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自省が得られる稽古

 本日は天気予報通りとはならず、終日傘が必要な天候でした。今日の抜刀術特別講習会では、他流で居合を学ばれている方や古武道団体に所属されている方もお越しいただきました。

 この三ヶ月に一度の特別講習会では、その日の内に身に付けて頂くという事は不可能ですので、私が稽古して最も気づきが旬なものお伝えするようにしております。ですので、その先にあるものを感じていただき、そこを目指されるのか、はたまたそれを手掛かりにそれぞれの稽古に活かしていただくのか、この特別講習会は別の言い方をすれば「私なりに気づいた最新情報公開の場」とも言えますので、三ヶ月に一度の講習会で身に付くものではありませんが、次の稽古に向うための何かを肌で感じることにはなるかと思います。

 基礎的な身体の練り方から稽古法など技術を習得していく稽古は、土日の講習や平日の稽古会で進めておりますが、この特別講習会では、ある程度武術的に関心度の高い方の方が、感じていかれるものはそれなりに納得出来るものがあるように感じます。

 今日は最後にお伝えした言葉に、「床を蹴って足を浮かせると、上方向に重力が抜かれている間の発力となりますので、初動時における伝達は弱くなってしまいます。腿を引き上げると、足は上に上がりますが、上体は落ちていきますので、その間の発力というのは通常の伝達と比べて強くて速いものになります。」というような言葉をお伝えいたしましたが、抜刀術の稽古では止まっている状態の方が稽古としては長いものですので、上記に述べたような初動の発力を構えの中でどのように働かせていくのか、身体各部を点検把握しながら、動きの実感と修正の中で取捨選択しながら抽出していきます。

 居着きには、身体的居着きと心理的居着きがありますが、読んで字の如しその場に留まってしまうことを意味します。それが瞬間的な対応において身と心が着いて行けない状態、或いはどちらかが着いて行けない状態となってしまいます。これには、身体が対応できる状態を実感すれば、心理的居着きは改善されやすく、同じように心理的居着きが改善されれば身体的居着きも改善されやすくなります。

 ではその改善とはどうすればいいのか?ということになりますが、そこに身体の使い方の工夫があり、手続きの整理やひと手間の働き、等々他にも未知なるものがありますが、そこに気づきの気づきたる真価があるのです。

 そのことは、稽古をおこなう者は当然のことですが、伝える側の指導者も、未知なる発見を追い求める探究を失ってはなりません。私は指導者という立場もとっておりますが、それは先に進んだものを興味のある方にお伝えしているだけのことであり、それにお越しいただく方のお陰で私は自分の稽古が出来る時間を与えられており、そこで更に得たものを次にお伝えするという循環で繋がっております。ですから、指導者や先生という立場となっても、それは空間がそれが自然な音の伝播になるからであり、間違っても偉い立場だと思ってはいけないのです。

 人は、環境でさまざまなものが形成されていきますので、立場の意味を勘違いしてしまわないためにも、人のお陰で働くことが出来ているのだと、その場が与えられているのだと、それぞれにそれぞれの立場を全うしていくことで循環というものはスムーズに良好な円(縁)を描いていくように思います。ですので、金銭に惑わされず、環境がどうであるかが、この先の我が身の振り方に関わってくるものであります。

 いつにも増して記事の着地点が見えなくなってしまいましたが、勘違いをせずに邁進して生きていくこと。そして勘違いは月日の経過によっては戻れない場合もありますので、自省を忘れず、大勘違いの長い月日の経過にはそれに見合った大自省が覚悟出来れば、戻れることも可能かもしれません。こう書いてしまうと私もドキリとしてしまいますが、武術稽古というのは、自省を促すものであり、「自省なくして本流に辿り着けぬものなり。」支流の中で、停滞し淀み腐敗しないためにも、本流の流れに向かい、そこに乗って行けるための自らの腐敗の元をただすべく自省し、清流の中でより濁りの元に眼が向えるよう私自身まだまださまざまなバランス感覚の中で精進して行かなければならないと思っております。

 本日は気温も低く雨も降っておりましたが、お越しいただいた皆様ありがとうございました。次回は二週間後の2/1(土)に剣術特別講習会を二コマ開催いたします。


2020年2月01日(土)『剣術 特別講習会』(お申し込み受付中)

