回 GM happy コラボレーション 「杖術とヨガ」

 (お申し込み受付中)

 「金山剣術稽古会」 
 (会員希望者受付中)

 2016年10月 稽古日程

 2016年11月 稽古日程


2016-10-29(Sat)
 

ONE DAY

 先日の山の日8月11日に井上さんとハピコラ「杖術とヨガ」をおこなってから、私の中に背中の詰まりを取り除きたいという意識が芽生え始め、あの日から毎晩継続してヨガをおこなっている。身体を柔らかくしたいというよりも、背中の背骨周辺の詰まりを解したくて、無理することもなく、気持ちのいい姿勢を考えながら、井上さんから学んだやり方を実践している。その影響で、寝る前30分位の解しが寝返りをうったり、翌日の身体の調子にいい影響を与えている。そんな井上 欣也さんと今日は高田馬場で交流研究稽古をおこなった。

 そういえば今日は研究したかった杖のお辞儀潰しをまったく忘れていた・・・・・・

 なぜかというと、今日は合計すると40分位はお話していたのではないかというほど、いろいろ会話が弾み、身体と意識とサイクルの事や、精神的な詰まりが取り除かれることで、身体にビリビリくるような呼吸との関連など、私自身実感しているものがあり、意識と、身体と、それぞれの流れをスムーズに整えることで、感覚的に感じられる微細なコントロールが出来るのではないかと想像している。

 詰まった背中、背骨周辺、頚椎、胸椎、腰椎、仙骨、など、どこかで意図的に解してあげなければ、感覚的にも思考的にも今後停滞していくような気がしたので、今は部屋で木刀を振るよりも、詰まりを取り除き流れを良くする事に時間を掛けている。

 今日の稽古では、剣に引かれる寄せ足というものを井上さんにお伝えし、興味深く取り組んでいただいた。今こうして書きながら思うことは、剣を走らせて、それとは別に脚部が出てしまうということは、剣が身体に通っていないため、結果として身体で振っていることにはなっていないと思われる。剣を走らせ、それに自然に引かれるように足が進むということは、剣が身体を通っており、そのため足が前方へと引かれるように出た際に、腕に掛かる負担が軽減されているように思うのである。だが、この感覚は非常に繊細な部分があるので、もっともっと、具体的な実感を見つけられるように修練しなければならない。

 井上さんからは接触面から波のような伝達を受け、瞬間的に反応してしまう不思議さを体感した。詰まらないこと、筋肉が収縮しないこと、上腕二頭筋をあまり使わないように身体を使うこと。

 稽古と共に、数年間掛けて身体を変えていかなければならないと痛感する。あらためて井上さんと出会えたことに感謝しています。

 井上さんが帰られた後、H氏とU氏が訪れ、21時30分頃まで稽古をおこなう。後半は時間を掛けて、剣の十一連続動作之型をおこなったが、やはりこれは杖に比べ数倍難しいようである。今、この行を書きながら木刀を手にし、最後の十一番目を木刀を帰りの電車で気が付いた動作に変更してみたが、なかなか難しいものになってしまった。だが、問題を見つけ身体の使い方を工夫すれば、夢中になれる型稽古になりそうである。この動きは総じて昔稽古した動きが自然と入っている。

 明日は、昼から抜刀術特別講習会である。夜は多摩川で花火大会が開催されるそうであるが、明日は雨の予報。久しぶりに遠方から参加される方もいらっしゃるため、少人数でジックリとおこなう空間となるだろう。

 夏になればアルバム、フロムイエスタデイを聞くのが楽しみであるが、音楽というのはその時の過去を思い出させる。今の私は、どういう自分になっているのだろうか、変化しているのか変わっていないのか、まだまだいろいろなものを取り入れ、これからの自分を発展させていかなければならない。井上さんとの交流は、そうした面で非常に考えさせられる大切な時間です。人間の不思議さ、面白さ、そういった部分を、観察して気が付いてあげられる自分でいたいと思います。井上さん今日も密度の濃い稽古をありがとうございました!


 2016年8月20日(土)
 「抜刀術 特別講習会」

 (お申し込み受付中)

 「金山剣術稽古会」 
 (会員希望者受付中)

 2016年8月 稽古日程

 2016年9月 稽古日程


2016-08-20(Sat)
 
プロフィール

金山孝之


     金山 孝之
  Takayuki Kanayama


松聲館 剣術技法研究員

金山剣術稽古会主宰

Gold Castle
殺陣&剣術スクール主宰

高齢者のための剣術教室
クラーチ剣術教室講師


――――――――――――――

1975年生まれ
福岡県 北九州市出身
東京都 世田谷区在住

1999年
映画監督中田秀夫氏との出会いにより俳優デビュー。他分野では、マンダムのモデルや舞台のプロデュース公演などの活動をおこなってきた。

2006年
小林照子先生とのご縁から  『 からだ化粧 』のモデルを務める。

2009年
武術の道を志しそれまでの活動を一新し武術稽古と研究に励む。

2011年
武術研究家甲野善紀先生に師事し身体の使い方を研究しながら、『 抜刀術 』『 剣術 』『 杖術 』『 体術 』などの稽古と研究に取り組んでいる。また、先生の書籍、番組撮影、記録映像、その他演武等における打太刀や受けを務めている。

2013年
刀と身体操作の技術向上を目指し裾野を広げるべく
『 Gold Castle 殺陣&剣術スクール 』を立ち上げる。

2014年
甲野善紀先生より
『 松聲館 剣術技法研究員 』という名称を頂き、自身の経験を活かした指導法を各道場等でおこなっている。
 
高齢者向け住宅にて
『 高齢者のための剣術教室 』をおこなっている。

日信工業株式会社の製品『 SAMURAI BRAKE 』のプロモーション活動をおこなっている

2015年
『 金山剣術稽古会 』を立ち上げ、現代における武術稽古の必要性を、身体と心で学べる場として活動している。

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