金山孝之 指導・監修 DVD
『古武術は速い~“型の手続き”を追求した剣・杖の実践的な体使い~』


金山剣術稽古会

2020年1月 武術稽古日程

2020年2月 武術稽古日程

甲野善紀先生からの紹介文

2020-01-19(Sun)
 

親友の特権

 おととい水曜日の夜は、親友の瀧本と再会することができた。

 親友と簡単に口にすることは殆ど無いが、私にとっての青春時代といえるあの頃、18歳~24歳までの期間広島で過ごした若さゆえの有り余るエネルギーを大いに放出していた時代であった。

 あれから二十年が経ち私も3月で45歳を迎える。あっという間だった…とは思わない。二十年は長いはずである。その間に色々な事があり、人としても成長し私もあの当時に比べれば大きく変わった。気がつけば苗字を呼び捨てで呼ばれたりお前と呼ばれる事が無くなった。

 そうした二十年後の今をお互いに消し去り、かつてのまま呼び捨てで呼び合い、オマエと呼び合えることの心地良さ。普通なら縁を切りたくなるような態度でも親友であれば、それが寧ろ心地良い。苦楽を共にし、何でも語り合ってきた存在というのは打算の無い情熱と感動のエネルギーに包まれた時代で封印していたからこそ、何十年経っても色褪せることなく、今では眩しく思える当時の想いを呼び起こすことになれるのだろう。次なる世界へ旅立つということは、数年、数十年、或いは永遠の別れとなり、次第にそうした過去の想い出は、今を生きている現実の中に無く、時が経つほどにその封印の価値を知るのである。

 少し余談であるが、私がフェイスブックやツイッターを好まない理由の一つには、そうしたかつての眩い想い出の封印を壊したくないという、あの頃を大事に保っていたいという、そうした想いが少なからず働いているせいもある。

 
 私はもう忘れてしまっていたが、広島の会社、JFEスチール株式会社西日本製鉄所(当時は、NKK株式会社福山製鉄所)に就職した入社式で瀧本は私の隣にいたようだ。99人の入社式だったので広い体育館でおこなわれた記憶は微かに残っている。入社後、数ヶ月間の教育実習では、私の前の席に瀧本がいて、何かと話をしたり休憩時間を良く一緒に過ごしたものだ。寮生活は賑やかなもので、八階建ての建物に食堂や大浴場があり、玄関前では寮長が交代で見張っていた。我々の頃が新入社員の人数が多かったように記憶しており、その翌年以降は大幅に新入社員の人数が減っっていった。思い起こせば、色々な事が懐かしく今では考えられない日常であったが、それは想い出の中に留めておこう。

 会社を辞めて瀧本とは三度ほど会っている。一度目は大阪に引っ越した頃なのでまだ会社を辞めて二年足らずの頃、そして二度目は2018年の4月頃だったと思う。かなり間が空いたが、武道場に来てくれて軽く手を合わせた記憶もある。その時はあの頃みたいに飲みすぎて次の日が大変であった。

 そして今回三度目は、懐かしい話に花が咲いたのは勿論であるが、一昨年と同じ話をしてもしょうがない。感動的だったのは、互いに同じ時間軸を語れる会話が出来たことだった。(そういえば、十年以上前に私が福山に行ったことがあったので四回目である)

 それは全く予期していない会話となったが、瀧本は会社の中でも責任ある役職までになり、私が社員の頃の現場でトップだった上司と同じ存在になったんかーと思うと時の流れを感じさせられてしまう。そうして働きながらも、十年近く空手を続けており、フルコンタクト系の空手団体に所属し、現在館長代行として、多くの子供達や大人の会員に週二回稽古指導をおこなっているそうだ。さらに年に一回ほど試合に出ており、年齢によりクラスは分けられているとはいえ「全部優勝じゃけえな」と笑って話していた。その映像の一部をYOUTUBEで観たが、なかなかの戦いであり、コイツはいつからこんなになったんかと、自分の事を棚に上げて、瀧本も武道の道に精進していることに感激した。

 よって一昨日の夜は主にそうした、武道武術の話に花が咲き、それから指導方法や稽古の在り方など、オイオイ、お前とはもっと馬鹿な話になるはずだったのに、と思いながらも、我慢できずに合間にここでは書けないような馬鹿話を挟み、こんな馬鹿な話をいい歳して、それなりに責任ある立場となった者同士出来るのはなんとも堪らない可笑しさがあり、こうして記事に書いてしまっているが、それが出来るのは、当時の眩い想い出を封印していたからである。それは親友の特権であり、この記事を読んで金山は馬鹿話が好きなのかと思われてしまうと、今の私は大嫌いなので気をつけていただきたい。

 その面白さとは、互いの今とのギャップであり、それぞれが前に進んで来た事を一旦横において、普段考えもしないもう忘れてしまったような会話がそこで蘇る。何より嬉しいのは、そうした昔話だけでなく、今の生き方を共に武道武術の共通性の中で語り合えることが出来たことにある。かつての職場で同期の親友は、今では同じ武を通じた指導者であり実演者として日々研究している親友となった。もちろん、かつての同期の親友という眩い記憶の想い出が色褪せないように封印の箱の開け方には注意しなければならないが、あのときにしか作れない人間関係というのは、本当に宝物であると身に染みて思う。今の小学校はあだ名が禁止され○○さんと呼ばなければならない学校もあるそうであるが、若い頃の友達というのは、子供染みたところにその時にしか出し得ない家族的な距離感に近い交流が育まれるのだと思う。今の時代は二極化の中でものごとを進めてしまうため、閉塞感が生じてしまう。そのことは多くの人々が感じているだろう。そのため本来ならば「臨機応変」な対応が、何事にもおける問題解決として望ましいのであるが、こうしたインターネットの時代において、臨機応変が通じない必要以上の広がりが、便利な情報収集と引き換えに世の人々が犠牲にさせられている生き辛さに繋がっているのだろう。

 平均寿命からすれば、まだ四十年ちょっとは生きられるかもしれないが、もしそうだとすれば、今の出来事も眩い想い出の一部になっていることは間違いないだろう。人生がどのように過ぎていくのかは分からないが、予想だにしないことが起こるのが人生でもある。奇しくも二十五年前の今日となる早朝未明には福山の第七独身寮406号室で寝ていた際に震度四の揺れが長く続いた。当時は私の人生で最も揺れを感じた地震であったが、ハタチの私は会社のテレビでその惨状を知った。

 それから、十六年後の午後には世田谷で当時を凌ぐ震度五弱の揺れが訪れた。果たしてこれから生きているうちに何がいつ起こるのかは分からないが、人生の転機を迎える人が多く存在するであろう事は確実である。そこに私が含まれるのかどうか、生きているのかどうかも分からないが、「今を生きている」そのためのさまざまな関連毎が日々の日常の中で当たり前のようにおこなわれている。じつはその事は大変ありがたいことなのかもしれないが、それを忘れてしまうと人は後悔をする行動を起こしがちになってしまう。儚きものである今を忘れないように、眩い想い出の記憶となるであろう今を大切に、とくに子供達にとって、大人になっても呼び捨てで、オマエと呼び合えることが嬉しく思えるようなともだちを作れるように子供らしくその時期にだからこそ、馬鹿でも無謀でも輝ける日々を大事にしていただきたいと思う。


2020.01.15 親友の瀧本と
2020.01.15 親友の瀧本と②


2020-01-17(Fri)
 

予想せず無意識に委ねられるか

 昨日水曜日は、広島から親友が訪れ再会することが出来た。非常に感動的な時間であったがその事は次の記事で記したい。

 まず、今日木曜日に高田馬場でおこなった稽古では、一人稽古の時間で、抜刀術を一時間近くおこなった。これは金山剣術稽古会の「今日の気づき」という新たなページにも掲載したが、「天神抜き」という甲野先生の技を参考に稽古している技の中で、今日は鞘を出さずに通常の角度で構えた状態から、身の転回と同時に鞘を天神に回しながら引き上げ、刹那に落下しながら鞘を引くことが可能となった。
 以前は、右手も上げて準備していたが、昨年辺りから右手を下げていても問題なく抜けるようになった。しかし、鞘は引き上げておかなくては心理的に居着いてしまい整った動きが出来る気がしなかった。それが何故だか今日の稽古で、鞘を引き上げず通常の帯刀に近い状態で、右手も下げた状態から整うことが出来た。これは稽古を重ねて慣らしたのではなく、突然に出来る気がしたのでやってみただけなのである。さまざまな働きが関わって稽古の度に出来るようになることは多々あるが、私の場合は得物に特化した稽古が多いので、それは当然得物稽古における確率が高い。

 むかし、右手に持ったきゅうりをそのまま落して、落ちる前に斬るというようなことを撮影したが、それもそればかり稽古したということではなく、出来る気がしたから出来たというもので、出来ないと思えばやらないし、出来ないのである。出来てしまえば、出来る気になり、なぜ出来ないと思っていたのかが不思議なほど、解らない変化が心身の間で起こっている。勿論それは気のせいではなく、実際の体験から心身の整い方が勝手に変わってくるのだと思われる。

 だから、さまざまな稽古において突然閃くことや何かが出来るような気がして、実際出来てしまうことがある。(勿論私など未熟なレベルでの出来るというものであるが…)技とか何か考案したものというのは、その動きを何度も何度も上達させて作り上げるのではなく、突然の閃きから何かが生まれ、それが形となり、残るものとなるのである。従ってそれは既に出来ているものであり、さらに進展する場合もあるが出来ないものをようやく形にしたというものではなく、出来るものが見つかりそれを形にしたということなのだ。その出来るものがどうしてとつぜん訪れるのかは不明であるが、おそらく、意識と無意識の中で常に脳がその事を気にしているから、それを探る稽古法であれば、無意識の働きを見方に付ける事ができ、現時点でのレベルの中で訪れるものがあるのだと思う。それは一段階ずつ高めて行かなければならないものであり、だからこそ毎回の稽古が必要であり、かつ新鮮(神聖の誤植ではなく)な場でもある。

 その他の気づきでは、「津波返し」という技で、前足指の抜きが今までは沈み込みと合致しなかったのであったが、今日は問題なく合致して動けた。

 もう一つは、抜刀における右手首の角度も初動における伝達には重要であり、心理的居着きとなりやすいが、それよりも優先できる柄に触れた際の伝達ロスの減少を実感出来た。些細な実感は、当時は気付かぬものでも、その時が来れば実感出来るようになっている。それはなぜだか分からないが、そうしたものがあるのだろう。ひたすら稽古すればそれが直ぐに訪れるとも思えないし、その稽古始めに突然訪れるものというのは、脳内の無意識のストック、或いはその時期にならなければ整わない何かが、そこに照準を合わせて待ちかねているのかもしれない。

 たちまち一時間が過ぎてしまい、渡部氏とA氏が訪れたので礼をしてあらためて稽古を始める。

 今日の収穫は、「曖昧な加減を探る」というもの。身体に眼を向けるとどうしても実感ということに身体の状態を感覚的に探り、その実感を頼りにしてしまっているところが、実は落とし穴であるように感じ始めたのである。緊張と緩和で例えるなら、緊張が悪い、緩和が良い。ということになれば緩和の実感を良しとしてしまい、どの辺りの緩和がいいのかが、実は凄く繊細であり捉え難いものであるように思うのである。端的に言えば二つに一つでものごとを考えるようになってはいけないということ。当然と言えば当然のことであるが、以外に盲点になっている実感し難い加減具合であり、探り難いところでもある。私にはまだまだ難しいが、そこに内観の働きが実感出来るようになれば、その曖昧な加減を掴むことが出来るのではないかと思うのである。

 それは内観の訪れを体感するより仕方がないが、しかし、その加減を探ることが稽古の中で盲点になっていたことは事実なので、今後は全ての中で加減具合を探りながら、より自らを把握していけるようにしたい。

 先週の稽古でおこなった、相手が斜めに構えた木刀を、こちら側が打ち落として喉元に切っ先を付けるか、或いは相手が剣を引くので、それに誘われずに直ぐに首元へ切っ先を突き付ける事が出来るのかを本日も試みた。

 これは予測しておこなわず、どこで判断し、どちらの動きにも最適な対応が出来るかを稽古しているのであるがなかなか難しい。

 どちらかを予測しその実感予測で身体を動かしているからである。相手の木刀を打ち落とす実感予測とスッと直ぐに喉元へ切っ先を突きつける実感予測とが邪魔をするのである。打ち下ろす剣の重さが軽ければ、それは抜かれるものと想定したものであり、逆にピクっと振り出した瞬間に喉元へ切っ先を運ばせるのも、相手が剣を抜かないと想定したものであるため、そのような予測を立てずに反応できるのかがこの稽古での興味深いところである。打ちの強さと変化に対する対応が伴った剣の操法が肝要であり、それはこうした実際に試される場で出来るものとして、得て行かなければならないのであるが、果たしてこれが出来るのかどうかは、今のところ不明である。無意識の何かが機能的に育ち備わらなければこうした対応は偶然でしか出来ないだろう。だが、身につく事が出来るなら、それはこの稽古に限らず身体に新たに備わる機能としてさまざまに役立つかもしれない。

 その他には、杖術「三十連円打」の十一番に若干の変更が見つかった。二十五番でも軌道上の修正も確認できた。こうして少しずつ進展していくものや突然訪れるものがあるから、その日の稽古は全く予想できない。そう、予想してはいけないのだ。


 明後日土曜日は『抜刀術 特別講習会』を15時から品川区総合体育館 剣道場で開催いたします。居合刀を購入された方も数名いらっしゃると思いますし、他流の方でも歓迎しております。まだお申し込みには余裕が御座いますのでご連絡お待ちしております。


2020年1月18日(土)『抜刀術 特別講習会』(お申し込み受付中)

2020年2月01日(土)『剣術 特別講習会』(お申し込み受付中)

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2020-01-17(Fri)
 

杖整体操の本分

 月曜日におこなった『杖整体操』に参加されたNさんからのご報告で、「家でもできないかと、ホームセンターにて似たような木材を購入しました。考えてみましたら、入会となればきちんとしたものを購入することになるのにと、後になって、しまったと思いました。」と嬉しいご連絡をいただきました。

 Gold Castle で体験参加に来られており、介護のお仕事をされ腰が少し悪いと伺ったものですから『杖整体操』をお勧めしたところ、前日のお知らせにも関わらずお越し下さいました。

 私も、Nさんがどのような感想を得られるのかが興味深いところでしたが、さっそくホームセンターで丸棒を購入されましたことで、何よりの感想を得られたと思います。自分で気持ちのいいところを探して留まることが目的ですので、講習では私の配分で次に移行して参りますが、ご自身ですと自分の好きな形を好きなだけ出来ますので一番良い成果が挙げられるのではないでしょうか。

 しかし、家でおこないますと集中の度合いが講習でおこなうものと異なりますので、その辺りが同じように出来るとただの丸棒が心身にとって大いに役立つものとなります。

 一昨年の6月7日に考案し、あまりの気持ちよさの驚きに結局二時間杖整体操だけの稽古となった日が二回ありました。初めて体感し見つけたことに衝撃を受けたのです。人によりこの体感の度合いは異なりますが、心身を観察できる方にとっては目がトロンとなる(人によっては衝撃的な)体感を受けられるものと思われます。

 杖整体操一時間半の流れを記しますと

◇【杖乗解し(じょうじょうほぐし)】 
横になり、肩回りや腰回りの筋膜を刺激し気持ちの良い所を見つけて留まります

◇【各姿勢、一人でおこなうもの】 
杖を両肩で天秤のように掛け、さまざまざまなポーズで留まります。無理なポーズや痛さをこらえることはなく、杖を天秤掛けにすることで、自分の丁度良い位置で留まることが出来ます

◇【相手を付けておこなってもらうもの】 
相手に杖を引っ張って転がしてもらったり、または仰向けになった状態から腕を伸ばして持ち上げてもらったりするだけですが、この相手を付けておこなう杖整体操こそが、まさに杖整体操の代名詞といえる独特な心地良さが得られます。しかし、悪いところが気持ちの良い所ですので、その時の状態によっては目がトロンとするような心地良さにはならない場合もあります。また、杖整体操に身体が委ねられるようになりますと、一人でおこなう各姿勢においても目がトロンとなる心地良さを得られます。これも状態によりますが。

◇【これまでおこなったものの中から好きなものを自由にやっていただく、或いは自分に合った姿勢に崩しておこなう】
人によって、気持ちの良い姿勢は異なるものですので、終盤はそれぞれの好きな姿勢を自由におこなっていただきます。

◇【シャバアーサナにて瞑想】 
これは数年前に井上欣也さんとコラボで講習会をおこなっていた際に、井上さんのヨガの講習を受けた感想から是非取り入れたいと考えておりました。瞑想と杖整体操の体感は似ているものがありますので、杖整体操の最後はシャバアーサナで終える事が適確であると考えております。

 
 杖整体操を効果的におこなうには

 心と身体は働きが関わっておりますので、心の状態を落ち着かせ静かに整えることです。そうした状態を整えることで身体も準備が整うものと思われます。深呼吸は、意識とはまた違った心へのアプローチになるかと思いますが、状態を整えるには欠かせないものであります。勿論意識と連なって呼吸をおこない、各姿勢の中で良いところで留まるのですが、あまり呼吸に集中し過ぎてしまうとそれはそれで良くないこともありますので、全体のバランスの中で気持ちよく留まる事を第一におこなうと良いでしょう。


 今回は杖整体操の記事といたしますが、次回は2/24(月/祝)15時30分~17時00分 品川区総合体育館 柔道場で開催いたします。上記のように、参加されて直ぐに丸棒を購入されたかたもいらっしゃいますので、身体が硬い方や、整体や整骨院に任せっきりになっている方、ぜひ日程を調整して参加されてみてください。また私がおこなっている武術に興味がある方でも構いません。武術の講習会ではありませんが、穏やかな空間で最初の出会いを果たすのもよろしいかと思われますので。

 今回の杖整体操では開脚をおこないませんでしたので、前回の記事にも書きましたが、その分深い心身の導入がなされたものと思われます。今後も開脚はおこなわず、身体の硬い方でも最後まで心地良さの信頼を失わせないようにおこなうものといたします。とは言うものの、身体の柔らかい方や、やや硬い方には開脚は効果的です。講習では私がやらせることはありませんが、終盤の自由な形をおこなっていただく時間には開脚をおこなえますので、開脚をされたい方でも大丈夫です。開脚は、どうしても目標が出来てしまいやすいものですので、それが気持ち良さのための心身の状態を見失いやすくさせられ、手が付くようにとか、顔が付くように、或いはお腹が付くようにという目標になってしまっては、杖整体操の本分から逸脱してしまいます。結果としてそのように近付いて行くのですが、それはあくまでも結果であって、開脚の姿勢においても気持ちの良い所で留まることが、継続しておこなうためのものとして忘れてはならないところです。

 身体を労うことは心にも通じてきますので、心のバリアが硬い方やその硬さを認識できていない方は、身体から解放していける可能性を杖整体操に委ねてみてはいかがでしょうか。それには身体を労うという純粋なる想いがあればこそですので。

 思わず杖整体操の記事に文字を費やしてしまいましたが、何も難しいものではありませんので、寧ろ難しくしないほうが良いものですので、相性の良い方にはお勧めの講習です。次回も初めての方のご感想を楽しみにしております。


2020年1月18日(土)『抜刀術 特別講習会』(お申し込み受付中)

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2020-01-17(Fri)
 

意味のある出会い

 昨日は「クラーチ剣術教室」での講習でした。以前「クラーチ剣術教室って西洋剣術ですか?」という質問がありましたが、クラーチ溝の口という高齢者住宅で剣術(おもに杖術ですが)教室を開催させていただいております。

 これからは益々高齢化が進み、身体の衰えに備えるにはさまざまな選択肢のなかから自力で選んで行かなければならなくなるでしょう。ウォーキングや、自宅での体操、適度な筋トレ、或いは、ジムなどに通ってトレーナーを付けてマンツーマンでおこなう方法、そして、激しくない運動や体操をおこなっている区の施設等でおこなっているヨガや健康体操等々…

 私がおこなっているこちらでの剣術教室は、人のご縁と責任者のご理解があっての稀な事ですので、おこなっている内容も当然他では経験できないものであると思います。指導者との関わりが直接的なものと、会社や運営組織を通して間接的に関わるものとでは大きな隔たりがあります。規模が小さければ利益は少ないながらもやりたいことを薄めずにおこなうことができます。しかし、利益が求められれば本音と建前が生じ、人を増やすため、気に入られるための内容になり、相手の見方が変わってきます。また規模が小さいからこそ可能な、嫌な事からスパッと転向出来る場の整え方も重要な要素です。

 私がおこなっているのは武術を前提とした活動でありますから、そこは絶対に商売に流れてしまってはなりません。勿論アルバイトをせずに活動していくため最低限の収入は必要ですが、自らの心が信じられなくなってしまっては(嘘になれてしまっては)武道武術を通じて人に伝えるものは全て嘘であることになります。逆に言えば、そこを外さずに生きていればそれなりに見えてくるものがあり、それは一瞬の出来事でも見逃さない断定的な判断となります。ですから、その判断を信じて進んでいけば己の道は続いていくのだと思います。

 
 とつぜん話題が変わりますが、「WEB動画かざあな。」三部作で大変お世話になったTAMTAMのMariさんとTakaさんのミュージクビデオ等が視聴できるYOUTUBEチャンネルがこちらです。Baby Angel

 Gold Castle の生徒となってご縁が続いておりますが、Mariさんが長く活動されているHEY!WAO!の活動を見られますと、こちらのミュージックビデオの見え方もまた変わってくるものと思われます。HEY!WAO!

 
 私自身もいろいろな世界を体験して来ましたが、寄り道をしたというよりは、得難い体験が出来たという事に後悔は全くしておりません。その後の人生の感じ方、舵の切り方がどう変わっていくのかは、これまでに通ってきた道が決めているのだと思います。そこに芯が通っている限り、全ての道は必然であり、繋がっているのだと思います。今は自分の道に悩むことは全くありませんが、自分の生き方や、心身の成長と対応力には多々考えさせられております。しかし、その考えさせられることが何かの学びとなって行くので、そのようなことは常に無くならず循環していくものであると感じております。

 そうした人生の同じ時間軸を生きている方々は多くいらっしゃると思いますが、どこかでそうした方々とご縁が繋がることも生きていく中での楽しみであります。それはきっと「意味のある出会い」ということなのでしょうね。


2020年1月18日(土)『抜刀術 特別講習会』(お申し込み受付中)

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2020-01-15(Wed)
 
プロフィール

金山孝之


     金山 孝之
  Takayuki Kanayama


1975年生まれ
福岡県北九州市出身
東京都世田谷区在住

松聲館技法研究員

金山剣術稽古会主宰

Gold Castle
殺陣&剣術スクール主宰

高齢者のための剣術教室
クラーチ剣術教室講師


1999年
映画監督中田秀夫氏との出会いにより映画に出演。そのほかマンダムのモデルや舞台のプロデュース公演などをおこなう

2006年
小林照子先生とのご縁から
「からだ化粧」のモデルを務める

2009年
武術の道を志しそれまでの活動を一新し武術稽古と研究に励む

2011年
武術研究家甲野善紀先生に師事し「抜刀術」「剣術」「杖術」「体術」などの稽古と研究に取り組んでいる。また、先生の書籍、番組撮影、記録映像、その他演武等における打太刀や受けを務めている

2013年
刀と身体操作の技術向上を目指し裾野を広げるべく「Gold Castle 殺陣&剣術スクール」を発足

2014年
甲野善紀先生より
「松聲館技法研究員」を拝命
自身の経験を活かした指導法を各道場等でおこなっている
 
シニア住宅にて
「高齢者のための剣術教室」をおこなっている

日信工業株式会社の製品
「SAMURAI BRAKE」のプロモーション活動に携わる

2015年
「金山剣術稽古会」を発足
現代における武術稽古の必要性を身体と心で学べる場として活動している

2018年
「関西特別講習会」として定期的に関西地域での講習会を開催

2019年
BABジャパンよりDVD『古武術は速い』刊行

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